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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

このコークは、コーラのことではありません。

2022-02-16
『読売新聞』2022.02.15朝刊です。

#スノーボード 女子ビッグエア 決勝

2022-02-15

Facebook Team JAPANさん曰く


#Beijing2022      
#スノーボード 女子ビッグエア 決勝
#村瀬心椛 選手 #銅メダル (写真1枚目)
#岩渕麗楽 選手 4位 (写真2枚目)
#鬼塚雅 選手 11位 (写真3枚目)
以上の結果で競技を終えました
NICE SHOT
#スノーボード  女子 ビッグエア
超大技「トリプルコーク」に挑戦した
惜しくも成功とはなりませんでしたが
世界中の選手たちが称えました
NHK | スノーボード・岩渕麗楽の大技 一斉に世界の選手が駆け寄った!! | スノーボード女子ビッグエア | 北京オリンピック
またしてもメダルには届かなかったが、最後まで攻めを貫いた岩渕。その姿勢は海外にも感動を広げている。(C)Getty Images

【昭和40年代アニメ・アタックNO1より 鮎原こずえ】

2022-02-15
Facebook 香取三夫さん曰く さん

昭和のスポーツ漫画は大技がつきものですが
バレーボールの基本はレシーブとアタックよ
世界一のバレーNO1になるわ
【昭和40年代アニメ・アタックNO1より 鮎原こずえ】

堀島のスキー板は、日本生まれの「ID one」だ。

2022-02-14

Facebook 時事通信社さん曰く


北京五輪のフリースタイルスキー・モーグルで、
堀島行真が銅メダルを獲得。
その堀島のスキー板が、日本生まれの「ID one」だ。
今や世界のトップ選手が愛用する最強ブランドになり、
北京では男女の表彰台を独占した。
@jijicom

日本ブランド「最強」スキー板が北京五輪モーグル表彰台を独占 開発者の藤本誠さんに聞く

今大会のマスコット #ビンドゥンドゥン との喜びの表情をお届けします

2022-02-14

Facebook Team JAPANさん曰く


NICE SHOT
#銀メダル を獲得した #髙木美帆 選手
今大会のマスコット #ビンドゥンドゥン との喜びの表情をお届けします 

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

小山正明投手

2021-12-15
Facebook 髙橋彰男さん曰く
小山正明投手は、身長183センチの長身からの打者のヒザ元への絶妙のコントロール。投げる精密機械と評価されたピッチングは、ただひたすら走り込み、足を鍛えることによって生まれた。同時に真夏でも熱いお茶しか飲まない健康管理など、さすがに村山実投手でさえ、小山さんのプロとしての姿勢は勉強になったというほどである。どんな快速球でもド真ん中に投げたら打たれる。どんなスローボールでも打たれないというピッチング哲学をきちっと守った投手の原点だった。吉田義男さんは、小山正明さんについて、内野手のわれわれが忙しかったら、それは彼が調子のいい証拠だと語っていたそうである。
1959年に村山実投手がデビューするやエースの座を奪われたが、ひょうひょうとしたマイペースらしく、それが誤解されたらしく、弧高をタイプが故に貧打解消が急務というチーム事情から、1963年の暮れに山内一弘選手との交換トレードで東京オリオンズに移籍した。ホームラン王と20勝投手の大型交換トレードは阪神が損をしたと言われていたそうである。
小山正明投手移籍直後の1964年には25試合完投、30勝を挙げている。小山正明投手の通算防御率は2.45。73無四球は近鉄・鈴木啓示投手に破られる前の日本記録だった。
小山正明投手移籍直後の1964年には25試合完投、30勝を挙げている

大会MVPにフラメンゴのジーコが

2021-12-13
Facebook 及川 俊明 さん曰く
及川 俊明 
 
南米代表フラメンゴvs欧州代表リヴァプールが対戦。フラメンゴが3-0で勝利し世界一に。
大会MVPにフラメンゴのジーコが。副賞として冠スポンサーのトヨタセリカが贈呈。ジーコは40年経った今でも保有していると言う。この10年後に住友金属の選手としてジーコは再び日本へ。
以前は南米と欧州チャンピオンクラブ同士がホーム&アウェイで対戦していたが、サポーターが過熱し過ぎ開催継続が困難に。経済力がありインフラが整備され治安が良い第三国、と言うことで日本に白羽の矢か立ち、トヨタが冠スポンサーとなり1981年2月に第1回が開催。2回目以降は12月に。
当時「サッカー不毛の地」と言われた日本ではあったが、このトヨタカップだけは毎年国立競技場が超満員に膨れ上がった。
南米・欧州以外のクラブも加えたクラブワールドカップへ移行のため、2004年を以て大会は発展的終了となった。

逆転勝利に感動!【Last 10min】Rugby World Cup 2015 Japan vs South Africa

2021-12-09
最後のワンプレーから攻めてWTBヘスケスが逆転トライ。世界のラグビーの歴史を塗り替えた photo by Kenji Demura
2015年09月20日に行われた日本vs南アフリカのラスト10分
最後まで攻め切って南アフリカに逆転勝ち。日本代表を後押ししてくれた観客の興奮も頂点に達した photo by Kenji Demura
公言通り南アフリカを倒し、選手たちと喜びを分かち合うジョーンズHC。RWC8強を見据える photo by Kenji Demura
前半29分にはBKも加わったモールでトライ。南アフリカの度肝を抜いた photo by Kenji Demura
強い南アフリカの象徴LOマットフィールドを止めるSO小野とLOトンプソン。コンタクトでも一歩も引かなかった photo by Kenji Demura
ひとりで24得点を叩き出しマンオブザマッチ級の活躍を見せたFB五郎丸。後半28分には自らトライも決めた photo by Kenji Demura

長嶋氏が再び打席に カネやんと本気対決

2021-12-09
「さよなら後楽園球場」セレモニーで対決した長嶋氏と金田氏(1987年11月3日)
2014年06月17日 17時13分

巨人は17日、7月4日に東京ドームで行われる中日戦の始球式で、長嶋茂雄終身名誉監督と巨人・国鉄OBの金田正一氏が1打席対決を行うと発表した。

 長嶋氏と金田氏の対決といえば、長嶋氏のデビュー戦となった試合での4打席連続三振があまりにも有名。当時の金田氏は「(4三振は)すべて思い切り振ってきた。あいつはすごい選手になる」と長嶋氏の将来を予感したという。

 長嶋氏が始球式の打席に立つのは、昨年5月5日の国民栄誉賞表彰式以来。結果は空振りながら、松井秀喜氏の投じた高めのボールを、左手一本で本気に打ちにいったことが話題になった。
 今回は始球式ではなく「対決」ということもあり、再び本気のバットスイングが見られそうだ。
 このイベントは1936年7月3日に巨人が公式戦初勝利を挙げたことにちなんで開催する「ジャイアンツメモリアルウイークス(4〜6日、11〜13日)」に合わせて企画されたもので、イベント期間中には城之内邦雄氏、吉村禎章氏、元木大介氏らOBが登場する歴代ユニホーム紹介セレモニーなども行われる。
長嶋さん4打席連続三振、金田さんとの語り継がれる「初対戦」

前人未到の通算400勝の記録を残した元プロ野球国鉄、巨人投手の金田正一さんが6日、急性胆管炎による敗血症のため、86歳で亡くなった。14年連続20勝など数々の記録を打ち立てた左腕は、黄金期に向かうプロ野球界に、強い刺激を与え続けた。

 国鉄時代は、巨人キラーの異名をとった金田さんにとって、今でも語り継がれるのが、立大から巨人入りしたゴールデン・ボーイ、長嶋茂雄さん(現・読売巨人軍終身名誉監督)との初対戦だった。1958年4月5日の東京・後楽園球場。セ・リーグ開幕戦となった巨人戦で先発した金田さんは、東京六大学で当時新記録の8本塁打をマークした長嶋さんを4打席連続三振に仕留めた。

 その時、金田さんは長嶋さんの気迫と豪快なスイングに、「いつかこの若者にひざを屈する日が来る」と感じたという。この初対決の4打席で、金田さんは19球を投じたが、見逃しのストライクを取れたのは、第1、4打席の2球だけ。あとはファウルか空振りという積極さに、「スイングも鋭い。これはそこらの新人とは違う」と、むしろその怖さを感じ取ったからだった。後年、長嶋さんは「(金田さんとの対戦は)長かったようでもあるし、あっという間に終わったような気がする」と話した。

山口高志投手です。

2021-12-09
Facebook 髙橋彰男さん曰く
山口高志投手です。
身長こそ169センチと野球選手の中ではかなり背が低い部類に入るが、両腕を上げ思い切り腕を振り下ろす豪快なフォームから繰り出させれる剛速球は、現在でも最も速いストレートの一つとして数えられ。
上田利治さん、西本幸雄さんらは「山口投手がNo.1」と公言している。
山口投手の投球は8割がストレートを占めており野村克也さんは「オマエを相手にするときは考えんでもいい、どうせストレートばかりだからな。」と山口投手にぼやいたという。
またスタミナもあり、コントロールは悪かったこともあって150球前後の球数を投げて完投することもあったが、そのスピードは9回になっても150キロは出ていたともいわれている。

仲井 康晴さんの投稿
「球児。膝ちゃうか?」
高卒ドラ1ながら泣かず飛ばすの藤川球児の投球フォームを観て、軸足が沈み込んで、マウンドの土がユニフォームに着く欠点を指摘したのが、当時の2軍コーチの山口高志。
低めへの制球力をつけようとするために無意識に沈み込んでいたフォームを修正。
山口高志は自身が豪速球投手と言うだけでなく、火の玉ストレート・藤川球児を生み出した人でもある

【 プロレス編】

社長・・・とは言わなかったか・・・な?

2021-05-25
天辺獲ったどう・・・、とも言わなかった・・・かもしれない?
Facebook ジャンボ鶴田 Jumbo Tsurutaより

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
PWFへビュー級選手権ベルト
NWAインターナショナル選手権ベルト

ジャイアント馬場展で全日三冠ヘビー級王座ベルトを発見

2021-05-18
UN選手権ベルト

ファイトの足跡

2020-09-07
私は、プロレスといえばG馬場命、ボクシングといえば大場命です。
ジャンボ鶴田の三冠ベルトです。

NWA世界ヘビー級選手権ベルト

2021-05-15
ハーリー・レイスモデルです。
NWAヘルトには、団体加盟傘下国のフラッグが・・・。

【 ボクシング編 】

Donaire vs Inoue Fight 2022

2022-06-10

Facebook Hanotoy Shotさん曰く







WBSSバンタム級決勝 井上尚弥vsノニト・ドネア

井上尚、3団体王座を統一 日本選手初、ドネア退ける―ボクシング世界戦

2022-06-08
世界バンタム級3団体王座統一戦の2回、ドネア(右)を攻める井上尚弥=7日、さいたまスーパーアリーナ
2022年06月07日22時10分

プロボクシングの世界バンタム級3団体王座統一12回戦は7日、さいたまスーパーアリーナで行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)統一王者の井上尚弥(大橋)が、世界ボクシング評議会(WBC)王者のノニト・ドネア(フィリピン)を2回1分24秒TKOで下した。

〈関連ニュース〉ボクシング 井上尚弥

 日本選手が世界主要3団体を統一したのは初めて。防衛回数は、スーパー王者に認定されているWBAが7度目、IBFが5度目。
 井上尚は1回に右のカウンターでダウンを奪い、2回に猛攻を仕掛けて左フックで倒したところでレフェリーが試合を止めた。
 世界5階級制覇の実績を持つドネアとは2019年11月に対戦し、3―0の判定勝ち。今回は2年7カ月ぶりの再戦だった。戦績は井上尚が23戦全勝(20KO)。ドネアは42勝(28KO)7敗。

世界バンタム級3団体王座統一戦でドネアを下し、3本のベルトを巻いて笑顔の井上尚弥=7日、さいたまスーパーアリーナ
世界バンタム級3団体王座統一戦でドネアを下し、3本のベルトを巻いて笑顔の井上尚弥=2021年6月7日、さいたまスーパーアリーナ【時事通信社】
 プロボクシングの世界バンタム級3団体王座統一12回戦は7日、さいたまスーパーアリーナで行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)統一王者の井上尚弥(大橋)が、世界ボクシング評議会(WBC)王者のノニト・ドネア(フィリピン)を2回1分24秒TKOで下した。日本選手が世界主要3団体を統一したのは初めて。防衛回数は、スーパー王者に認定されているWBAが7度目、IBFが5度目。
 井上尚弥は2019年11月に世界5階級制覇の実績を持つドネアと対戦し、3―0の判定勝ち。今回は2年7カ月ぶりの再戦だった。
 戦績は井上尚弥が23戦全勝(20KO)。ドネアは42勝(28KO)7敗。


井上尚弥が歩む比類なき王者への道

井上尚弥が2R・TKO勝ちで日本人初3団体統一!2年7カ月ぶりドネア戦/ラウンド速報詳細 [2022年6月7日21時44分] <プロボクシング:WBAスーパー、WBC、IBF世界バンタム級王座統一戦12回戦>◇7日◇さいたまスーパーアリーナ WBAスーパー、IBF世界バンタム級王者井上尚弥(29=大橋)が日本人初の3団体統一に成功した。 
WBC世界同級王者ノニト・ドネア(39=フィリピン)と3本のベルトを懸けて拳を交え、2回1分24秒、TKO勝ち。19年11月、階級最強を決めるトーナメント、ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ(WBSS)決勝以来、約2年7カ月ぶりの再戦を制した。 両者ともボクシング界の主要4団体の統一を目標に掲げており、残るWBO王座はポール・バトラー(英国)が保持している。4団体統一は長いボクシング史でも世界で8人しか達成しておらず、バンタム級では初の偉業。年内にも井上とバトラー戦が実現する機運が高まっている。  WBCの世界バンタム級王座はファイティング原田、辰吉丈一郎、薬師寺保栄、長谷川穂積、山中慎介ら名王者たちが巻いた日本のファンに馴染み深い栄光のタイトル。12戦連続防衛を果たした山中氏が17年8月にルイス・ネリ(メキシコ)に奪われたのち、ネリの体重超過による王座剥奪などを経て、井上が日本に取り戻した。 

<世界バンタム級王座統一戦 井上尚弥・ノニト・ドネア>2R、ドネアに圧勝した井上尚(撮影・長久保 豊)

· 公式会見‼️ 後4日‼️ ドキドキとワクワクが止まりません‼️

2022-06-04
Facebook 井上尚弥・拓真 後援会さん曰く、 両チャンピオン、凄く良い顔してます
WBSS決勝 ノニト・ドネア 対 井上尚弥

◆プロボクシング WBSSバンタム級決勝 〇井上尚弥 判定 ノニト・ドネア●

 7日に行われたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)バンタム級決勝でWBA&IBF世界同級王者・井上尚弥(26)=大橋=がWBA世界同級スーパー王者ノニト・ドネア(36)=フィリピン=に判定勝ち。試合終了後、日付の変わった11月8日午前0時40分、自身のSNSを更新し「皆さん、今日は本当に熱い声援ありがとうございました」と報告した、。「苦しい場面が山程ありましたが皆さんの声援で持ち堪えるこたが出来ました。このFINALでドネアと戦えた事を誇りにこれからも精進して頑張って行きますので引き続き応援宜しくお願い致します」とつづった。

◇井上尚弥の略歴
 井上 尚弥(いのうえ・なおや)12年10月プロデビュー。14年4月にWBCライトフライ級、同年12月にWBOスーパーフライ級、18年5月にはWBAバンタム級の王座を獲得し、3階級制覇を達成。WBSS同級では19年5月の準決勝でIBFのタイトルを奪取し、同年11月の決勝でWBAスーパー王者のドネアを破り優勝した。右ボクサーファイター。165センチ。29歳。神奈川県出身。 
 ◇ドネアの略歴
 ノニト・ドネア(フィリピン)01年2月プロデビュー。07年7月にIBFフライ級王座を奪取。階級を上げ、14年5月のWBAフェザー級王座獲得で世界5階級制覇を達成。その後バンタム級に戻り、18年11月にWBA王者に。19年11月に井上尚に敗れてタイトルを奪われたが、21年5月の再起戦でウバーリ(フランス)を破ってWBC王座に返り咲いた。右ボクサーファイター。170センチ。39歳。フィリピン・ボホール島出身。
井上尚弥 vs ノニト・ドネア「試合分析」|試合で本当は何が起きていたのか?

伝説は、ここから始まった・・・。

2022-01-20
井上尚弥でも今回は”負ける”と言われたWBO世界王者と対戦した結果…ヤバ過ぎ!?

2団体王者井上尚が防衛 谷口はミニマム級新王座に

2021-12-15
© 産経新聞 【ボクシングダブル世界戦】4回、ディパエン(左)を攻める井上尚弥=東京・両国国技館(代表撮影)
2021/12/14 21:06

ボクシングのダブル世界タイトルマッチ各12回戦は14日、東京・両国国技館で行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(大橋)がIBF5位のアラン・ディパエン(タイ)と対戦し、8回TKO勝ちした。2年ぶりの国内試合でスーパー王座のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛となった。

世界ボクシング機構(WBO)ミニマム級1位の谷口将隆(ワタナベ)は王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKO勝ちし、新王者になった。谷口は2度目の世界挑戦だった。

谷口将隆が新王者!猛ラッシュで11回TKO 2度目の挑戦で悲願「2年前の自分よりずっと強くなった」
© スポーツニッポン新聞社 11回TKOでウィルフレッド・メンデスを破った谷口将隆(撮影・島崎 忠彦)
スポーツニッポン新聞社 2021/12/15 05:30

◇WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦 〇谷口将隆 TKO11回1分8秒 ●ウィルフレド・メンデス(2021年12月14日 両国国技館)

 WBO世界ミニマム級タイトル戦は同級1位の谷口将隆が王者のウィルフレド・メンデスを11回1分8秒TKOで破り、王座奪取に成功した。

 「まだ夢見心地ですね。2年前の自分よりずっと強くなったと、ようやく自信が持てた」。会心のTKO勝ちが信じられないかのように、ベルトを巻いた谷口が興奮気味につぶやいた。

 「挑戦者らしく」がテーマ。それを貫いた。判定で敗れた19年2月の初の世界挑戦。気負って力を発揮できなかった反省が原点にあった。いかにして相手の中に入って接近戦に持ち込むか――。インサイドワークという王者の持ち味を消す作戦を徹底的に練った陣営の執念が実った。序盤から決して下がらず前に前にと圧力をかけ、2回に左フックでダウンを奪うと、中盤以降も果敢に前へ出る。11回。左の振り下ろしで相手の動きを止め、コーナーに追い詰めて畳みかけるとレフェリーが試合を止めた。

 同じジムには同学年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者、京口紘人がいる。アマチュア時代からのライバルに先を越されたが、ようやく同じ「世界」の称号を手にした。青コーナーで励まし続けた盟友は「申し分ない内容。これから2人で引っ張っていこう」と激励。これに谷口も「勝利の女神ならぬ、男の神様」と感謝した。

 「僕は(メインイベントの)井上君のおまけ」と控えめに話していたモンスターの“前座”が、存在感を十分に見せつけた。27歳の新王者は「来年は谷口の試合を見にこようと言われるボクサーになりたい」とさらなる成長を約束していた。

 ◇谷口 将隆(たにぐち・まさたか)1994年(平6)1月19日生まれ、神戸市出身の27歳。中1でボクシングを始め、神戸第一高ではインターハイ8強入り。龍谷大ではボクシング部主将を務め、国体で2度準優勝。アマ戦績は74戦55勝16KO19敗。16年4月プロデビュー。18年11月にWBOアジアパシフィック・ミニマム級王座、20年12月に日本同級王座を獲得。身長1メートル62、リーチ1メートル64の左ボクサーファイター。

【 ボクシング編 】(アーカイブス)

「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」

2022-01-31

日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。

エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。

【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂

Facebook 井岡 弘樹さん曰く

Facebook 井岡 弘樹さん曰く


2月1日(火)午後6:10〜NHK BSで放送される井岡弘樹とエディタウンゼントトレーナーとの奇跡のドキュメンタリーの放送のお知らせです。
この感動的な
命懸けのストーリーを
是非多くの方に見ていただきたいので#拡散 宜しくお願い致します
放送日はエディさんの命日。大切な日を忘れない為、エディさんが亡くなった午前1時に妻と入籍しました。
また感想など聞かせていただけると嬉しいです


Facebook 井岡 弘樹さん曰く

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ
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