本文へ移動

アーカイブス in NBA

【野球は巨人という時代がございましたが・・・】

速球王は誰か?(1999年)

2025-06-22
速い!江川卓 江夏豊 尾崎行雄のストレート映像!について

山口高志(阪急ブレーブス)

2025-06-22
昭和の速球王 山口高志 阪急ブレーブス
【プロ野球】ノムさんを唸らせた山口高志の成績詳しくみてみた【成績】
山口高志(阪急ブレーブス)の全盛期のストレート投球集

鉄人・衣笠祥雄氏・広島カーブ。

2025-05-09
facebook 武田昭一 (格闘技動画) さん曰く
17年間休まなかった男。
衣笠 祥雄(きぬがさ さちお、1947年(昭和22年)1月18日 - 2018年(平成30年)4月23日)は、日本のプロ野球選手(内野手)。引退後は野球解説者・野球評論家・タレント。京都府京都市東山区馬町出身。本名同じ。メディアにおける愛称は「鉄人」、先輩や同い年からの愛称は「キヌ」もしくは「サチ」、後輩からは「キヌさん」と呼ばれる事が多かった。国民栄誉賞受賞者。息子は元俳優の衣笠友章。
連続試合出場記録日本記録・世界2位記録、連続フルイニング出場歴代4位、通算安打数歴代5位(通算2543安打は福本豊とタイ)、通算本塁打数歴代7位(通算504本は張本勲とタイ)の記録保持者。赤ヘル打線の主砲として山本浩二と共に1970年代後半から1980年代の広島東洋カープ黄金時代を築き上げる原動力となった選手の一人である。
京都てっぱん日記 より

プロ野球広島で中軸打者として活躍し、プロ野球記録の2215試合連続出場で「鉄人」と呼ばれ、国民栄誉賞を受賞した衣笠祥雄(きぬがさ・さちお)氏が死去したことが24日、関係者の話で分かった。71歳。京都府出身。

 京都・平安高(現龍谷大平安高)で1964年、捕手として甲子園大会に春夏連続出場。65年に広島に入団し、内野手に転向。75年は山本浩二氏とともに中軸を担ってセ・リーグ初優勝に貢献し「赤ヘル旋風」を巻き起こした。プロ6年目の70年10月から87年に引退するまで、死球による骨折も乗り越えて2215試合連続出場。87年に王貞治氏に次いでプロ野球2人目の国民栄誉賞。背番号「3」は広島の永久欠番。

(カラー版)昭和の速球王 尾崎行雄 東映フライヤーズフライヤーズ

2023-04-03

松木 謙治郎(まつき けんじろう)

2025-05-03
facebook 熱血野球ニュースさん曰く
初代タイガース主将、猛打で沢村と対決
敦賀商業から明治大学に進み、不断の練習と不屈の闘志で六大学リーグ屈指の強打者となった。
大連実業団を経て昭和11年大阪タイガースの結成に参加。
主将、一塁手、先頭打者としてチームの主動力となり「打倒沢村」の宿願を果して、昭和12、13年度の黄金時代を築いた。
戦後には阪神、大映、東映等の監督を歴任。
親分肌の人柄と卓越した指導力は選手の信望を集め、多くの俊英を育てて球界に貢献した。
TOPへ戻る