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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

大相撲 73代横綱 照ノ富士 奉納土俵入り 初の「不知火型」披露

2021-09-19
2021年8月24日 18時49分
大相撲の73代横綱に昇進した照ノ富士が東京の明治神宮で奉納土俵入りを行い、初めて「不知火型」の土俵入りを披露しました。

【LIVE】照ノ富士 明治神宮奉納土俵入り SUMO

73代横綱に昇進した照ノ富士が横綱として行う初めての土俵入り 明治神宮での奉納土俵入りの模様をライブ配信!

奉納土俵入りを披露する横綱照ノ富士

2021-09-14
2021/09/13 16:16
© 中日スポーツ 提供 (8月24日撮影)
【大相撲秋場所・北の富士さん展望】

   場所前の引退説もささやかれていた白鵬がコロナ禍休場…照ノ富士の独走となるでしょう  

   名古屋場所が終わったのが7月18日。

   予定していた北海道行きも結局やめることになった。

   オリンピックが始まると「こんな時にオリンピックなんて」と文句を言いつつ、日本選手の奮戦に拍手喝采。連日のメダルラッシュに大満足。やはりスポーツは良いものであることを再認識した次第です。続くパラリンピックの方も選手たちの不撓(ふとう)不屈の精神力に感動をせずにはいられなかった。まるで奇跡である。

   彼らの努力に比べると相撲取りの稽古なんぞ足元にも及ばない。ほとんど子供の遊びである。おそらく力士たちもテレビでオリンピックを見ていたと思う。そしていかに自分たちの稽古が甘かったと感じたと思う。もし何も感じなかったら救いようのないバカである。12日から秋場所が始まるが、よほど頑張らなければお客さんの感動は得られないだろう。さっそく憎まれ口から始まってしまったが、慣例だから展望といきましょう。

   すでに御承知と思いますが白鵬は部屋にコロナ禍の力士が出たので休場となってしまった。照ノ富士の新横綱の土俵より、ある意味、白鵬の動向の方が気になっていたので休場を聞いて思わず「あっけ」に取られた気持ちです。というのも白鵬の膝の回復が遅れ、どうやら場所前に引退を発表するのではとささやかれていたからです。私も信ぴょう性のある話と思っていた一人です。しかしこれで白鵬引退説はなくなりました。もしかして神様が白鵬にもう一度チャンスをくれたのかもしれません。

 さて新横綱照ノ富士に話題を移しましょう。

 私はまだ照ノ富士の土俵入りを見ていません。無観客でひっそり明治神宮で授与式と土俵入りを行ったようです。何ともさびしい話ではありませんか。最近では稀勢の里の時は2万人近い人が新横綱を見に来たと聞いています。千代の富士の時は怖くなるくらいの人出でした。初日の土俵入りが今から楽しみです。

 どうやら稽古も十分にできたようです。それなら優勝は決まったようなものです。白鵬の休場で照ノ富士の独走となるでしょう。横綱の重圧に負けなければ当分は照ノ富士の時代が続くと思います。とは言っても膝に爆弾を抱えているので絶対というわけにはいきません。「絶対」と「お化け」は出たことがありませんから、念のために二番手だけ挙げときましょう。

 本当は正代と言いたいところだが、勝ち越すのが精いっぱいの大関には絶対無理です。この絶対は自信を持って断言できます。貴景勝も苦しい場所になるでしょう。

 こうなったら清水の舞台から飛び降りる気持ちで御嶽海としましょう。優勝2回の実績がどうしても捨て難く、調子に乗ると2桁の星は挙げるだけのものがある。続いて名前だけでも良かったら高安にも頑張ってもらいたい。それから大関に敬意を表して貴景勝と正代。情けない予想だが、こんなものだろう。とにかく照ノ富士が崩れたら幕内力士全員にチャンスがあるということだ。

 いろいろ書いてはみたが、結局、照ノ富士次第である。だから優勝争いにはさほど興味はない。それより豊昇龍、明生、それに三枚目まで番付を上げてきた宇良に期待をしたい。

 初日、豊昇龍は正代と顔が合っている。たしか内掛けで連勝している。今場所はどんな手が飛び出すか楽しみである。正代は今夜は寝付きが悪いことだろう。

 宇良は宝富士と対戦する。すっかり正攻法の相撲に大変身したようだが、さぞかし苦労したことだろう。炎鵬が十両に落ちてさびしくなったが、今度は宇良が活躍する番が来たようだ。けがをしないで頑張ってもらいたい。

 新十両の北青鵬が休場することになった。残念な休場だが、相手がコロナでは話にならない。

 それでは先程も述べたが、オリンピックの選手たちに負けないような感動的な場所になるよう全力士の健闘を祈る。私も老骨にムチ打って「はやわざ御免」に挑戦しよう。

 今場所は少し厳しくなりそうだが、悪く思わんでもらいたい。それでは15日間よろしくお願いします。(元横綱)

新横綱・照ノ富士が綱打ちと「不知火型」の土俵入り稽古

2021-09-19
師匠の還暦土俵入り用と照ノ富士は綱一緒に

新横綱・照ノ富士が綱打ち 柔道の大野将平の金に刺激「2人で話した横綱と連覇という目標を達成」

大相撲の新横綱・照ノ富士(伊勢ケ浜)が27日、都内の部屋で綱打ちと土俵入りの稽古を行った。終了後に報道陣の電話取材に応じ「ちょっとでも実感が湧いているところかなと思う。何キロどうこうという重さじゃなくて、自覚を持って行動しなければいけない重さは感じた」とあらためて最高位に立ったことをかみしめた。不知火型の土俵入りの稽古に関しては「いやー、全くできていない感じですね」と辛めの自己採点だった。

 自身の綱も完成し、目指す横綱像については「どうこうはなく、やはり見ているままの横綱になりたい。どういう横綱、ああいう横綱という理想はないので。これから考えて、どんな地位なのかどんな立場なのかというのは、どういう生き方をするべきなのかということを含めて考えて、生き方でみんなが認めてくれる横綱になりたいなと思っている」と決意を語った。

永谷園、新横綱・照ノ富士に三つぞろいの化粧まわし贈呈 

2021-09-19
日本を象徴する縁起もの「一富士・二鷹・三茄子」をデザイン

 大手食品メーカーの「永谷園」は30日、秋場所(9月12日初日、東京・両国国技館)を新横綱として迎える照ノ富士(伊勢ケ浜)に、新たな三つぞろいの化粧まわしを贈呈したことを発表した。同社と照ノ富士は今年の5月、CMタレント契約を再締結している。

 新横綱に贈られた3本の化粧まわしには、富士山、たか、なすがデザインされている。同社は「照ノ富士関のより一層のご活躍を祈念し、『一富士・二鷹・三茄子』という日本を象徴する縁起ものをデザインしました。『一富士(富士山)』には日本画家の大家・横山大観の『霊峰不二』、『二鷹(鷹)』は横山大観に影響を与えた日本画家・菱田春草の『鷹』、『三茄子(茄子)』は日本画家・福田平八郎の作品を起用しました」と説明した。

 前回大関だった2015年に一度契約を結んでいた照ノ富士と永谷園。18年4月に終了していたが、一度序二段まで陥落しながら(当時)大関まで復活した姿に「苦しんだ上で大関に返り咲いた。不屈の精神、努力はすごい」と再びラブコールが届いていた。

 迎える秋場所では、師匠の伊勢ケ浜親方(元横綱・旭富士)と同じ不知火型で横綱土俵入りを務める。永谷園は「この素晴らしい復活劇は、感動を与えてくれただけではなく、数々の困難を不屈の精神と努力で乗り越える姿勢などを自ら体現され、その姿に我々も多くを学びました。角界の頂点である横綱という地位に立ち、さらなる高みを目指される照ノ富士関のより一層のご活躍を祈念いたします」とコメントした。

豊島竜王 1冠に後退「苦しい将棋多かった」 10月竜王戦で再び藤井と対戦

2021-09-14
© スポーツニッポン新聞社 2手目を指す豊島将之叡王(日本将棋連盟提供)
スポーツニッポン新聞社 2021/09/14 05:30

◇第6期叡王戦5番勝負最終第5局 藤井聡太―豊島将之(2021年9月13日 東京・将棋会館)

 2冠から竜王の1冠に後退した豊島は、努めて平静を装っていた。「今シリーズは苦しい将棋が多かった」。初対決以来6連勝と圧倒していた相手に、王位戦で1勝4敗と叩きのめされ、さらに叡王も失冠。心中穏やかではなかっただろう。

 「序盤、中盤、終盤、隙がない」のキャッチフレーズ通り、中盤までは隙がなかった。金銀の守備駒から自王がぽつんと離れたままの薄い囲いにもかかわらず、若き挑戦者に一歩も引かなかった。だが最後は無理な陣形がたたった。「銀が引かされる前に(別の)手順があったのでは」と悔いを示す。

 落ち込んでいる暇はない。藤井とは竜王戦で、再び防衛を期す。「それまでの期間で修正したい。約1カ月準備して頑張りたい」と気持ちを切り替えていた。

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

映画「民族の祭典」 “Olympia” 開会式

2021-08-09
1936年にヒトラー政権下で開催されたベルリンオリンピックの記録映画.最初にして最高のオリンピック映画といわれる.
レニー・リフェンシュタール監督.

ミュンヘンへの道 オープニング 1972年

2021-07-22

「ミュンヘンへの道」

2021-07-22
『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』
『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』に関しては、今振り返っても、本当にバレーボール日本代表チームが優勝したことが凄いと思いますよネ。
オリンピック本番前からの放送で盛り上がっていきましたが、まさか金メダルを獲るとは‥。願望や希望的観測はありましたが、言行一致の快挙でした!
この番組は、1972年4月23日から8月20日、そしてオリンピック終了後に特番として同年9月24日に放送されたドキュメンタリーとアニメーションを一体化させた番組でした。当時のバレーボール男子日本代表が、ミュンヘンオリンピック(1972年8月開幕)開幕へ向けて取り組む様子をチーム全体や個々の選手のエピソードを交えながら紹介していったもので、エピソードの部分がアニメーションで描かれ、競技や練習などの様子は実写映像を使用して放送されました。

松平康隆監督率いる日本代表チームのメンバー、猫田勝敏選手や森田淳悟選手、南将之選手、横田忠義選手、そして大古誠司選手らが登場。特に女子には、甘いマスクの嶋岡健治選手が人気でした。猫田の天井サ-ブや森田のドライブサーブ、更にA・B・Cクイックに時間差攻撃などの「秘密兵器」が出てくるんですが、テレビで取り上げたら秘密じゃなくなることが心配でした‥。また因みに、まだこの頃は戦法としてバックアタックはなかったです。
ちょうど中学に入学してバレーボールに馴れ親しだ頃で、よくこのスポーツをしました。1学期の体育の授業は全部バレーボールだったのですが、私は初めて本格的に接したバレーボールが妙に性に合ったみたいで、楽しくって仕方がありませんでした。小学生までのドッジボールに代わって毎休み時間はバレーボールばかりしていましたネ。

当時の身長は171cmくらいでしたので、もっぱらセッターをしていましたが、それこそ『ミュンヘンへの道』で知ったクイックや移動攻撃を早速取り入れて、ほぼマスターしてセンターのポジションもこなしていました、あと5cmも上背があったらバレーボール部に入部していたかも知れまが、そこは冷静に判断して以降一度もバレー部には近づきませんでしたが、高校でもよくバレー部にまじって遊んだものです。
また自慢じゃないけど、お陰様でこの時(中1・1学期)の体育の成績は10段階で10という好成績でした。本当です!

『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』

2021-07-22
Facebook 木村 潤 さん曰く

【 プロレス編】

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
PWFへビュー級選手権ベルト
NWAインターナショナル選手権ベルト

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
UN選手権ベルト

ファイトの足跡

2020-09-07
私は、プロレスといえばG馬場命、ボクシングといえば大場命です。
ジャンボ鶴田の三冠ベルトです。

NWA世界ヘビー級選手権ベルト

2021-05-15
ハーリー・レイスモデルです。
NWAヘルトには、団体加盟傘下国のフラッグが・・・。

大きな壁

2020-10-07
帝王と人間発電所
AWA王者 バーン・ガニア
WWWF王者 サン・マルチノ
馬場の前に立ちはだかった二つの壁 荒法師とテキサスの荒馬
NWA王者 ジン・キニスキー
NWA王者 ドリー・ファンク・Jr

【 ボクシング編 】

伝説は、ここから始まった・・・。

2022-01-20
井上尚弥でも今回は”負ける”と言われたWBO世界王者と対戦した結果…ヤバ過ぎ!?

2団体王者井上尚が防衛 谷口はミニマム級新王座に

2021-12-15
© 産経新聞 【ボクシングダブル世界戦】4回、ディパエン(左)を攻める井上尚弥=東京・両国国技館(代表撮影)
2021/12/14 21:06

ボクシングのダブル世界タイトルマッチ各12回戦は14日、東京・両国国技館で行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(大橋)がIBF5位のアラン・ディパエン(タイ)と対戦し、8回TKO勝ちした。2年ぶりの国内試合でスーパー王座のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛となった。

世界ボクシング機構(WBO)ミニマム級1位の谷口将隆(ワタナベ)は王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKO勝ちし、新王者になった。谷口は2度目の世界挑戦だった。

谷口将隆が新王者!猛ラッシュで11回TKO 2度目の挑戦で悲願「2年前の自分よりずっと強くなった」
© スポーツニッポン新聞社 11回TKOでウィルフレッド・メンデスを破った谷口将隆(撮影・島崎 忠彦)
スポーツニッポン新聞社 2021/12/15 05:30

◇WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦 〇谷口将隆 TKO11回1分8秒 ●ウィルフレド・メンデス(2021年12月14日 両国国技館)

 WBO世界ミニマム級タイトル戦は同級1位の谷口将隆が王者のウィルフレド・メンデスを11回1分8秒TKOで破り、王座奪取に成功した。

 「まだ夢見心地ですね。2年前の自分よりずっと強くなったと、ようやく自信が持てた」。会心のTKO勝ちが信じられないかのように、ベルトを巻いた谷口が興奮気味につぶやいた。

 「挑戦者らしく」がテーマ。それを貫いた。判定で敗れた19年2月の初の世界挑戦。気負って力を発揮できなかった反省が原点にあった。いかにして相手の中に入って接近戦に持ち込むか――。インサイドワークという王者の持ち味を消す作戦を徹底的に練った陣営の執念が実った。序盤から決して下がらず前に前にと圧力をかけ、2回に左フックでダウンを奪うと、中盤以降も果敢に前へ出る。11回。左の振り下ろしで相手の動きを止め、コーナーに追い詰めて畳みかけるとレフェリーが試合を止めた。

 同じジムには同学年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者、京口紘人がいる。アマチュア時代からのライバルに先を越されたが、ようやく同じ「世界」の称号を手にした。青コーナーで励まし続けた盟友は「申し分ない内容。これから2人で引っ張っていこう」と激励。これに谷口も「勝利の女神ならぬ、男の神様」と感謝した。

 「僕は(メインイベントの)井上君のおまけ」と控えめに話していたモンスターの“前座”が、存在感を十分に見せつけた。27歳の新王者は「来年は谷口の試合を見にこようと言われるボクサーになりたい」とさらなる成長を約束していた。

 ◇谷口 将隆(たにぐち・まさたか)1994年(平6)1月19日生まれ、神戸市出身の27歳。中1でボクシングを始め、神戸第一高ではインターハイ8強入り。龍谷大ではボクシング部主将を務め、国体で2度準優勝。アマ戦績は74戦55勝16KO19敗。16年4月プロデビュー。18年11月にWBOアジアパシフィック・ミニマム級王座、20年12月に日本同級王座を獲得。身長1メートル62、リーチ1メートル64の左ボクサーファイター。

PXB WORLD SPIRITS ~井上尚弥 WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ~ 12.14

2021-12-06

井上尚弥の最も衝撃的な瞬間!

2021-07-06

井上尚弥ラスベガス防衛戦2 2021年6月20日

2021-06-30
【~WBA_IBF世界バンタム級タイトルマッチ:井上尚弥×マイケル_ダスマリナス~】



【 ボクシング編 】(アーカイブス)

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ

大場政夫・最強の刺客を迎えて予想不利!

2021-06-30
花形 進 (横浜協栄)選手との日本人対決を制すると同時に、3度目の防衛達成、若き日の借りを返した大場選手。

4度目の防衛戦は、”最高の刺客”オーランド・アモレス(パナマ)を迎えて行なわれる事になった。

「最強の相手を選ぶのは、チャンピオンの宿命ではありませんか」

これはチャンピオンとしてのプライドだと説明した長野マネジャー。

パナマの黒ヒョウと異名されたアモレス。戦績28勝(19KO)1敗。

バスケスは、毒グモだ。(~~)
試合は昭和47年(1972年)6月20日、日大講堂で行なわれた。
試合開始早々、アモレスの左フックで大場選手ダウン。会場は静まり返る。前途多難なスタート。
3、4回と激しい打撃戦の中で激しいバッティング。額から流血のチャンピオン。
迎えた5回、右ストレートからチャンスを掴んだ大場選手は怒涛の連打。アモレスはマットに深々と沈んだ。
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