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ヨキヒトの仰せ

資料編

ラジオ放送『東本願寺の時間』講話リスト

2020-12-08

ヨキヒトの仰せ

【孤独を恐れない心】鈴木大拙が語る「一人でも強く生きる人」の生き方

2025-10-12
死を見つめる心 西田幾太郎と鈴木大拙

大谷大学にて、二週間行われている安居。今から報恩講をお勤め致します

2025-07-26
facebook 木越 渉さん曰く

2025年安居 開講式(2025年7月17日)

2025-07-27
2025年安居開講式・満講式ならびに初日講義のライブ配信について(7/17・7/31)

安居は、本派が行う学事の中心道場であって、広く真宗教学と仏教教理について論述および攻究を行い、もって教学の振興と自信教人信の誠を尽くす真宗大谷派教師を育成することを本旨として、毎年7月に開設されています。

本年は、安居をより多くの方々に知っていただくきっかけとなることを願い、東本願寺公式YouTubeにて開講式・満講式ならびに初日講義のライブ配信を実施いたしますので、是非ともご視聴くださいますようご案内いたします。

 

【配信日程】

2025年7月17日(木)

  • 9:15~ 開講式 ※アーカイブ配信あり

  https://youtube.com/live/lvxFGi8yxYc

  • 11:00~ 本講講義(講本『顕浄土真実証文類』・講者 尾畑文正 氏)

  https://youtube.com/live/lcCKqp6QJrQ

  • 13:00~ 次講講義(講本『観無量寿経』序分・講者 鶴見晃 氏)

  https://youtube.com/live/yAx6i8rzcG8

 

2025年7月31日(木)

  • 9:15~ 満講式 ※アーカイブ配信あり

  https://youtube.com/live/TGK4y5i8CSo

 

 

 

【安居概要】

 

1 期 間 

2025717日(木)~31日(木)

23日(水)は休講

 

2 場 所 

(1)開講式・満講式/真宗本廟 

(2)講義・攻究/大谷大学・宗務所

 

3 本 講 

講本 『顕浄土真実証文類』 

講者 尾畑 文正 氏(嗣講)

講題 『顕浄土真実証文類』聞思

 

4 次 講 

講本 『観無量寿経』序分

講者 鶴見  晃 氏(擬講)

講題 『観無量寿経』序分聞記

 

5 開講式 

2025717日(木)

 

6 満講式 

2025731日(木)

 

 

 

2025年安居の聴講申込等の詳細は以下のURLよりご確認ください。

https://www.higashihonganji.or.jp/news/notice/35321438/

 

※安居の講録は東本願寺出版にてお買い求めいただけます(2025年安居の講録は7月上旬頃から)。

https://books.higashihonganji.or.jp/prdct_list.html?category_code=16

公開講座 「悲しみからの仏教入門 ― 死を超えていった念仏者たち ― (全5回)」を開講しました。

2025-06-14
facebook 田代俊孝さん曰く
仁愛大学地域共創センター&宗教教育センター


地域共創センターでは、地域への「知の提供」のために、教育・研究・支援の成果を活かした学術的・文化的講座や、地域の皆さまのための教養・スキルアップ講座など、多彩な講座を開講しています。

 今回の公開講座は、宗教教育研究センターとの連携講座として6月5日(木)~7月3日(木)18時30分~20時00分に、本学講義室において、田代 俊孝 学長による「悲しみからの仏教入門 ― 死を超えていった念仏者たち ― 」というテーマで毎週木曜日、全5回の講義を開催しています。
 この講座は、本学の『宗教教育研究センター』との連携による講座で、本学の学生に仁愛学園の建学の精神である聖徳太子の和の精神、親鸞聖人の教えに基づく人材の育成を推進するなか、地域の皆さまにも広く講座として開講したものです。

 一日目の講座では、まず、今から40年前、先生が名古屋で医療関係者たちと「死そして生を考える研究会(ビハーラ研究会)」を立ち上げ大学院で同じゼミだった田宮 仁氏とともにビハーラ運動を始めたされました。その頃、癌の病名告知や高齢化社会に向かってゆく中で、生や死の問題が社会問題になり始めていました。そんな中で癌患者からは「死んでゆく人をより良く送ることも医療の役目ではないか」という声がありました。
 当時、先生はその経緯と親鸞の死生観をテーマにNHK教育テレビの「心の時代」に出演されました。今回は、まず、そのビデオを見せていただきました。若き日の先生の熱心な語りと行動力に感動しました。そして、そのタイトルに引用された「未だ生を知らず、いずくんぞ死を知らんや」(論語)という言葉は、対偶命題の反語表現で「死を知ったら生の意味がわかる」との意であると解説されました。そして、「いのちを所有化し、自分のいのちは自分でどうにでもなると思っているが、誕生も死も思い(自我)の外から思いがけずやって来る。不如意、すなわち、思い通りにならないのです。人は思い通りにならないことを、自我で思い通りにしようとするから苦しむのです。思い通りにならないことを思い通りにならないと知っていくことがそれを超えていく道です」と話されました。
 また、最後に「身近な人の死を通していのちを学ぶため、死は遺された人に対して、死にゆく人の最後の贈り物です」といい、番組の中で紹介された平野恵子さんと言う人の手記を通していのちの学びを紹介されました。その方は、高山市の方で重症心身障がいの子をはじめ、三人の子どもを残して往生されました。そして、「私たちは、役に立つ立たないでその人の価値を決めてしまいますが、この事例を見てわかる通り、身体を動かせないこのお蔭で、平野恵子さんは生きる意味を教えてもらっているのです。役に立つ立たないという価値じゃないです。いのちの長短の物差し、つまりとらわれを離れて、あるがままを受け容れるところに仏教の救いがあるのです。癌のままで、死んでいく身のままで助かっていくのです」。と、まとめて終了されました。



親鸞聖人の著作に見られる差別言辞

2025-01-23
仁愛大学長 田代俊孝氏

先年、筆者は『親鸞 左訓・字訓・語訓辞典』(法藏館)を刊行した。その編纂の中で親鸞聖人の著作の中に、現代の価値観から見れば明らかに身体的、職業的差別言辞と見られるものが多いことに気づいた。偏見は類を呼ぶと日常化して、差別している意識が薄れる。今、我々は『観経』の「是旃栴陀羅」の領解についての課題を問われているが、同様に親鸞聖人の教えを学ぶ者にとっては、このことも問われなければならない。これらの言葉をどのように領解すればいいのか。また、それによって自身や教団に何が問われているのか。それを課題化せず見過ごしてきたことを問いつつ、考えてみたい。まず、身体的障害についての差別言辞を挙げる。
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