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ちょい話【親鸞編】

仰せを蒙りて【文字データ編】

業について

2020-10-27
FacebookRIZIN YASUDA
822
業には共業・不共業ということがありまして、境遇というものは、これは共業なんだ。水は、人間にとっては飲むものですけど、魚にとっては住処ですわね。そうすると鯛にとって住処である場合にはカレイにとっても住処なんだ。それは業が似ておるんです。カレイと鯛という海水に生きる動物という境遇というものが共通しとる。つまり共同に海を感ずる。共同の運命や。運命の共同体だ。

本当と本当が喧嘩して世の中やかましくなっとる

2020-10-11
805
頭から念仏(南無阿弥陀仏)ということを出すと聞いたほうは承知せんです。そうでしょう。それなら頭から題目(南無妙法蓮華経)だというのと同じことやないかね。だから今、わしが本当や、わしこそ本当やいうて、本当と本当が喧嘩して世の中やかましくなっとる

現世利益というものがただ悪いというんじゃないのです。

2020-10-03
798
つまり言ってみれば、今いろいろ出ている現世利益というものがただ悪いというんじゃないのです。それはなにか低いーー悪いというんじゃない。ほんとうの意味の宗教心を閉ざしてしまうんだ、せっかくのね。だから人間が行き詰るというのは、最高の機会なんだ。出直すためのね。それこそ一つの転機。大きな転換期なんだ。つまり王舎城の悲劇というものを個人に引き受けた。そういうような意味になる。

解脱が悪いのとちがうんだ、解脱が小さいんだ。

2020-09-22
788
そういうわけで、解脱が悪いのとちがうんだ、解脱が小さいんだ。それで解脱というとなにか逃げるという形になる。そうではなくて、解脱という意味をもっと徹底して、解脱で逃げることからも逃げなきゃいかん(笑)。それが世間に住せず涅槃に住せずという、住するところがないんだというところが、これが仏教の住するところ。逃げ出すというようなのは、解脱が小さい、低いからです。解脱といいながらその中にまだ個人性を含んでおる。

大乗仏教ということ

2020-09-07
安田理深先生のことば
631
真実ばかりあるのは仏教では小乗仏教というのです。
大乗には方便がある。
方便回向ということがある。
大乗仏教の大という字は方便から出てくるのです。
大乗教学というのは方便教学です。
それが非常に大きな特色ではないかね。
小乗は方便がないのです。
小乗は真実しかないから小乗なのです。


632
方便か無いというと真理が痩せ細ってしまうのです。
真実から方便を生み出して、その方便によって真実を成就すると。
そういうときに真実が広がってくるのです。
方便という思想が大乗仏教だと思うのです。
巧方便回向と。
その方便というものを最も純粋な形で示したのが回向です。
巧方便というのは善巧方便
回向です。
善巧方便の働きが回向です。

633
『願生偈』のうしろのほうに五念門というものが述べてあるのです。
智慧、慈悲、方便というようなことがあるのです。
智慧と慈悲と方便です。
普通は智慧と慈悲で終わってしまうのでしょう。
あらゆる教学は智慧と慈悲です。
その智慧と慈悲とにもう一つ、方便というものを加えて、智慧、慈悲、方便と。
これが『浄土論』というものの非常に大事な点ではないかと思います。
普通は慈悲と方便とは一つにして智慧と慈悲で二つだと。
こういうのが普通の考え方です。
そうではないのです。
三門に分けてくるのです。
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