本廟の逸品
本廟の見所
【東本願寺】境内のみどころ
~初の一般公開!銀でできたツバメの釘隠が見事な門首の別邸~
御影堂門楼上
楼上に登れます!
武田五一設計・竹内栖鳳デザインの蓮華の噴水(復元)もおシャレです。
【手水屋形修理工事完了式を執り行いました】
【非公開エリア・白書院横の梅の花を写真でお届けします。】
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東本願寺の今昔展21ー素屋根スライド
御影堂の御修復工事に先立ち、工事中の建物の保護や工事の安全性に配慮するため、2004年3月から2005年2月までの約1年間をかけて工事用の仮屋根である素屋根が建設されました。
素屋根の大きさは、御影堂にあわせて横92m、幅79m、高さ49m(最高高さ51m)もの大きさでした。素屋根上部には太陽光パネルを設置して素屋根内の電力として使用しました。
この素屋根を廃棄物の削減をはかるため、2009年7月16日総重量1,500tの素屋根を毎分50センチ、67メートルを約3時間かけて、下部にローラーとレールを設置しけん引ジャッキでけん引しました。
移動した素屋根は2011年から始まる阿弥陀堂の御修復の素屋根として使用しました。
修復工事の間は、屋根の内部構造を見学できる「小屋組み視察」や屋根面の近くを見学できる「素屋根見学」が奉仕団や団体参拝で行われました。
東本願寺の今昔展
宗祖親鸞聖人650回御遠忌法要
1911(明治44)年4月18日から28日まで宗祖親鸞聖人650回御遠忌法要が勤まりました。
それに合わせて、御影堂門、阿弥陀堂門、菊門などの門が再建されました。
菊門竣工
菊門は1909(明治42)年に起工され、1911(明治44)年3月に竣工しました。
菊門の名称は、その昔は朝廷からの勅使がしようしたため勅使門とも呼ばれました。組物に極彩色を施し、門扉には金色の大菊花を浮き彫りにしています。
設計は京都府技師であった亀岡末吉によるもので、棟梁は名古屋の鈴木幸右衛門です。寄進人も名古屋の神野金之助と富田重助であったため、漆の下塗までの製作を名古屋で進めれられ、列車で京都まで部材を運びました。
運ばれた部材は組立の後に黒漆本塗り、組物彩色、錺金具製作が本山の工作場で行われて竣工にとなりました。
阿弥陀堂門竣工
御影堂門は、1906(明治40)年に起工式が行われ、1911(明治44)年4月14日に落成しました。
御影堂門は、1906(明治40)年に起工式が行われ、1911(明治44)年4月14日に落成しました。その4日後の4月18日からは、宗祖650回御遠忌がつとまり大勢の方が御影堂門を通り参拝しました。
御影堂門の瓦は京都のご門徒により製作され、1層の上部には越中井波(現・富山県南砺市)の岩倉理八と尾張名古屋(現・愛知県名古屋市)の早瀬長兵衛による見事な龍の彫刻が施されました。
また、楼上には阿弥陀如来、阿難尊者、弥勒菩薩が安置されました。




























































