ファイトの系譜
【 オールラウンド編 含TOKYO2020の記録】
2日、横浜スタジアムにて行われたノックアウトステージでアメリカと対戦。
体操女子種目別ゆかで村上茉愛が銅メダルを獲得
体操女子種目別ゆかで村上茉愛が銅メダルを獲得
体操女子種目別ゆか決勝、村上茉愛は得点14.166で3位タイで銅メダルを獲得した。
決勝はほぼノーミスで演技。H難度の大技「シリバス」が決まって笑顔も見られるシーンもあった。
57年ぶり、村上茉愛、ゆか個人で銅メダル!!
バスケットボール女子1次リーグのB組は、日本がナイジェリアを102-83で下し、
女子フライ級準々決勝で並木月海(自衛隊)が
【 オールラウンド編 】(アーカイブス)
延長戦でのノーヒットノーランは史上初
小山正明投手
大会MVPにフラメンゴのジーコが
逆転勝利に感動!【Last 10min】Rugby World Cup 2015 Japan vs South Africa
【 プロレス編】
ジャンボ鶴田を評して
ジャンボ鶴田は、これて天辺に上り詰めました。
WWE 2K19 2代目タイガーマスク vs ジャンボ鶴田 - Tiger Mask II vs Jumbo Tsuruta
鶴田、AWAベルト戴冠の試合です。
相手は、御大です。
ジャイアント馬場 対 ジャンボ鶴田
Giant Baba VS Jumbo Tsuruta.
<30分1本勝負>
昭和51年5月1日
世代交代の頃
ジャイアント馬場vs.フリッツ・フォン・エリック(JWA・1966年12月3日)
【 ボクシング編 】
伝説は、ここから始まった・・・。
2団体王者井上尚が防衛 谷口はミニマム級新王座に
ボクシングのダブル世界タイトルマッチ各12回戦は14日、東京・両国国技館で行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(大橋)がIBF5位のアラン・ディパエン(タイ)と対戦し、8回TKO勝ちした。2年ぶりの国内試合でスーパー王座のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛となった。
世界ボクシング機構(WBO)ミニマム級1位の谷口将隆(ワタナベ)は王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKO勝ちし、新王者になった。谷口は2度目の世界挑戦だった。
◇WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦 〇谷口将隆 TKO11回1分8秒 ●ウィルフレド・メンデス(2021年12月14日 両国国技館)
WBO世界ミニマム級タイトル戦は同級1位の谷口将隆が王者のウィルフレド・メンデスを11回1分8秒TKOで破り、王座奪取に成功した。
「まだ夢見心地ですね。2年前の自分よりずっと強くなったと、ようやく自信が持てた」。会心のTKO勝ちが信じられないかのように、ベルトを巻いた谷口が興奮気味につぶやいた。
「挑戦者らしく」がテーマ。それを貫いた。判定で敗れた19年2月の初の世界挑戦。気負って力を発揮できなかった反省が原点にあった。いかにして相手の中に入って接近戦に持ち込むか――。インサイドワークという王者の持ち味を消す作戦を徹底的に練った陣営の執念が実った。序盤から決して下がらず前に前にと圧力をかけ、2回に左フックでダウンを奪うと、中盤以降も果敢に前へ出る。11回。左の振り下ろしで相手の動きを止め、コーナーに追い詰めて畳みかけるとレフェリーが試合を止めた。
同じジムには同学年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者、京口紘人がいる。アマチュア時代からのライバルに先を越されたが、ようやく同じ「世界」の称号を手にした。青コーナーで励まし続けた盟友は「申し分ない内容。これから2人で引っ張っていこう」と激励。これに谷口も「勝利の女神ならぬ、男の神様」と感謝した。
「僕は(メインイベントの)井上君のおまけ」と控えめに話していたモンスターの“前座”が、存在感を十分に見せつけた。27歳の新王者は「来年は谷口の試合を見にこようと言われるボクサーになりたい」とさらなる成長を約束していた。
◇谷口 将隆(たにぐち・まさたか)1994年(平6)1月19日生まれ、神戸市出身の27歳。中1でボクシングを始め、神戸第一高ではインターハイ8強入り。龍谷大ではボクシング部主将を務め、国体で2度準優勝。アマ戦績は74戦55勝16KO19敗。16年4月プロデビュー。18年11月にWBOアジアパシフィック・ミニマム級王座、20年12月に日本同級王座を獲得。身長1メートル62、リーチ1メートル64の左ボクサーファイター。
【 ボクシング編 】(アーカイブス)
「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」
日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。
エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。
【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂
Facebook 井岡 弘樹さん曰く
ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】
大場政夫
1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。
永遠のチャンプ
私が最も敬愛するボクサーです。
1949年10月21日東京都足立区生まれ。
実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しか
その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学
その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と
翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。
以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、
そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の
1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバ
この時、大場は21歳。
プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました
その後、2年半足らずで王座を4度防衛。
そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の
相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チ
大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。
その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのフ
しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優
前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛
ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ち
その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフ
1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継
終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした
小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。
決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピー
猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直
いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。
その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る
この試合の23日後、1973年1月25日。
大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都
現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。
大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネ
また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました
中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度
大場政夫
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛