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ファイトの系譜 

【 オールラウンド編  含TOKYO2020の記録】

村田諒太VSゴロフキン〜ボクシング史に残る世紀の一戦〜

2022-04-18
村田諒太にTKO勝ちし、喜ぶゲンナジー・ゴロフキン(左)=さいたまスーパーアリーナで2022年4月9日、前田梨里子撮影(毎日新聞)

佐々木朗希完全試合、担当記者が凝視した105球

2022-04-15

Facebook 時事通信社さん曰く


◆佐々木朗希完全試合、担当記者が凝視した105球 ドキュメント「4.10」
プロ野球ロッテの佐々木朗希(20)が新たな伝説をつくった。球界16人目の完全試合。105球を、担当記者がネット裏から凝視した。
『読売新聞』2022.04.19朝刊 ゲーテのことば
ニューヨーク・ポスト紙(電子版)は「(8回2死からの)最後の三振を163キロの直球で仕留めた」

 佐々木朗の2試合続けての快投を、米メディアも驚きをもって報じた。

 スポーツ専門局ESPN(電子版)は主要ニュースの一つに位置付け「日本のphenom(天才)、佐々木朗希が連続パーフェクトを17イニングに伸ばした」と報じた。ニューヨーク・ポスト紙(電子版)は「(8回2死からの)最後の三振を163キロの直球で仕留めた」と20歳の底知れぬ体力に驚嘆した。また、CBSスポーツは「いつMLBに来るのか?MLBファンがササキを見る最もいい機会は来春のWBCだろう」と“世界デビュー”に期待を寄せた。

 日本人大リーガーからも前回に続いて称賛の声が上がった。佐々木朗のロッテ時代の先輩であるレッドソックス・沢村は「誰もが持てるわけではない才能を持っている。なおかつ努力している」。パイレーツ・筒香は8回を終えての交代に「チームと佐々木君の将来を考えて、勇気ある決断をされたのだと思う」と話した。

#スピードスケート #髙木菜那 選手 現役引退会見より

2022-04-08


Facebook Team JAPAN さん曰く


現役引退会見より引用・一部抜粋

待望の“日本ボクシング史に語り継がれるであろう”ビックマッチ!

2022-04-02
村田諒太と伝説ゴロフキンの一戦を見届けよう
待望の“日本ボクシング史に語り継がれるであろう”ビックマッチ! 村田諒太と伝説ゴロフキンの一戦を見届けよう | マイナビニュース (mynavi.jp)

今春、ボクシングの歴史が変わる。4月9日(土)にさいたまスーパーアリーナで、ボクシングWBA世界ミドル級スーパー王者の村田諒太(36=帝拳)と、IBF同級王者ゲンナジー・ゴロフキン(40=カザフスタン)の対戦がようやく実現するのだ。

当初この試合は、昨年末の実施が予定されていた。
日本ボクシング史に語り継がれるであろうビックマッチとして注目を集めていたが、新型コロナウイルスの影響でやむなく延期に。
期待が高かった試合だけに、ボクシング界には衝撃が走り、ファンからは悲しみの声が溢れた。
それだけに、この対戦の実現がありがたく、待った分だけ楽しみが増した、必見の試合なのである。

訃報

2022-03-16

Facebook Honda 本田技研工業(株)さん曰く 


高橋国光氏が本日逝去されました。
Hondaモータースポーツ黎明期にライダーとしてともに世界の舞台にチャレンジし、四輪ではNSXでル・マン24時間レースを制するなど多大な功績を残されました。
心より哀悼の意を表します。
Honda社長 三部敏宏からのコメントです。

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

『アニメドキュメント ミュンヘンへの道』

2021-07-22
Facebook 木村 潤 さん曰く

Tokyo 1964 Olympic Games - Olympic Flame & Opening Ceremony

2021-08-09

アタックNO1、鮎原こずえです。

2021-06-20
facebook香取三夫さん曰く

国歌斉唱

2021-07-23
[HD] 日本国国歌 君が代 長野五輪開会式 National Anthem of Japan, 1998 Nagano 芝祐靖 宮田まゆみ

【 プロレス編】

三冠の一翼は、このベルトが担います。

2021-05-15
UNベルトです。
アメリカで誕生し、日本へ輸出されたUNヘビー級王座
https://youtu.be/VuNHsVzq3Oo
1976年8月26日、日大講堂でジャンボ鶴田とブリスコの間で王座決定戦が行われ、鶴田が勝利を収めて王座を奪取、鶴田用のベルトとしてPWFヘビー級王座に次ぐNo.2のベルトとして全日本に定着

幻の「ジャイアント馬場vsアントニオ猪木」~1979 ”1億円

2021-05-15
日本武道館”で実現寸前?の謎に迫る
日本のプロレス界を興した力道山の弟子として育った両雄は袂を分かち、全日本プロレスと新日本プロレスというそれぞれの団体を興して、激しい興行戦争を繰り広げていました。

王座陥落

2021-05-16
ジャイアント馬場vs.ジン・キニスキー(JWA・1970年12月3日)

日本プロレス協会。
 大阪、日本。 1970年12月3日。
 NWAインターナショナル・ヘビー級王座3本勝負。
 ジャイアント馬場(馬場 正平)vs.ジン・キニスキー
王座奪還 ロサンゼルス/オリンピックオーデトリアム

ジン・キニスキーvs.ジャイアント馬場

(NWA・1970年12月18日)

【馬場転落】ジャイアント馬場vsジン・キニスキー70年12月大阪インター選手権

2021-05-16
GIANT BABA VS GINE KINISKI 70' Dec

日本プロレス時代の「ジャイアント馬場」

2021-05-15
日本プロレス時代の「ジャイアント馬場」③~1968-1972
ブルーザーとの決定戦で勝利した馬場はルー テーズ、力道山に続く第3代王者。これは「日本プロレスのエースであり、力道山の正当な王位継承者」という証なのです。

【 ボクシング編 】

伝説は、ここから始まった・・・。

2022-01-20
井上尚弥でも今回は”負ける”と言われたWBO世界王者と対戦した結果…ヤバ過ぎ!?

2団体王者井上尚が防衛 谷口はミニマム級新王座に

2021-12-15
© 産経新聞 【ボクシングダブル世界戦】4回、ディパエン(左)を攻める井上尚弥=東京・両国国技館(代表撮影)
2021/12/14 21:06

ボクシングのダブル世界タイトルマッチ各12回戦は14日、東京・両国国技館で行われ、世界ボクシング協会(WBA)、国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級チャンピオンの井上尚弥(大橋)がIBF5位のアラン・ディパエン(タイ)と対戦し、8回TKO勝ちした。2年ぶりの国内試合でスーパー王座のWBAは6度目、IBFは4度目の防衛となった。

世界ボクシング機構(WBO)ミニマム級1位の谷口将隆(ワタナベ)は王者ウィルフレド・メンデス(プエルトリコ)に11回TKO勝ちし、新王者になった。谷口は2度目の世界挑戦だった。

谷口将隆が新王者!猛ラッシュで11回TKO 2度目の挑戦で悲願「2年前の自分よりずっと強くなった」
© スポーツニッポン新聞社 11回TKOでウィルフレッド・メンデスを破った谷口将隆(撮影・島崎 忠彦)
スポーツニッポン新聞社 2021/12/15 05:30

◇WBO世界ミニマム級タイトルマッチ12回戦 〇谷口将隆 TKO11回1分8秒 ●ウィルフレド・メンデス(2021年12月14日 両国国技館)

 WBO世界ミニマム級タイトル戦は同級1位の谷口将隆が王者のウィルフレド・メンデスを11回1分8秒TKOで破り、王座奪取に成功した。

 「まだ夢見心地ですね。2年前の自分よりずっと強くなったと、ようやく自信が持てた」。会心のTKO勝ちが信じられないかのように、ベルトを巻いた谷口が興奮気味につぶやいた。

 「挑戦者らしく」がテーマ。それを貫いた。判定で敗れた19年2月の初の世界挑戦。気負って力を発揮できなかった反省が原点にあった。いかにして相手の中に入って接近戦に持ち込むか――。インサイドワークという王者の持ち味を消す作戦を徹底的に練った陣営の執念が実った。序盤から決して下がらず前に前にと圧力をかけ、2回に左フックでダウンを奪うと、中盤以降も果敢に前へ出る。11回。左の振り下ろしで相手の動きを止め、コーナーに追い詰めて畳みかけるとレフェリーが試合を止めた。

 同じジムには同学年のWBA世界ライトフライ級スーパー王者、京口紘人がいる。アマチュア時代からのライバルに先を越されたが、ようやく同じ「世界」の称号を手にした。青コーナーで励まし続けた盟友は「申し分ない内容。これから2人で引っ張っていこう」と激励。これに谷口も「勝利の女神ならぬ、男の神様」と感謝した。

 「僕は(メインイベントの)井上君のおまけ」と控えめに話していたモンスターの“前座”が、存在感を十分に見せつけた。27歳の新王者は「来年は谷口の試合を見にこようと言われるボクサーになりたい」とさらなる成長を約束していた。

 ◇谷口 将隆(たにぐち・まさたか)1994年(平6)1月19日生まれ、神戸市出身の27歳。中1でボクシングを始め、神戸第一高ではインターハイ8強入り。龍谷大ではボクシング部主将を務め、国体で2度準優勝。アマ戦績は74戦55勝16KO19敗。16年4月プロデビュー。18年11月にWBOアジアパシフィック・ミニマム級王座、20年12月に日本同級王座を獲得。身長1メートル62、リーチ1メートル64の左ボクサーファイター。

PXB WORLD SPIRITS ~井上尚弥 WBA・IBF世界バンタム級タイトルマッチ~ 12.14

2021-12-06

井上尚弥の最も衝撃的な瞬間!

2021-07-06

井上尚弥ラスベガス防衛戦2 2021年6月20日

2021-06-30
【~WBA_IBF世界バンタム級タイトルマッチ:井上尚弥×マイケル_ダスマリナス~】



【 ボクシング編 】(アーカイブス)

「エディ・最後の挑戦~老トレーナーと19歳の世界チャンピオン~」

2022-01-31

日本で6人の世界チャンピオンを育てた名ボクシングトレーナー、エディ・タウンゼント。病魔と闘いながら19歳の若者に夢を託す、老トレーナーの最後の挑戦を追う。

エディ・タウンゼントは、1962年にハワイから来日して以来、四半世紀にわたってチャンピオンを世に送り出すことで、日本の少年たちに夢と勇気を与え続けてきた。彼が最後に育てたのは、19歳で世界チャンピオンとなった井岡弘樹。その初防衛戦に向けて、エディは大病を患いながら車いすで指導、試合の日は担架に乗って会場へ向かった。井岡は激闘の末、最終ラウンドで逆転勝利。最後まで情熱を燃やし続けるエディの姿を描く。

【出演】エディ・タウンゼント,井岡弘樹,藤猛,ガッツ石松,海老原博幸,友利正,柴田国明,田辺清,【語り】千田正穂

Facebook 井岡 弘樹さん曰く

Facebook 井岡 弘樹さん曰く


2月1日(火)午後6:10〜NHK BSで放送される井岡弘樹とエディタウンゼントトレーナーとの奇跡のドキュメンタリーの放送のお知らせです。
この感動的な
命懸けのストーリーを
是非多くの方に見ていただきたいので#拡散 宜しくお願い致します
放送日はエディさんの命日。大切な日を忘れない為、エディさんが亡くなった午前1時に妻と入籍しました。
また感想など聞かせていただけると嬉しいです


Facebook 井岡 弘樹さん曰く

ボクシング レジェンド王者伝説 畑山隆則 編【vs 坂本戦、鮮烈KO 6連発】

2021-07-06
■ 2000年10月11日 WBA世界ライト級タイトルマッチ 王者 畑山隆則 vs 挑戦者 坂本博之 ■ 畑山隆則 強さの証明 KO 6連発!

大場政夫

2020-10-07
【 昭和の大ヒーロー ♪ 伝説のボクサー:大場政夫 大特集 ♪ 1998年放送 】
https://youtu.be/07POis-2g2k

1973年1月25日、3週間ほど前に逆転KOで5度目の防衛を果たしたばかりの大場は、首都高速5号線でカーブを曲がり切れずに中央分離帯を乗りこえ対向車のトラックと正面衝突。 愛車のシボレー・コルベットと共にチャンピオン・ベルトを巻いたままあの世へと旅立ちました。23歳でした。

永遠のチャンプ

2020-06-25
永遠のチャンプ・大場政夫。

私が最も敬愛するボクサーです。

1949年10月21日東京都足立区生まれ。

実父がギャンブル好きで、幼少期の暮らしは相当に貧しかったようです。

その実父がボクシングファンだった影響から、なんと小学校の入る頃には既に、将来は世界チャンピオンになり、両親に家を贈ろうと決めていました。

その後も決意はブレることなく、1965年の中学卒業と同時に帝拳ジムに入門、プロボクサーへの第一歩を踏み出すことに。

翌年には、渡辺和喜に1回KO勝ちでプロデビュー。

以降は、持ち前の負けん気と豊富な練習量で頭角を現し、次々と難敵を退けて世界ランキング上位へと駆け上がりました。

そして、プロ28戦(25勝2敗1分8KO)で、念願の世界タイトル初挑戦の切符を手中にします。

1970年10月22日、タイのベルクレック・チャルバンチャイを13回KOで倒し、WBA世界フライ級王座を獲得。

この時、大場は21歳。

プロキャリア4年で小学生の頃抱いていた夢を叶えました

その後、2年半足らずで王座を4度防衛。

そして1973年1月2日、WBA世界フライ級5度目の防衛戦を迎えます。

相手は「稲妻小僧」の異名を持つ元WBC世界フライ級チャンピオン、タイの英雄チャチャイ・チオノイ。

大場は1Rにチオノイの豪快な右フックを食いダウン。

その際に右足首を捻挫し、以降は足を引きずりながらのファイトを強いられます。

しかし、大場は驚異的な粘りで劣勢を挽回、8Rからは優勢に立ち、12Rを迎えます。

前半は打ちつ打たれつでしたが、中盤に機を見て大場が猛ラッシュ。

ロープ際で連打を浴びせられたチオノイは、遂に崩れ落ちます。

その後、チオノイは半ば戦意喪失状態になり、最後はレフェリーが試合を止め、大場は大逆転で5度目の防衛に成功しました。

1月2日のゴールデン枠に、人気ボクサーの世界戦生中継とあって、祖母の家に集まっていた親戚一堂はTVに釘付け。

終盤は皆が「大場〜っ!」と絶叫するほどの大熱戦でした

小学校3年生だった私も、感動で泣きそうになりました。

決して器用ではなく、打たれて強いわけでもなく、スピードもそれ程ではない……が、

猛練習で培った旺盛なスタミナと折れない心で、ただ愚直に左右のワンツーを繰り出す。

いつまでも、いつまでも、相手が倒れるまで繰り出す。

その闘志を前面に押し出したボクシングスタイルは、観る者の心まで奮い立たせる迫力がありました。

この試合の23日後、1973年1月25日。

大場は愛車シボレー・コルベット・スティングレーで首都高速5号池袋線を走行中、大曲カーブを曲がり切れず中央分離帯を乗り越え、反対車線に出たところを大型トラックと正面衝突。

現役世界チャンピオンのままこの世を去りました。

大場は3度目の防衛戦後に、それまでで得たファイトマネーで埼玉県に一戸建を新築購入し、両親に贈っています。

また、実弟の高校までの学費も全額支払い終えていました

中学卒業後、ボクシングに総てを賭けてきた大場が、4度目の防衛成功後に生涯で初めて自分自身へ贈ったご褒美が、当時日本に2台しかなかったシボレー・コルベット・ステイングレーでした。

大場政夫 
プロボクシング生涯戦績
38戦35勝16KO2敗1分
第25代WBA世界フライ級王座5度防衛

大場政夫  VS  チャチャイ・チオノイ (1973年)

2021-06-30
【昭和45年】大場政夫 vs.ベルクレック・チャルバンチャイ
1970年10月22日 WBA世界フライ級タイトルマッチ
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