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ちょい気になる絵

ちょっと気になる絵

『許しても過去は変えられないが、許すことで未来は変わる』

2023-03-12
facebook 北原照久さん曰く
今日の言葉は『許しても過去は変えられないが、許すことで未来は変わる』
武藤政彦のタイムマシーンという作品です。
北原塾の塾生 相沢有悟さんの好きな言葉だそうです。なかなか許すことはできない事も、人生の中ではあると思います。その時にこの言葉はいいですね。過去にとらわれることなく、未来を見据えて、前向きに生きましょう。まさに「過去と他人は変えられないが、自分と未来は変えられる」です。

『おもちゃも人間も、時を重ねて魅力を増す』

2023-03-11
facebook 北原照久さん曰く
1950年代のクマの三輪車のおもちゃです。
今日の言葉は『おもちゃも人間も、時を重ねて魅力を増す』
1950年代のクマの三輪車のおもちゃです。
コレクターの間で「鈍色(にびいろ)」と呼ぶ長い時間を経て、独特のくすんだような味わいのある色。この味わいは新品のおもちゃには決して出せないものなんです。人間の魅力についても同じようなことが言えるかもしれません。人間は歳をとると輝きを失うとか、若いほど魅力的だとか言われますけど、僕はそれは違うと思うんです。男も女も、恋をしたり、失恋したり、嬉しいこと、悲しいこと、辛いことをいろいろ経験したうえで、より魅力を増していく。『おもちゃも人間も、時を重ねて魅力を増す』我ながらいい話ですね。おもちゃのことを語って、こんなにいい話が出てくるとは・・・。

\にっぽん丸今昔写真館/

2021-09-04
Facebook 商船三井客船 にっぽん丸さん曰く
8月18日 21:30
明日は #世界写真の日
フランスで現在の写真に繋がる「ダゲレオタイプ」という写真術が発明された記念日です。
せっかくの記念日ですので、にっぽん丸にまつわる歴史的な写真をお見せします
1枚目の写真は、にっぽん丸の前身となった [あるぜんちな丸] の出港の場面。変わって2枚目は現在のにっぽん丸の出港を写した1枚です。
船もデザインも変わりましたが、おもてなしの心は今も変わらず引き継がれています。
古い写真を振り返ると、さまざまな思い出が蘇ることでしょう。
みなさまも久しぶりに古いアルバムを開いてみるのはいかがでしょうか

サラリーマン川柳

2023-03-05
facebook 一度聞いたら心に残る素敵な言葉さん曰く
この言葉遊びは凄い!! 一般のサラリーマンも 捨てたもんじゃないね!

「大丈夫」という字をよくみてください。

2023-03-05
facebook一度聞いたら心に残る素敵な言葉さん曰く
「大丈夫」という字をよくみてください。
「大」「丈」「夫」それぞれ
「人」という字が入っています。
あなたに何かあったとき、
周りの人は必ずあなたを支えてくれます。
どんなときも、
あなたの味方は三人いるんです。
・「始まる」って文字を見て下さい。
「女」が「土台」って書くんです。
女性が笑顔でいることから始まります。
だから「嬉しい」って
「女」が「喜」って書くんです。
女性が笑顔でいるところに、
嬉しいことはやってきます。
・「決断」とは、「決めて」「断つこと」。
何かを決めるときには、
ひとつ何かを断ち切る。
すると新しいものが手に入ります。
「大切」って
「切る」って字が入っています。
執着を「切ったとき」に、
「大きなもの」が手に入るんです。
・「癌」とうい字は
「三つの口の山の病」と書きます。
それは、
「食べすぎ、飲みすぎ、吸いすぎ」です。
・「光る言葉」と書いて、「誉める」。
誉めてあげると、
相手は最高の笑顔で輝きます。
・「吐く」という字は 「口」に
「±(プラスマイナス)」って書きます。
もしもマイナスの言葉を控えたら…?
…「叶い」ます。
・「命」=「人」+「一」+「叩」、
「人は一度叩かれる」と書いて「命」。
誰だって、
一度は人生で本当に辛いことがある。
そこを乗り越えるために生まれてきた。
そして心臓は「ドックン、ドックン」と
「人」を「一生」「叩いて」くれています。
ひすいこたろう
「ありがとう、ありがとう」
facebook一度聞いたら心に残る素敵な言葉さん曰く
「ありがとう、ありがとう」
 一人のお母さんから、とても大切なことを
教えられた経験があります。  
そのお宅の最初に生まれた男の子は、
高熱を出し、知的障害を
起こしてしまいました。
次に生まれた弟が二歳のときです。  
ようやく口がきけるようになったその弟が
お兄ちゃんに向かって、こう言いました。
 「お兄ちゃんなんてバカじゃないか」
 お母さんは、はっとしました。
それだけは言ってほしくなかった
言葉だったからです。
そのとき、お母さんは、いったんは
弟を叱ろうと考えましたが、
思いなおしました。  
―――弟にお兄ちゃんをいたわる気持ちが
芽生え、育ってくるまで、長い時間がかかる
だろうけど、それまで待ってみよう。
 その日から、お母さんは、弟が兄に
向かって言った言葉を、自分が耳にした限り、
毎日克明にノートにつけていきました。
 そして一年たち、二年たち・・・しかし、
相変わらず弟は、
「お兄ちゃんのバカ」としか言いません。  
お母さんはなんべんも諦めかけ、叱って、
無理やり弟の態度を
改めさせようとしました。
しかし、もう少し、もう少し・・・と、
根気よくノートをつけ続けました。
 弟が幼稚園に入った年の七夕の日、
偶然、近所の子どもや
親戚の人たちが家に集まりました。
人があまりたくさん来たために興奮
したのか、お兄ちゃんがみんなの頭を
ボカボカとぶちはじめました。
 みんなは 「やめなさい」 と言いた
かったのですが、そういう子であること
を知っていましたから、言い出しかね
ていました。  
そのとき、弟が飛び出してきて、
お兄ちゃんに向かって言いました。  
「お兄ちゃん、ぶつならぼくだけぶって
ちょうだい。ぼく、痛いって言わないよ」  
お母さんは長いこと、その言葉を
待っていました。
その晩、お母さんはノートに書きました。  
「ありがとう、ありがとう、ありがとう、
ありがとう、ありがとう・・・」  
ほとんど無意識のうちに、ノートの終わりの
ページまで鉛筆でぎっしり、
「ありがとう」を書き連ねました。
人間が本当に感動したときの言葉は、
こういうものです。
 やがて弟は小学校に入学しました。
入学式の日、教室で初めて席が決められました。
ところが弟の隣に、小児マヒで左腕が不自由な
子が座りました。  
お母さんの心は動揺しました。
家ではお兄ちゃん、学校ではこの友だちでは、
幼い子に精神的負担が大きすぎるのではないか
と思ったからです。
 その夜、ご主人と朝まで相談しました。
家を引っ越そうか、弟を転校させようかと
まで考えたそうです。  
結局、しばらく様子を見てから決めようと
いうことになりました。
 学校で最初の体育の様子を見てから決めよ
うということになりました。  
学校で最初の体育の時間のことです。
受持ちの先生は、手の不自由な子が体操着に
着替えるのを放っておきました。
手伝うのは簡単ですが、それより、一人で
やらせたほうがその子のためになると
考えたからです。
 その子は生まれて初めて、やっと右手だけで
体操着に着替えましたが、そのとき、体育の
時間はすでに三十分も過ぎていました。  
二度目の体育の時間のときも、先生は放って
おきました。
すると、この前は三十分もかかったのに、この日
はわずかな休み時間のあいだにちゃんと着替えて、
校庭にみんなと一緒に並んでいたのです。
 どうしたのかなと思い、次の体育の時間の前、
先生は柱の陰からそっと、その子の様子をうかが
いました。  
すると、どうでしょう。
前の時間が終わるや、あの弟が、まず自分の服を
大急ぎで着替えてから、手の不自由な隣の席の子
の着替えを手伝いはじめたのです。  
手が動かない子に体操着の袖を通してやるのは、
お母さんでもけっこうむずかしいものです。
それを、小学校に入ったばかりの子が一生懸命
手伝ってやって、二人ともちゃんと着替えてから、
そろって校庭に駆け出していったのです。
 そのとき、先生は、よほどこの弟をほめてやろう
と思いましたが、ほめたら、「先生からほめられた
からやるんだ」
というようになり、かえって自発性をこわす結果に
なると考え、心を鬼にして黙っていました。  
それからもずっと、手の不自由な子が体育の時間
に遅れたことはありませんでした。
 そして、偶然ながら、また七夕の日の出来事です。
授業参観をかねた初めての父母会が開かれました。  
それより前、先生は子どもたちに、短冊に願いごと
を書かせ、教室に持ち込んだ笹に下げさせておきました。
それを、お母さんが集まったところで、
先生は一枚一枚、読んでいきました。
 「おもちゃがほしい」、
「おこづかいをもっとほしい」、
「じてんしゃをかってほしい」・・・。  
そんないかにも子どもらしい願いごとが続きます。
それを先生はずっと読んでいくうちに、
こんな言葉に出会いました。
 「かみさま、ぼくのとなりの子のうでを、
はやくなおしてあげてくださいね」  
言うまでもなく、あの弟が書いたものでした。
先生はその一途な願いごとを読むと、もう我慢が
できなくなって、体育の時間のことを、お母さん
たちに話して聞かせました。
 小児マヒの子のお母さんは、我が子が教室で
どんなに不自由しているだろうと思うと気がひけて、
教室に入ることもできず、
廊下からそっとなかの様子をうかがっていました。  
しかし、先生のその話を聞いたとたん、廊下から
教室に飛び込んできて、床に座り込み、この弟の
首にしがみつき、涙を流し、頬ずりしながら絶叫
しました。
 「ありがとう、ありがとう、ありがとう、
ありがとう、ありがとう、ありがとう・・・・・」  
その声がいつまでも学校中に響きました。
「本当に感動したときの言葉」鈴木 健二 著 講談社文庫より
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