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ちょい話【親鸞編】

仰せを蒙りて【文字データ編】

如是我聞

2022-08-09

Yasuda Rizinさん曰く


1440

本願を説いた経典というのが大無量寿経です。
その本願そのものを具体的に押さえれば何であるかというと、
名号なのです。
大無量寿経の中に名号があるのではないのです。
名号の意義を説いたのが大無量寿経です。
どんな経典でもみな「如是我聞」と。
聞という字がついている。
大無量寿経だけでない、
観無量寿経でも
阿弥陀経でも
みな「如是我聞」です。
経典は論ではないのです。
1441

「如是我聞」。
あるいは「我聞如是」です。
こういう言葉があるのです。
その「聞」というのがつまり音信を聴くと。
言葉を聴くのです。
言葉の意味を聴くわけです。
だから大無量寿経以外でも、「
如是我聞」という、
「聞」の無い経典は無いのです。
そこに経典というものがある。
経典は論ではないのです。
聞其名号
1442

経典というものは論や釈ではないのです。
経典は「聞」で代表されている。
これが今日、大事な点です。
大無量寿経の中には
「如是我聞」というよりも
「聞其名号」という言葉があるでしょう。
これは大無量寿経にしかないのです。
「我聞如是」という言葉は
他の経典にもあるでしょう。
けれども
「聞其名号」ということが出ているのは
大無量寿経だけです

カール・バルトという人

2022-08-03

Facebook Yasuda Rizinさん曰く



1435
カール・バルトは今、膨大な教義学の本も出ていますが、
有名になったのはロマ書の講義というのがありまして、
これが非常に革命的な働きをしたわけです。
そのことで思い出すのですが、
カール・バルトはドイツの人。
厳密には今はスイスですけどドイツです。
バルトは、
自分らとは非常に無関係な、
東の中の最も東という極東に、
日本という国があると。
そこへ
七百年前に
親鸞という人が出ていると言うのです。
バルトは親鸞を知ったのでしょう。
1436
バルトは親鸞を知ったのでしょう。
どうして知ったかは私は知りません。
まだ『教行信証』は翻訳されていない時代の話です。
向こうではオルデンベルクというような人があって、
仏教の研究は非常に思想的に進んでいます。
それで親鸞を知ったのでしょう。
そして驚嘆している。
われわれと縁の無い、
もう全く無関係な極東の日本において福音主義が出ている、
とバルトは言うのです。
1437
親鸞はわれわれと相談したわけではないと。
だからぜんぜん縁の無い所に福音主義というものが現れていると。
これが親鸞だと。
これは奇蹟としか言いようがないとバルトは驚嘆しているのです。
非常に大事な点ではないかね。
外国の人はそういうように親鸞に驚くのです。
けれど仏教徒はそれほど驚かない(笑)
1438
こちらの坊さんには感動が無いのです。
逆に、向こうの人が親鸞を見出してくる。
こういう時代なのです。
それほど親鸞は世界性を持っている。
本願寺に包み切れないのです。
そうでしょう。
親鸞の明らかにした思想は、本願寺の中に入らないのです。
人類的なものがあるのです。
だからかえって異国のそういう人々が驚嘆する。
1439

福音というのは、
皆さん知っておられるように、
喜ばしき報せという意味です。
音というのは音信というように、
便りです。
魂の故郷からの便りです。
福音とはそういう意味です。
われわれが忘れている魂の故郷から音信が来ていると。
帰れ、根元に帰れという音信です。
それが福音。
だからそういうことから見ても、
言葉というものが非常に大事だということが分かりますね。

奴、人間は奴隷ではないと。

2022-07-19

Facebook Yasuda Rizinさん曰く


1420

今のヒューマニズムからいうと、
人間は奴隷になどならないぞと。
こういうのが今の人間の関係でしょう。
人間は奴隷ではないと。
尊厳性というものをもっていることが人間ですね。
独立者であると。
自主性をもてと。
それは奴隷とは正反対でしょう。
奴隷にされたのが封建主義だと。
奴隷を廃して自己の尊厳性に立つことが近代精神です。
ところが聖武天皇は「三宝の奴とならん」と。
三宝の奴隷になって後悔しないといっている。
これは実は非常に大事なことではないかね。


1425
これを「仏教に随順する」と。
それが捨てしめるでしょう。
それから「仏意に随順す」と。
これが諸仏なのです。
諸仏の意に随って行ずる。
それから「仏願に随順する」と。
これは大無量寿経の本願でしょう。
自己に死んで願に生きるということを知るためには
捨てなければならない。
自分の捨てたいものを捨てるのではないのです。
それなら好き嫌いでしょう。

丁寧に読みほぐしていく対話を

2022-07-05

Facebook 速水 馨さん曰く


分かりやすい話というのは、物事を単純化させること。

しかし、そこからはたくさんのことが漏れ落ちる。

しかも今があるのは、色んなことが複雑に絡み合って至っている。

単純化された言葉に飛び付かず、

丁寧に読みほぐしていく対話を。

(7月2日奉仕団結成式)

『人生列車』 吉川英治作

2022-07-05
『人生列車』 吉川英治作

発車駅の東京も知らず、横浜も覚えがない。

丹那トンネルを過ぎたところで薄目をあける。

静岡あたりで突然乗っていることに気づく。

そして名古屋の五分間停車のあたりから、窓の外を見てきょろきょろしはじめる。

この列車はどこへゆくのかとあわてだす。

もしそんな乗客がいたらみな吹き出すに決まっている。

その無知な乗客を哀れむに違いない。

ところが人生列車は全部の乗客がそれなのだ。
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