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母校 in 東京

思い出のページ【学校編 東京 】

当代の大学母校は、こちらです。

2022-01-10
早稲田大学 (waseda.jp)
新入生は、入学式で、校歌『都の西北』を聞き謳い、早大生となります。
早稲田大学第17代総長 田中愛治 世界でかがやくWASEDAを目指して
早稲田大学校歌 都の西北【応援団の指導付】 2021春 新2年の1年越しの入学式
【早稲田大学】2021年度学部卒業式および大学院学位授与式(第4回)
2015年3月卒業式 早稲田の栄光
2019年早稲田大学卒業式 早稲田の栄光

早稲法生の1日(学部紹介動画)

2022-08-05

「法学部生の一日の過ごし方を詳しく聞きたい」「法学部のゼミってどんなことをするの?」といった早稲田大学法学部に関する質問を多くの受験生や保護者の方から頂戴します。
そんな疑問に少しでもお応えするため、今回1人の法学部生の一日の様子から「早稲法」の唯一無二の環境をご紹介するとともに、現役法学部生の大学で学ぶ様子や、実際のゼミの様子について教員・学生それぞれのインタビューをまとめ、1本の動画を作成しました。「法曹コース」「先端科学技術と法コース」、法学部が入る8号館各教室での講義風景、学生読書室、法律科目学習相談室および法学部生の様子に加えて、法学部の多様なゼミの中から知的財産法・著作権法が専門分野である上野 達弘教授のゼミをピックアップし、教員と学生の双方からの目線で「早稲法」の魅力を存分に紹介する内容となっています。

法学部ガイドや法学部ホームページもあわせて是非ご覧ください。

125年と大隈重信老侯

2022-06-19
Facebook 前原誠司 officeさんから、こんな投稿がございましたが、125年と言えば・・・。
人生125歳説を唱えた大隈重信と早稲田大学

W大学図書館の今昔です。

2022-06-18
素敵な空間に生れ変りました。 旧閲覧室も、ご覧の通りです。
あの頃は、こんなでした。
會津八一記念博物館 旧図書館時代のエントランス正面玄関青銅扉の八芒星
今の中央図書館(現18号館)は、ご覧の通り。
三田の塾では、こちらが健在です。
Facebook Noe Araiさん曰く、アルバム「建築物 10」に写真を追加しました。 お友達から、母校、慶應大学の建築物を撮影してほしいとご依頼いただきました。 許可をもらって図書館を撮影しました。

何と・・・、あの牧舎が、イタ飯に変身していました。 

2022-05-16
ビックリいたしました。

創業1905年。
皆様と共に歩み続けて1世紀以上。

高田牧舎」の歴史は、1905年(明治38年)にまで遡る。
日露戦争の最中に、当時流行のミルクホールとして創業。
屋号の「高田牧舎」は初代店主藤田源太郎が高田町(現在の穴八幡神社周辺)にあった
牧舎の息子であったことに由来している。


ミルクホールとは、明治政府が当時国民の体質改善を目的にミルクを飲むことを推奨していたことから、主にミルクや軽食を提供する飲食店としてブームとなっていたお店であり、「高田牧舎」は大隈邸に毎朝新鮮なミルクを届けていたというエピソードが伝えられている。

いつしかミルクホールは有名ホテルのシェフを招き、看板メニューのカレーライスやハヤシライス、ミックスグリル、オムライスなど本格的な西洋料理を提供する洋食レストランとなっていく。

戦前戦後の昭和の激動期や学生運動などの歴史を見つめ、早稲田の街と大学とともに歩んできた「高田牧舎」は、昭和62年に現在のビルに改装される。その後も老舗洋食屋として営業し続け、その看板メニューは多くの人にとって思い出深い味となっている。


2016年、高田牧舎4代目オーナーにより、予てより好評を得ていた「薪窯焼きピッツァ」を看板メニューにすべく、「Pizzeria TAKATA BOKUSYA」としてリニューアルオープン。
さらに地域の方に親しまれる店として進化した。

今も演劇博物館を望む早大南門の前でその歴史を刻み続けている。

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