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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

2日、横浜スタジアムにて行われたノックアウトステージでアメリカと対戦。

2021-08-03
延長タイブレークの末、7対6でサヨナラ勝ちを収めて準決勝進出を果たしました。次戦は4日19時から宿敵・韓国と対戦します。

体操女子種目別ゆかで村上茉愛が銅メダルを獲得

2021-08-02

体操女子種目別ゆかで村上茉愛が銅メダルを獲得

体操女子種目別ゆか決勝、村上茉愛は得点14.166で3位タイで銅メダルを獲得した。

決勝はほぼノーミスで演技。H難度の大技「シリバス」が決まって笑顔も見られるシーンもあった。


57年ぶり、村上茉愛、ゆか個人で銅メダル!!

2021-08-02
団体、個人でも、5位入賞を果たしました。 そして・・・。
東京1964の体操女子団体、銅メダル、爾来57年ぶりの快挙です。
台上は池田敬子さん、その右は小野清子さん

バスケットボール女子1次リーグのB組は、日本がナイジェリアを102-83で下し、

2021-08-02
2勝1敗で準々決勝進出を決めた。
バスケットボール女子1次リーグのB組は、日本がナイジェリアを102-83で下し、2勝1敗で準々決勝進出を決めた。ナイジェリアは3連敗で敗退。7連覇を目指す米国はフランスと顔を合わせる。
C組は中国がベルギーと、オーストラリアはプエルトリコと戦う。(共同通信)

女子フライ級準々決勝で並木月海(自衛隊)が

2021-08-02
リオ2016オリンピック銅メダリストのバレンシア(コロンビア)に5-0で判定勝ちし、4日の準決勝に進んだ。
日本勢がオリンピックの複数階級でメダルを獲得するのは、ロンドン2012オリンピック男子バンタム級銅メダルの清水聡、同ミドル級金メダルの村田諒太以来。
ボクシングの女子フライ級準々決勝で並木月海(自衛隊)がリオ2016オリンピック銅メダリストのバレンシア(コロンビア)に5-0で判定勝ちし、4日の準決勝に進んだ。3位決定戦がないため、フェザー級の入江聖奈(日体大)に続き、日本女子2人目のメダルが確定した。
日本勢がオリンピックの複数階級でメダルを獲得するのは、ロンドン2012オリンピック男子バンタム級銅メダルの清水聡、同ミドル級金メダルの村田諒太以来。(共同通信)

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

橋本真也vs.小川直也から20年。

2022-02-10
『負けたら即引退!』による光と影。

視聴率67%を記録した、熊殺しウィリーvs燃える闘魂 猪木の伝説の一戦!

2022-02-10

キャメル・チーム・ロータス・ホンダ

2022-02-03

Facebook 徳田新之助さん曰く


35年前の本日1987年(昭和62年)2月3日、
キャメル・チーム・ロータス・ホンダ、体制発表。
中嶋悟、日本人初のフルタイムF1ドライバーに。
長い間、黒のボディに金文字のJPSカラーだったチームロータスが
黄色のキャメルカラーに大胆に変身。
そして日本のエンジンと日本のドライバーを起用。
前衛的なアクティブサスペンションを採用するロータス99T、
最強ホンダV6ターボ、そして
チャンピオンを獲得するのも時間の問題と評される26歳の天才ブラジリアン、
アイルトン・セナにも大きな期待が寄せられる。
しかし栄光のチーム・ロータスはこの年を境に凋落。
セナがマークしたこの年の2勝が最後の勝利になろうとは…。
日本におけるF1ブームの起爆剤になったチームであったことは間違いない。

· 川崎球場 伝説の流しそうめん

2022-01-22
Facebook Kei Kitani さん曰く

野村再生工場時代です。

2022-01-21
Facebook岩田 宏一さんより

Facebook 杉田耕二さん曰く さん曰く



お疲れさまです
寒いですね
南海時代のノムさんと江夏さん
試合中の1コマですかね

【 プロレス編】

アントニオ猪木とジャイアント馬場。

2021-05-15
待遇の差と不信感が「闘魂」を育てた
1963年3月、凱旋帰国した馬場正平は「ジャイアント馬場」となり、力道山と並んで記者会見で迎えられます。力道山にこのとき「馬場ちゃん」と呼ばれ、本人は驚いたそうです。
力道山の肩を揉んでいる猪木さんが若い。
 数々の名勝負を残した伝説のプロレスラー・アントニオ猪木は、17歳の時に移住先のブラジルで力道山にスカウトされ、1960年4月に日本プロレスに入門した。東京・浜町の力道山道場での入門会見は、ケガで引退を余儀なくされ、読売ジャイアンツの投手からプロレスに転向した馬場正平、のちのジャイアント馬場と同時に行なわれた。

日本プロレス時代の「ジャイアント馬場」

2021-05-15
日本プロレス時代の「ジャイアント馬場」②~1963-1968
ブルーザーとの決定戦で勝利した馬場はルー テーズ、力道山に続く第3代王者。これは「日本プロレスのエースであり、力道山の正当な王位継承者」という証なのです。

●馬場が憧れたバディ ロジャースとは?

2021-05-15
馬場が「アメリカ修行時代に見た中で、人気と実力を兼ね備えた最高のレスラー」と憧れたロジャースは、ついぞ来日しなかったため日本での知名度はイマイチですが、あのWWEのボス、ビンス マクマホン(Jr.)も子供時代に「最も憧れた選手」と語っています。

ロジャースは当時、全米一の観客動員力を誇るスーパースター。
安いギャランティでこき使われるのを嫌い敬遠していましたが、1961(昭和36)年6月、パット オコーナーを破り第43代NWA世界ヘビー級王者に。
これはルー テーズ以降、客を呼べるチャンピオンがロジャースしかいなかったからです。

ニックネームは「ネイチャー ボーイ」。「ダーティー チャンプ」の元祖となったヒールで、決め技は足4の字固め。
クジャクのようなロングガウン、ブロンドヘアー、ロジャース ストラートと呼ばれる気取った歩き方、レフェリーの陰で反則を繰り返し、ピンチに陥ると「オー ノー」と許しを乞うアクション、わざと反則負けして王座防衛などなど、リック フレアーはまんまロジャースのパクリなのです。
後期のタオルを持って入場するスタイルはニック ボックウィンクルが継承しました。
80年代を代表する世界チャンプの2人が揃ってそのスタイルを模倣することからも、ロジャースの影響力がわかります。

https://youtu.be/n5ZZfWDUdyE
馬場は日本人レスラーで唯一、
全盛期のロジャースのNWA世界タイトルに挑戦したレスラー。

世界選手権保持者

2020-10-07
NWA世界王者 自然児と魔術師 
バディー・ロジャース
パット・オコーナー
西海岸の王者 吸血鬼と覆面の魔王 力道山の前に立ちはだかりました。
フレッド・ブラッシー
ザ・デストロイヤー

力道山のインター戦

2021-05-18
Rikidozan vs Freddie Blassie
Rikidozan vs The Destroyer

Rikidozan vs The Destroyer

 (JWA December 2nd, 1963) (COMMERCIAL TAPE)

【 ボクシング編 】

伝説は、ここから始まった・・・。

2022-01-20
井上尚弥でも今回は”負ける”と言われたWBO世界王者と対戦した結果…ヤバ過ぎ!?

2団体王者井上尚が防衛 谷口はミニマム級新王座に

2021-12-15
© 産経新聞 【ボクシングダブル世界戦】4回、ディパエン(左)を攻める井上尚弥=東京・両国国技館(代表撮影)
2021/12/14 21:06

ボクシングのダブル世界タイトルマッチ各12回戦は14日、東京・両国国技館で行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(大橋)がIBF5位のアラン・ディパエン(タイ)と対戦し、8回TKO勝ちした。2年ぶりの国内試合でスーパー王座のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛となった。

世界ボクシング機構(WBO)ミニマム級1位の谷口将隆(ワタナベ)は王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKO勝ちし、新王者になった。谷口は2度目の世界挑戦だった。

谷口将隆が新王者!猛ラッシュで11回TKO 2度目の挑戦で悲願「2年前の自分よりずっと強くなった」
© スポーツニッポン新聞社 11回TKOでウィルフレッド・メンデスを破った谷口将隆(撮影・島崎 忠彦)
スポーツニッポン新聞社 2021/12/15 05:30

◇WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦 〇谷口将隆 TKO11回1分8秒 ●ウィルフレド・メンデス(2021年12月14日 両国国技館)

 WBO世界ミニマム級タイトル戦は同級1位の谷口将隆が王者のウィルフレド・メンデスを11回1分8秒TKOで破り、王座奪取に成功した。

 「まだ夢見心地ですね。2年前の自分よりずっと強くなったと、ようやく自信が持てた」。会心のTKO勝ちが信じられないかのように、ベルトを巻いた谷口が興奮気味につぶやいた。

 「挑戦者らしく」がテーマ。それを貫いた。判定で敗れた19年2月の初の世界挑戦。気負って力を発揮できなかった反省が原点にあった。いかにして相手の中に入って接近戦に持ち込むか――。インサイドワークという王者の持ち味を消す作戦を徹底的に練った陣営の執念が実った。序盤から決して下がらず前に前にと圧力をかけ、2回に左フックでダウンを奪うと、中盤以降も果敢に前へ出る。11回。左の振り下ろしで相手の動きを止め、コーナーに追い詰めて畳みかけるとレフェリーが試合を止めた。

 同じジムには同学年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者、京口紘人がいる。アマチュア時代からのライバルに先を越されたが、ようやく同じ「世界」の称号を手にした。青コーナーで励まし続けた盟友は「申し分ない内容。これから2人で引っ張っていこう」と激励。これに谷口も「勝利の女神ならぬ、男の神様」と感謝した。

 「僕は(メインイベントの)井上君のおまけ」と控えめに話していたモンスターの“前座”が、存在感を十分に見せつけた。27歳の新王者は「来年は谷口の試合を見にこようと言われるボクサーになりたい」とさらなる成長を約束していた。

 ◇谷口 将隆(たにぐち・まさたか)1994年(平6)1月19日生まれ、神戸市出身の27歳。中1でボクシングを始め、神戸第一高ではインターハイ8強入り。龍谷大ではボクシング部主将を務め、国体で2度準優勝。アマ戦績は74戦55勝16KO19敗。16年4月プロデビュー。18年11月にWBOアジアパシフィック・ミニマム級王座、20年12月に日本同級王座を獲得。身長1メートル62、リーチ1メートル64の左ボクサーファイター。

PXB WORLD SPIRITS ~井上尚弥 WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ~ 12.14

2021-12-06

井上尚弥の最も衝撃的な瞬間!

2021-07-06

井上尚弥ラスベガス防衛戦2 2021年6月20日

2021-06-30
【~WBA_IBF世界バンタム級タイトルマッチ:井上尚弥×マイケル_ダスマリナス~】



【 ボクシング編 】(アーカイブス)

「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」

2022-01-31

日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。

エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。

【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂

Facebook 井岡 弘樹さん曰く

Facebook 井岡 弘樹さん曰く


2月1日(火)午後6:10〜NHK BSで放送される井岡弘樹とエディタウンゼントトレーナーとの奇跡のドキュメンタリーの放送のお知らせです。
この感動的な
命懸けのストーリーを
是非多くの方に見ていただきたいので#拡散 宜しくお願い致します
放送日はエディさんの命日。大切な日を忘れない為、エディさんが亡くなった午前1時に妻と入籍しました。
また感想など聞かせていただけると嬉しいです


Facebook 井岡 弘樹さん曰く

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ
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