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あの人 この人

あの人

肝っ玉かあさん、京塚昌子さんです。

2021-01-05
Facebook香取三夫さの投稿

サインはV

2021-01-04
1969年版は朝丘ユミ(岡田可愛)が主人公。
彼女は、バレーボールの練習中に姉を亡くしたため、
天性の才能を持ちながらもバレーボールを憎み一度は離れようとしていたが、
「立木大和」の牧圭介(中山仁)にスカウトされ、
再びバレーボールと向き合おうと決意する。
「立木大和」は立木製作所の新設バレーボール部だが、
厳しい練習のために退部する選手が続出していた
(第1話の段階では、選手はキャプテンの松原かおり(岸ユキ)しか残っていなかった)。

多士済々

2021-01-04
Facebook佐々木信雄さんの投稿

明星 昭和39年2月号「遊び初めおしゃれ初め」より/日活の仲良しコンビ

2021-01-04
吉永小百合さんと和泉雅子さん
Facebook永井由紀夫さんの投稿

魁、先駆者、パイオニア

2021-01-03
野際陽子 元NHK アナウンサー、女優/司会者/歌手/ナレーター/声優1958~
Facebook浅見倫彦さんの投稿
1966パリ、ソルボンヌ大学へ留学、
帰国した時の姿が日本で最初のミニスカートだったと言われている。
数ヶ月後にツイッギーが来日し日本でミニスカートブームがおこりました。
1968テレビドラマ「キイハンター」が視聴率30%以上を記録し僕達の心を魅了した。
主題歌の「非情のライセンス」も歌った。あの時の声がいまだに耳に残っています。

この人(縁の下の力持ち的存在・・・)

百姓の美人妻有馬稲子を狙う 赤い陣羽織の腑抜け代官に勘三郎

2021-01-26
とぼけた百姓亭主に伊藤雄之助 シッカリ者の代官妻に香川京子 演技達者揃いの喜劇です
Facebook小林知茂さんより

ひばりと結婚した男、小林旭

2021-01-21
Facebook小林知茂さんより

1960年にソフトビニール人形のダッコちゃんが大ブーム

2021-01-20
若い女性を中心に広まり、やがて在庫切れとなる売れ行きを見せました。
Facebook山口 廣さんより

F1の☆達

2021-01-15
オーストリアGP
Facebook池田誉さんより
1986(昭和61)年シーズンのオーストラリアGPに於いて、F1史上最も有名と言われるシチュエーションの1枚

二人のレディーに傷を残したキャスティング

2021-01-13
ジュリーとオードリー
Facebook永井由紀夫さんより
二人のレディーに傷を残したキャスティング
映画「マイ・フェア・レディ」のオリジナルは、ブロードウェイのミュージカル。舞台でコックニーなまりの花売り娘を演じたのはジュリー・アンドリュース。
「マイ・フェア・レディ」はジュリー・アンドリュース主演で大ヒットし、当時としては異例の3年に渡るロングランを記録した。
そうなると当然ながら映画化の話が持ち上がる。映画化の権利を取得したのはワーナー。
当時、あらゆる人がジュリー・アンドリュースがElizaをやると思ったそうだ。  
しかし、映画化権を買ったジャック・ワーナーはそうは思わなかった。
なぜなら、ジュリー・アンドリュースはブロードウェイでは人気でも、当時まだ映画には1本も出演したことがなかったからである。
もっと有名な女優が演じるべきだと考えた。そこで選ばれたのがオードリーである。
オードリーは、このミュージカルを演じるにあたり、相当歌の練習をしたそうである。
実際いまでもオードリーが歌う映像が残っている。
踊り明かそうとか確かに厳しいかなと
ワーナーは最初から歌は吹き替えする予定だったそうだ。
全曲吹き替えると聞かされたオードリーが怒りのあまり撮影現場から去ってしまい、翌日現場に戻ってきて「プロにあるまじき行為だった」とスタッフに謝罪した
一方のジュリー・アンドリュースは、映画版ではスクリーンテストまでしたのに結局主演に選ばれず、そうとう落胆したそうだ。
ブロードウェイ版でヒギンズ教授を演じていたレックス・ハリソンも「有名じゃない」という理由で別の俳優を立てる計画だったそうだ 
白羽の矢が立ったのが、ケーリー・グラントとピーター・オトゥール。ケーリー・グラントは「自分はコックニー訛りの出生だし、そもそもレックス・ハリソンが演じるべき」と断った
ヒギンズ教授の歌は語り調子で何とかなる部分があった
オードリーはケーリー・グラントのように断らなかった。
後に、オードリーは「この役は断るべきだった。あなたがやるべきだった」とジュリー・アンドリュースに謝罪したそうだ。
ちなみに仮にオードリーが断ったとしても、ジャック・ワーナーの次善策はエリザベス・テーラーだったとのこと
メリー・ポピンズ
ジュリーはMy Fair Ladyのスクリーンテストで選ばれなかった後遺症から「私は映画に向いてない」と自虐的だった。
ジュリー・アンドリュースは「では、もしジャック・ワーナーの気が変わって私にMy Fair LadyをやらせてくれるってなったらMary Poppins役は降りて、Elizaをやるから」との条件で了承。
マイフェアレディーとメリーポピンス 
同じ年に公開された因縁の2本の映画。アカデミー賞でジュリーは主演女優賞を受賞し、オードリーはノミネートすらされなかった。
しかしそのジュリーの主演女優賞も、アカデミー会員からの同情票だったという憶測も流れた。
長らくジュリーはオスカー像を屋根裏にしまいこんでいたそうだ。
本当に不幸しか生まなかったキャスティングだった
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