本文へ移動

時代と女性

時代・社会の中で女性はいかに生きたか・・・。

新札の方々 そのⅡ

2024-06-04
津田梅子
津田塾の歴史
「アメリカ留学—津田梅子」守屋多々志作屏風絵
米国留学
米国留学免許状
津田梅子の着物 1871年(明治4)12月に横浜を出港する際に着用していました。
女性の力にかけた夢

女性の高等教育をめざす私塾「女子英学塾」として、1900年に産声を上げた津田塾大学。創立者・津田梅子は、女性の地位向上こそ日本の発展につながると信じて、「男性と協同して対等に力を発揮できる女性の育成」をめざし、女性の高等教育に生涯を捧げました。
津田梅子の教育姿勢は現在の津田塾大学にしっかりと根づいています。

1900年(明治33)、「女子英学塾」を創設します。
梅子は開校式で次のように語りました。
1900年(明治33)、津田梅子はついに私立女子高等教育における先駆的機関のひとつである「女子英学塾」を創設します。梅子は開校式で次のように語りました。真の教育には、教師の熱心、学生の研究心が大切であること、また、学生の個性に応じた指導のためには少人数教育が望ましいこと、さらに人間として女性としてall-roundでなければならないこと。この言葉は津田塾の教育精神として受け継がれ、津田梅子が蒔いた小さな種は大きな花を咲かせました。卒業生は今も多くの分野で着実に道を切り拓き、様々な変革を実践しています。

女性初めての「海将」

2024-06-17
海上自衛隊で女性初めての“海将”になった近藤奈津枝さん 本誌に明かした「入隊を母に大反対された過去」の画像
近藤奈津枝さん、臨時教員からの異色の経歴
陸上・海上・航空自衛隊を通じ、女性初のトップの階級「将」になった近藤奈津枝さん
近藤さんは防衛大学校の卒業生ではなく、中学校の国語の臨時教員からという異色の経歴
女性は艦艇勤務や長期間海外展開する遠洋練習航海に参加できず、悔しい思いもしたそう

【愛子さまの参拝服】

2024-06-09
感じられる、雅子さま、美智子さまからの伝統を“受け継ぐ”覚悟とは?

大学を卒業され、お出ましの機会が増えている愛子さま。3月には伊勢神宮と神武天皇陵をお一人で参拝されました。神宮は白、神武天皇陵は薄墨色(うすずみいろ)の参拝服をご着用でした。そのお姿を見て、思わす雅子さまや美智子さまを思いうかべた方も多いのではないでしょうか。
ブリムをしっかり上げたセーラーハットは、雅子さまがお好きなお帽子。そして、ふわりと揺れるケープドレスは美智子さまならではのスタイルです。これらの装いからは、愛子さまがお母さまとおばあさまのご活動を正統に受け継がれていこうとされる姿勢が感じられます。
格式高くエレガントに――。愛子さまが、雅子さまと美智子さまから受け継がれた装いの見どころとは? 何を受け継がれていこうとされているのでしょう。皇室ファッションに詳しいファッション評論家の石原裕子さんに、装いから感じられる愛子さまの想いを伺いました。
雅子さま 「日々のつれづれ」
皇后雅子さまの知性あふれる美貌を約40年分プレイバック

天皇陛下と雅子さまの31回目の結婚記念日 「全力でお守り」を貫き通す雅子さまへの深い愛

2024-06-09
第74回全国植樹祭で拍手をしながら言葉を交わす天皇、皇后両陛下。雅子さまに話しかける天皇陛下の表情が優しく、柔らかい=2024年5月26日、岡山市北区、JMPA

1993年6月9日、当時皇太子だった天皇陛下と、皇后雅子さま結婚の儀が、宮中賢所で執り行われた。
それから31年の年月を、皇室番組の放送作家のつげのり子氏は「プロポーズの言葉を貫き通した31年」と話す。
雅子さまへの深い愛情と夫婦の絆を天皇陛下の言葉から振り返る。
ご成婚30年記念 雅子さまの美しき軌跡

佳子さま、ギリシャから帰国 「東洋のダイアナ」人々を魅了 

2024-06-04
長旅の疲れ見せず【知ってもっと】【グッド!モーニング】(2024年6月3日)
佳子さまギリシャ訪問、現地メディア大注目「天性のコミュニケーション力」賞賛の声も【羽鳥慎一モーニングショー】(2024年5月31日)
佳子さま [Princess Kako]
佳子さま27歳の誕生日  誕生からこれまで(皇室アーカイブ)
TOPへ戻る