習礼
法要の前には習礼を行い、作法の学習と確認を行います。
習礼が始まりました。 真宗本廟准堂衆の渡邊弘宣師にご指導を仰ぎました。
2023-11-06
本日から、報恩講にむけて、副住職と衆徒に、登髙座作法の習礼が始まります。
2023-11-06
ヨキヒトは、真宗本廟准堂衆の渡邊弘宣師(日田玖珠組 浄満寺)です。
○日本国語大辞典(小学館)によると
- 習礼(しゅうらい)
- 1.儀式の行われる前に、係りの役人などがその礼式を予行すること。大儀の練習をすること。→しゅらい
- 2.礼儀作法をならうこと。しゅうれい。
- 習礼(しゅらい)
- 仏語。法令の儀式作法を予習すること。それぞれの役分による衆僧の進退や梵唄(ぼんばい)などを練習すること。→しゅうらい
- 修礼(しゅらい)
- 儀式などの予行練習をすること。下稽古をすること。
○広辞苑(岩波書店)によると
- 習礼(しゅうらい)
- 大儀の前に、その礼式を予行練習すること。
- 修礼(しゅらい)
- 儀式などの下稽古。
習礼、修礼どちらも似たような意味だが、ここらへんの言葉を転用するかたちで、儀式の際に使うようになったのではないだろうか。ただ、どちらにしてもリハーサルという意味なので、儀式の最初に行うのはうなづけるにしても、終わったあとにやるのは、どういったものだろうか。
リハーサルだとすると、何のリハーサル?ということになるが、当時の儀式では、教育勅語の奉読や、御真影拝戴の際には最敬礼をすることになっていたようなので、その練習の意味もあったのかもしれない。ただ、終わったあとにもう一度やるのは、やはりおかしい。
いずれにせよ、秋田県か、その近隣の県の、当時の教育界の指導的立場の人が、考え出したものが、東日本に広まり、スタンダードになっていったのではないかと考える。「修礼」という言葉自体は、作った人の勘違いか、もともとの「修礼」とは別の意味を持たせた、その人の造語であろう。

























