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美味求真【菓子編】

美味求真【菓子編】

茂木の琵琶

2022-05-16

Facebook 畠山 紘さん曰く


5月15日
こんばんは。長崎口之津でイルカウオッチングを経営している友人から今年も長崎。茂木の琵琶いただきました。
昨年もいただき「琵琶酒」も漬けて今も飲んでいます。
初夏を感じる爽やかな風味と瑞々しさ
春から初夏にかけて、産毛に包まれた柔らかなオレンジ色の実をつける「びわ」。
薄皮を剥くと、したたる果汁とともに姿を現すオレンジの実。緻密な果肉を一口かじれば、爽やかな風味と瑞々しさが口いっぱいに広がり、初夏を感じさせてくれます。
、現在も国内生産量の約30パーセントとトップシェアを誇ります。
そんな「びわ王国」長崎の中でもトップブランド品種と言われ、根強い人気を誇るのが「茂木びわ」。太陽の光をいっぱいに浴びて育つ長崎の茂木びわは、やさしい甘さと、ほのかな酸味、滴るほどに瑞々しい果汁、やわらかな食感と芳香の織りなすハーモニーがバランスよく、市場でも高い評価。
2022-05-15
Facebook 吉澤 功治さん曰く
吉澤さん、裏千家でしたよね?
今日の朝茶事で言われました。
確かに、裏千家では、
折敷→初献→飯器→汁替え→
煮物椀→二献→焼物→強い肴
→預け鉢ですね。
しかし、吉澤は、表千家に近い。
初献→煮物椀→飯器→汁替え→焼物→飯器→汁替え→焼物→飯器→二献→強い肴→預け鉢としています。
それは、自然の流れからです。
煮物椀を頂いてから、ご飯と汁、焼き魚がしぜんですよね。
もし、ご飯が足りなかったら、
焼物の次に、飯器を出してあげる。
酒が、好きな方がいて、酒を出すなら、
あてに、強肴、と思いますよ。
裏千家だから、こうしなくてはいけない。
それは、お客様のことを考えたら、
変ですね。
決まりごとに、人をはめるのではなく、
人を思い、お客様第一主義。
それが、茶の湯です。
お酒が好きでない方が多かったら、
二献は、進めない。
お腹が、空いているなら、
二度目の飯器の後、焼物の後に、もう一度
飯器を出してあげる。
後で、話しますが、
茶の湯を学ぶなら、
素敵な茶の湯に沢山触れる。
お茶は、極められなくても、
悔いなく、茶の湯をやり通したか。
これを蹴り返せば、侘茶に出会えますよ。

皮まで食べられるヤツ。

2022-05-05
Facebook 藤井 英俊さん曰く
黒田 恵さんのコメント
宣教師は様々な南蛮渡来の食品を信長に献上した。
厳密に考えれば、南蛮貿易の拠点となる港があった九州の諸大名の方が、先に食したのではないかとも思えるが、歴史はロマン。日本人で初めて信長が最初に食したと言われている物を紹介しよう。
【バナナと信長】
1569年(永禄12年)にルイス・フロイスが信長に初めて謁見した際、バナナを献上したと言われている。食したかどうかの記録はない。

森永のお菓子シリーズ

2022-03-12
昭和39年に登場したハイ・クラウン

Facebook  須賀 裕之 さん曰く 

森永のお菓子シリーズ
昭和39年に登場したハイ・クラウン
昭和44年に登場したハイ・ソフト
高級感で攻めましたね
ハイソフトは元祖!生キャラメルですよね
昭和44年に登場したハイ・ソフト

ロゴスキーのピロシキの歴史

2022-04-12
「ロゴスキーのピロシキの歴史」の追記です。

ロゴスキーのピロシキは今も昔も「揚げ」ピロシキです。
1950年代、美代は、著書のレシピ本に、揚げピロシキも焼きピロシキも記しましたが、全国の講習会では揚げピロシキだけで行いました。

講習会が揚げピロシキだった理由は、その頃、日本ではオーブン(天火と言いました)が、まだ一般家庭に普及しておらず、焼きピロシキは現実的ではなかったからのようです。

さらに言えば、日本人には揚げ物を好む人が多かったこともあります。
そんなはずはないと思うかもしれませんが、
天ぷらに始まり、コロッケ、唐揚げ、、と案外日本人は揚げ物好きな民族なのです</div></div></div></div><div class=
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