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大谷派教団の動き

真宗大谷派宗政の動きについて

真宗大谷派財産管理審議会

2022-04-27

Facebook 椋田隆知 MukudaTakatomoさん曰く


真宗大谷派財産管理審議会(委員14名)
報告事項
⑴土地活用における進捗状況について
 京都市土地利用の調整に係るまちづくりに関する
 条例による説明会報告聴取
 聖護院別邸跡地での今後の利活用(構想)説明聴取
⑵慶讃法要に向けた境内整備〜トイレ計画概要〜説明聴取

4/18、京都光華女子大学新入生の皆様が本山参拝をされました。

2022-04-19

Facebook 真宗大谷派学校連合会さん曰く


4/18、京都光華女子大学新入生の皆様が本山参拝をされました。
建学の精神である仏教について、親鸞聖人の生き方、「謙虚さ」という視点から、古賀参務よりご挨拶をいただきました。
謙虚でありながらも決して引っ込み思案にならず、何事にもチャレンジしていくことと、阿弥陀様の御支え、そして大学生活をからめてお話しいただきました。

Facebook 真宗大谷派学校連合会さん曰く

4/27 東大谷高等学校[大阪]が新入生本山参拝を行いました!
ほとんどの方が真宗本廟に来るのは初めてということで、古賀参務からは関係学校に身を置く意味に加えて、御影堂を含め、真宗本廟がどういった存在なのかというお話がありましたね。
参拝式後の諸殿拝観では大寝殿や白書院など、普段は非公開の建物に実際に入って間近で障壁画や細工を見ることができました。

22日(金)まで「おてらおやつクラブin東本願寺」を実施しています

2022-04-04
【真宗本廟「春の法要」写真日記4/4】 
1日から始まった「春の法要」も最終日を迎えました
春の法要は本日最終日となりますが、
22日(金)まで「おてらおやつクラブin東本願寺」を実施しています
みなさまからの「おそなえ」を真宗本廟内の御本尊に「おそなえ」し経済的に困難な状況にあるご家庭や支援を必要とする子どもたちに「おすそわけ」する取り組みです。
この取り組みは今年で4年目を迎えています。これまでに約350㎏のお米、缶詰などの食品や、生活用品などが届いています。
22日まで受けつけておりますので、皆様のご協力をお願いいたします。
また、東本願寺出版では28日(木)まで「春のオンラインブックフェア」を実施中です
インターネットでのお申込みに限り約30点の書籍を定価の半額で販売!また、2,000円以上お買い上げで配送料無料です。
この機会にぜひお買い求めください。
★おてらおやつクラブへのお問い合わせ 
真宗大谷派青少幼年センター 
TEL:075-354-3440(平日9:00~17:00) 
MAIL:oyc@higashihonganji.or.jp 

★東本願寺出版ブックフェア については

「あらゆる差別なくす」東西本願寺が声明 水平社創立100年に

2022-03-04
全国水平社の創立=「人の世に熱あれ、人間に光あれ」(部落解放運動の歴史)
シリーズ映像でみる人権の歴史(第7巻) 水平社を立ちあげた人々 ―人間は尊敬すべきものだ―
全国水平社創立発起者集合写真 後列左から、米田富、駒井喜作、西光万吉 前列左から、平野小剣、南梅吉、阪本清一郎、桜田規矩三 水平社博物館提供
© 毎日新聞 提供 全国水平社の創立大会で採択された「決議」(左)。3番目に東西本願寺への対応が書かれている=崇仁自治連合会所蔵、中山和弘さん撮影
毎日新聞 2022/03/04 11:44

部落差別の解消を目指した「全国水平社」が京都で創立されてから100年となった3日、京都に本山を置く浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)と真宗大谷派(本山・東本願寺)が、あらゆる差別をなくし、人間一人一人が尊重される社会に向けて取り組むとする声明をそれぞれ出した。浄土真宗は念仏の下、全ての人は等しく「同朋(どうぼう)(仲間)」であると説いた親鸞を宗祖とし、被差別部落の人々から信仰を集めたが、差別は教団内にもさまざまな形であった。多くの門徒が教団への怒りを込めて水平社運動に加わった、歴史に立ち返っての誓いでもある。

 声明で、本願寺派は「親鸞聖人の同朋精神に立ち還ってほしいとの水平社の解放への願いに、当時の教団が十分に応えることができなかったことを重く受け止めたい」、大谷派は「(水平社の)歴史の重さは、私どもにとって誠に慚愧(ざんき)すべき年月であると受け止める」と、1世紀を振り返った。

 被差別部落の人々自身が立ち上がり、1922年3月3日に結成された水平社は、創立と同時に両教団の差別構造を追及した。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」の文言で名高い「水平社宣言」とともに採択された、具体的な行動を示す「決議」の一つは「東西両本願寺への意見聴取に基づいた行動をとる」。寺が本山に納めるべき「募財」や、「解放の精神を麻痺(まひ)せしむるが如(ごと)き一切の教化運動」の拒否を打ち出した。

 被差別部落の寺の多くは浄土真宗寺院とされ、更にその多くが本願寺派とされる。水平社の中心人物で、宣言を起草した西光(さいこう)万吉(1895~1970年)は、現在の奈良県御所市の本願寺派寺院に生まれ育った僧侶。江戸時代から、被差別部落の寺院は他の寺院と異なる制度下に置かれて差別されており、教団に対する行動は「親鸞の教えを見失っている」という内部からの痛切な告発でもあった。

 一方で僧侶による差別もあり、被差別部落の人をおとしめる発言や、「身元調査」に応じるといったことが繰り返されてきた。教団は批判から目を背けず自らを省みて、90年代までに、かつて差別法名を与えていた実態などを明らかにしている。

 大谷派は「あらゆる差別からの真の人間解放を願い、これからも不断の取り組みを継続していく」、本願寺派は「差別・被差別からの解放を目指して、真摯(しんし)に取り組んでいく」と締めくくっている。【南陽子】

差別のない社会へ 部落解放運動の原点確認 水平社100年記念集会

部落解放運動の原点となった全国水平社の創立から100年を迎えた3日、京都市で記念集会があった。約1000人が参加。先人の思いを受け継ぎ、差別のない社会の実現へ取り組む決意を新たにした。

 集会は、水平社運動を受け継ぐ部落解放同盟中央本部が主催。「人の世に熱あれ、人間に光あれ」とうたい、差別からの解放と人間の尊厳の尊重を求めた「水平社宣言」が朗読された。同本部の組坂繁之執行委員長はあいさつで「宣言が運動の原点であることを胸に刻まなくてはいけない」と述べた。ロシアのウクライナ侵攻にも触れ、「平和なくして人権なし。戦争反対の声を上げ、部落差別がなくなるまで闘う」と訴えた。

解放同盟の今後の決意として、差別禁止法や人権侵害救済制度の整備、インターネット上の差別と闘うことが表明された。100年を記念して製作された映画「破戒」(7月に公開)も上映された。差別に悩む主役を演じた俳優の間宮祥太朗さんが舞台あいさつし、「(差別は)普遍的テーマ。心を込めて演じた」と語った。

 水平社は1922年3月3日、部落差別に苦しめられていた当事者が結成。京都市で創立大会を開き、国内初の人権宣言とされる水平社宣言を採択した。【野口由紀】


部落解放運動の原点「全国水平社」創立100周年 被差別部落だけでなくマイノリティ全般の人権確立を
水平社宣言を朗読する峰蘭太郎さん=京都市左京区で2022年3月3日午後1時4分、北村隆夫撮影

部落解放運動の原点とされる全国水平社の創立から100年を迎え、京都で集会が開かれました。 「人の世に熱あれ、人間に光あれ」 集会で読み上げられたのは日本初の人権宣言と呼ばれる1922年の「水平社宣言」です。 全国水平社は被差別部落の人々が差別の撤廃を目指して作ったもので、100周年となる3日、創立の地である京都市で集会が開かれました。 【部落解放同盟・組坂繁之中央執行委員長】 「依然として部落差別はなくなっていないなくなるまでは、私たちは闘わなくてはなりません」 差別や偏見と闘い続けるとともに、被差別部落だけでなくマイノリティ全般の人権確立に向け、法制度を実現させる決意の表明も行われました。

関西テレビ

水平社100年で記念集会
https://youtu.be/86A426KAk8I

身分差別のない平等な社会を求めて被差別部落の人々が立ち上がった「全国水平社」の創立から3日で100年を迎えた。
後継団体の「部落解放同盟」が同日、京都市で記念集会を開いた。

水平社創立100周年を迎えて― 西本願寺教団のこれまでとこれから 神戸修氏(1/2ページ)

2022-01-06
中外日報 (chugainippoh.co.jp) 2022年1月6日 09時35分

1922年3月3日、「人間を尊敬する事によって自らを解放せんとする者の集団運動」たる全国水平社が結成された。特に「決議」に掲げられた糾弾は、当時支配的だった「差別は差別される側に原因がある」という自己責任論の拒否と批判を意味し、人権侵害正当化論の定番たるこの自己責任論が現在でも格差や貧困の問題で主張される今日、その思想的意義は再評価されるべきであろう。

ちなみに、宗教的・仏教的自己責任論とでもいうべきものが「悪しき業論」である。また水平社の「同朋・同行としての御開山」という発想も重要である。曰く「念仏称名のうちに賤しいもの穢れたものと蔑まれていた沓造も非人もなんの差別もなく御同行御同朋と抱き合ってくださった」「この御開山が私共の御同行です。私共はこの御開山の御同朋です。」〈註1〉。水平社は活動の力の源泉を親鸞聖人に求めたのである〈註2〉。

一方、西本願寺教団は、水平社を「悪平等論」で批判。「悪平等」とは「御垂示」(大谷尊由〈註3〉管長事務取扱、1922年3月21日)に示され、「演達」(花田凌雲〈註4〉執行 同年同日)には、差別は波の形の違いのようなもので形の違う波は水という点では同じ、という例えの上に「貴賤上下賢愚貧富と様々に別れてあるけれど、みな因縁所生に由るので真如法性の道理より見れば平等の理は具わりている」と示されている〈註5〉。つまり水平社は、「本来の平等」を差別として批判して平等を損なう「悪平等」の間違いを犯している、という批判である〈註6〉。

この「本来の平等」「差別即平等」という発想は「本覚思想」とも呼ばれる。「本覚思想」とは「人間を含む一切合財が、本来清浄であるという証明なしの権威を前提に、ことごとく「一」なる根源的悟り(本覚)にすくい取られているという考え」であり〈註7〉、「社会的差別と自然的差異を無意識に(ときには意図的に)混同することによって、現実的社会的な差別はそのままで平等だという強弁」である〈註8〉。

また水平社の重要な思想に、「人間を尊敬する事」(以下「尊厳」)がある。差別の加害者も、差別により自己肯定するという精神的・人格的に荒廃した「尊厳の喪失」という状況にある。差別・被差別双方からの解放こそが「人類最高の完成」(「綱領」)である。これが「尊厳」の第一の意味である。

第二に、人間の「尊厳」は、現実の人間の生全体の尊厳という意味である。「現世を耐え忍び死後は浄土へ」という慰めは、人間を尊敬するようでありながら、むしろ人間を侮蔑する思想だ。そして宗教が、この「人間侮蔑の思想」に堕していることを「背後世界」「ルサンチマン」「デカダンス」「末人」などの概念装置で鋭く批判したのがニーチェであり〈註9〉、このニーチェを礼賛したのが中村甚哉〈註10〉であった(「或る人へ」、1922年)。

中村のニーチェ礼賛には、被差別者に「部落に生まれたのが因縁、悪いねん、あきらめるしかないんや」〈註11〉という諦めをもたらすような仏教への批判と、生きる力の源泉たる親鸞聖人の再生への願いが伏在していた。

西光万吉の「生の思想」もこの中村の批判と願いに重なるものである。曰く「吾々はあらゆる思想を、それが生命の思想であって死の思想でない限り、それが人間の活動力を増す限り吾々はそれを歓迎する」(「解放の原則」、1921年)。

この西光の「生の思想」と鋭く対立したのが『親鸞聖人の正しい見方』(大谷尊由著、興教書院、1922年)であった。曰く「聖人の同朋主義の価値は、之を法悦生活の上に体験せねばならない、社会改造の基調などに引き付けるには、余りに尊と過ぎる」。

これに対し西光は「業報に喘ぐ」(1922年10月・12月に『中外日報』紙上に連載)で「社会改造の基調を卑しむことは人間生活の半分を卑しむことだ」と反論した。ちなみに、当時中外日報社にあってジャーナリストの立場から水平社運動を援護したのが三浦参玄洞〈註12〉であった(詳細は『本願寺史』増補改訂版 第三巻 本願寺史料研究所、2019年)。

西本願寺教団の対応としては一如会があった。一如会では、糾弾を肯定的に評価し、差別の原因を被差別者の側ではなく加害者の側においてとらえ、加害者の「懺悔」こそが重要であると宣言した梅原真隆〈註13〉が注目される。

水平社創立100周年を迎えて― 西本願寺教団のこれまでとこれから 神戸修氏(2/2ページ)

しかしこの運動は、社会構造や教団の在り方が問われず、差別解消への有効な運動とはなりえなかった(詳細は拙論「一如会は何ゆえに挫折したか」『同和教育論究』33号、同和教育振興会、2013年)。

戦後、一如会的な融和主義的発想への批判を踏まえて起こったのが同朋運動であった。同朋運動の特徴は「差別の現実からの出発」「事件の背景の追求」「加害者の責任の明確化」「被害者の人権救済の重視」である。

1970年の「『大乗』臨時増刊号差別事件」をきっかけに同朋運動は教団全体の運動となり、さらに第24代即如門主より「部落差別は封建制身分社会より引き継がれ、市民的権利と自由を侵害する深刻な社会問題であり、その解決は国民的課題であるとともに、宗門にとって法義上、歴史上、避けて通ることのできない重要課題」とされた『「基幹運動推進 御同朋の社会をめざす法要」に際しての消息』(1997年3月20日)が発布され、「差別法名・過去帳調査」(1983年・97年)などの実績に結び付いた。

「自己責任論の克服」「人間の尊厳」という水平社の問題提起に対する現在の教団の状況では、前者に関しては「悪しき業論」へのさらなる批判と問題意識の共有、後者に関しては、『親鸞聖人の正しい見方』と「業報に喘ぐ」との対決が先取りした、真宗思想と差別、戦争責任などの問題を含めた、宗教と現実社会との関係に関するさらなる議論が重要である。同朋運動から基幹運動への流れを確認し、2012年に始まった現行の「実践運動」において「基幹運動の成果」をさらに生かすことが必要であろう。

2016年12月9日に「部落差別の解消の推進に関する法律」が成立。「部落差別が厳然として存在する」という前提から、特に近年の悪質で確信犯的な差別への対応の必要性を謳ったこの法律の制定は画期的だ。

宗門においても、この法律の精神を受けとめ差別の克服へ一層の努力を傾けることが、宗教教団としての公共性を担保し、その社会的存在意義をより確実にすることになるのである(詳細は拙論「『部落差別の解消の推進に関する法律』の意義について」『宗報』597号、2017年6月号)。

水平社の問題提起には、若い世代の応答が求められる。いつの時代でも若者は希望である。教区や組での研修はもちろん、宗門の大学教育、特に教学を学ぶ場において、こういった水平社の運動や一如会の活動、「業報に喘ぐ」と『親鸞聖人の正しい見方』との論争など、多くの学生に宗教と社会との関係や、差別事件を含んだ近現代の真宗教団史・思想史を深く学ぶ場所が提供されることも重要であろう。

〈註1〉「募財拒否の決議通告」(1922年、『水平』近代文芸資料複刻叢書第7集、世界文庫、1979年)。文中の「決議」「宣言」「綱領」「或る人に」「解放の原理」はこの叢書。
〈註2〉1872(明治5)年の歴史上初の西本願寺教団の部落差別に関する公式文書たる「乙達三七号」では、差別禁止の根拠が前年8月に出された「賤称廃止令」に求められ、差別事件の責任が事件の行為者個人に帰されている。
〈註3〉大谷尊由(1886~1939)。管長事務取扱、拓務大臣などを務めた。
〈註4〉花田凌雲(1873~1952)。執行、勧学、龍谷大学学長などを務めた。
〈註5〉「悪平等」は「単に差異を無くす事を平等と考える事」が本来の意味。
〈註6〉『教海一瀾』(670号1922年4月26日付)。
〈註7〉袴谷憲昭『批判仏教』(大蔵出版、1990年)。
〈註8〉菱木政晴『解放の宗教へ』(緑風出版、1998年)。
〈註9〉『ツァラトゥストラ』(『ニーチェ全集』9巻、吉澤傳三郎訳、理想社、1969年)、『遺稿』(同13巻)など。
〈註10〉中村甚哉(1903~45)。本願寺派僧侶。全国水平社創立大会に参加、全国水平社青年同盟中央委員などを務めた。詳細は「中村甚哉と真宗信仰」(奥本武裕『同和教育論究』35号 同和教育振興会、2014年)。
〈註11〉西岡映子「米びつの底たたいて」(1950年代後半の大阪の「住宅要求期成同盟」の闘いの回想手記)、『部落史をどう教えるか』(寺木伸明他、解放出版社、1993年)所収。
〈註12〉三浦参玄洞(1884~1945)。本願寺派僧侶。西光万吉、駒井喜作などと親交。詳細は『三浦参玄洞論説集』(浅尾篤哉編、解放出版社、2006年)及び「『三浦参玄洞論説集』刊行によせて 上・下」(藤本信隆『同和教育論究』27号・28号、2006年・08年)。
〈註13〉梅原真隆(1885~1966)。執行、一如会協議会議長、参議院議員、富山大学学長などを務め、同和教育振興会設立に大きな役割を果たした。
浄土真宗本願寺派宗会議員・同和教育振興会事業運営委員 神戸修氏
こうべ・おさむ氏=1960年、大阪府生まれ。龍谷大卒。同大大学院文学研究科博士課程(真宗学)単位取得退学。大阪芸術大付属大阪美術専門学校講師(倫理学)、同大短期大学部講師(人権学)などを歴任。堺市北区・浄土真宗本願寺派西教寺住職。現在、同和教育振興会事業運営委員や本願寺派宗会議員を務める。著書に『戦時教学と浄土真宗』『人権理解の視座』『人権侵害と戦争正当化論』『十五年戦争下の西本願寺教団』。

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