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【大谷派】作法と荘厳

真宗本廟の仏事

六角堂

2021-03-22
Facebook鈴木 智之さん曰く
池坊という名前の由来について



西国三十三所第18番札所  
六角堂 頂法寺(京都市中京区)
正式名称は紫雲山頂法寺。本堂の形が六角形であることから、
「六角堂」の通称で知られています。
六角形の本堂は1877年の再建。
六角堂の「六の角」とは、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生ずる六欲のことで、これらを捨て去って角を無くし、円満になること、すなわち「六根清浄を願う」という祈りを込めた形と伝えられています。

池坊 の由来】

太子堂
六角堂を創建した聖徳太子が祀られています。白鳥が数羽気持ちよさそうに泳いでいました。

聖徳太子1400回御忌の本年。親鸞聖人が「観世音菩薩」「和国の教主」と奉讃された聖徳太子は、皇族であり、国家指導層でした。

2021-03-24
Facebook百々海 真さん曰く
聖徳太子1400回御忌の本年。親鸞聖人が「観世音菩薩」「和国の教主」と奉讃された聖徳太子は、皇族であり、国家指導層でした。日本仏教史上随一の約200首の和讃、85歳時に編纂された『上宮太子御記』、『尊号真像銘文』には太子の生涯を伝える数々の逸話や伝承が書かれています。手放しで「慶喜奉讃」される聖人の姿勢は、実に爽やかで瑞々しい。「奉讃不退ならしめよ」 と詠われているのは、無条件で頭が下がる世界に出あい続けたいとの叫びでしょう。
だから実証主義的歴史観や戦前戦中の太子像への評価に立つ限り、浄土真宗の聖徳太子は見えなくなります。 親鸞聖人にとっての聖徳太子は「仏」でありました。
「皇太子聖徳奉讃」(75首)和讃には、日本最古の憲法『十七条憲法』に関連して5首が詠われています。国家の「棟梁」=骨格=清澤先生のお言葉を拝借すれば「日本国骸骨」は、「篤敬三宝」=真理に対する帰依でなければならない―との視座が窺えます。
それは度々の念仏弾圧への公憤と「朝家の御ため、国民のため」(大谷派聖典569頁)と現実の国家に寄せる悲願-親鸞聖人の「世のいのり」でもありましょう。「念仏する人を憎み謗る人をも、憎み謗ることあるべからず。あわれみをなし、悲しむ心をもつべし」(大谷派聖典595頁)とは、親鸞聖人の耳の底に留まる「法然聖人の仰せ」でした。何と深い世界か。イデオロギーではなく、国家改造でもなく、政治はそのまま仏道に転じています。
島﨑暁民先生(昭和5年生まれ・石川県白山市福留 称佛寺住職)がお便りで知らせて下さった一文を以下に記します。
右であれ、左であれ、イデオロギーで裁いては、真価が見えなくなるようです。南無阿弥陀仏
「日本国憲法の優れた点の一つに、近代立憲主義の正統な流れを引き継いでいることが挙げられます。立憲主義は「人間が間違いを犯す生き物である」という真理に対する謙虚さの現れ、いわば「人類の英知」の結晶だと言えます。この「人類の英知」は、決して西洋の借り物ではなく、日本の伝統に根ざすものと私は考えます。英語の「constitution」に対応する日本語は「憲法」です。これは聖徳太子の『17条の憲法』からとったものです。
そこから保守派の人たちは、改憲案の論拠としてしばしば17条の憲法を持ち出し、それに対して護憲派は「復古的な主張だ」などと批判します。
しかし17条の憲法は、仏教の根本である平和の考えを取り入れ、力ではなく話し合いで物事を解決することを徹底していると思うのです。あの時代に人間の知性・理性を重んじ、議論することで物事を解決することを示している先進性には驚かされます。かつ、役人に賄賂をもらうなと命じて権力を制限しています。イギリスで生まれる遥か以前に、日本は為政者が守るべきルールを作っていたのです」
伊藤真『現代語訳日本国憲法』(ちくま新書)295頁

聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました

2021-02-25
2021年2月22日 更新
綺麗に荘厳されています

2月21日と22日に真宗本廟・阿弥陀堂では聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました。
大谷派では50年ごとに聖徳太子の御正当法要を勤めており、
21日は16時から逮夜法要を勤め、22日は7時からの晨朝法要、10時から日中法要を勤めました。

聖徳太子は「十七条の憲法」の中で、
一つに曰く、和らかを以って貴(たっと)しとし、忤う(さか)ること無きを宗とせよ。(略)
二つに曰く、篤く三宝を敬え。三寶とは佛と法と僧となり。(略)
と示しており、平和で争いがなく、和やかであることを大切にし、目覚めた人(仏)・真実の教え(法)・仏の教えに生きる人々の集い(僧)を敬う、という精神に基づく政治を行い、人々からあつく信仰されていたとされています。

親鸞聖人も聖徳太子を深く尊敬した一人であり、親鸞聖人が29歳の頃、20年もの間修行をしていた比叡山を降り、聖徳太子が建立したと伝えられる六角堂を訪れ、100日参篭を決意し、聖徳太子の化身といわれている救世観音から夢告を受けたと伝えられています。

また、親鸞聖人は晩年に『皇太子聖徳奉讃』(『真宗聖典』507頁~)を11首つくられ、聖徳太子への敬いの気持ちが読みとれます。
21日の逮夜法要では和讃の7首が、22日の日中法要では4首が読まれました。


聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました | 東本願寺 (higashihonganji.or.jp)

聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました

2021-03-31
大谷裕新門による焼香の様子
2月21日と22日に真宗本廟・阿弥陀堂では聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました。
大谷派では50年ごとに聖徳太子の御正当法要を勤めており、
21日は16時から逮夜法要を勤め、22日は7時からの晨朝法要、10時から日中法要を勤めました。

827年の創建以来初、延暦寺「戒壇院」公開へ…法然や親鸞ら受戒の地

2021-03-15

 大津市の天台宗総本山・比叡山延暦寺で、僧侶に戒律を授ける「戒壇院」(重要文化財)の内部が、827年の創建以来、初めて9~12月に一般公開されることになった。宗祖・最澄(伝教大師)の没後1200年の大遠忌にあたる今年の記念行事という。

 最初の堂は827年に建立され、法然や親鸞、道元など鎌倉新仏教の開祖がこの地で受戒。織田信長の焼き打ち(1571年)による焼失を経て、1678年に現在の堂が再建された。

 内部は石敷きで、釈迦、文殊、弥勒みろくの各仏像を安置。天台宗の戒律を授ける年1回の儀式の時だけ扉が開く。これまで一般公開されたことはなく、戒律を授かる僧侶にとっても中に入るのは一生に一度の聖域という。

真宗大谷派の衣体(ころも)等について

職分の衣体

2021-04-07
堂衆列参詣席側の二方が参衆です。
左奥から堂衆、准堂衆と楽僧です。
本病報恩講、門首着座前です。

職分の衣体

2021-04-07
門首後継後奥は参務、手前は定衆です。 延暦寺での源信僧都年回法要お勤めの図です。
信明院殿鍵役の先導をする本廟堂衆です。

ご門首を付き従う准堂衆

2021-04-14
准堂衆はこんな袴を着けます。

鍵役の衣体

2021-04-07
能慈院殿、ボーイスカウト世界ジャンボリーでの焼香です。
信明院殿、四日市別院での750回御遠忌庭儀の図です。

門首後継の衣体

2021-04-07
能慈院殿、真宗本廟本尊動座式での図です。
延暦寺根本中堂でのお勤めの図です。

作法について

2月21日と22日に真宗本廟・阿弥陀堂では聖徳太子千四百回忌御正当法要が勤まりました

2021-02-25
春の法要期間中の4月3日と4日には、聖徳太子千四百回御忌法要をお勤めいたします。
21日は16時から逮夜法要を勤め、22日は7時からの晨朝法要、10時から日中法要を勤めました。

聖徳太子祥月命日のお荘厳について

2021-02-21
今日は聖徳太子千四百回御忌御正当御祥月の逮夜ですが、『年中諸法要行事』で太子御祥月の荘厳を確認したら、中尊祖師両尊前には打敷は要らないみたい。初めて知りました。

畳の構造 『畳縁(たたみべり)』とは

2021-01-31

葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てる

2021-01-21
中尊前
祖師前
御代前
南余間
お内仏

葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てる

2021-01-21
Facebook土田龍樹さんより



「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。」『安楽集』
最近、世代的なことですが、周囲の皆さんの親が西帰することが多く、毎年のように葬儀の『木花』(凶事用の仏花)を立てるご縁があります。誰かが引き受けなければ葬儀が勤まらない…たまたま自分にその役割が  巡って来る度に、いずれは自分も誰かに『木花』 立ててもらわなくては自分の葬儀がたち行かなくなる…そう思うと、次世代に教えながら木花を立てることの大切さを思い知ります。何せ急なことなので、縁のある人が集まって一気に立て上げなければならない…しかも、今入手できる限られた材料を駆使しての立て上げ。幸いと言っていいかどうかはわかりませんが、昨年来次世代が木花に携わることが多く、良い経験を積ませていただいています。やはりこれも仏祖そして故人の御冥祐御催促と受け止め、ありがたく思いながら、只今木花の下拵えさせていただいています。
 さて、もう一頑張り
 ナンマンダブ

日常生活で出来ること

小威儀の結び方 (肩衣・畳袈裟)

2021-04-01

春の法要2021、北余間に奉懸した御影軸です。

2021-03-25
新門の時代に、お隣の浮羽までは足を運ばれましたが、当地へのご下向は叶いませんでした。
教如様です。
当山の開基住職、釋澤月です。
宣如様へ祖師聖人御影下賜をお願いいたしました。

春の法要2021、北余間のお荘厳です。

2021-03-25
左から、教如聖人御影と御染筆六字名号、開基名号、蓮如上人御染筆の六字名号、開基住職似影
当山に伝わる、三つの六字名号です。
開基名号です。
教如様の御染筆です。
蓮如様の御染筆です。

春の法要2021

2021-03-25
聖徳太子1400回忌のお勤めをいたしました。
3月25日は、蓮如様の祥月命日です。

春の法要2021

2021-03-25
三尊前のお荘厳です。
祖師前と御代前です。

大谷派のお荘厳について

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宗祖750回御遠忌仕様

2018-09-23
仮御堂仕様
御真影お帰えりです。
平成の両堂改修工事中の真宗本廟です。
一枚目の絵は、阿弥陀堂改修中に御本尊が安置された御影堂南余間に設置された仮御堂の荘厳です。
二枚目は、改修工事が完成した御影堂のお厨子に、御真影がお帰りの絵です。
そして、三~六枚目は、大修理の最終工程となった御影堂門の改修の絵です。
工事着工を前に、ご影堂門楼内に安置されていた釈迦如来像・勢至菩薩像・阿難尊者造の三体が、楼上から阿弥陀堂内へ移されました。
七枚目は、改修工事がなった御影堂門上に掲げられた扁額の絵です。

宗祖750回御遠忌仕様

2018-09-23
御影堂前卓
阿弥陀堂前卓
宗祖親鸞聖人750回御遠忌記念品です。
一枚目が、今回の法要記念に誂えられた御真影前卓の打敷がかけられた御影堂内陣です。
今回の打敷図柄は、二人天女でした。
二枚目は、阿弥陀堂工事完成、御本尊遷座法要の阿弥陀堂内陣です。
三~四枚目は、今回の750回御遠忌法要の結願となった報恩講結願日のご門首着用の七條袈裟です。
五枚目は、750回忌ご出仕のご門首の衣体です。
尚、絵は、ご隣山御影堂でのお焼香のお姿です。

 

宗祖750回御遠忌仕様

2018-09-23
南御堂内陣
中尊前
中尊前
真宗本廟での法要結願を受けて、各教区での宗祖親鸞聖人750回御遠忌法要がお勤めされています。
大阪教区、難波別院の内陣荘厳の絵です。
今回の御遠忌記念柄の松・竹・菊柄の打敷がかけられています。

 
中尊前の設えは、松に竹です。
秋の設えです。

輪灯(りんとう)

2018-08-02
輪灯(りんとう)

お仏壇の中を明るくする照明用の真鍮製の灯火具です。
真宗大谷派においては、
真鍮の棒を丸くまげた模様の無いシンプルな丸蔓のものを使用します。
輪灯の栓は内側に向けてさすのが作法となっています。
また、輪灯を吊る高さは、
輪灯の底が花瓶の上部と同じ高さになるように吊り下げます。

瓔珞(ようらく)

2018-08-02
瓔珞(ようらく)

重い法要の時のみ、輪灯の笠の上に吊し荘厳されます。
大谷派においては平常荘厳ではありませんので、
普段は片付けておくべきものです。


瓔珞の関連知識

 江戸時代の初期に京都の因幡薬師に独特の輪灯があり、これを西本願寺が模倣して導入したのち、そのままに東本願寺が真似をしたので、西本願寺がこれを防ぐため現在の様な豪華な彫りを施したといいます。その対抗上、東本願寺は笠の上に豪華な瓔珞を吊ったといわれています。

大谷派関係学校のページ

Facebook 大谷派における学事の潮流

2020-05-05

大谷大学

2021-02-14
1949年 - 新制大谷大学を開設。文学部に仏教学科、哲学科、史文学科を設立。
1665年 - 琢如が東本願寺寺内に寺院子弟教育を目的として学寮を創設する。

2021年度「入学宣誓式」挙行

2021-04-07
新入生/第4部入学宣誓式【15:45~16:25@講堂】
2021-04-07
2021年度「入学宣誓式」挙行

2021年度「入学宣誓式」挙行

4月1日(木)本学講堂にて、2021年度入学者を対象として「2021年度入学宣誓式」を挙行しました。
式場となった講堂では混声合唱団の仏教讃歌により開式され、「三帰依文」と「三誓偈」を木越康学長の調声のもと唱和しました。

その後、木越学長による告示では、「大谷大学を象徴するメッセージ「Be Real」には、「現実」という意味、もう一つは仏教でいう「真実」という意味が含まれています。現実というものをしっかりとみつめるその中で、あるべき姿、あるべき方向性を考えていく、こういう態度を示しています。専門の勉強を充分にしてもらいたいと思いますが、それよりも何のために勉強をするのか、どういう自分になっていくのか、どういう社会を築いていくのかということを大事にしてもらいたい。また、どうすれば、異なるもの同士が争うことなく生きていくことができるのか、このことを考える態度を皆さん一人一人の中で養っていただきたい」と述べました。

引き続き、学校法人真宗大谷学園の但馬弘理事長より「新入生のみなさん、今日から新しい環境での学生生活が始まります。コロナ禍という不安の中ではありますが、どうかその不安から逃げ出したり、誤魔化してしまったりするのではなく、本学の学びと学生生活の中で、それぞれの持ち味を存分に光り輝かせていってください」と祝辞が送られました。

新型コロナウイルスによる感染状況に鑑み、式場への入場を入学生と教職員に限定し、また従来の3部制を4部制で実施するなど、感染防止対策を講じて執り行いました。
また、出席を控えていただいた保護者及び在学生に対して、式の様子を大学ホームページでライブ配信いたしました。

ご協力頂きました関係の皆様のおかげで、大きな混乱もなく無事に式を終えることができましたことを、心よりお礼申しあげます。

【総務課】

大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和

2021-04-07

2021年度春季企画展
大谷大学のあゆみ 歴代学長の肖像—明治・大正・昭和—  開催にあたって

 大谷大学は明治34年(1901)に東京巣鴨で開学した真宗大学にはじまり、大正2年(1913)には京都市小山の地に移転し、現在に至ります。
 本展覧会では、明治・大正・昭和の歴代学長の肖像とその遺品を紹介します。
 学長は、初代学監(学長)清沢満之から現在まで28代を数えます。その肖像は、学恩を受けた人びとの感謝の意と師を懐かしみ顕彰する思いから制作されたものです。いずれも当時交流のあった画家によって描かれており、往時は旧講堂に掛けられていました。
 これらの肖像を通じて、大谷大学の歴史と大学の発展のために力を尽くした方々の思いに触れていただければ幸いです。

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