2-2.mission そのⅡ in 若宮病院
2-2.mission そのⅡ in 若宮病院は、左膝人工関節置換手術です。
Dr.聡大の回診がございました。
2024-05-28
本日は火曜日は若宮病院では手術日に設定されています。 開始前の時間を割いてのお出ましでした!!
その後に、入院病棟の支援スタッフの聞き取りが行われました。
Dr.聡大は、月光仮面のような方です。
2024-05-28
月光仮面 主題歌
何処の誰かは知っているけれど、診察・手術の合間に、疾風のように現れて、疾風のように去っていかれます!!
名医をさがせ!!
入院15日目、退院の話ちらほら・・・となりました。
2024-05-28
当たり前の反対語は?
2024-05-27
昨年から続く手術とそれに伴う入院を通して
改めて実感したことについて書きます。
改めて実感したことについて書きます。
まず、手術後の時間で思った事ですが、
これまで当たり前に出来ていた事が
ものの見事に出来なくなる。
ものの見事に出来なくなる。
原因はと思いを巡らせますが・・・、
要は加齢による蓄積疲労の結果なのですが
それよりも何よりも
我が身はそんなに強靭ではないという
我が身はそんなに強靭ではないという
「生の現実」にその端緒(原因)はあるのです。
生老病死の只中で、その現実に目を背けて
生老病死の只中で、その現実に目を背けて
綱渡りを続ければ、結果は自ずからでありますが、
「がんばる」の御旗を掲げる当人は、
その実相(我が身の事実)をすっかり忘れ、自らの分限(能力)を超える
無謀を繰り返すのです。
こんな単純な事を、今回の出来事は、私に、改めて証てくれました。
また、今回の医療従事者の行いは、
その根底に、
その根底に、
どうにかしてこの事態を解消したいという
「深く大きな願い」を根源に持つものである事を
改めて実感させるものでした。
また、患者のなすべき事は、
スタッフのこの大いなる願いに気づき、
我が身を委ねる事、乗託すること。
そして、
この二つの願いと思いが結びつく事によって
治癒という結実が成就するのです。
人間は、「自分事は自分で何とかしよう」と錯覚し藻掻きますが、
人間は、「自分事は自分で何とかしよう」と錯覚し藻掻きますが、
そんな力も能力も、人間には備わっていません。
けれども、だから、「ももいいや」と諦めたり、
自暴自棄なるので無くて、
だからこそ、「頼む」のです。
その「頼む」ところに、その他人をどうにかしてやりたいという
その「頼む」ところに、その他人をどうにかしてやりたいという
「救い」の手が必ずある、及ぶことを信じることの大切さ・・・
そんなことを実感し、億念する入院を
今、私は続けています。
本日で二週間が経ち、
有難いことに、この時間帯も、
今、私は続けています。
本日で二週間が経ち、
有難いことに、この時間帯も、
やがて終わりの時が近づいています。
「退院をお考えであれば、私達は、それに向けて用意をいたします。」
本日の回診での「執刀医のことば」です。
Dr.を始め皆様、今回は大変お世話になりました。
退院の日まで、改めて、 よろしくお願い申し上げます。
退院の日まで、改めて、 よろしくお願い申し上げます。
入院の病室で垣間見た「山田太一の世界」
2024-05-28
【数々の名作】「普通 描かないものを描く」脚本家・山田太一さん貴重なインタビュー 「車輪の一歩」を振り返って語ったこととは?
男たちの旅路 「車輪の一歩」1979年
今こそ聞きたい名台詞! 戦争とは平和とは本当に今の時代に必要な言葉があの頃のドラマにはあったのだ
「男たちの旅路』(おとこたちのたびじ)は、1976年2月から1982年2月までNHKにて放映された山田太一脚本のテレビドラマ。全13話。
山田太一ドラマ「男たちの旅路」は、鶴田浩二と水谷豊のコンビが絶妙で
ふぞろいの林檎たち 脚本家 山田太一さん
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2014年07月13日 西部邁ゼミナール 第284回
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脚本家の山田太一さん(89)死去 残された鉛筆の直筆原稿「今の子だって激しくぶつかり合って心が溶け合うような人間関係を求めている」




