本文へ移動

兵器・武器

闘いの転機(戦いの前と後)

負けを認めない限り、吹くはずのない神風に頼るしか途はありませんでした。

2021-04-18
神風特別攻撃隊

【軍歌】嗚呼神風特別攻撃隊

https://youtu.be/zePieXuFR8k

 日本軍の飛行機は、普通の爆撃や偵察を行うものであったが、このほかに、神風特別攻撃部隊があった。
 米軍は神風攻撃をフィリピンで、はじめて経験していた。
 フィリピンではマッカーサーの航空部隊が制空権をにぎっていたので、日本海軍の指揮官たちは、普通の戦法では有利な立場に立てないことをさとった。
 「神風」はこうした苦慮のあげくに生まれたものである。
 それは、自爆覚悟のパイロットたちが、米機動部隊の航空母艦に体あたりするという必死の戦術であった。
 日本軍指揮官たちは、この特攻攻撃は「一時的な便法」で「他の方法では米軍に対抗できなかったから」と、考えていたが、当初に成功したことが、フィリピンでも、そのほかの戦場でも、「神風」を大規模に使用するのを正当化する理由になった。

DUNKIRK Movie Clip - Dog Fight (2017) Christopher Nolan

2021-04-19

0戦はやと

2021-04-18
https://youtu.be/7ghCzyjmbFg

0戦はやと 第1話 
1964年1月21日から10月27日まで
フジテレビ系で放送された。 全38話。
 ピー・プロダクション制作。 Wikipediaより

【1944年 マリアナ沖海戦】

2021-04-17
多数の航空戦力を喪失。事実上の機動部隊壊滅
開戦当時は無敵を誇った零戦もこの時期にもなると旧式化・陳腐化していた。 後継機「烈風」の配備が遅れていた日本に対して、アメリカは高性能な後継機(F4Fワイルドキャットからの)F6Fヘルキャットを主力に据えており、その性能差は熟練パイロットであっても埋めるのは困難だった

1943年代後半になると、アメリカ軍は中部太平洋での攻勢を本格化。

この状況を受けて空母機動部隊である第一機動艦隊と第一航空艦隊を主力とする基地航空隊によって撃破するという作戦を立てた。この決戦想定作戦を「あ号作戦」といい、あ号の「あ」はアメリカの「あ」である。

 

機動部隊を率いる小沢治三郎中将は、日本海軍の艦載機の特徴である航続距離の長さを活かし、アメリカ軍艦載機の作戦圏外から攻撃部隊を送り出すアウトレンジ戦法を実行した。

しかしレーダーに誘導された戦闘機による迎撃によりそのほとんどが米機動部隊に近づく前に撃墜され、またVT信管を使用した(使用率20%)対空弾幕の増強により、わずかに残った日本の攻撃隊は次々と撃墜された。

さらに当時すでに多くの熟練パイロットを失っており、開戦時のエースパイロットやベテランの熟練者達の持つ技量で行うことを前提にしたアウトレンジ戦法はほぼ不可能に近かった。

こうしてたやすく撃ち落とされる日本側の艦載機をアメリカ側では「マリアナの七面鳥撃ち」と呼んだ。また、日本海軍の空母が相手との距離を縮めないように同じ海域に留まっていたため、次々と敵潜水艦の餌食となってしまった。

この戦いで大鳳翔鶴飛鷹という数少ない正規空母とそれに準ずる空母3隻を失った他、参加航空兵力の3/4以上となる378機もの航空機の損失により第一機動艦隊は事実上壊滅、日本海軍は二度と機動部隊中心の作戦を行う事ができなくなった。

また、この後「絶対国防圏」の要ともいえるサイパン島を失ったことで、戦局の挽回や有利な条件で講和を結ぶ可能性は完全に失われた。

· 【栗田健男VSハルゼー】 レイテ沖海戦の主役ですがどちらに軍配を上げますか?

2021-04-17
Facebook佐藤俊明さん曰く ハルゼーはまんまと罠にはまり栗田はレイテ突入をエスケープどちらも面目を潰しました マッカーサーは日本軍の作戦を評価しました
栗田長官は一時航路を西に取り、引き帰した。しかし、これはハルゼーの目をくらます偽装進路であった。そしてこの策は成功する。ハルゼーはこの日本軍の行動を敗走とみなし、同時に南下しつつある小澤機動部隊を囮と知らずにこれを求めて北上した。「捷一号作戦」はまんまと成功したのである。
囮作戦に成功した小沢中将は栗田艦隊と、当時横浜の日吉の地下壕にあった連合艦隊司令部にむけて囮作戦成功の電報を発信した。  しかし、ここにレイテ海戦最大の謎が発生する。この無電が栗田艦隊司令部に届かなかったのである。  更に、連合艦隊司令部が発信した栗田艦隊宛の激励電報も届かなかった。  外部の状況が全く入らない状態にあった栗田艦隊司令部はレイテ突入をためらう。  それは、 ① 囮作戦の成否が判らず、背後からいつハルゼー機動部隊が襲ってくるかわからない。 ② サマール沖海戦により戦果をあげた。(栗田艦隊が戦果を挙げたと思ったのは実は輸送船団の護衛空母にすぎなかったのだが、この時栗田艦隊はこのことを知るよしもない)この上のリスクを負う必要があるのか ③ このままレイテに侵攻すれば先日の戦闘で半減した艦隊は、米輸送船団と刺し違える形で全滅するに違いない。虎の子の艦隊をこの様な形ですり潰してよいのか。  ということが、栗田司令部の判断を鈍らせた。そして、それは情報が全く入ってこないという不安からおきたことであった。
戦史上最大の謎に満ちた決断を行う。「レイテ突入を断念し、進路を北に取り敵機動部隊を求める」という決断である。
栗田提督がレイテ突入を断念した直接の原因はわからない。栗田自身戦後も一切このことについて語っていないからだ。
戦車、戦闘機、戦艦、などミリタリー 好きな人集まれ!「絆の会」 4月15日 23:43  ·  【栗田健男VSハルゼー】 レイテ沖海戦の主役ですがどちらに軍配を上げますか?

 しかし、この原因の大きな要素に、情報の不足というのが挙げられるであろう。
 先程も述べたとおり、小沢艦隊や、連合艦隊司令部が発信した電報が栗田司令部に届かなかった。なぜこうまでこの時電報が届かなかったのか?これも戦史の謎である。
 栗田司令部が座乗した戦艦「大和」はマストも高く、通信感度が他の艦船に抜きん出て優秀な船であった。その船に乗りながら全く情報が入らないということが考えられるであろうか。
 ここで一つの仮説がある。
 当初、栗田司令部は重巡「愛宕」にあった。しかし、「愛宕」がパラワン水道で米潜水艦の攻撃を受けて沈没すると、旗艦をを戦艦「大和」に移した。
 この時の緊急の司令部移動に司令部付の通信班が完全に移動できなかった。
 艦隊司令部ともなればより高度な暗号で通信される。といことは、通信班が完全でなくては電波が傍受できても解読が不可能になる。事実この時愛宕に移動できたのは通信班の数人の士官しか移動できずしかも暗号表も紛失していたと言われる。
 つまり、「大和」には電波が届いていてもそれを解読することができなかった。以上は一つの仮説であるが大変有力な説だと思う。
 この説によって考えたとき、もし旗艦が最初から「大和」だったら。このような混乱がなく、作戦どおりレイテ突入を果たしたに違いない。
TOPへ戻る