本文へ移動

ファイトの系譜 

【 オールラウンド編 】(アーカイブス)

第18回オリンピック東京大会

2022-05-24

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【20th Century Chronicle 1964(s39)年】-6
◎東京オリンピック開幕
*1964.10.10/ 東京オリンピックが開幕する。
 1964(s39)年10月10日、前日の雨を忘れたかのように、当日は抜けるような青空の秋晴れとなった。午後1時50分、音楽家団伊玖麿作曲のオリンピック序曲が演奏され、オリンピック旗および参加国旗が一斉に掲揚された。 天皇陛下のご臨場、さらに君が代の演奏の後、オリンピックマーチに合わせ選手団の入場となった。
 選手団の入場は、古代オリオンピックの歴史に従って、ギリシャ選手団を先頭に、アルファベット順に各選手団が続き、開催国日本の大選手団が最後に入場した。各選手団には縦列行進の際、歩度・歩幅と細かな指示が与えられていたといい、とりわけ日ごろから慣らされている日本戦日本選手団は、整然と入場行進をした。
 フィールド中央に縦列で整列した選手団を前に、ブランデージ国際オリンピック委員会(IOC)会長らのあいさつが続き、最後に昭和天皇の開会宣言(午後2時58分)が行われた。式の終盤に、聖火を掲げた最終ランナー坂井義則が、スタジアムの階段を駆け上がり、トーチをかざして聖火台に点火した。
 1964年東京オリンピックの公式記録映画は、市川崑が総監督を務め「オリンピック東京大会 世紀の感動」として一般公開された。だが、東京五輪担当大臣で自民党の実力者だった河野一郎が、試写会を見て「こんな記録映画はない、作り直せ」と発言し、「芸術か記録か」の大論争となった。結果的には、公式の記録映画として公開されると、観客動員約2千万人という空前のヒットとなった。
 競技では、陸上男子100mでボブ・ヘイズが圧勝し、水泳競技では米国のドン・ショランダーが金メダル4個獲得、体操女子ではチェコのベラ・チャスラフスカが華やかな演技で優勝するなど、話題を呼んだ。
 日本選手では、お家芸と言われた柔道の無差別級では、オランダのアントン・ヘーシンクに神永が敗れるという残念な結果に終わったが、女子バレーボールでは東洋の魔女と呼ばれた日本チームがソ連を破り優勝し、マラソンでは円谷幸吉が銅メダルを獲得し、メイン競技場に唯一の日の丸が掲揚された。
日本オリンピック委員会公式ペ-ジ https://www.joc.or.jp/past_games/tokyo1964/
開会式・名場面ダイジェスト動画(NHK) https://sports.nhk.or.jp/tokyo2020/1000days/chronology/1964/
映画「東京オリンピック」(市川崑監督1965)の閉会式 https://www.youtube.com/watch?v=bp1O5c_oJC4
(この年の出来事)
*1964.8.2/ 北ベトナム軍がトンキン湾で米軍間を攻撃、米空軍が報復爆撃に出動、ベトナム戦争が急拡大する。(トンキン湾事件)
*1964.1014/ ソ連最高会議とソ連共産党中央委員会が、フルシチョフ首相兼党第1書記を解任する。
*1964.1016/ 中国が、初の原爆実験に成功する。
*1964.11.12/ 米原子力潜水艦の佐世保入港し、13日反対デモが警官隊と衝突。
1964.10.10、夜来の雨は上がり、東京は日本晴となりました。
東洋の魔女、ついに頂点へ・・・。
オリンピックの光と影
TOPへ戻る