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【大谷派】作法と荘厳

真宗本廟の仏事

東本願寺親鸞聖人七百回大遠忌法要1(勤行・儀式)

2021-05-25

阿弥陀経 正信偈 御俗姓拝読(川島真量)
 漢音阿弥陀経 御伝鈔拝読(大橋暁・四辻龍端) 
伽陀 坂東節 縁儀・庭儀・舞楽 
法主台下の御言葉 
法嗣殿の御言葉 
御満座の御礼(宮谷宗務総長) 
御満足の御親教(法主台下) 
僧俗代表奉答(金村憲三・近藤房吉) 
式能 (1961.4.14~28 東本願寺本山本願寺)

東本願寺親鸞聖人七百回大遠忌法要2(音楽法要・記念演奏会)

2021-05-25

音楽法要 作曲・松下真一 
導唱・大谷光紹法嗣殿 
指揮・林達次 
独唱・山本徹 
エレクトーン・鷲淵紹子 
ティンパニ・徳田孝 
合唱・大谷派関係合唱団 (1961.4.23 東本願寺大師堂)

 記念演奏会 
橋本国彦作曲「三つの和讃より」 
独唱・中山梯一 清水脩作曲 土岐善麿作詞 
交声曲「歎異抄」 
指揮・山田夏精 
独唱・中山梯一 柴田睦陸 戸田敏子 
合唱・京都女子大学 光華女子学園 相愛女子学園 龍谷大学 大谷大学合唱団 
管弦楽・NHK大阪放送局交響楽団 
(1961.4.16 京都会館第一ホール) 
1961年収録

東本願寺親鸞聖人七百回大遠忌法要7(布教使集会・青少年全国大会など)

2021-05-25

布教使集会(篷茨祖運・仲野良俊) 
青少年全国大会 青年弁論大会(北海道地区仏青代表 宮本国旺) 
大谷派全国合唱のつどい(大谷楽苑演奏) 
「歓喜のカンターター」(作詞・大谷智子裏方 作曲・木下保) 
「板敷山」(作詞・長田恒雄 作曲・清瀬保二) 
(1961.4.14~27 東本願寺本山本願寺大師堂・高倉会館・大谷ホール)

西暦2000年、蓮如500法要記念企画

2021-05-09
オープニング曲でした。

東本願寺の時代

2021-05-08
大寝殿について

真宗大谷派の衣体(ころも)等について

職分の衣体

2021-04-07
堂衆列参詣席側の二方が参衆です。
左奥から堂衆、准堂衆と楽僧です。
本病報恩講、門首着座前です。

職分の衣体

2021-04-07
門首後継後奥は参務、手前は定衆です。 延暦寺での源信僧都年回法要お勤めの図です。
信明院殿鍵役の先導をする本廟堂衆です。

ご門首を付き従う准堂衆

2021-04-14
准堂衆はこんな袴を着けます。

鍵役の衣体

2021-04-07
能慈院殿、ボーイスカウト世界ジャンボリーでの焼香です。
信明院殿、四日市別院での750回御遠忌庭儀の図です。

門首後継の衣体

2021-04-07
能慈院殿、真宗本廟本尊動座式での図です。
延暦寺根本中堂でのお勤めの図です。

作法について

焼香は金香炉で行います。

2021-04-04
春の法要2021での修如上人による焼香です。
真宗本廟御影堂の御真影尊前です。

真宗大谷派お焼香作法

2021-05-29
真宗大谷派東本願寺【公式】より

御文拝読 

2020-12-05
御正忌です。真宗大谷派 九州教区 日田玖珠組 浄満寺 渡邊弘宣師(真宗本廟准堂衆)
渡邉先生の足跡
御自坊での750回御遠忌with御後継and信梧院殿
四日市別院での750回御遠忌with信明院殿
四日市別院750回御遠忌での御伝鈔拝読

· 21世紀初頭に私が式事をさせていただいたお寺さんの野卓の写真です。

2021-04-14
Facebook 吉峯 教範さん曰く  2020年4月15日

本勝手が銀、逆勝手が金。陰陽からいうとそうなります。

2021-04-14
Facebook 土田龍樹さん曰く  本勝手逆勝手が本願寺の口伝と逆ですね…
Facebook 土田龍樹さん→ 吉峯教範さん
Facebook 吉峯教範さん→土田龍樹さん
逆になっていた理由を思い出しました。
当寺の本堂と庫裡の配置が一般とは逆になっている関係で、本堂を縦長に使って葬場を設置する為には内陣に向かって右側(つまりは北餘間側)に野卓を設置する必要があったのですが、この場合通例通りにしようとすると、巻障子を閉めてあるとは言いながら現実の本堂の御本尊に足を向けた形での荘厳になってしまうという問題を当時の式掛が留意されまして、最終的に(やはり本堂の本尊に足を向けるのはやめようということで)通常とは逆に野卓の向かって右側に遺体の頭を向けたのに合わせて、金銀の紙花も逆にしたという経緯があった様に思います。
ちなみに野卓の奥には御遺体だけで本尊の安置はしてありません。
所謂、そもそもの荼毘の形態です。
巻障子を閉めてあるとは言いながらも、長年本堂の御給仕をしてきた住職の葬儀に最後に阿弥陀さんに足を向けさせるわけにはいかないという配慮でした。

日常生活で出来ること

真宗大谷派お焼香作法

2021-05-29
真宗大谷派東本願寺【公式】より

お内仏のお荘厳・お給仕

2021-05-11
報恩講・年忌法要等のお荘厳

小威儀の結び方 (肩衣・畳袈裟)

2021-04-01

春の法要2021、北余間に奉懸した御影軸です。

2021-03-25
新門の時代に、お隣の浮羽までは足を運ばれましたが、当地へのご下向は叶いませんでした。
教如様です。
当山の開基住職、釋澤月です。
宣如様へ祖師聖人御影下賜をお願いいたしました。

春の法要2021、北余間のお荘厳です。

2021-03-25
左から、教如聖人御影、連煮様御染筆六字名号、開基名号、教如上人御染筆の六字名号、開基住職似影
当山に伝わる、三つの六字名号です。
開基名号です。
蓮如様の御染筆です。
教如様の御染筆です。

大谷派のお荘厳について

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富山県井波地方 建築彫刻の伝統技法

2021-05-11
欄間等の建築彫刻で有名な富山県井波の彫刻技法の記録映像です
杉谷山 瑞泉寺<井波別院>(富山県南砺市井波

石山合戦配陣図

2021-04-04
和歌山県立博物館

和歌山市
昭和17年/1942年
一幅
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

石山合戦における本願寺と織田信長との軍勢の配置図。大阪定専坊所蔵の合戦図を昭和17年に写したもの。
画面には「鈴木孫市」など紀州勢の名称も見える。


錦絵 石山本願寺合戦

2021-04-04
和歌山県立博物館
和歌山市
明治16年/1883年
大判三枚続
和歌山市湊本町3丁目2番地
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。
合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。
画面には「鈴木孫一」など紀州勢の名称も見える。
太閤記 石山大合戦之図
楊洲周延 (1838~1912)
ようしゅうちかのぶ
和歌山市
明治時代
大判三枚続
和歌山市湊本町3-2
和歌山市立博物館

織田信長と大坂本願寺が戦った石山合戦を描いた錦絵。合戦は元亀元年(1570)から天正8年(1580)まで続き、紀州の雑賀衆も参戦した。

蓮如像

2021-04-04
和歌山県立博物館

江戸時代後期/1823
紙本著色
縦70.0cm,横48.0cm
1幅

 浄土真宗本願寺第8世の蓮如(1415~99)は門弟に、親鸞と蓮如の連座像や自身の寿像を与え、勢力の拡大を図っているが、連座像としては京都・西法寺本や西本願寺本など、単独像としては、大阪・光善寺本や慈願寺本などが知られる。
当館所蔵のこの資料は単独の肖像で、裏書によると、文政6年(1823)に西本願寺第19世・本如(1778~1826)が、真宗興正寺派の末寺であった長門国阿武郡萩(現・萩市)の清光寺に与えたものである。
面容や左手のみに数珠を持つ点など、上述した事例とはやや異なる点がみられる。
教如像
江戸時代前期
紙本墨書
縦95.4cm,横39.5cm
1幅

 浄土真宗大谷派本願寺第12世教如(1558~1614)は、本願寺第11世顕如(1543~92)の長子として生まれた。
天正8年(1580)、石山本願寺と織田信長が戦った石山合戦の和議が成立した際に、顕如が紀州・鷺森(現・和歌山市)に退去したのに対して、教如は石山に籠城して抗戦を続けた。
5か月のちに教如も紀州に退くが、この行動の違いが後の本願寺分裂の遠因となった。
教如の画像としては、大阪・延徳寺本などが知られるが、本図もそれに続く時期のものと思われる。

絹本著色親鸞聖人絵伝

2021-04-04
福岡県
江戸/1640
浄喜寺の親鸞聖人絵伝は四幅対の作例で、図様自体は真宗大谷派の四幅対絵伝一般と変わるところはないものの、その絵画的完成度と彩りは群を抜いている。
墨線でおおよその輪郭をとり…
画面法量 縦134.1㎝、横77.9㎝
四幅
福岡県行橋市大字1802
行橋市指定
指定年月日:20180704
宗教法人 浄喜寺
有形文化財(美術工芸品)
浄喜寺は守田山雲龍院と号す真宗大谷派の寺院である。
この親鸞聖人像を所蔵する浄喜寺は守田山雲龍院と号す真宗大谷派の寺院である。
浄喜寺にある寺号書下の裏書によって、明応4年(1495)に村上慶善(良成)が本願寺第九世実如から寺号を得て本願寺の直末寺として創建されたことがわかる。
豊前国を代表する真宗寺院であり、天明6年(1786)の『小倉藩寺院聚録』によれば小倉藩内に三十余の末寺を擁する有力寺院であった。

大谷派関係学校のページ

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

大谷大学

2021-02-14
1949年 - 新制大谷大学を開設。文学部に仏教学科、哲学科、史文学科を設立。
1665年 - 琢如が東本願寺寺内に寺院子弟教育を目的として学寮を創設する。

【学生の街 京都】

2021-05-20
京都には学生が多いと言われています。 これを大学生について統計からみていきましょう。
学校基本調査によると、令和2年5月1日現在 の京都府の大学の数は 34校です。大学数だけみると、全国7位ですが、人口 10 万人当た りの大学の数は
京都府は 1.22 校で全国1位となっています。 (表1)
学生の数は学校基本調査によると京都府の学生・院生 は 162,601人です。総人口に対する割合でも、京都府は 6.4%とな 
り、全国1位となっています。 (表2)
出典 令和2年学校基本調査(文部科学省) 人口推計(総務省) 
データで見ても、京都の学生さんの数は多いということがわかります。
道を歩いていて、50人に3人が学生だということになります。とはいえ、京都では観光客の方が多いですが。
この京都で一番古い大学はどこかご存知でしょうか?
この場合、旧制大学になった年、学校として創立した年という見極め方がありますが、ここでは、学校として創立した年で見ていきたいと思います。
種智院大学です。京都でと いうよりも、日本で一番古い創立の大学と言っていいと思います。大学としては、昭和24年(1949年)に新制大学としてスタートしていますが、その創立は天長 5年 (828)、弘法大師 空海 が綜藝種智院として 創設しました。
その他、龍谷大学も1639年 京都西本願寺境内に学寮として創立しています。
大谷大学も1665年の創立です。
これらの大学は最初は仏教の学問所としての創立でした。
今日は1900年に 京都法政学校(現 立命館大学)が設立された日です。
立命館大学の創立年は、実は二つあります。
これは、1869年、 西園寺公望が私塾立命館を創設しました。しかし、京都府庁の差留命令により1年弱で閉鎖されました。西園寺の秘書官であった中川小十郎が西園寺の意志を継ぎ、1900年に向学心を持つ勤労青年のために勉学の機会を与えるとともに、京都帝国大学教員の経済支援を兼ねた夜間学校として京都法政学校を設立。京都市上京区東三本木丸太町にあった料亭「清輝楼」(「吉田屋」の近隣にあった)を仮の校舎としました。
他方、1889年に、京都法学校(きょうとほうがっこう)が、京都市下京区寺町通四条下ル大雲院内に設立されました。その後入学希望者の増加に対応しきれなくなり、京都法政学校に事実上引き継がれることになりました。
現在の立命館大学では、京都法政学校が設立された1900年を創立と、私塾立命館が開設された1869年を立命館の創始としています。
○「立命館」の由来
『孟子』盡心章句(じんしんしょうく)にある「殀寿貳(ようじゅたが)わず、身を修めて以て之を俟(ま)つは、命を立つる所以(ゆえん)なり」(人間の寿命は天命によって決められており、修養に努めてその天命を待つのが人間の本分である)から採られました。
現在の立命館大学は、衣笠、朱雀、滋賀県の草津、大阪の茨木、サテライトとして東京と大阪梅田にキャンパスがあります。今回知らなかったことが、大学の本部が朱雀だったことです。てっきり、衣笠だと思い込んでいました。
【広小路キャンパス】
立命館大学は衣笠キャンパスがほとんどと思われる方が多いと思います。広小路キャンパスがあったことをご存知の方は、少なくなったかもしれません。
私が中学生の頃には、まだ広小路キャンパスもあって、一部衣笠キャンパスに移っていました。
私にとっては、この広小路キャンパスは、『二十歳の原点』高野悦子著でのイメージでした。学生運動華やかりし頃の広小路キャンパス。かなり後に、『二十歳の原点』で描かれた場所を歩いたことがありましたが、喫茶店の「しあんくれーる」もなくなっていました。そして、彼女がアルバイトをしていた京都国際ホテルも数年前に廃業されています。
いま、この広小路キャンパスの跡を辿ろうと思っても、残っているのは記念碑だけです。現在は、京都府立医科大学の図書館や京都府立文化芸術会館になっています。
【衣笠キャンパスへ】
1965年(昭和40年)から広小路キャンパスからの移転が始まり、1981年(昭和56年)に完全に移転が完了しました。
この衣笠キャンパスは、大清国第12代にして最後の皇帝愛新覚羅溥儀の寄付により作られたものです。
この衣笠キャンパスはきぬかけの道沿いにあり、バス停の向かいには堂本印象美術館、金閣寺、龍安寺、キャンパスの南には等持院もあります。そういえば、2020年3月に嵐電北野線の「等持院」を「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前」に変更になりました。そのため、この駅名が日本一長い駅名となりました。
きぬかけの道周辺にいらっしゃったら、立命館大学のキャンパスをご覧になってみてください。

2021年度「入学宣誓式」挙行

2021-04-07
新入生/第4部入学宣誓式【15:45~16:25@講堂】
2021-04-07
2021年度「入学宣誓式」挙行

2021年度「入学宣誓式」挙行

4月1日(木)本学講堂にて、2021年度入学者を対象として「2021年度入学宣誓式」を挙行しました。
式場となった講堂では混声合唱団の仏教讃歌により開式され、「三帰依文」と「三誓偈」を木越康学長の調声のもと唱和しました。

その後、木越学長による告示では、「大谷大学を象徴するメッセージ「Be Real」には、「現実」という意味、もう一つは仏教でいう「真実」という意味が含まれています。現実というものをしっかりとみつめるその中で、あるべき姿、あるべき方向性を考えていく、こういう態度を示しています。専門の勉強を充分にしてもらいたいと思いますが、それよりも何のために勉強をするのか、どういう自分になっていくのか、どういう社会を築いていくのかということを大事にしてもらいたい。また、どうすれば、異なるもの同士が争うことなく生きていくことができるのか、このことを考える態度を皆さん一人一人の中で養っていただきたい」と述べました。

引き続き、学校法人真宗大谷学園の但馬弘理事長より「新入生のみなさん、今日から新しい環境での学生生活が始まります。コロナ禍という不安の中ではありますが、どうかその不安から逃げ出したり、誤魔化してしまったりするのではなく、本学の学びと学生生活の中で、それぞれの持ち味を存分に光り輝かせていってください」と祝辞が送られました。

新型コロナウイルスによる感染状況に鑑み、式場への入場を入学生と教職員に限定し、また従来の3部制を4部制で実施するなど、感染防止対策を講じて執り行いました。
また、出席を控えていただいた保護者及び在学生に対して、式の様子を大学ホームページでライブ配信いたしました。

ご協力頂きました関係の皆様のおかげで、大きな混乱もなく無事に式を終えることができましたことを、心よりお礼申しあげます。

【総務課】

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