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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

巨人・原監督「(今年は)厳しいでしょう」は本音?主力が過渡期の深刻な現実

2022-03-01
© AERA dot. 提供 巨人の原辰徳監督
2022/03/01 10:00

 巨人、メジャーリーグで活躍した野球評論家の上原浩治氏が27日、TBS系の報道番組「サンデーモーニング」に出演。同番組の「新御意見番」の上原氏が古巣・巨人の春季キャンプで原辰徳監督を直撃取材した。

 上原氏に「どうですか、今年のジャイアンツは」と聞かれた原監督は開口一番、「いやいや、厳しいでしょう」とコメント。「昨年だって最下位チームがあれだけの日本シリーズをやってヤクルトが勝ったというのが物語っている。かなり拮抗してるなっていうのが我々の考え」と厳しい表情を浮かべた。そして、「主力メンバーは固まっているんじゃないですか?」という質問に対し、「いや、そうでもない。争わせてるっていうか、昨年の成績で胸を張って12球団で、ポジション別で1番か2番の人っていうのはいても1人くらいでしょう」と分析。「(坂本)勇人だって1番かどうか。和真は1番か2番。他の選手はだいたい10番目、11番目、12番目」とシビアだった。スタジオで取材の様子を振り返った上原氏は「原監督がああいう発言をするとはちょっと僕もびっくりしました。常に前向きな方なので。『厳しいでしょう』という言葉がまさか出るとは思わなかったです」と振り返った上で、「若手が出てくれば面白いとは思いますけど、主力も年齢がいってますから。若手とベテランがうまくかみあえば、いくとは思います」と今季の展望を予測した。

 スポーツ紙デスクは、「巨人は年々チーム力が落ちているように感じます」と指摘する。

「昨年も原監督の采配のやりくりで前半戦は白星を重ねてきたが、シーズン終盤は完全に力負けして大失速した。主軸の坂本が33歳、丸佳浩が32歳、エースの菅野智之が32歳、山口俊が34歳と主力が年齢を重ねて衰えが見られるようになってきた。若手の高橋優貴、戸郷翔征は独り立ちしてほしいですが、春季キャンプから実戦でピリッとせず心許ない。松原聖弥、吉川尚輝もまだまだ発展途上で、他球団の同じポジションの選手と比べると見劣りする。投打で不安要素が多く、原監督も我慢しながらの戦いが続くと思います」

 菅野は昨季度重なる故障とコンディション不良の影響で6勝7敗と入団以来自己ワーストの成績に。昨季途中にメジャーから復帰した山口は打線の援護に恵まれない登板が続いたことを差し控えなければいけないが、2勝8敗と大きく負け越した。丸も打撃不振でファーム降格を味わうなど打率.265、23本塁打、55打点とふるわず。再び輝きを取り戻せるか、正念場のシーズンとなる。

 前年最下位だったヤクルト、オリックスが昨季はリーグ優勝を飾る波乱の展開だったが、若い力が台頭すればチームは一気に変わる可能性を秘めている。ヤクルトは塩見泰隆、奥川恭伸、高橋奎二が頭角を現したことが日本一に駆け上がった大きな要因になり、オリックスも宮城大弥、紅林弘太郎の「高卒2年目コンビ」が大ブレークして優勝に大きく貢献した。

「巨人も楽しみな若手が多いですよ。完成度の高いドラフト3位の赤星優志、現在トミー・ジョンの手術明けで育成枠ですが150キロ以上の快速球を武器に実戦で快投を続けている19年ドラフト1位右腕・堀田賢慎、鉄砲肩で正捕手争いに参戦している山瀬慎之介、『ポスト坂本勇人』の呼び声が高い高卒2年目の遊撃手・中山礼都、将来のクリーンアップ候補の秋広優人と楽しみな若手が多い。イキのいい新戦力が1人でも多く出てくればチームに大きなプラスアルファになるし、勢いをもたらす」(スポーツ紙デスク)

 V奪回へ、レギュラー陣を脅かす若手の台頭が不可欠だ。(安西憲春)

子どもの頃に見た相撲を実況したい 藤井康生アナの千秋楽

2022-02-25

Facebook 時事通信社さん曰く


大相撲コラム◆土俵百景
1月の初場所、長く好角家に親しまれてきた藤井康生アナウンサーが、NHKでの最後の放送を終えた。
「初土俵」から38年。
「千秋楽」を終えて思い出されること、愛する大相撲に願うことを聞いた。

NHK | 【閉会式・総集編】17日間に渡った冬のスポーツの祭典が閉幕。

2022-02-21
チャン・イーモウさんが演出の総監督。日本の旗手は郷亜里砂選手 | 北京オリンピック

北京五輪閉幕に際しての談話

2022-02-21
ノルディックスキー・ジャンプ混合団体の1回目が失格となり、涙を見せる高梨沙羅(中央)=7日、中国・張家口

Facebook 時事通信社さん曰く


ノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅が20日、北京五輪閉幕に際しての談話を日本オリンピック委員会を通じて発表しました。
高梨「前進したい」 五輪閉幕でコメント〔五輪・スキージャンプ〕

ノルディックスキー・ジャンプ女子の高梨沙羅(クラレ)が20日、北京五輪閉幕に際しての談話を日本オリンピック委員会(JOC)を通じて発表し、「応援してくださる全ての方々を失望させる結果になったが、選手やチーム同士、関係者、たくさんの方々が純粋に喜び合えるスキージャンプという素晴らしい競技の場に立つために、現状を鑑みて前進していきたい」と前向きにコメントした。

〔写真特集〕スキー女子ジャンプ 高梨沙羅

 高梨は5日の個人ノーマルヒルで4位。7日の混合団体は1回目にスーツの規定違反で失格し、日本は4位となった。謝罪のコメントを記したインスタグラムの投稿には、多くの励ましの返信が寄せられた。
 高梨は「最後の最後まで支え続けてくれたチームメートとスタッフの方々、温かく優しい言葉で励ましてくれた各国・地域の選手・スタッフ、皆さんに本当に助けられた」と感謝の意を示した。
 ジャンプ女子のワールドカップ(W杯)は25日にオーストリアで再開する。 (時事)

北京五輪のジャンプ混合団体2回目の飛躍後、日本チームを見守る高梨沙羅=中国・張家口(2022年02月07日) 【時事通信社】

本当にありがとうございました

2022-02-21
日本選手団は、スピードスケート女子の郷亜里砂が開会式に続いて旗手を務めた。

Facebook Team JAPANさん曰く


 
先ほど行われた閉会式をもって #Beijing2022 は閉幕
大会期間中 日本から #TEAMJAPAN を応援してくださったみなさん、
本当にありがとうございました

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

第65代横綱 貴乃花

2021-10-06
第66代横綱 若乃花

若貴の時代

2021-10-06
貴乃花「今後も不撓不屈の精神で」

ローラーゲームを覚えておられますか?

2021-09-22
Facebook 福田 晋也さん曰く
東京ボンバーズ、ロサンゼルス・サンダーバード。
ローラーゲームを覚えておられますか?
東京ボンバーズ、ロサンゼルス・サンダーバード。
ラリールイスという選手の名前が記憶に残っています。
あとヨーコとか森とか。

橋本真也vs小川直也

2021-09-21
【新日本プロレス 「橋本真也34歳、小川直也に負けたら即引退!スペシャル」 2000年4月7日 東京ドーム】

名横綱、そして名理事長でした。

2021-09-13
横綱佐田の山→出羽の海理事長→境川理事長

横綱に昇進し、奉納土俵入りで初の雲竜型手数入りを奉納する佐田の山(右)=1965年1月29日、東京・渋谷区の明治神宮【時事通信社】


 大相撲の元横綱佐田の山で引退後は日本相撲協会理事長も務めた市川晋松(いちかわ・しんまつ)さんが2017年4月27日午前3時15分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。79歳だった。葬儀は家族葬で済ませた。
 長崎県新上五島町出身で旧姓佐々田。1956年初場所、出羽海部屋から初土俵を踏み、60年春場所新十両、61年初場所新入幕。幕内3場所目の夏場所、平幕優勝を遂げて注目された。
 62年春場所で2度目の優勝を果たし、大関に。65年初場所、3度目の優勝をして横綱に昇進した。名門出羽海部屋の猛稽古で鍛え、突っ張りからの右四つ、寄りが得意。人気は大鵬、柏戸に及ばなかったが、誠実で闘志あふれる取り口は横綱の名にふさわしく、優勝6回は柏戸を上回る。
 病気などで不調の時期を経て67年九州、68年初場所と連続優勝して復活を印象づけたが、翌春場所6日目に突如引退を表明し、ファンを驚かせた。潔い散り際として語り草になっている。
 師匠の長女と結婚して市川姓となり、引退後は年寄出羽海として部屋を継承。92年には日本相撲協会理事長に就任した。
 その後、部屋を元関脇鷲羽山に譲り、年寄名跡を境川に変更して理事長職に専念。年寄名跡改革などに取り組んだが、協会内の反発で断念し、98年に退任した。2003年に定年退職した。

【 プロレス編】

社長・・・とは言わなかったか・・・な?

2021-05-25
天辺獲ったどう・・・、とも言わなかった・・・かもしれない?
Facebook ジャンボ鶴田 Jumbo Tsurutaより

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
PWFへビュー級選手権ベルト
NWAインターナショナル選手権ベルト

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
UN選手権ベルト

ファイトの足跡

2020-09-07
私は、プロレスといえばG馬場命、ボクシングといえば大場命です。
ジャンボ鶴田の三冠ベルトです。

NWA世界ヘビー級選手権ベルト

2021-05-15
ハーリー・レイスモデルです。
NWAヘルトには、団体加盟傘下国のフラッグが・・・。

【 ボクシング編 】

井上尚弥が防衛成功!ダスマリナスを3回TKO バンタム4団体統一へ前進

2021-06-20
日刊スポーツ新聞社 2021/06/20 18:39
© 日刊スポーツ新聞社 ダスマリナスを攻める井上尚弥(AP)

<ボクシング:WBAスーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦>◇19日(日本時間20日)◇米ネバダ州ラスベガス

WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が防衛(WBA5度目、IBF3度目)に成功した。

IBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)を3回TKOで倒し、日本人初となる2戦連続の「聖地」防衛に成功した。

WBC同級王者ノニト・ドネア(38=フィリピン)ら他団体の対抗王者が見守る中、ラスベガスのリングで実力をアピールした。目標に掲げるバンタム級4団体統一へ、大きなステップを踏んだ。

  ◇   ◇

全米生中継、ラスベガスでは自身初の有観客興行という舞台で、井上が白星をつかんだ。日本人初となる2戦連続「聖地」防衛に成功。「試合当日の自分がどのようなパフォーマンスをするのか、ラスベガスにどんな試合をみせられるのか。自分でも楽しみ」。神経質になり、緊張しても良い環境であっても、井上は愛称「モンスター」らしくファイトした。

昨年10月のジェーソン・モロニー(オーストラリア)戦で初めてラスベガスに進出した。米プロモート大手トップランク社と契約後初試合で7回KO勝ちを収めた試合内容は大きな評価を受けた。「間違いなく彼は世界で最高のファイター。誰もが彼のようにはなれない」と絶賛していた同社ボブ・アラムCEOが試合前会見でも「モンスターが米国に戻ってきた」と手放しで歓迎。試合1週間前からラスベガスの掲示板は井上-ダスマリナス戦のPRが増え、中継局の米ESPNでは連日、ゴールデンタイムに井上を特集番組が放送された。

井上は言う。「もうプロモーションを含め、かなり期待を感じるので、その期待を裏切らないように、出せるものすべて出して、しっかりと勝ちにつなげたいです」。所属ジムの大橋秀行会長(56)は「米国での対応、評判が前回に比べものにならないぐらい(高い)。本人も比較していて、良い意味でかなり気合が入っている」と口調を強めていた。期待を力に変え、海外オッズでも優位の井上が確実に「聖地」で勝利を手にした。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時代にアマ7冠。12年7月にプロ転向。国内最速(当時)6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を獲得し、国内最速(当時)の16戦目で3階級制覇。19年5月にWBA、IBF世界バンタム級王者に。同年11月、WBSSバンタム級トーナメント優勝。家族は夫人と1男2女。164・5センチの右ボクサーファイター。

◆世界主要4団体統一王者 過去6人誕生している。世界主要4団体となって以降、04年にバーナード・ホプキンズ(ミドル級)、05年にジャーメイン・テイラー(ミドル級)、17年にテレンス・クロフォード(スーパーライト級=すべて米国)、18年にオレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)、20年にテオフィモ・ロペス(ライト級=米国)が達成。そして、階級最強トーナメントのWBSSスーパーライト級覇者ジョシュ・テイラー(英国)が5月23日、ホセ・カルロス・ラミレス(米国)との4団体統一戦を制し、史上6人目の統一王者になった。

井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発

2021-05-23
#井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発
モンスター NAOYA INOUE

WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者 井上尚弥(大橋)、ラスベガスデビュー

2021-05-23
挑戦者は、 WBA2位、IBF4位、WBO1位 ジェイソン・マロニー(オーストラリア)



WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者
井上尚弥(大橋)

VS
WBA2位、IBF4位、WBO1位
ジェイソン・マロニー(オーストラリア)

 

試合結果は
井上尚弥の7RKO勝ち

 

バンタム級のWBAスーパー王座とIBF王座を持つ井上尚弥(27=大橋)が10月31日(日本時間11月1日)、

アメリカのネバダ州ラスベガスで両王座の防衛戦

挑戦者はWBA2位、IBF4位、WBO1位にランクされるジェイソン・マロニー(29=オーストラリア)。

19戦全勝(16KO)の井上に対し、マロニーも22戦21勝(18KO)1敗。

マロニー健闘も、7R右クロスカウンターで井上尚弥の7RKO勝ちです。

井上尚弥 vs ジェイソン_マロニー 無観客のラスベガスデビュー戦

井上尚弥のヘッドロールがマジにスゴすぎる

2021-05-25

井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い

2021-05-25
井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い

【 ボクシング編 】(アーカイブス)

「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」

2022-01-31

日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。

エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。

【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂

Facebook 井岡 弘樹さん曰く

Facebook 井岡 弘樹さん曰く


2月1日(火)午後6:10〜NHK BSで放送される井岡弘樹とエディタウンゼントトレーナーとの奇跡のドキュメンタリーの放送のお知らせです。
この感動的な
命懸けのストーリーを
是非多くの方に見ていただきたいので#拡散 宜しくお願い致します
放送日はエディさんの命日。大切な日を忘れない為、エディさんが亡くなった午前1時に妻と入籍しました。
また感想など聞かせていただけると嬉しいです


Facebook 井岡 弘樹さん曰く

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ
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