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ホテル

The Hotel

ホテル「ヴィラフォンテーヌ羽田空港」

2024-01-26

羽田空港第3ターミナルに直結するホテル「ヴィラフォンテーヌ羽田空港」に、日本航空(JAL/JL、9201)が監修したオリジナルデザインのコラボルームを新設する。JALの国際線就航70周年記念の特別企画で、羽田空港からの国際線就航都市数と合わせ24室を設け、1月26日から提供する。オープン前日の25日、報道関係者に客室を公開した。

ザ・テラスクラブ アット ブセナ

2023-12-18
ゲストルーム Guestrooms

宝塚ホテル

2023-11-14

【山の上ホテル】心やすらぐ 都心のご褒美ホテル

2023-10-25
「山の上ホテルはかつて出版社の密集していた神田に近いところから、作家の滞在に使われることが多く、そのため「文化人のホテル」として知られています。 
「山の上ホテル」は、わずか35室しかない小さなホテルです。
しかし、35室しかないからこそ、隅々まで行き届いたサービスが受けられます。部屋のレイアウトは1室ごとに違い、中には庭付きのスイートルームもあります。
小さなホテルでありながら、レストランの数は7つ。
それぞれのレストランに1人ずつ名人が在籍しています。
美食家揃いの文豪たちが定宿にしたのも納得です。 
川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静らの作家が定宿としていました。
三島は1955年(昭和30年)当時、「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思はなかつた。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人つぽい処が実にいい。ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」と使い心地の感想を語っています。 

1971年秋、トーベ・ヤンソンは東京神田駿河台の「山の上ホテル」に滞在しました。 
初めての日本で、心から寛いで過ごしたトーベは、その感謝の気持ちをムーミンに添えたメッセージにしホテルに残しています。
 ホテルは1954年(昭和29年)の開業で、表通りからは奥まった神田駿河台の高台に位置してい ます。 
シンボルとも言える鉄筋コンクリート建築の本館は、1937年(昭和12年)に明治大学OBで若松市(現在の北九州市若松区)の石炭商だった佐藤慶太郎の寄付を基に、アメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により「佐藤新興生活館」として完成しました。 
当初は財団法人日本生活協会の管理下に置かれ、太平洋戦争(大東亜戦争)中には旧海軍に徴用、敗戦後は連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されアメリカ陸軍の婦人部隊の宿舎として用いられていました。 
ホテルとしての開業は1954年(昭和29年)1月20日で、GHQの接収解除を機に、実業家・吉田俊男(1913-1992)が佐藤家から建物を借り入れる形で創業しました。
ホテル名は、GHQ接収時代にアメリカ陸軍の女性軍人・軍属の間で建物の愛称になっていた「Hilltop」が起源で、これを吉田が「丘の上」でなく敢えて「山の上」と意訳したことによります。
 吉田は長く旭硝子の営業部門につとめていた人物で、この前年に独立して個人事務所を設立、知人から旧・佐藤新興生活館の接収解除を伝えられたことを機にホテル業に参入しました。
吉田は自らの手で花森安治のコピーライティング等とも通底する個性ある広告コピーを執筆し、ホテル経営の素人であることを逆手に取った懇切な接客体制に務めるなど、その後半生を費やしてこのホテル独特のアットホームなサービス文化を築きました。 
「山の上ホテル」には、知る人ぞ知る隠し部屋があります(といってもどなたでも泊まれます) 通称「モーツァルトの部屋」と呼ばれるオーディオマニア向けの部屋です。
 部屋番号は601号。 元々は屋根裏部屋だったらしく、元オーナーがオーディオ好きで、大きな音で音楽を聴ける部屋が欲しくて作ったとか。
部屋にはタンノイのスピーカーやオーラのステレオセットがあり、モーツァルトの楽譜や銅像が飾られています。
一人通れるかどうかくらいの細い階段を上がった まさに隠し部屋です。 ☆https://www.yamanoue-hotel.co.jp/ 
♪Beneath the Moonlight-Aaron Kenny

ホテル日航金沢

2023-10-09
ご宿泊|ホテル日航金沢【公式サイト】
20〜23F/COMFORT
ラ・プラージュ
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