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【アーカイブ】】作戦・闘いへの導線の巻

【アーカイブス】作戦の記録

◎ベルサイユ講和条約 *1919.6.28/ 「ベルサイユ講和条約」が調印される。

2021-03-15
Facebook佐々木信雄さん曰く
◎ベルサイユ講和条約
*1919.6.28/ 「ベルサイユ講和条約」が調印される。
 ベルサイユ条約は、1919年6月28日にフランスのベルサイユで調印された、第1次世界大戦における連合国とドイツの間で締結された講和条約の通称である。第1次世界大戦の終結を受けて、1919年1月18日から、フランスのパリで世界各国の首脳が集まり「パリ講和会議」が開始され、講和問題だけではなく、国際連盟を含めた新たな国際協調体制構築についても討議された。
 パリ講和会議の結果、連合国とドイツの間で締結された講和条約は、パリ郊外のベルサイユ宮殿で調印されたため「ベルサイユ条約」と呼ばれる。そして、この条約や関連諸講和条約によってもたらされた国際秩序を、「ベルサイユ体制」という。パリ講和会議は、アメリカ大統領ウッドロー・ウィルソンの理想主義を基調に進められ、「国際連盟」の成立など、平和秩序の維持を希求したが、それを支える現実的な制度が、各国の意向で整えられず、その崩壊が第2次世界大戦へと流れ込んでいった。
 パリ講和会議は、参戦国でもあったが仲介役的立場の米大統領ウィルソンと、英首相ロイド=ジョージ、フランス首相クレマンソーを中心として進められた。ウィルソンは、「十四ヵ条の平和原則」を発表し、「公正な講和」をアピールして、講和後の融和的な各国の関係を重視したが、直接に戦闘を交え甚大な被害を被った英仏両国は、ドイツに巨額の賠償や領土割譲を含め、懲罰的な負担を科する強硬意見であった。
 当初、ドイツやオーストリアの政体が不安定な状況もあり、まず連合国間で講和条件を話し合うことになった。戦勝五大国(英・仏・米・伊・日)の全権代表で構成される「十人委員会」で、重要課題は検討されることになったが、その後、情報遺漏問題もあって、実質は、英仏米三首脳にイタリアのオルランド首相を加えた「四人会議」が中心となった。
 フランスは、直接国境を接し、過去何度も戦争をしてきた隣国ドイツに対する不信感は強く、潜在的脅威を完全に取り除くべく、莫大な賠償や領土割譲など、強硬に懲罰的な条件を求めた。一方のアメリカは、理想主義者ウィルソンの意向もあり、「公正な講和」と「戦後の協調体制構築」で、行き過ぎた懲罰要求を緩和すべきとした。イギリスは、仏に立場は近いが、妥協的に対応した。
 講和案がまとめられると、ドイツ代表がパリ会議に招かれ通知された。ドイツ側は、国民からの大反発もあり、講和案を拒絶するが、ドイツ側からの提案を出し、若干の修正の後、再度講和案が提示された。連合国側は、返答期限を切り、受諾亡き場合は戦闘再開も辞せずという断固たる姿勢で臨んだため、ドイツはしぶしぶ講和案を受諾、ベルサイユ条約が締結されることになった。
 ベルサイユ条約は、米ウィルソンの提唱した「国際連盟」条項を包含するなど、平和的な協調体制理念が盛り込まれていたが、一方で仏クレマンソーを代表とする、ドイツに対する復讐懲罰的な苛酷要求との妥協の産物であった。その結果、国際連盟は米国で議会の反対で批准されないなど、具体的な平和維持機構ととしては機能せず、一方で、敗戦国ドイツへの苛酷な賠償負荷は、それに耐えきれないドイツ国民の疲弊を招き、やがてナチス台頭など、第2次大戦への導火線ともなった。
(この年の出来事) 
*1919.1.18/ 第1次大戦の終結を受け、パリ講和会議が始まる。
*1919.2.6/ ワイマールでドイツ共和国国民会議開催。民主共和派が大勢をしめ、大統領にエーベルトを選出。
*1919.5.4/ 中国で、日本が引き継いだ旧ドイツ山東省権益の、中国への返還を要求する「五・四運動」が起こる。

◎アイヌ人に対する「北海道旧土人保護法」

2021-03-09
*1899.3.2/ 「北海道旧土人保護法」が公布される。
【19th Century Chronicle 1899年(m32)】-1
◎アイヌ人に対する「北海道旧土人保護法」
*1899.3.2/ 「北海道旧土人保護法」が公布される。アイヌ救済をうたい農耕民化を推進するが、独自の入墨・耳輪などの風習を禁じるなど、大和民族への同化を強いるものだった。
 「北海道旧土人保護法」は、北海道アイヌを一般の日本国民と分けることを定めた(戸籍の分離)。さらに、アイヌの土地所有権の制限(不動産の相続権の停止など)、アイヌ語の廃止など、日本への同化政策が基軸となっていた。アイヌを「北海道旧土人」と呼び、アイヌを日本人からの保護するという大義名分で、土地、医薬品、埋葬料、授業料などを供与すると定めたが、供与に要する費用にはアイヌの共有財産等からの収益を用いることとした。
 先住民のアイヌが住む土地や、共有していた漁業・狩猟・耕作などの権利、共有財産などの専有権は没収し、北海道庁の管理の下で、公売によって日本人に売却された。そしてアイヌ人には、自由な土地売買や小作権設定などが禁止された。
 この法律にもとづいて、アイヌの財産の収奪や、文化的同化政策が推進された。具体的には、「1.アイヌの土地の没収、2.収入源である漁業・狩猟の禁止、3.アイヌ固有の習慣風習の禁止、4.日本語使用の義務、5.日本風氏名への改名による戸籍への編入」などが強制された。
 この差別的な法律は、終戦後にも放置されたまま存続した。1997(平9)年になってやっと、アイヌ民族初の国会議員萱野茂らの尽力で、「アイヌ文化振興法」(アイヌ文化の振興並びにアイヌの伝統等に関する知識の普及及び啓発に関する法律)が国会で全会一致可決され、その施行に伴い北海道旧土人保護法は廃止された。
 「アイヌ」とは、もともとアイヌ語で「人間」を意味する言葉で、精霊的自然を示す「カムイ」に対する概念だったとされる。それが大和民族(和人)との交易など接触がすすむにつれて、自民族の呼称として意識的に使われだした。さらに、アイヌ語で人民・親族・同胞・仲間という意味の「ウタリ」は、より積極的に誇りを込めた文化的アイデンティティを主張する、アイヌ人自身の民族の呼称として用いられる。
 一方で大和民族(和人)の側からは、古来からアイヌのことを「蝦夷(えみし・えぞ)」・「土人」などと呼び、東北一帯に住む先住民(和人と混交したアイヌ)と北海道のそれ(純然たるアイヌ)とは、明確な区別がなかった。エミシはエビスに通じ、漠然と「東北一帯に住む異人・蛮族」といったニュアンスで使われたとされる。中世になると、アイヌとの接触も増え、具体的にアイヌ人を指す言葉として「蝦夷(えぞ)」と呼ばれるようになり、彼らの住む北海道は「蝦夷地(えぞち)」とされた。
 アイヌの信仰は、自然界のあらゆる事物に霊魂が宿るとする、ある種の汎神論に分類される。なかでも熊は神の化身とされ、熊の魂を天界に送り返す儀式「イオマンテ」などが有名である。
 また、アイヌは筆記文化を持たず、生活の知恵や歴史はすべて口承で伝承された。そのためアイヌの歴史や生活文化の解明は困難を極めたが、「金田一京助」による、口承文芸の「ユーカラ(叙事詩)」の研究などから、少しづつ明らかにされつつある。
(この年の出来事)
*1899.2.7/ 改正中学校令・実業学校令が公布、翌8日には高等女学校令が公布されて、中等教育体制が整う。
*1899.2.27/ 移民斡旋業者の森岡移民会社が募集した810人が、日本郵船の「佐倉丸」でペルーへ出発する。(わが国初の南米移民)
*1899.7.10/ 明治天皇が東京帝国大学の卒業式で、成績優秀者に銀時計を授与する。(恩賜の銀時計の始まり)
*1899.7.21/ 布引丸が、フィリピン独立運動派に武器弾薬等を輸送する途中、上海沖で難破する。

日本の戦後

2021-02-06

下関条約締結の場

2021-02-02
下関市 春帆楼
春帆楼:ふぐ料理公許第一号店敷地内
『日清講和記念館』 1/29見学
以下は公式HPより
明治28年(1895年)3月20日から、料亭「春帆楼」において、日清戦争の講和会議が開催された。
この会議には日本全権の伊藤博文、陸奥宗光
清国全権の李鴻章をはじめ両国の代表11名が出席した。
講和に向けて会議はくり返し行われ、4月17日に講和条約が調印された。
明治28年(1895年)3月24日、第3回目の会議を終えた李鴻章は、宿舎である引接寺への帰途
小山豊太郎という青年に狙撃された。
この事件によって会議は一時休会し、負傷した李鴻章には、明治天皇をはじめ各方面からも
多くの見舞いが寄せられた。
そのかいもあり、まもなく李鴻章は快復し、4月10日に会議は再開された。
事件後、李鴻章は大通りを避け、山沿いの小径を往復した。
この小径は、いつしか「李鴻章道」と、よばれるようになった。
以下は春帆楼の説明
春帆楼は、赤間神宮・安徳天皇御陵に隣接し、関門海峡を望む高台に位置する。
未亡人・ミチが旅館兼料亭として、伊藤博文の命名により、創業を開始したものである。
1888年(明治21年)には、伊藤により解禁となったふぐ料理公許第一号店として
あるいは1895年(明治28年)4月17日に、締結された日清講和条約(下関条約)の締結会場としても知られる。

五稜郭 蝦夷共和国政府の発足

2021-01-27
1869年1月27日(グレゴリオ暦) (明治元年12月15日) 榎本武揚達旧幕府軍が、箱館で蝦夷の領有宣言を行う。
Facebook佐々木 清三郎さんより
蝦夷共和国政府の発足 箱館共和国 総 裁 榎本武揚
陸軍奉行並・土方歳三
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