逸品の世界
ちょっと気になる逸品の世界
皇居・宮殿=東京都千代田区
2021-12-17
天皇陛下のお仕事場 知られざる「宮殿」の大解剖
1935年(昭和10年)12月17日、86年前、ダグラスDC-3が初飛行。
2021-12-09
1935年(昭和10年)12月17日、86年前、ダグラスDC-3が初飛行。
ダグラス(現ボーイング)が開発した双発プロペラ旅客機。DC-3は、以前の航空機と比較して優れた信頼性、品質を備え、乗客をより快適に運んだ。
民間旅客機のDC-3の生産は、1942年に607機で終了しているが、旅客機として重要な機体の一つとされている。DC-3の軍用輸送機C-47 では、10,000機以上が生産されている。
ボーイング777-200ER型機に搭載されていたGE90-94Bエンジンです。
2021-12-09
Hanayuishi Takaya
2021-12-15
アイビー・ルックの始まりは、1954年
2021-12-11
各校にはレンガ造りの校舎に生い茂る蔦(アイビー)がシンボルとなっていた事から、アイビーリーグとネーミングされた。
アイビー・ルックの始まりは、1954年、米国のハーバード大学・イェール大学・プリンストン大学・コロンビア大学・ペンシルバニア大学・ブラウン大学・ダートマス大学・コーネル大学の8校によりフットボール連盟が結成された。各校にはレンガ造りの校舎に生い茂る蔦(アイビー)がシンボルとなっていた事から、アイビーリーグとネーミングされた。その彼等が好んで着ていたフアッションを、1955年に国際衣服デザイナー協会がアイビー・ルックと名付けたのが始まりであると言われている。
1960年代になると、銀座のみゆき通りに集まった若者たち(通称 みゆき族)にアイビールックは好まれ、彼らは独特の崩した着こなしをみせました。
ボタンダウンのシャツに3つボタンのブレザー、コットンパンツにスリッポンシューズを履くのが彼らの定番スタイルです。
1950年代後期に当地では最盛期を迎えたアイビースタイルは、アメリカ国内にとどまらず、世界中の若者を虜にしていく。日本では、VAN創業者・石津謙介を中心とするクルーが、雑誌や写真集などの出版メディアを駆使して積極的に紹介。1960年代前半には“みゆき族”と呼ばれる日本流アイビースタイル集団が登場する。
象徴的なアイビーカジュアルは、通う大学の校章やロゴがあしらわれたアイテムだ。カーディガンやスウェット、セーター、Tシャツ、スウィングトップなど、その種類は多岐にわたる。いずれにしても活発で清々しく、無骨ながらも清潔な雰囲気を保ったスタイル。それがアイビーである。