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政局について

日本の政局について

自民党の歴史1955 1993

2023-10-16

【第二次岸田再改造内閣発足】

2023-09-14
第2次岸田第2次改造内閣の発足
令和5年9月13日、岸田総理は、第2次岸田内閣発足後、2回目の内閣改造を行いました。  臨時閣議で閣僚の辞表を取りまとめた後、公明党の山口代表と与党党首会談を行い、松野内閣官房長官から閣僚名簿が発表されました。さらに、宮中において新任の国務大臣の認証式が行われ、第2次岸田第2次改造内閣が発足しました。  その後、岸田総理は、内閣改造に関しての記者会見を行いました。そして、初閣議を開催し、続いて記念撮影を行いました。
【「新閣僚名簿」読み上げ】第二次岸田再改造内閣発足へ
【第二次岸田再改造内閣発足へ】岸田首相、新閣僚に仕事の内容などについて指示か

宗男氏秘書のムルアカさんが急死

2023-09-04
ムウェテ・ムルアカさん © KYODONEWS
共同通信社 の意見

 日本維新の会の鈴木宗男参院議員の私設秘書を務めるムウェテ・ムルアカさんが亡くなったことが3日、分かった。8月30日の羽田発トルコ・イスタンブール行きの航空機内で体調が急変したという。鈴木氏が3日の会合で明らかにした。ムルアカさんはコンゴ(旧ザイール)出身。

 鈴木氏によると8月31日朝、ムルアカさんの親族から連絡があった。同乗していた医師が応急処置をしたが、死亡が確認されたという。死因は明らかになっていない。

 ムルアカさんは日本で大学講師やタレントなどとしても活動していた。

清和政策研究会よ、何処へ行く・・・。

2023-08-31
日刊スポーツ新聞社 によるストーリー

自民党安倍派(清和政策研究会)は31日、党本部で開いた派閥会合で、新しい意思決定機関の常任幹事会のメンバー15人を決めた。会長を務めた安倍晋三元首相に近く、安倍氏の死去後は会長代理の1人だった下村博文元文科相は、メンバーから外れた。

下村氏は会合後の取材に、自身の処遇に関して森喜朗元首相の影響があったとされる見方について「私の立場では分からない。(森氏の)影響力があったかどうかは(塩谷立)新座長に聞いて欲しい」と述べるにとどめた。

今も自民党総裁への意欲を持っているのか問われると「政治家なので、この国の政治への責任をより持つ立場にはなりたいという思いはある」とした上で「今はしっかり、まず清和研の仲間を支えていくということだ。自分がポストを求めるというより、皆を支えていく縁の下の力持ちとして貢献したい」と述べた。

安倍氏の死去後、1年以上、新会長が決まらないことについては「(今年7月8日の)一周忌をめどにと思っていた。今日は8月31日であり、この間決められないことは清和会のパワーダウンになりかねない」と指摘。「本来は7月8日までに速やかに決めるべきだった。その思いは今も替わらない」とも訴えた。

常任幹事会のメンバーには衆院9人、参院6人が就任した。衆院では塩谷立座長のほか、高木毅国対委員長、松野博一官房長官、松島みどり元法相、西村康稔経産相、柴山昌彦元文科相、稲田朋美元防衛相、西村明宏環境相、萩生田光一政調会長の9人。参院では世耕弘成参院幹事長、橋本聖子元五輪相、野上浩太郎元官房副長官、末松信介参院予算委員長、山本順三元国家公安委員長、岡田直樹沖縄北方担当相の6人。

安倍晋三元首相 一周忌 岩田明子氏がみた議論と根回しが生んだ「安倍一強」

2023-07-07
岸田政権と真逆の決定プロセス 人への優しさで官邸「チーム力」高めた
岩田明子(いわた・あきこ) ジャーナリスト・千葉大学客員教授、中京大学客員教授。千葉県出身。東大法学部を卒業後、1996年にNHKに入局。岡山放送局で事件担当。2000年から報道局政治部記者を経て解説主幹。永田町や霞が関、国際会議、首脳会談を20年以上取材。昨年7月にNHKを早期退職し、テレビやラジオでニュース解説などを担当する。月刊誌などへの寄稿も多い。著書に『安倍晋三実録』(文芸春秋)。
オピニオン
安倍晋三元首相が凶弾に倒れて、まもなく1年になる。私は事件翌日(2022年7月9日)、東京・富ケ谷の自宅に無言の帰宅をした安倍さんを訪ねた。頭に包帯を巻き、目を閉じていたが、口元に目をやると今にも語りかけそうな雰囲気を漂わせている。「総理…」と呼びかけてみたが、当然返事はない。「なぜ、答えてくれないのか…」と張り裂けそうな気持ちになった。
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