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ヨキヒトの仰せ

ヨキヒトの仰せ【文字データ編】

今との出会い 第231回「病に応じて薬を授く」

2023-01-20
親鸞仏教センター主任研究員 加来 雄之 (KAKU Takeshi)

また次に善男子、仏および菩薩を大医とするがゆえに、「善知識」と名づく。何をもってのゆえに。病を知りて薬を知る、病に応じて薬を授くるがゆえに。」(『教行信証』化身土巻、『真宗聖典』354頁

 ブッダが大いなる医師に、その教えが薬に喩えられることは、よく知られていることである。

 私が愛読している仏教通信誌に『崇信』がある。その最近号に次の文が出ていた。


語れないことを語ってしまっていないか、語りすぎていないか、ということがあります。これは児玉〔暁洋〕先生が、どこかでいわれていたことだと思いますが、医者は間違った薬を出したり、間違った処置をしたら、人を殺してしまうことがある。お坊さんは間違った説教をしたら、いのちを殺してしまう、というようなことをいわれていたと思います。(7頁)


 この文を記したのが岸上仁氏である。医者であり僧侶でありまた仏教研究者でもある岸上氏の表現だけに説得力がある。そして、このことは、私もつねづね感じていたことであった。もちろん私も、人生に苦悩を抱えた一人と向き合うときは、それなりに緊張し、言葉を選びながら語っている。数学においてはたった一つの数字のミス、法廷においては不用意な一言が、致命的な結果をもたらすことになる。果たして私はそのような厳しさをもって、仏典を読み、仏教を他者に語っているだろうか。はたして私は、医療行為に関わるような覚悟をもって、親鸞の教えに関わっているだろうか。

 いや、私には、そのような姿勢はないとはっきりと言える。先ほどの岸上氏の文のもととなった児玉師の言葉の中に「人びとが、それほど真剣に聴いてくれないのであるから幸いであるが」という指摘がある。その状況に救いを見出しているのが私の正直なところである。

 お釈迦さまは、多くの場合、ただ一人の人に向かって、その人の問いに対して、語りかけている。そこに人生の医師として応病与薬(病に応じて薬を与える)という厳粛な姿勢がある。一人の人生を左右するような極限の場面においては、語ってはいけない時と言葉があり、語らねばならない時と言葉があるのだ。

 仏教を他者に語るとはどういうことか。それは、冷たい説明や解答を提供することでもなく、相手の感情に巻き込まれることでもなく、時流に迎合することでもない。たとえ正解はなくとも、たとえ試行錯誤に終わっても、つねに生きることの深みと悲しみに立って、ともに如来の智慧のもとに所与の問題に向かい合うことなのだ。

金子大栄師

2022-12-27
金子大栄師
形は滅びても人は死なぬ」とは、 
人は死ぬことによって肉体的には消えても、
その人の死をかなしみ、「いたみ」「とむらう」者がいるかぎり、
その人の「花」は散らない。
又その逆に、
その「花」は、「いたみ」「とむらう」者に、
あたたかい生きるエネルギーを与えるという不思議な力をもっている。
死者が「仏」になるとはそういうことである。

大河内了悟先生の言葉

2022-12-21

ある結婚式で

2022-12-20
「いのちのうた   ー教育と宗教への思い」  竹下哲 著 より
facebook小栗洋慶さん曰く
「いのちのうた
  ー教育と宗教への思い」
 竹下哲 著 より
ある結婚式で
 この式場の前を本明川が流れていますが、その川向うにⅠ高校があります。
 十年ほど前、私がこの学校の校長をしていたとき、新婦のお父さんもこの学校の先生でした。誠実な、すばらしい先生でした。そして、新婦S子さんもまた、まさにそのときの生徒だったのです。 紺の制服がよく似合う、明るい、純情なお嬢さんでした。
 こういう二重の縁に連なる喜びをもって、私はこの式場に駆けつけてまいりました。 そして、S子さんと生涯を共にすることになる新郎はどんな人だろうか、と胸を弾ませて見守っていました。
 予期したとおり、男らしく、頼もしい男性です。 誠実そうな人です。 私は安心しました。ホッとしました。よかったなあ、と思いました。似合いの夫婦というのは、こういうカッ
プルを言うのでしょうか。
 若いお二人を前にして、私は校長の昔に還ったような気持ちです。二人の生徒にお説教をするような調子で、しばらくの間、お話をさせていただきたいと存じます。
 ーーある会社で、採用試験がありました。大学生たちが、わんさと押しかけてきました。筆記試験がすんで、いよいよ面接となりました。
 一人の青年が面接室にはいっていくと、正面に社長さんが座っています。そして、開口一番、「君は今まで、親の体を洗ってあげたことがあるかね。」と聞くのです。
 経済か社会の問題でも聞かれるのだろうと思っていた青年は、不意をつかれて、「いい
え、アンマぐらいしたことはありますが、親の体を洗ってやったことはありません。」と答
えると、社長さんは「君は父親を早く亡くして、母一人子一人だね。きょう帰ったら、お母さんの体のどこでもいいから洗ってあげなさい。その上で、あした改めて面接する。きょうはこれで帰り給え。」と言うのです。
 青年はいまいましい気持ちで、家路につきました。情ないことになったなあ、と思いました。しかし、やむを得ないので、母親の足を洗うことにしました。大きなたらいに熱いお湯をいっぱい汲んで、母親の帰りを待ちました。母親は、反物の行商をして歩いているのです。
帰って来た母親にわけを話して、遠慮する母親の足を無理に洗うことにしました。
 青年はたらいの向こう側にしゃがんで、何気なく母親の足を握りました。母親の足は女の足ですから、細くて柔らかくて、きゃしゃな足かと思ったら、そうではなくて、石のように堅い、ゴツゴツした足だったそうです。
 その石のように堅い母親の足を握りしめたとき、胸の中に熱いものがこみあげてきて、その青年は母親の足を握りしめたまま、オイオイ声をあげて泣いたそうです。男泣きに泣いたそうです。
 考えてみれば、その青年は一人で大きくなったのではないのですね。母親の柔らかい足が石のように堅くなるということにおいて、それを足場にして、大きく立派になったのですね。
 きょう晴れ姿のお二人も、自分の力で大きくなったのではありません。ご両親をはじめみなさんのおかげで、今日の日を迎えることができたのです。
 お二人がそれらのご恩を心に感じながら、互いにいたわり合い、助け合って、この人生を幸せに生きていかれるよう、切にお祈りする次第です。
(53・10・26 結婚式での祝辞)
いのちのうた
 ー教育と宗教への思い
昭和57年10月20日 初版発行
平成元年2月20日 第8刷発行
著者 竹下哲

仏法をきくということは

2022-12-11
和田稠師
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