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ちょっといい話

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真宗聖典検索 Web site

2020-04-22
東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。
このサイトは、宗祖親鸞聖人御誕生八百五十年・立教開宗八百年慶讃事業の一つとして聖教編纂室にて取り組み、開設したサイトです。東本願寺出版発行の『真宗聖典』(初版)に収載されている聖教の本文の検索を行うことができます。使用方法については、このサイトについてをご覧ください。

このサイトについて | 真宗聖典検索 Web site (higashihonganji.or.jp) 

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

大谷大学

2021-02-14
1949年 - 新制大谷大学を開設。文学部に仏教学科、哲学科、史文学科を設立。
1665年 - 琢如が東本願寺寺内に寺院子弟教育を目的として学寮を創設する。

大谷大学

2021-02-14
新制大谷大学の今
大学報恩講の荘厳

大谷大学の今

2021-02-14
大谷大学尋源館(大谷大学旧本館)
烏丸北大路交差点の一角に校舎を構える大谷大学は東本願寺の学寮に遡る古い歴史を持つ学校です。

烏丸北大路交差点の一角に校舎を構える大谷大学は東本願寺の学寮に遡る古い歴史を持つ学校です。
この大谷大学には大正期に建てられた煉瓦造りの旧本館が今も残り、現役施設として使われています。

コロナ、今、私達に出来る事、最新情報は、"コロナと向き合う”へ!

【Shows at Home】民衆の歌 / Do You Hear The People Sing ? - Les Miserables -

2020-07-30

民衆の歌 The People's Song 「レ・ミゼラブル」より 


https://www.youtube.com/watch?v=MNIyjmd-LwI

◆ジャン・バルジャン/吉原光夫  
◆ジャベール/伊礼彼方
◆ファンテーヌ/濱田めぐみ    
◆エポニーヌ/昆 夏美
◆マリウス/海宝直人       
◆コゼット/生田絵梨花
◆アンジョルラス/小野田龍之介
◆テナルディエ/駒田 一・斎藤 司 
◆マダム・テナルディエ/森公美子
◆コンブフェール/中井智彦 
◆クールフェラック/持木悠
 ◆フイイ/杉浦奎介

非常事態宣言が解除されました。(第一回目)

2020-06-02

非常事態宣言が解除されました。(第一回目)

2020-06-02

東京五輪「中止検討せざるを得ない」組織委顧問の千玄室氏 現状での開催に危機感

2020-06-01
延期された東京五輪・パラリンピックへの思いを語る千玄室前家元(京都市上京区)

新型コロナウイルスの感染拡大で1年延期された東京五輪・パラリンピックについて、大会組織委員会の顧問を務める茶道裏千家の千玄室前家元(97)が、京都新聞社の取材に応じた。千氏は「来年までに世界各国で収束しないと準備ができない」と話し、現状での五輪開催に危機感を示した。

 延期が発表された3月24日、安倍晋三首相と国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、中止はないと確認。一方で、組織委員会の森喜朗会長は、再延期は「絶対ない」との見方を示し、バッハ会長も今月、英BBC放送のインタビューで、来年開催されなかった場合、中止となる見通しを示している。



https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/263872?fbclid=IwAR0TSMWXC_ZhLFj9e23wDePy029e2OZhPYp_vf4dE9zdsrDcZ4nhIuDg-HY

関西でも宣言解除

2020-05-23
京都新聞 社説

社説:京都も宣言解除 油断せず冷静に行動を

  京都、大阪、兵庫の近畿3府県に発令されていた新型コロナウイルス特措法に基づく緊急事態宣言が解除された。
  基本的対処方針で定められた解除基準の新規感染者数が抑えられ、医療提供体制やモニタリング体制も十分だと政府が判断した。
  安倍晋三首相が宣言の対象地域を全都道府県に拡大したのは4月16日。それから1カ月余り、京都のまちからもすっかりにぎわいが消えた。
解除は、感染拡大や医療崩壊を防ぐために多くの府民が休業や外出自粛などに真摯(しんし)に取り組んだ結果であり、朗報には違いない。
  だがウイルスが消滅したわけではなく、対策は長期化を覚悟する必要がある。安易に以前の生活に戻るのではなく、第2波、第3波への備えも強固にしなくてはならない。
  踏まえておきたいのは、このウイルスについて不明な点がまだ多いということだ。国内感染者数の実態すらはっきりしない。
  爆発的に感染が広がった欧米などと比べると抑えられているように見えるが、理由は分からない。
  政府が実情把握を急ぐべきなのは言うまでもない。そうした中で私たちに求められるのは過剰な楽観や悲観ではなく、まずは冷静な行動だろう。
  「新しい生活様式」も参考にしながら、密閉・密集・密接の「3密」を避ける取り組みを続ける必要がある。「正しく恐れる」ということを改めて思い起こしたい。     政府の宣言解除を受け、京都府はライブハウスなどの施設を除き、休業要請を解除することを決めた。独自の緩和基準を設けて今月16日から一部解除していた。
   政府は軽症者が療養する民間宿泊施設の借り上げなど医療体制強化に取り組んだ。授業再開に向けた環境整備など大学と学生の支援にも乗り出している。
 ただ観光や雇用といった面で、さまざまな困難が顕在化するのはむしろこれからだ。実情に応じて取り組みを柔軟に見直し、必要な対策を追加することが欠かせない。
 休業要請とともに中小企業に20万円、個人事業主に10万円を給付する支援策を打ち出したが、大阪府や東京都の支援とは金額的に大きな差がある。
 政府に対する緊急提言として、全国知事会は自治体向けの臨時交付金を最低でも総額3兆円とするよう増額を求めている。こうした動きとも歩調を合わせ、財源確保に努めるべきだ。

コロナ情報について、最新情報をご覧になりたい方は、"コロナ、そして今"へ! 

コロナに思う♯14 田中耕一氏 02年ノーベル化学賞 島津製作所

2020-05-11

内田樹の研究室   Facebook 桑門 超さんのシェアより  

2020-05-03
『隣組と攻撃性』 市民たちの相互監視が始まっている。

市民たちの相互監視が始まっている。

 GWの外出自粛を受けて、県外の車を煽ったり、傷をつけたりする事例が出ている。休業要請に従わず開業している店舗に落書きをしたり、備品に傷をつけたりする人も出て来た。
「こういうこと」ができるのは、「そういうことをしても許される社会的な空気」を彼らが感知しているからである。いまなら「そういうこと」をしても処罰されない、少なくとも「私は市民として当然の怒りに駆られたやったのだ」という自己正当化ができると知ると「そういうこと」をする人たちがいる。
 私はそういう人たちをこれまで何度も見て来た。前にも書いたが今度も繰り返す。
 私たちの社会は「自分がふるう暴力が正当化できると思うと、攻撃性を抑制できない人間」を一定数含んでいる。彼らがそのような人間であるのは、彼らの責任ではない。一種の病気である。
 人間は「今なら何をしても処罰されない」という条件を与えられたときにどのようにふるまうかで正味の人間性が知れる。これは私の経験的確信である。前に嫌韓言説について書いたときに私はこう書いた。読んだことがある人もいると思うが、大切なことなので再録する。

 嫌韓言説の一番奥にあるほんとうの動機は「おのれの反社会的な攻撃性・暴力性を解発して、誰かを深く傷つけたい」という本源的な攻撃性である。「ふだんなら決して許されないふるまいが今だけは許される」という条件を与えられると、いきなり暴力的・破壊的になってしまう人間がこの世の中には一定数いる。ふだんは法律や常識や人の目や「お天道さま」の監視を意識して、抑制しているけれども、ある種の「無法状態」に置かれると、暴力性を発動することを抑制できない人間がいる。
 私たちの親の世代の戦中派の人々は戦争のときにそれを知った。ふだんは気のいいおじさんや内気な若者が「今は何をしても処罰されない」という環境に投じられると、略奪し、強姦し、殺すことをためらわないという実例を見たのである。戦中派の人たちは、人間は時にとてつもなく暴力的で残酷になれるということを経験的に知っていた。
 私も60年代の終わりから70年代の初めに、はるかに小さなスケールだが似たことを経験したことがある。大学当局の管理が及ばない、あるいは警察が入ってこないという保証があるときに、一部の学生たちがどれほど破壊的・暴力的になれるのか、私はこの目で見た。
 最初は三里塚の空港反対闘争に参加したときに、学生たちが無賃乗車したのを見たことである。数百人が一気に改札口を通ったのだから、駅員には阻止しようがない。切符を買っていた私が驚いていたら、年長の活動家が笑いながら、「資本主義企業だから階級的鉄槌を下されて当然だ」という政治的言い訳を口にした。
 しかし、降りた千葉の小さな駅で、屋台のおでん屋のおでんを学生たちが勝手に食べ出したのには驚いた。「やめろよ」と私は制止したが、学生たちはげらげら笑って立ち去った。おでん屋は別に鉄槌を下すべき資本家ではない。ただの貧しい労働者である。その生計を脅かす権利は誰にもない。でも、学生たちは「衆を恃んで」別に食べたくもないおでんを盗んだ。今なら盗みをしても処罰されないという条件が与えられると、盗む人間がいる。それもたくさんいる、ということをそのとき知った。
 学生運動の渦中で多くの者が傷つき、殺されたが、手を下した学生たちにも、その人を傷つけなければならない特段の事情があったわけではない。ただ、政治的な大義名分(「反革命に鉄槌を下す」)があり、今なら処罰されないという保証があったので、見知らぬ学生の頭を鉄パイプで殴りつけたり、太ももに五寸釘を打ち込んだりしたのである。その学生たちはそののち大学を出て、ふつうのサラリーマンになった。今ごろはもう年金生活者だろう。
 私はこういう人たちを心底「怖い」と思っている。こういう人たちを「大義名分があり、何をしても処罰されない」という環境に決して置くべきではないと思っている。だから、できるだけ法律や常識や世間の目が働いていて、「何をしても処罰されない」という環境が出現しないように久しく気配りしてきたのである。(ここまで)

 いま、コロナウィルスの感染が広がる中で、行政が明確な休業指令を出さず、民間の「自粛」の委ねてしまったせいで、「自粛に従わないものには市民が処罰を下してもよい」という口実で暴力行使の正当化をする人たちが出て来た。
 これは嫌韓言説に乗じて、市民生活の中では決して許容されないような卑劣で醜悪な攻撃性を発揮していた人たちと「同類」の人々である。「自粛」というあいまいな行政指導は市民たちの相互監視を督励する。そして、それは単なる監視にとどまらず、「自粛しない市民を攻撃しても処罰されない」という心証をかたちづくった。
 彼らはちゃんと法律が機能し、常識が有効であり、「世間の目」が光っているときなら、そんなことはしない人たちである。でも、少しでもその規制が緩むと、自分の中の攻撃性を抑制することができなくなる。
 そのことは例えばSNSで激しい攻撃的な言葉を書き送る人たちの多くが匿名であることから知れる。彼らは「自分が誰であるかを特定される気づかいがない時・自分の言動が処罰されない保証があると知れると、過剰に暴力的になる人間」である。そして、たぶん彼らは「あらゆる人間はそうだ」と思っている。でも、それは違う。世の中には、「自分が誰であるかを特定される気づかいがない時・処罰されるリスクがない時」でも、「お天道様」が見ているという自制を失わず、常識的に、ジェントルに、節度をもってふるまう人がいるからである。この人たちは「あらゆる人間が自分と同じだ」とはたぶん思っていない。でも、自分はそういう人間であり続けようと思っている。
 この二種類の人たちはいずれも少数派である。おそらくそれぞれ集団の10%内外だと思う(この辺の数字は私の経験知であるので、厳密ではない)。残りの80%はこのどちらが優勢であるかによってふるまい方を変える。
「どんなことがあっても穏やかに、市民的にふるまう人」はいつも同じようにふるまう。平時でも非常時でも変わらない。一方、「処罰するリスクがないときに過剰に暴力的になる人」は「処罰のリスク」という可変的な条件に従って、ふるまい方をがらりと変える。まったく違う人間に見えるほど変える。人が変わったように変わる。それが可視化されるかどうかは「処罰のリスク」というごく散文的な条件によるのである。
「外出自粛」は行政が明確な基準も、それに対するペナルティも示さなかったことによって、この人たちのうちに「今なら人を攻撃しても処罰されない」という確信を醸成した。
 いま、あちこちで罵声が聞こえる。スーパーの店員にどなりつけたり、ATMの列でどなりつけたりしている人たちは全員が「自分は社会的な正義を執行している」と思ってそうしているのである。今なら、どれほど暴力的になっても、それを正当化するロジックがあると思ってそうしているのである。だから、止められない。彼らを止める方法は一つしかない。 法律が機能し、常識が機能し、「世間の目」が機能するようにしておくことである。
 大阪では休業要請に従わない店名を公表するということが行われた。これは「この店に対してはどのような攻撃的なことをしても処罰されない」という保証を間接的に与えるものである。少なくともそういう解釈の余地を与えた。大阪府知事は、人間が条件次第でどれほどでも攻撃的になり得ること、その機会をつねに窺っているということを知らないか、あるいは知っているが知らないふりをしているのだと思う。市民が相互に監視し合い、相互に告発し合い、相互に攻撃し合う社会はおそらくある種の人々にとっては「管理コストが非常に安く上がる」社会に見えるのだろう。
 ゲシュタポはきわめて効率的に反政府的な人々を逮捕していったが、それは彼らの捜査能力が高かったからではない。逮捕者のほとんどは隣人の密告によるものだったからである。
 市民を相互監視させることによって統治コストは劇的に削減される。それは事実である。けれども、その代償として、「大義名分をかかげて隣人を攻撃し、屈辱感を与える」ことに熱中する人々の群れを解き放ってしまう。それがどれほど危険なことなのかについて、人々はあまりに警戒心がないと思う。

内田 樹(うちだ たつる)1950年生まれ。日本の思想家、武道家、翻訳家、神戸女学院大学名誉教授。 出典 http://ja.wikipedia.org/wiki/内田樹

郷士望さんんらのメッセージ

2021-01-07
郷士さんは、「銀座の鐘」のプロデューサーです。

銀座の鐘

2020-04-20
新型コロナ 厳しい勤務続く医療関係者に感謝の鐘 東京 銀座

感染拡大が続く新型コロナウイルスに対応するため、厳しい勤務が続く医療関係者に感謝を示そうと、東京 銀座の交差点では時計塔から鐘の音が流されました。

新型コロナウイルスに感染した人たちの治療に当たっている医師や看護師など、医療現場のスタッフに対して、イギリスでは毎週木曜の午後8時に一斉に拍手や口笛を送ったり、フランスではエッフェル塔に「ありがとう」を意味する「MERCI」のメッセージが映し出されたりするなど、感謝の気持ちを示す動きが世界各地で広がっています。

日本でも、感染のリスクにさらされるなど厳しい勤務状況が続く医療スタッフへの感謝の気持ちや感染拡大を防ぐために家で過ごそうというメッセージを伝えようと、20日から東京 銀座のデパートにある時計塔から「命の鐘」と題して、鐘の音が流されることになりました。

鐘の音は午後7時ちょうどから流され、緊急事態宣言が出され、ふだんより格段に人通りが少ない銀座の町なかに鳴り響きました。

鐘の音は、毎晩7時から流され、「YouTube」などでも配信される予定です。

 企画した郷司望さんは、「一日に一度、一緒に医療関係者に感謝の気持ちを示すきっかけになれたらと思います」と話していました。


ダライラマ14世のメッセージ

2020-04-16
ダライ・ラマ法王からの新型コロナウイルスに関する特別メッセージ 2020年3月30日

親愛なる兄弟姉妹の皆様へ

世界中の多くの方々からの度重なる要請に応えて、私の思いを記したいと思います。新型コロナウイルス(COVID-19)の発生により、今、私たちは大変な苦難の最中にあります。

新型コロナウイルスの問題に加え、人類は、極度の気候変動といったさまざまな問題に直面しています。この場をお借りして、インド政府をはじめ、こうした問題に懸命に取り組んでおられる世界中の政府に称賛と感謝の念を表明したいと思います。

古代インドの伝統は、時間の経過にともなう世界の創造、持続、破壊について説明しています。そのような破壊の原因の中には武器や病気があると書かれており、これは、私たちが今まさに経験していることと一致しているように思われます。しかしながら、どれほど大きな脅威に直面しようとも、人間を含めた生きとし生けるものは、生き抜くために素晴らしい能力を発揮してきました。

いかに困難な状況であろうとも、私たちは科学技術と人智を尽くして決断し、勇気をもって、立ちはだかる問題を乗り越えなければなりません。健康と幸福が脅かされているのですから、不安や恐れを感じるのは当然です。とはいえ、目の前の問題をどのように捉えるべきかについては、私は次の賢明な助言に大きな慰めを得ています。「もし、改善策があるならば、心配せずそれを実行しなさい。しかし、何も改善策がなければ、それ以上心配しても何の役にも立ちません」

現在、新型コロナウイルスの拡大を防ぐためにだれもが最善を尽くしています。私は、ウイルスの脅威を最小限に抑えるために国家間で協調した努力がなされていることを、心より称えたいと思います。とりわけ、インドの主導権のもとに南アジア地域協力連合の国々が緊急基金を設立し、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための情報、知識、専門技術を交換するための電子プラットフォームを立ち上げたことは素晴らしい取り組みだと思います。これは、将来、このような危機に対処する際にも良き手本となることでしょう。

私は、世界各地で都市封鎖の必要が生じた結果として、多くの方々が収入を失い、大変な困難に直面しておられることも理解しています。安定した収入のない方々が生きていくには、毎日が闘いです。こうした弱い立場にある方々にできるかぎりの配慮がなされるよう、私はすべての関係者の方々に、切にお願いしたいと思います。

また私は、自らの命を大きな危険に晒しながら、人命救助の最前線で働いておられる医師や看護師、その支援業務に携わるすべての方々に、心より深い感謝の念を捧げます。彼らの奉仕活動は、まさに慈悲の心の実践にほかなりません。

苦難の最中にある世界中の兄弟姉妹の皆様のことを深く心に想い、私は、この世界的な感染症が一刻も早く終息し、平和と幸福が一日も早く戻るよう祈りを捧げたいと思います。

祈りを込めて


ダライ・ラマ

特別メッセージ

仰せを蒙りて

報恩ということ

2020-11-15

藤原正遠先生の揮毫

2021-01-21

親鸞聖人の生涯

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

なるほど仏事

2021-01-25
Hp九州教区「よみもの」より

安田理深先生

2021-02-12
Facebook澤村博幸さんより

お釈迦様の話

釈尊の生涯と教え

2020-04-19
仏教の本質 哲学者「中村元」

ブッダ 最期のことば 1.2.3.4.

2020-06-14

釈尊のお説法

2020-04-07

漫画『ブッダ』

2021-02-10
原作は、手塚治虫先生

独自の解釈で描かれた、手塚治虫版ブッダ伝です。

シッダルタは、ヒマラヤ山脈のふもとカピラヴァストウで、シャカ族の王・スッドーダナの長男として生まれました。けれども、生後7日目に母マーヤと死にわかれ、叔母のパジャーパティに育てられました。

その後、16歳でヤショダラと結婚し、一子ラーフラをもうけますが、人生の根底にひそむ生老病死の問題について考えるようになり、29歳のとき、すべてをなげうって出家します。

やがてピッパラの樹の下で悟りを開き、以後、ブッダ(サンスクリット語で目ざめた人という意味)と名乗って、インド各地をめぐる説法の旅を続けるのでした。

王子シッダールタに、富も家族もすべてを捨てる決意をさせたものとは

2021-02-10
のちにブッダとなる男・シッダールタと、彼と出会い、心を通わせた人々の、壮大な<いのちのドラマ>
手塚治虫のブッダ - 赤い砂漠よ!美しく

 2500年前、インド。王国間の争いが絶えないこの地に、世界の王になると予言された男の子が誕生する。シャカ国の王子、ゴータマ・シッダールタだ。思春期を迎えたシッダールタは、盗賊の少女ミゲーラら身分の低い人々と心を通わせ、厳しい階級社会に疑問を抱くようになる。

BUDDHA2 手塚治虫のブッダ-終わりなき旅-

 2500年前のインドの地。シャカ国の世継ぎとして誕生した王子シッダールタ——のちのブッダ。人々の苦しみと死に心を痛める青年に成長したシッダールタは、何不自由ない恵まれた身分を捨て、真実を求める旅へ向かう。
 旅先で出会ったのは、未来を予知でき、自分が死ぬ日をも受け止める不思議な少年・アッサジ。彼が自らの命をオオカミの子供たちに捧げるのを目のあたりにしたシッダールタは、死と隣合せの過酷な苦行に身をゆだねる。
 一方、強大な勢力を誇る大国・コーサラ国では、ルリ王子がシャカ国を侵略すべく、動き出していた。自らの出生に端を発して、シャカ一族に憎しみの炎を燃やすルリ王子。未来を求めて出自を忘れようとするブッダと、過去にこだわって出自にとらわれるルリ王子。国を捨てた男と、その国を滅ぼすために戦う男の相反する思いが交錯した時、彼らに関わる人々すべてが、そしてこの世界が、大きく動き出す!

ちょっといい話

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自分を知るということ

2020-12-18

「人の悪口を言ったり、自分が過去に犯した過ちを反省せず

自分がすべて正しいとする考え方は国の中でも外でも通用しない。」

1982年、いわゆる「教科書問題」が起き、中国・韓国と日本の間で外交トラブルに発展した事件があった。そのとき、角栄は「教育に政治を持ち込み混同させていることが間違いだ。一定の思想を混同させ、教育を混乱に追い込んでいる。政治から教育を切り離すことが急務だ」と語った。歴史記述をめぐって議論が交わされる今、私たちは角栄の言葉に何を思うだろう。

他者を動かすということ

2020-12-18
『田中角栄 100の言葉』より https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000252.000005069.html
「できることはやる。できないことはやらない。
しかし、すべての責任はこのワシが負う。以上!」

 
1962年、蔵相に就任した角栄が、大蔵官僚を前に就任演説で語った伝説の言葉。エリート官僚たちは、肌合いの違う新大臣の言葉に興味を持ち、いつか心酔するようになった。
大切なこと

必ず返事は出せ。たとえ結果が相手の思い通りでなかったとしても

 『聞いてくれたんだ』となる。これは大切なことなんだ。」

悪評を恐れ、何も返事をしないことが最悪の対応であり、それはどんな仕事の場面でも当てはまる。返事は人間関係の基本。小さな信頼の積み重ねが大きな人脈となり、自分を助けてくれる。それが角栄の日常だった。時代がわっても、どんな場面でも、変わらず大切な心がけだ。

グレーゾーンということ

2020-12-18
真理は常に『中間』にある。

「世の中は白と黒ばかりではない。
敵と味方ばかりでもない。

その間にある中間地帯、グレーゾーンが一番広い。
真理は常に『中間』にある。」


 角栄は自分と対立する人間の考えをよく聞き、ときにはそうした人間に理解と協力を求めることがあった。物事は単純な「賛成」「反対」の二元論で片付けられない。ひいては、人の心も相反する2つの気持ちが混在している。角栄は、トップに立つ人間だからこそ常に一番広い「白と黒の中間地帯」に思いをめぐらせることが必要だと説いていた。
情熱について

「農林省の役人はコメ問題の権威かもしれない。

しかし、情熱がない。
田んぼのなかに入ったこともないような者が、
コメのことを分かるわけがない。」


人間は体験したことを信じるとあって、地元のあぜ道に入り、農作業中に集まった支援者の前で辻説法を行った角栄。それは20代で初当選してから30年以上も続けられた。今、TPPを論じる為政者の何人が田んぼに入ったことがあるだろうか。

やきいも

2020-12-12
FacebookTetsuzo Mukaiの投稿より

食について

2020-12-09
辰巳芳子さんの場合
辰巳芳子さん。
〈2018年の食糧自給率はカロリーベースで37%、今年はさらに落ちています〉
折々のことば:2018 鷲田清一
この国はものすごく貧しいよ。とっても貧しいんだよ。
低い食料自給率、とくにたんぱく源が十分に調達できないこの国の食の基盤の弱さを、戦時中より今日までずっと骨身にしみて感じてきたと、96歳の料理家は言う。一つ事が起きれば供給が断たれるような脆(もろ)い構造をそのまま次世代に手渡すことはできないと、大豆を育てる運動を始め、調理法の基本を今も伝授する。朝日新聞デジタルでのインタビュー(10月12日配信)から。
(朝日新聞12月9日)
95歳の料理家、辰巳芳子の警告「日本はすごく貧しい」
 料理家の辰巳芳子さん(95)は、日本の食文化を豊かにするために提言を続けてきた。戦前から「日本の食料がいかに弱いかというのをずっと体験してきた。骨身にしみて知っているんだ」という辰巳さんが、現代の食の危うさを語った。
 ――戦争のあとから比べると、食卓は豊かになりました。私たちは今、何を食べたらいいでしょうか。
 そうね、自分も食べ物も、自然の一環であるというのを忘れてはいけない。自然とかけ離れて食べれば、体の養いにはならないのよ。
 自然の中にいて、季節ごとにできるものをみれば、何を食べればいいかは、自然に分かってしまう。それを食べるよりほかないんだから。
 そして、地球の在り方とあわせて食べていくこと。地球を宇宙の中にすえて考えていかないと、私たちは食べ損なっちゃうと思う。
 ――宇宙との関係というのは、具体的にはどういうことですか。
 太陽とか水、空気とか。そういうね、とっても原点的なことを謙虚に考えて生きなければならないと思うんだ。それを汚さないように。一番汚して、取り返しがつかないのは原子力だろうね。そういうもので根本的なところをいじめないようにしないといけないと思います。
 ――辰巳さんは社会意識がとても高い料理家だと感じます。
 私は社会意識が強くて、並の強さじゃないと思う。それは多くの若者が国のために死んだからです。
 あの若者たちの死を無駄なものにしたくないんだ。それが私の意識の中にはっきりある。
 75歳の頃にフィリピンまでいきました。どんなところで日本の若者が戦ったのか、見てこようと思って行ったんです。小さな南洋の島だったけれど、日本の兵隊は草の葉っぱの露をなめながら戦っていた。
 見たらテニスコートがある。あそこでテニスをやったんですかってきいたら、そこの下は米軍の兵隊が使うプールだったそうです。
 米軍の兵隊はプールに水をもっていた。日本の兵隊は水がなくて草の裏の露をなめていた。その差をもって、日本の兵隊が戦っていた。
 だから私は、自給率を高めるために、大豆を育てる「大豆100粒運動を支える会」を起こしました。コメはどうかこうか、国が維持していくでしょう。でもこの国の政府は、大豆まではできない。
 この国はたんぱく質が皆無だよ。魚も昔の何分の一かしかとれない。家畜はっていうと、もっと持ってない。豆よりほかしょうがないんだ。豆がなければ、私たちの子孫は生きていられませんよ。せめて、大豆ぐらい持ってないと、どうしようもないんだ。あれは最低の線なんだ。
 この国はものすごく貧しいよ。とっても貧しいんだよ。
 ――今の日本では、貧しいというのはなかなか実感できません。
 食料自給率は40%を割っているし、国産大豆は7%しかない。和牛といっても、エサも輸入に頼っています。
 私はね、昭和16(1941)年ぐらいから、日本の食料がいかに弱いかというのをずっと体験してきた。いかに危ない国かっていうのを骨身にしみて知っているんだ。
この国は本当に持たざる国ですよ。何か起きれば、すぐ手のひらを返したように食べられなくなります。
 ――若い世代は自給率の低さは頭で分かっても、実際に感じることは難しいと思います。関心を持つきっかけはありますか。
 いまの日本を、次の時代に渡していくことは、本当はしてはいけないと思う。こういう日本をもらっても困るだけです。何か言ってあげられることといったら……。
 まずね、炊飯器を使わないでご飯をたける人になってごらんなさい。
 それからね、煮干しでダシをひいてごらん。それがどこまでやれるか、自分を試してみることだ。そして煮干しをから煎りしてかじるんだ。煮干しをかじれる人になれるかどうか。そう思わない?
 ――思います。
 とっても皮肉な提案だと思うけれど、自分を試してご覧なさい。私たちの持っているものは、煮干し以外ないんです。その煮干しを扱えなかったら、命は危ないな。
 ――料理をするときに、どうしても食材を信じ切れずに手を掛けすぎてしまうことがあります。
 やっぱり、食材そのものをよく観察することよりしょうがない。ものの本質を理解しようとすることです。我を押さえて、本質に自分を従わせないといけないですね。
辰巳さん「シイタケスープ」のレシピ
《シイタケのスープ=作りやすい分量》 日本産原木干しシイタケ30~40グラム、昆布5センチ角3、4枚、梅干しの種2、3個、水6カップ(1)シイタケと昆布を分量の水に浸し1時間戻す。(2)シイタケ、昆布、梅干しの種を別の容器に入れる。戻し汁は鍋に移し火にかける。(3)蒸気の上がった蒸し器に(2)の容器を入れる。熱した戻し汁を容器に注ぐ。蒸し器のふたをして、40分ほど蒸す。(4)蒸し上がったら、すぐに昆布、シイタケ、梅干しの種を取り出す。スープを器に注ぐ。
 『お肴春秋』にはシイタケのステーキを書いてあるけれど、何も難しいことはない。自然にシイタケを作っている人がいたら、それを買って、あんまり水を飲まさないように清潔に洗って、汁気を取って厚手の焼き鍋に多くも少なくもなく油を入れ、シイタケを皮のほうから寝かせて置いて、あんまり強くない火で焼いてみるんだね。
 ――辰巳さんは本を書かれるときに、どういう風に相手を思っていらっしゃるのですか。
 そうね、具体的に、どういう人ってことはないです。当たり前の、誰でも持つはずの、悩みとか疑問とかを想像して書いています。
 ――一人暮らしの方が増えています。自分で自分に料理を作るということを、どう考えていますか。
 私も一人暮らしですよ。
 でもね、人間は、幸いに愛さずにはいられないのよ。愛されることも、愛することもなく生きることなんて、できませんよ。それは詭弁(きべん)だ。その状況に置かれたら、耐えがたいことになっていくよ。
 人間はそのようにできていません。自分の命に逆らうようにすることはないよ。もっと素直に生きていかないと。食べ損なっちゃうよ。(構成・高津祐典)
インタビューした食に携わる2人
 インタビューは、食に携わる2人が担当しました。略歴は以下の通り。
     ◇
 篠原祐太(しのはら・ゆうた) 1994年、東京都生まれ。昆虫食歴22年。コオロギラーメンやコオロギビール、タガメジンなどを発売。今年6月、東京・日本橋馬喰町に昆虫食レストラン「ANTCICADA(アントシカダ)」をオープンした。
 山口祐加(やまぐち・ゆか) 1992年、東京都生まれ。自炊料理家。慶応大卒業後、出版社などを経て独立。料理教室などで自炊の楽しみを伝える活動をしている。著書に、週3日の自炊で食材を使い切る『週3レシピ』(実業之日本社)。
(朝日新聞10 月12日)

時機相応について  時代と人

黒四ダム建設

2021-03-01
『黒部の太陽』より
施工業者、熊谷組Hpより

*583系(クハネ581)有明 国鉄鹿児島本線・西鹿児島〜上伊集院 1983年(昭和58年)頃

2021-03-01
山元剛 (色鉛筆描写・制作中) *583系(クハネ581)
581系寝台電車のまんまで走っています。 塗装もそのまんまですが、昼間しか走りません。
私鉄の世代交代は、国鉄よりも早い・・・
Facebook吉田則彦さんより

関門の顔

2021-03-01
EF30系電気機関車
1968. 7. 30 撮影 Facebook石川進さんより
小雨の朝、門司駅構内に  「関門の顔」 のトップナンバーが働いて居りました。 以降の量産形とは全長、コルゲートの有無をはじめ、沢山の違いがありますね。新製時の赤帯がまだ健在な頃でした。

東海道新幹線が開業50周年

2021-02-28
東京・新橋付近で始まった東海道新幹線の建設工事と新橋駅銀座口前を空撮。右上の外堀通りには鰻の登亭や美容整形の十仁病院も見える

特集新幹線の歴史

日本が世界に誇る高速鉄道「新幹線」、この特集ではこれまでの歩みを写真で振り返る。1964年10月1日の東海道新幹線開業や、開業までの道のり、「のぞみ」運転開始や記憶に新しい2015年の北陸新幹線、2016年の北海道新幹線開業などをご覧いただけます。
東海道新幹線開業のテープカット。超特急ひかり1号が新大阪に向けて出発=1964(昭和39)年10月1日、東京駅

新幹線がやってきました。 東海道新幹線新横浜駅の場合

2021-02-28
FacebookChikafumi Etouさんより   1962年頃の新横浜駅周辺
横浜市西郊の田園地帯に出現した東海道新幹線の新横浜駅。階段や塗装の工事が終われば完成だ。斜めに交差するのは国鉄横浜線。手前が東京方面
1979年 → 2017年

ちょっと気になる歌・唄・音

〚ティファニーで朝食を〛

2021-02-06

〚ぼくの伯父さん〛

2021-02-27
Jacques Tati - Soundtrack Music from 'Mon Oncle'

Jacques Tati - Soundtrack Music from 'Mon Oncle'

321,824 回視聴
2012/11/10

Jacques Tati - Play Time [1967] - The Waiting Room

〚いぬのおまわりさん〛

2021-02-26
村方乃々佳
寛仁親王牌 第35回童謡こどもの歌コンクールで銀賞
チキ・チキ・バン・バン/第34回童謡こどもの歌コンクール こども部門銀賞
https://youtu.be/CtCvDGldgKE
出場者:実山隼大(小学5年) 小島和織(小学4年)

スピッツ、デヒュー30周年

2021-02-25
11th single 「ロビンソン」 オリジナル発売日:1995年4月5日

スーダラ伝説 植木等

2021-02-24
スーダラ節/無責任一代男/ドント節/だまって俺について来い/ハイ それまでよ/スーダラ節
https://youtu.be/4ZnSzleli54

・スーダラ節 0:00 
・無責任一代男 0:49
・ドント節 1:26 
・だまって俺について来い 2:00
・ハイ それまでよ 2:28 
・スーダラ節 3:34 
スーダラ節 小松政夫

ちょっと気になる絵

大・中・小について

2021-02-28
Facebook来生 民彦さんより  · C5の大きさ比較!

ケーキ形トイレ、元の姿へ 大分市のふないアクアパーク

2021-02-28
公衆トイレを巨大なデコレーションケーキに見立てた作品「メルティング・ドリーム」。屋根にホイップクリームやサクランボが載っている=大分市府内町のふないアクアパーク
22日にお別れ会、トイレは装飾を外し、3月末までに元の形に戻す予定。

『宇宙戦艦ヤマト』

2021-02-27
始めは、放送打ち切り番組でした・・・。

サンダーバードといえば・・・。

2021-02-27

昭和のスーパーヒーローといえば

2021-02-27
ウルトラマンファミリー
Fromウルトラマン ToウルトラマンA and ウルトラの父

【Face bookのページ】 味覚嗜好について

味覚嗜好のページ

大分県日田市、テイクアウト特集です。

2020-05-06
『ヒタスタイル』5月号 「今できる、あんなことこんなこと100」  そして、このテイクアウト特集。
穴井 優さんからの提案です。

大分県日田市のテイクアウト特集  『ヒタスタイル』5月号

2020-05-06
スイーツは、いかがですか?
プレゼンターは、穴井優さんです!

懐かしい煙草パッケージのマッチ箱が出てきました

2020-10-03
Facebook雅裕伊藤さんの投稿

最近は、大変肩身の狭い思いをいたしておりますが・・・。

2020-07-06
ハイライトが出始めた頃

今が旬です。

2020-05-16
長崎県茂木の枇杷
宮﨑県都城のマンゴーです。
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