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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

待望の“日本ボクシング史に語り継がれるであろう”ビックマッチ!

2022-04-02
村田諒太と伝説ゴロフキンの一戦を見届けよう
待望の“日本ボクシング史に語り継がれるであろう”ビックマッチ! 村田諒太と伝説ゴロフキンの一戦を見届けよう | マイナビニュース (mynavi.jp)

今春、ボクシングの歴史が変わる。4月9日(土)にさいたまスーパーアリーナで、ボクシングWBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(36=帝拳)と、IBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(40=カザフスタン)の対戦がようやく実現するのだ。

当初この試合は、昨年末の実施が予定されていた。
日本ボクシング史に語り継がれるであろうビックマッチとして注目を集めていたが、新型コロナウイルスの影響でやむなく延期に。
期待が高かった試合だけに、ボクシング界には衝撃が走り、ファンからは悲しみの声が溢れた。
それだけに、この対戦の実現がありがたく、待った分だけ楽しみが増した、必見の試合なのである。

訃報

2022-03-16

Facebook Honda 本田技研工業(株)さん曰く 


高橋国光氏が本日逝去されました。
Hondaモータースポーツ黎明期にライダーとしてともに世界の舞台にチャレンジし、四輪ではNSXでル・マン24時間レースを制するなど多大な功績を残されました。
心より哀悼の意を表します。
Honda社長 三部敏宏からのコメントです。

北京パラ・アルペンスキースーパー大回転(座位)

2022-03-06

Facebook Yahoo!ニュースさん曰く


【速報】
北京パラ・アルペンスキースーパー大回転(座位)が6日行われ、
日本選手団主将の村岡桃佳が前日の女子滑降に続き金メダルを獲得しました。
これでパラ通算3個目の金となります。

北京パラリンピック開幕 「鳥の巣」で開会式

2022-03-06
第13回冬季パラリンピック北京大会は4日夜、北京市の国家体育場(通称「鳥の巣」)で開会式が行われ、開幕した。
北京五輪閉幕直後にロシア軍がウクライナに侵攻。
戦時下で実施される雪と氷の障害者スポーツの祭典には、排除されたロシアとベラルーシを除いて46カ国・地域から約560選手が参加する。
日本の大黒柱はアルペンスキー女子で日本の主将を務める村岡桃佳(トヨタ自動車)だ。
北京冬季パラリンピックの開会式で、旗手の川除大輝を先頭に入場行進する日本選手団=4日、北京で(共同
© スポーツ報知/報知新聞社 開会式で入場する日本選手団(ロイター)

ヤクルトスワローズ優勝

2021-10-28
『読売新聞』朝刊 2021.10.28

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

第65代横綱 貴乃花

2021-10-06
第66代横綱 若乃花

若貴の時代

2021-10-06
貴乃花「今後も不撓不屈の精神で」

ローラーゲームを覚えておられますか?

2021-09-22
Facebook 福田 晋也さん曰く
東京ボンバーズ、ロサンゼルス・サンダーバード。
ローラーゲームを覚えておられますか?
東京ボンバーズ、ロサンゼルス・サンダーバード。
ラリールイスという選手の名前が記憶に残っています。
あとヨーコとか森とか。

橋本真也vs小川直也

2021-09-21
【新日本プロレス 「橋本真也34歳、小川直也に負けたら即引退!スペシャル」 2000年4月7日 東京ドーム】

名横綱、そして名理事長でした。

2021-09-13
横綱佐田の山→出羽の海理事長→境川理事長

横綱に昇進し、奉納土俵入りで初の雲竜型手数入りを奉納する佐田の山(右)=1965年1月29日、東京・渋谷区の明治神宮【時事通信社】


 大相撲の元横綱佐田の山で引退後は日本相撲協会理事長も務めた市川晋松(いちかわ・しんまつ)さんが2017年4月27日午前3時15分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。79歳だった。葬儀は家族葬で済ませた。
 長崎県新上五島町出身で旧姓佐々田。1956年初場所、出羽海部屋から初土俵を踏み、60年春場所新十両、61年初場所新入幕。幕内3場所目の夏場所、平幕優勝を遂げて注目された。
 62年春場所で2度目の優勝を果たし、大関に。65年初場所、3度目の優勝をして横綱に昇進した。名門出羽海部屋の猛稽古で鍛え、突っ張りからの右四つ、寄りが得意。人気は大鵬、柏戸に及ばなかったが、誠実で闘志あふれる取り口は横綱の名にふさわしく、優勝6回は柏戸を上回る。
 病気などで不調の時期を経て67年九州、68年初場所と連続優勝して復活を印象づけたが、翌春場所6日目に突如引退を表明し、ファンを驚かせた。潔い散り際として語り草になっている。
 師匠の長女と結婚して市川姓となり、引退後は年寄出羽海として部屋を継承。92年には日本相撲協会理事長に就任した。
 その後、部屋を元関脇鷲羽山に譲り、年寄名跡を境川に変更して理事長職に専念。年寄名跡改革などに取り組んだが、協会内の反発で断念し、98年に退任した。2003年に定年退職した。

【 プロレス編】

社長・・・とは言わなかったか・・・な?

2021-05-25
天辺獲ったどう・・・、とも言わなかった・・・かもしれない?
Facebook ジャンボ鶴田 Jumbo Tsurutaより

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
PWFへビュー級選手権ベルト
NWAインターナショナル選手権ベルト

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
UN選手権ベルト

ファイトの足跡

2020-09-07
私は、プロレスといえばG馬場命、ボクシングといえば大場命です。
ジャンボ鶴田の三冠ベルトです。

NWA世界ヘビー級選手権ベルト

2021-05-15
ハーリー・レイスモデルです。
NWAヘルトには、団体加盟傘下国のフラッグが・・・。

【 ボクシング編 】

井上尚弥が防衛成功!ダスマリナスを3回TKO バンタム4団体統一へ前進

2021-06-20
日刊スポーツ新聞社 2021/06/20 18:39
© 日刊スポーツ新聞社 ダスマリナスを攻める井上尚弥(AP)

<ボクシング:WBAスーパー、IBF世界バンタム級タイトルマッチ12回戦>◇19日(日本時間20日)◇米ネバダ州ラスベガス

WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(28=大橋)が防衛(WBA5度目、IBF3度目)に成功した。

IBF同級1位マイケル・ダスマリナス(28=フィリピン)を3回TKOで倒し、日本人初となる2戦連続の「聖地」防衛に成功した。

WBC同級王者ノニト・ドネア(38=フィリピン)ら他団体の対抗王者が見守る中、ラスベガスのリングで実力をアピールした。目標に掲げるバンタム級4団体統一へ、大きなステップを踏んだ。

  ◇   ◇

全米生中継、ラスベガスでは自身初の有観客興行という舞台で、井上が白星をつかんだ。日本人初となる2戦連続「聖地」防衛に成功。「試合当日の自分がどのようなパフォーマンスをするのか、ラスベガスにどんな試合をみせられるのか。自分でも楽しみ」。神経質になり、緊張しても良い環境であっても、井上は愛称「モンスター」らしくファイトした。

昨年10月のジェーソン・モロニー(オーストラリア)戦で初めてラスベガスに進出した。米プロモート大手トップランク社と契約後初試合で7回KO勝ちを収めた試合内容は大きな評価を受けた。「間違いなく彼は世界で最高のファイター。誰もが彼のようにはなれない」と絶賛していた同社ボブ・アラムCEOが試合前会見でも「モンスターが米国に戻ってきた」と手放しで歓迎。試合1週間前からラスベガスの掲示板は井上-ダスマリナス戦のPRが増え、中継局の米ESPNでは連日、ゴールデンタイムに井上を特集番組が放送された。

井上は言う。「もうプロモーションを含め、かなり期待を感じるので、その期待を裏切らないように、出せるものすべて出して、しっかりと勝ちにつなげたいです」。所属ジムの大橋秀行会長(56)は「米国での対応、評判が前回に比べものにならないぐらい(高い)。本人も比較していて、良い意味でかなり気合が入っている」と口調を強めていた。期待を力に変え、海外オッズでも優位の井上が確実に「聖地」で勝利を手にした。

◆井上尚弥(いのうえ・なおや)1993年(平5)4月10日、神奈川・座間市生まれ。元アマ選手の父真吾さんの影響で小学1年から競技を開始。相模原青陵高時代にアマ7冠。12年7月にプロ転向。国内最速(当時)6戦目で世界王座(WBC世界ライトフライ級)奪取。14年12月にWBO世界スーパーフライ級王座を獲得し、史上最速(当時)の8戦目で2階級制覇。18年5月にWBA世界バンタム級王座を獲得し、国内最速(当時)の16戦目で3階級制覇。19年5月にWBA、IBF世界バンタム級王者に。同年11月、WBSSバンタム級トーナメント優勝。家族は夫人と1男2女。164・5センチの右ボクサーファイター。

◆世界主要4団体統一王者 過去6人誕生している。世界主要4団体となって以降、04年にバーナード・ホプキンズ(ミドル級)、05年にジャーメイン・テイラー(ミドル級)、17年にテレンス・クロフォード(スーパーライト級=すべて米国)、18年にオレクサンドル・ウシク(クルーザー級=ウクライナ)、20年にテオフィモ・ロペス(ライト級=米国)が達成。そして、階級最強トーナメントのWBSSスーパーライト級覇者ジョシュ・テイラー(英国)が5月23日、ホセ・カルロス・ラミレス(米国)との4団体統一戦を制し、史上6人目の統一王者になった。

井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発

2021-05-23
#井上尚弥・デビューからマロニー戦までの全ダウンシーン35連発
モンスター NAOYA INOUE

WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者 井上尚弥(大橋)、ラスベガスデビュー

2021-05-23
挑戦者は、 WBA2位、IBF4位、WBO1位 ジェイソン・マロニー(オーストラリア)



WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者
井上尚弥(大橋)

VS
WBA2位、IBF4位、WBO1位
ジェイソン・マロニー(オーストラリア)

 

試合結果は
井上尚弥の7RKO勝ち

 

バンタム級のWBAスーパー王座とIBF王座を持つ井上尚弥(27=大橋)が10月31日(日本時間11月1日)、

アメリカのネバダ州ラスベガスで両王座の防衛戦

挑戦者はWBA2位、IBF4位、WBO1位にランクされるジェイソン・マロニー(29=オーストラリア)。

19戦全勝(16KO)の井上に対し、マロニーも22戦21勝(18KO)1敗。

マロニー健闘も、7R右クロスカウンターで井上尚弥の7RKO勝ちです。

井上尚弥 vs ジェイソン_マロニー 無観客のラスベガスデビュー戦

井上尚弥のヘッドロールがマジにスゴすぎる

2021-05-25

井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い

2021-05-25
井上尚弥が強い!ワルリト・パレナス戦で見せたパンチが凄い

【 ボクシング編 】(アーカイブス)

「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」

2022-01-31

日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。

エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。

【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂

Facebook 井岡 弘樹さん曰く

Facebook 井岡 弘樹さん曰く


2月1日(火)午後6:10〜NHK BSで放送される井岡弘樹とエディタウンゼントトレーナーとの奇跡のドキュメンタリーの放送のお知らせです。
この感動的な
命懸けのストーリーを
是非多くの方に見ていただきたいので#拡散 宜しくお願い致します
放送日はエディさんの命日。大切な日を忘れない為、エディさんが亡くなった午前1時に妻と入籍しました。
また感想など聞かせていただけると嬉しいです


Facebook 井岡 弘樹さん曰く

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ
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