本文へ移動

終戦

闘いすんで 陽が暮れて・・・

敗戦、そして占領

2020-09-20
Facebook佐々木信雄さんのコメント
『Get Back! 40's / 1945年(s20)』
(連合国軍による占領政策)
○8.28 連合国軍先遣隊が厚木に到着。30日、連合国軍最高司令官マッカーサーが厚木に到着する。
[f:id:naniuji:20161121154034j:image:w240:right]
○9.2 東京湾上の米戦艦ミズーリ号で、日本全権が降伏文書に調印する。(無条件降伏)
 1945年8月14日に日本政府が受諾したポツダム宣言で、日本を占領する組織は「連合国ノ占領軍」と表現され、9月2日に締結された降伏文書の中では、日本政府は「連合国最高司令官(SCAP)」の指示に従うとされた。連合国最高司令官の下に属する組織は、「連合国最高司令官総司令部」"General Headquarters,the Supreme Commander for the Allied Powers"(GHQ/SCAP)で、日本では「連合国総司令部(GHQ)」と略称される。
 1945年8月14日、アメリカ陸軍太平洋軍総司令官のダグラス・マッカーサーが「連合国最高司令官(SCAP)」 に就任し、同年10月2日東京に総司令部が設置された。最高政策機関としては、戦勝連合国側の11カ国で構成される「極東委員会」が設けられたが、実質的にはマッカーサー指揮下のGHQが、日本の占領政策を遂行する機関となった。GHQによる占領統治は、1952年4月サンフランシスコ講和条約で日本の独立が回復されるまで続いた。
 「連合国総司令部(GHQ)」は、多数を占めるアメリカ占領軍(USOF)と、イギリス軍主体のイギリス連邦占領軍(BCOF) が、連合国軍最高司令官の直下に指揮される構成となったが、イギリス連邦占領軍は中国・四国地方を担当し、残るすべての地域をアメリカ占領軍が担当した。ただし英連邦占領軍は、日本軍に対する武装解除や治安維持を担当し、民間行政は日本政府及びアメリカ軍が担当した。
 連合国総司令部の占領政策の最大目標は、日本の軍事力を徹底的に解体し、日本を中立・非武装化して政治を民主化することであった。初期はGHQ内で広く権限をもった民政局が策定して実施されたが、東西冷戦対立が始まって以降は参謀部の主導が多くなり、朝鮮戦争勃発以降は、大幅に軌道修正されることになる。
 連合国軍総司令部は、まず軍隊を解体し、思想、信仰、集会及び言論の自由を制限していたあらゆる法令の廃止、内務大臣の罷免、特別高等警察の廃止、政治犯の即時釈放などを実施し、さらに、政治の民主化や政教分離などを徹底するために大日本帝国憲法の改正、財閥解体、農地解放などを指示した。
○9.11 GHQが東条英機ら39人の戦犯の逮捕を命令する。(東条は自殺未遂)
○9.27 天皇が米大使館にマッカーサーを訪問する。
○10.4 GHQが政治信教ならびに民権の自由に対する制限の撤廃に関する覚書を政府に交付する。(政治・信教・民権の解放自由化)
○10.11 マッカーサーが幣原首相に、憲法の自由主義化、婦人解放など5大改革を指令する。(憲法改正の指示)
○11.6 GHQが持株会社の解体に関する覚書を政府に交付する。(財閥解体)
○12.22 労働組合法が公布される。(労働組合自由化)
○12.29 農地調整法が改正公布される。(農地改革)
*この年
戦災による文化財の被害甚大/メチルアルコール中毒の死亡者続出/日本人の平均寿命は男23.9歳、女37.5歳/第1回宝くじ売り出し
【事物】国産ジェットエンジン/ズルチン(砂糖の代用)/輪タク
【流行語】神州不滅/虚脱状態/ピカドン(原爆)/1億総懺悔/たけのこ生活
【歌】お山の杉の子(安西愛子ほか)/リンゴの歌(並木路子)
【映画】勝利の日まで(成瀬巳喜男)/そよ風(佐々木康)/ユーコンの叫び(米・戦後初の洋画)
【本】太宰治「お伽草紙」/火野葦平「陸軍」「悲しき兵隊」/誠文堂新光社「日米会話手帳」(360万部売上)

最高司令官マッカーサー

2024-07-10
マッカーサー着任 記録映像
アメリカ占領下の日本 第2巻  企画・制作:ウォークプロモーション
マッカーサーの来日 記録映像
マッカーサーを迎える厚木飛行場 記録映像
米軍の厚木進駐 記録映像

8月14日~15日

2024-07-10
日本のいちばん長い日(1967年版)予告編
玉音放送(終戦の詔書)

沖縄における日本の降伏

2024-07-10
沖縄基地の拡張;厚木飛行場
沖縄における日本の降伏 記録映像
沖縄における日本の降伏(1)
沖縄における日本の降伏(2)

記帳 in ウェストミンスター寺院

2024-06-28
【天皇皇后両陛下】ロンドン中心部の「無名戦士の墓」を訪問
TOPへ戻る