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オリンピック

【 TOKYO2020の記録】

金メダルだけが柔道か 井上康生氏「ブランド価値を高めたい」

2022-04-30
© 産経新聞 柔道のブランド向上へ、最高責任者に就任した井上康生氏
金メダルだけが柔道か 井上康生氏「ブランド価値を高めたい」 (msn.com)

東京五輪で柔道日本男子監督を務めた井上康生氏が、柔道のブランド価値向上を目指した活動に着手している。昨年秋、全日本柔道連盟が新設した「ブランディング戦略推進特別委員会」で最高責任者のチーフストラテジーオフィサーに就任。産経新聞のインタビューにオンラインで応じ、柔道の間口を広げる取り組みの必要性を強調した。
© 産経新聞 日本男子代表監督の鈴木桂治氏(左)も子供向け教室を立ち上げるなど、柔道の普及に努めている=さいたま市大宮区

「いつも頭を抱えながら、悩みながらいろいろと勉強させてもらっています」。オンライン取材の画面で笑顔を見せた井上氏はこう語った。東京五輪後、強化の最高峰に位置する日本男子監督を退任し、柔道の価値向上の最前線に立つ覚悟で新ポストに就いた。

「選択肢や価値観が多様化する現代社会において、柔道がどのような役割を担い、価値を提供できるのか。さまざまな意見を聞きながら社会貢献を目指していきたい」。井上氏は就任直後にこうコメントした。

井上氏に柔道界の現状を改めて聞くと、こんな答えが返ってきた。

「歴史的な背景でいえば、『一つの観点』にこだわりてすぎたために、(価値を)うまく引き出せなかった現状があるのではないかと感じるところがある。継承と同時に、時代の変化に合わせた新しい何かが付け加えられてくることが大事な要素だと思っている」

日本柔道は、五輪競技の中でも金メダル獲得への期待が高く、日本代表の選手たちは厳しい鍛錬を積んで期待に応えてきた。井上氏自身も2000年シドニー五輪で金メダルを獲得し、監督に就任した16年リオデジャネイロ五輪では全階級メダル、東京五輪は史上最多5階級での金メダル獲得に導いた。

五輪での頂点に立つための「強化」は、井上氏が「一つの観点」と評した部分に含まれる。日本柔道が五輪で金メダルを量産しても、競技人口は減少傾向にある。井上氏は「世界最高峰の戦いに勝つという期待に応えていくことはもちろん、大事なことです。しかし、誤解を恐れずに言えば、五輪の金メダルは『点』にすぎない」と語り、別の観点も、ブランド価値の向上には必要ではないかと投げかける。

その一つとして目を向けたのが、子供たちやシニア世代と柔道の「接点」の拡大だ。

「道場の畳はすごく安全で、子供たちが走り回ったり、転げ回ったりするにはすごく適している。公園でのキャッチボール禁止など、遊び場が制約されている子供たちに、遊びの部分を柔道に取り入れて子供らしく遊べる環境があってもいい」

シニアについても「高齢者が健康で長生きできるために運動する場としても、柔道が還元できるものはあると思っている」という。

「道場はどうしても、正座をして厳しい稽古を積む場という敷居の高さがネックになっているかもしれない。もちろん、伝統を重んじる厳しい道場や施設があってもいいですが、そうじゃない面もあっていいのかなと思う」と伝統を重んじつつ、間口を広げることで柔道に親しむ機会の拡大を見据える。

井上氏自身、幼少期にはソフトボールや水泳にも励んでいた。現在の日本男子を率いる鈴木桂治代表監督も柔道と同時にサッカーに熱中した時期がある。子供のときには柔道一本ではなく、「スポーツ界の横の連携があってもいい」と他の競技と並行して柔道にも打ち込める環境作りの重要性も訴える。

柔道の裾野は変革の時期に差し掛かっている。その一つが小学生の全国大会の廃止だ。

「勝負や戦いから学ぶことや、自分が成長できることはあります。ただ、例えば小学生の全国大会廃止には過度な減量や、審判や相手選手に対して激しいやじを飛ばしたりすることなどが背景にあり、柔道の魅力や価値が引き出されていない現状や、子供たちの成長における最適化がなされていないのではないかと危惧する現状があった」

海外の競技者育成指針などでは、子供の時代にはスポーツから楽しみや喜びを育む重要性が説かれているとし、「モチベーションは段階を踏んで自分自身が求めていく中で作り上げていけばよく、子供たちにはまず柔道の楽しさを感じ取ってもらうところからスタートしてほしい」と願う。

井上氏は現職に就き、全柔連加盟の団体の人たちと意見交換する中で、「たくさんの方々が全国で頑張っている」ことを改めて実感したという。「そのことに感銘し、今後も共に良きカルチャーを作っていくことが不可欠だと思う」。同時に活動を周知し、柔道のブランド価値を高めるためには、「発信力」という課題も痛感した。名実ともに柔道界で群を抜く存在の自身が「広告塔」になる覚悟で新ポストの責務を全うするつもりだ。(運動部 田中充)

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