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時機相応

時機相応について  時代の中で、この人は、どう生きたか?

長谷川町子 

2020-07-21
【サザエさん】
長谷川 町子さん (1920-1998)
日本の漫画家。
日本初の女性プロ漫画家として知られる。
代表作に『サザエさん』『いじわるばあさん』『エプロンおばさん』など。

東郷平八郎 & 乃木希典

2020-07-21

徳川慶喜(よしのぶ)

2020-07-21
【徳川慶喜】(1837-1913)
江戸幕府第15代征夷大将軍。
江戸幕府最後の将軍かつ日本史上最後の征夷大将軍。在任中に江戸入城しなかった唯一の将軍であり、最も長生きした将軍。

フレッド・アステア

2020-07-21
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%83%86%E3%82%A2
 

アステアのエレガントなダンスには「洗練」という言葉が最も当てはまる。アステアはダンスに洗練と品格の両方を備えさせることに成功した、二十世紀を代表するダンサーであり不世出の天才と言える。正統派のダンス・ファッション共々「粋」を極めたダンサーであった。

後世に与えた影響も大きく、マイケル・ジャクソンなどもアステアの大ファンで「もっとも影響を受けた人物の一人」と発言しており、幼い頃からアステアの真似をしたり、アステアごっこをして妹のジャネットと遊んだとも語っている。自分たちのテレビショーで兄弟全員でアステアの「Puttin' On the Ritz」をカバーしたこともある。ソロになってからも自身のパフォーマンスにおいて一部ステップを取り入れている。

またアメリカにおいてアステアは紳士の代名詞としても有名で、名実ともにミュージカル俳優の鑑であった。米俗語として「アステア=ダンスの上手い洗練された男性」があるという。

優れたダンサーとしての面ばかりが強調されがちだが、歌手としてもアステアは一流であり、同時代に一世を風靡した歌手のビング・クロスビーのクルーナー・スタイルとも通じるスムースさと、ダンスで培われたリズム感とを伴った軽やかな歌唱で、しばしばヒットチャートをにぎわせた(アステアとクロスビーは、クロスビーの最晩年である1975年カーペンターズのヒット曲『シング(Sing)』などをデュオした録音を残しており、ここでは老いてなお二人に共通した歌唱スタイルがあることをうかがわせる)。 

ジーン・ケリー

2020-07-21
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%BC


たくさんのMGMの作品に主演し、ハリウッドの黄金時代を築いた。更に、監督・脚本・振り付けもこなすマルチな才能も見せ、まさにMGMの万能選手であった。代表作品には『雨に唄えば』、『踊る大紐育』、『巴里のアメリカ人』などがある。また、『錨を上げて』でMGMのカートゥーントムとジェリー」のジェリーと競演するシーンがある。

名ダンサーフレッド・アステアと共にMGMの二枚看板として活躍したが、実は2人の共演は少なく、1946年の『ジーグフェルド・フォリーズ』と、1976年の『ザッツ・エンタテインメント PART2』の2作にとどまる。とはいえ1作目の『ザッツ・エンタテインメント』では互いの名シーンを紹介しあうなど、終生お互いへの尊敬は欠かさなかった。

ケリーのダンスはアステアの華麗で洗練されたダンスとはまた違い、躍動感に溢れ、アクロバティックな中にも緻密な計算があった。また、スタントマンを使わない事で知られ、映画が出来上がってからその事実を会社が知るといった事もあった。 
 

『雨に唄えば』
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%AA%E3%83%BC
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