本文へ移動

闘いの歴史

闘いの記録 (戦争と人間)

マメコス再び in フィリピン

2022-05-23
読売新聞、2022.05.23朝刊

クアッド会合出席の意向 豪野党勝利、政権交代へ

2022-05-22
© KYODONEWS 21日、オーストラリア下院総選挙で勝利を宣言する労働党のアルバニージー党首=シドニー(共同)
共同通信社 2022/05/22 09:22

 【シドニー共同】オーストラリアで21日行われた下院総選挙で、アルバニージー氏が率いる最大野党、労働党がモリソン首相の与党、保守連合を破り勝利した。2013年以来約9年ぶりの政権交代となり労働党は第1党となることが確定したが、単独で首相を選出できる過半数の76議席を確保できるかどうかは不明だ。22日も開票作業が続いた。

 労働党党首のアルバニージー氏は23日朝に首相に就任し、24日に東京で行われる日米豪印4カ国の協力枠組み「クアッド」首脳会合に出席したい意向だ。

 選挙では、地球温暖化対策を訴える女性中心の環境連合「ティール無所属」が躍進した。

キューバ危機と呼ばれた13日間

2022-05-21
あの頃みんな若かった
JFケネディ大統領45歳、Rケネディ司法長官36歳、Rマクナマラ国防長官46歳、Dラスク国務長官44歳、大統領補佐官で、ケネディ兄弟に信頼されたケネス・オドネルが38歳。
Facebook 佐々木 信雄さん曰く
【13デイズ】"Thirteen Days"(2000/米)
 キューバ危機の13日間がサスペンス仕立てに描かれている。JFケネディ大統領、Rケネディ司法長官、マクナマラ国防長官などの重鎮が、そのヘアスタイルだけで見分られるのは楽しい。
 ちなみにキューバ危機のときのケネディ政権は驚くほど若い。JFケネディ大統領45歳、Rケネディ司法長官36歳、Rマクナマラ国防長官46歳、Dラスク国務長官44歳、ケビン・コスナー演じる大統領補佐官で、ケネディ兄弟に信頼されたケネス・オドネルが38歳。敵側のフィデル・カストロ議長も37歳。あの頃みんな若かった

「核戦争」寸前だったキューバ危機 なぜ世界は破滅を回避できたのか?
カストロは政権樹立後すぐにソ連に忠誠を誓った。当時のソ連首相フルシチョフと
フィデル・カストロ

私はカモメ・・・。

2022-05-19
*1963.6.16/ ソ連の宇宙飛行士テレシコワが、宇宙船ボストーク6号に搭乗し、女性として世界初の宇宙飛行を行う。

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【20th Century Chronicle 1963(s38)年】-4
◎「私はカモメ」 初の女性宇宙飛行士テレシコワ
*1963.6.16/ ソ連の宇宙飛行士テレシコワが、宇宙船ボストーク6号に搭乗し、女性として世界初の宇宙飛行を行う。
 1963年6月16日、ソ連の宇宙船ボストーク6号が打ち上げられ、女性宇宙飛行士ワレンチナ・テレシコワが単独搭乗し、70時間50分で地球を48周する軌道飛行を行い、史上初の女性宇宙飛行士となった。最初に飛び込んできた第一声「ヤー、チャイカ」は、チェーホフの戯曲「かもめ」を想起させる「私はカモメ」と訳され、女性初の宇宙飛行はきわめて文学的なイメージで印象づけられた。
 しかし実際には、ソ連では宇宙ミッション中の全ての飛行士が個人識別用のコールサインを付与され、テレシコワには「チャイカ」(カモメ)が与えられていた。打上げ後の成功を知らせる「ヤー・チャイカ(こちらチャイカの意)」という応答が、女性宇宙飛行士の宇宙で発した最初の言葉となり、日本では「私はカモメ」と訳されて、テレシコワの代名詞となった。
 テレシコワの乗った宇宙船は、飛行ミッションの終盤に操作が困難となることがあり、地上に帰還できない可能性が生じた。パニック状態のテレシコワは、地上基地へコールサイン「私はカモメ」を送信したが、間違って一般的に使われている無線バンド帯域で送ったために、全世界で多くの人が受信できて、「私はカモメ」が広く知られるようになった。ちなみに、初の宇宙飛行士ガガーリンのコールサインは「ヒマラヤスギ」だったが、こちらはさっぱり有名にはならなかった。
 パニックの原因は、のちに宇宙酔いであることが判明したが、当時はテレシコワが女性のためにパニックに陥ったとされたことにより、ソ連では2人目の女性が宇宙に行くのに、以後19年かかったと言われる。
 テレシコワは、ソ連邦英雄として空軍少将にまで昇進した。宇宙飛行士引退後には政界にも進出し、2011年のロシア下院選挙では、プーチン率いる政権与党統一ロシアから出馬・当選を果たし、2020年には、4期目のプーチン大統領が、続けて5期目に立候補できる修正案を提案するなど、忠実なプーチン支持者の姿勢を示した。
(この年の出来事)
*1963.3.31/ 東京都台東区で4歳の村越吉展ちゃんが誘拐され、7月に容疑者が犯行を自供し、遺体が見つかる。 
*1963.9.5/ 東京の地下鉄銀座線京橋駅で時限爆弾が爆発、「草加次郎」の犯行とされる。 
*1963.11.9/ 横浜市鶴見区の東海道本線で、列車の2重衝突事故が起こり、死者161人を出す大惨事となる。(鶴見事故)
*1963.11.9/ 福岡大牟田市の三井三池炭鉱で、炭塵爆発が起こり死者458人を出す。

総理就任後、初めて

2022-05-15
国立戦没者墓苑や島守の塔などに参拝・献花し、戦没者の御霊に哀悼の誠を捧げました。

Facebook 首相官邸さん曰く


総理就任後、初めて国立戦没者墓苑や島守の塔などに参拝・献花し、戦没者の御霊に哀悼の誠を捧げました。
沖縄は先の大戦で悲惨な地上戦の舞台となり、また、戦後も復帰まで長い年月を要し、県民の皆様は筆舌に尽くし難い苦難を経験しました。このような歴史は決して忘れてはなりません。
首里城公園では、首里城復元の現場を視察するとともに、伝統文化と観光振興に関わる皆さんからお話を伺いました。沖縄県との調整を踏まえつつ、首里城正殿の起工式を11月3日に挙行いたします。

闘いの転機(戦いの前と後)

ミッドウェー海戦ドキュメント『運命の五分間:帝国海軍機動部隊のいちばん長い日』

2022-01-24

1942年6月4日、連戦連勝の帝国海軍機動部隊は米領ミッドウェー諸島を攻撃。しかし、事前に情報を察知していた米軍の待ち伏せを受け、わずか1日の戦闘で壊滅的な敗北を喫した。 太平洋戦争の転換点となり、世界の海戦史上にも残るこの戦いを、開幕から終幕まで時系列で追った迫真の海空戦ドキュメント。(英語字幕付き) 

米航空隊の攻撃を回避する飛龍 その後撃沈される
正規空母>飛龍<昭和14年7月5日竣工。
新造時から大変実用性のある艦として完成し、以後の戦時計画艦の基本となった。太平洋戦争に参加。昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦で米空母機の爆撃により大破。翌6日、駆逐艦「巻雲」により雷撃処分された。
昭和14年、南寧作戦に従事中の蒼龍と九十七式一号艦上攻撃機
 昭和12年12月29日竣工。全長に達する飛行甲板を初めて新造時から採用した。太平洋戦争に参加。緒戦期に飛龍と航空戦隊を組み大活躍したが昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦で米空母機の爆撃により沈没した。
昭和11年、第二航空戦隊に編入時の加賀(改装後)
 大正6年、戦艦として計画。ワシントン軍縮条約により廃棄の予定であったが大正12年の関東大震災で空母改造予定の巡洋戦艦天城が大破。加賀がその代艦となり大正13年9月、空母改造に着手した。昭和3年3月31日に竣工。昭和9年6月より改装が行われ、昭和10年6月25日完成。太平洋戦争に参加。昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦で米空母機の爆撃により沈没。
昭和16年、ハワイ作戦時の赤城
 大正6年、巡洋戦艦として計画されたが、ワシントン軍縮条約に基づいて大正12年に空母改造に着手した。昭和2年3月25日竣工。昭和10年10月より改装工事、昭和13年8月完成。太平洋戦争に参加。昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦で米空母機の爆撃により大破。翌6月6日、雷撃処分。
現地時間5日早朝に空母「鳳翔」艦載機が撮影した炎上する「飛龍」。飛行甲板前部が大きく破壊されている。この数時間後に沈没したとみられる(画像:アメリカ海軍)。
映画『ミッドウェイ』本編映像|勝敗を左右する“情報戦”編

アニメンタリー『決断』 第16話 キスカ島撤退

2022-01-23
東宝 太平洋奇跡の作戦 キスカ ダイジェスト画像予告篇版

アニメンタリー『決断』 第12話 潜水艦 伊ー168

2022-01-23

海軍爆撃機"銀河"多機銃搭載 烈作戦用多銃搭載型

2022-01-23

Facebook 森 一理さん曰く


海軍爆撃機"銀河"多機銃搭載
烈作戦用多銃搭載型
B29サイパン、グアム基地を襲撃する烈作戦のため、胴体下に16〜20挺の20粍機銃を2列で下斜めに取り付けた銀河の特殊改造型。多数の銃身が突き出ているその異様な姿から「ムカデ」と呼ばれていた。写真の機には銃本体は無いが、爆弾倉扉に銃身と干渉しないよう切り欠きがあるのが見える。
銀河30機から成る烈作戦部隊は、松島基地を拠点として。
装備機の半数を多銃装備型とし、残り半数はクラスター爆弾の一種である21号爆弾(子弾36個内蔵)12発で爆装、各型5機ずつの混成編隊3組で敵基地を制圧して剣作戦部隊の突入を援護する構想であった。海軍航空本部で7月中旬以降に新装備の実験が行われ、うち21号爆弾は不発が多かったため25日に対策会議が開かれている。
最終時の編制は、多銃装備機・爆装機各36機に増強されていた。
幸か不幸か作戦を迎える前に終戦。
なお。烈作戦部隊の銀河30機は、銃爆撃任務の遂行後、トラック諸島の海軍飛行場に着陸する予定であったといわれている。

アニメンタリー『決断』 第7話 マレー沖海戦

2022-01-23
英東洋艦隊vs海軍陸攻隊(マレー沖海戦)

データベース(武器を用いない闘いの歴史の中で、人は如何に生きたか・・・。)

チャップリン映画

2022-02-27
Facebook 岩田 宏一 さん曰く 

子供の頃、家族揃って爆笑しながら観たなぁ~
チャップリン映画大好きでした。

ちょうど400年前の今日、イエズス会士・カミロ・コンスタンツォ神父が宇久島で捕らえられました。

2022-04-24

Facebook 日本二十六聖人記念館さん曰く


ちょうど400年前の今日、イエズス会士・カミロ・コンスタンツォ神父が宇久島で捕らえられました。
 1614年の宣教師追放の際にマカオに送られたものの、21年に密かに日本に戻り信者たちのために働いたイタリア人司祭は、1622年4月24日に上五島の宇久島で捕縛されました。
 同年9月15日に平戸の田平で火に焼かれて殉教しました。長崎での「元和の大殉教」の5日後のことでした。
 コンスタンツォ神父は1867年に「205福者」のひとりとして列福されました。
 田平にある「焼罪史跡公園」は、コンスタンツォ神父を顕彰したもので、美しい海に面した岬の先端に位置しています。
 ※おらしょこころ旅「焼罪 (やいざ)」:htps://oratio.jp/p_resource/yaiza-2

ゼレンスキー大統領の妻であるオレーナ・ゼレンシカが、

2022-04-20
Facebook VOGUE JAPAN さん曰く、 『VOGUE』に侵攻直後の様子と母国の惨状、そして希望を語った。
オレーナ・ゼレンシカ、2021年撮影。 PHOTO: STEPHAN LISOWSKI FOR VOGUE UKRAINE

ゼレンスキー大統領の名演説を手がけるスピーチライターは誰なのか? 

2022-04-21
ウクライナ情報戦の立役者
国連安全保障理事会でオンライン演説したゼレンスキー大統領(4月5日)  Photo: John Lamparski / NurPhoto 画像ギャラリー
ゼレンスキーを支える“スピーチライター”の正体──誰があの名演説を書いているのか?
ウクライナ国民の士気を奮い立たせ、世界に対しては各国の歴史を踏まえたスピーチで心を揺さぶる──ゼレンスキー大統領の名演説を手がけるスピーチライターは誰なのか? 
ついに英紙「オブザーバー」がその正体に迫った。

ルイス・フロイスが記録したキリシタン時代の復活祭

2022-04-17

Facebook 日本二十六聖人記念館さん曰く


ルイス・フロイスが記録したキリシタン時代の復活祭
 「この布教に携ずさわっていた二名の司祭たちの中の一人が、(レオ)がいた地で復活祭を祝わった。
 この善良な老人(レオ)には非常な熱心さがあり、彼はいつかはその地全部が聖主なるキリストに従うのを見ようとしきりに願っていた。
 彼は復活の祝日に、いっしょに祝うために四百人のキリシタンたちにすばらしい饗宴をした。」
  「一五九六年度イエズス会日本報告書」(第一期第二巻) より。

日本国自衛隊

*1960.1.19

2022-05-10
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」が締結される。

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【20th Century Chronicle 1960(s35)年】-1
◎日米新安保条約(60年安保)
*1960.1.19/ ワシントンで「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」が締結される。
*1960.5.19/ 19日、社会党議員を強制排除して始まった衆議院本会議は、20日午前零時過ぎに、自民党単独で新安保条約を衆議院可決。
*1960.6.10/ アイゼンハワー大統領来日の事前打ち合わせに来たハガチー大統領補佐官は、羽田空港でデモ隊に包囲され、米軍ヘリコプターで脱出。
*1960.6.15/ 安保阻止実力行使に全国で580万人(主催者側発表)が参加、全学連主流派が国会構内に突入、警官隊と衝突し東大生樺美智子が死亡する。
*1960.6.19/ 33万人のデモ隊が国会を包囲するなか、午前零時、新安保条約が自然成立する。
 1960(s35)年6月15日、安保阻止最大のデモで、全学連主流派が国会に突入し、防衛する警察機動隊・右翼団体・暴力団等と衝突、この混乱のさ中で東大生樺美智子が圧死する事故が起った。その数日後の6月19日、安保条約は参議院の議決のないまま自然成立する。10万規模のデモを官邸から見下ろした岸首相は「となりの後楽園球場には平和な民衆が5万と居る」とつぶやいたとか。
 1951(s26)年のサンフランシスコ講和条約の成立(日本主権回復)と同時に、吉田首相が単独で署名した旧日米安保条約は、日本に片務的で臨時的なものであった。日本の主権回復とともに駐留軍が撤退するため、日本の軍事的空白を防ぐために、引き続き米軍の駐留を認める必要があった。ただしそれは、米国の「駐留権」を認めるという形で、日本の防衛や駐留自体は、もっぱら米国の都合次第という条約であった。
 岸信介は、1957(s32)年2月、病に倒れた石橋湛山首相の後継に指名され、石橋内閣を引き継ぐと、1958(s33)年5月の総選挙で政権としての信任を得て、第2次岸内閣を組閣する。選挙を経て自信を得た岸首相は、アジア重視の自主外交を進めながら、一方で対米尊重の基本枠は譲らず、日米安保条約の改定に向けて、着々と条件を整えていった。
 1960(s35)年1月に、岸首相以下全権団が訪米し、アイゼンハワー大統領と合意し、1月19日、新安保条約の調印にこぎつけた。ワシントンで「新安保条約」に署名するが、その発効には国会の承認が必要であり、岸訪米団が帰国してから、本格的な反対運動が起こる。
 新条約の承認を巡る国会審議では、安保廃棄を掲げる日本社会党が徹底抵抗の姿勢を示し紛糾した。また国会外では、社会党や共産党が指導する労働者団体だけでなく、社会党や共産党の既存革新政党を批判する急進派学生らにより、「共産主義者同盟(ブント)」が結成され、ブントの主導する「全日本学生自治会総連合(全学連)」主流派が、総力を上げて反安保闘争を展開した。
 1960(s35)年5月19日、衆議院日米安全保障条約等特別委員会で新条約案が強行採決され、続いて5月20日未明に衆議院本会議を通過した。委員会採決では、自民党は座り込みをする社会党議員を排除するため、右翼などから屈強な男たちを動員し、警官隊と共に社会党議員を追い出しての採決であった。本会議は、翌20日に日付が変わったころ、自民党議員だけで議決された。
 この強行採決の模様がテレビニュース等で流されると、一般市民の間にも反対の運動が高まり、国会議事堂の周囲は連日デモ隊で取り囲まれた。参議院での議決が為されない場合、新安保が自然承認される6月19日には、アイゼンハワー大統領訪日が予定されており、6月10日にその日程調整に来日したハガチー大統領報道官は、羽田空港を出たところでデモ隊に包囲され、アメリカ海兵隊のヘリコプターで救出されるという事件が発生した(ハガチー事件)。
 過激な全学連は国会突入戦術を推進していたが、社会党は傘下の組合の時限ストやデモを組織しつつ、全学連の強硬路線には静観的な立場を取り、共産党は「極左冒険主義の全学連(トロツキスト=分派主義)」と批判した。一方、当のブント全学連は、既成政党の穏健デモを「お焼香デモ」と非難した。
 そして6月15日、安保改定阻止国民会議の呼びかけで、全国各地で560万人が集い、各地で大規模な集会やデモが実施された。国会前でも、暴力団と右翼団体がデモ隊を襲撃して多くの負傷者を出すなどするなか、全学連主流派が指揮するデモ隊が国会内に突入、機動隊と激しく衝突する。そのさなかで、デモに参加していた東京大学学生の樺美智子が圧死した。
 新安保条約は、衆議院議決1ヵ月後の6月19日、参議院の議決がないままに自然成立した。またアイゼンハワーの来日は延期(実質上の中止)となった。そして岸内閣は、混乱の責任をとる形で、新安保条約の批准書交換の日である6月23日、総辞職を表明した。これらにより、安保反対運動は急速に沈静してゆく。
(この年の出来事)
*1960.3.28/ 1.5無期限ストに突入していた三井三池炭鉱は、ロックアウト解除をめぐって第1と第2組合で衝突、さらに泥沼化する。
*1960.5.16/ 慶応幼稚舎2年生の男の子が誘拐され、19日に死体で発見される。(正樹ちゃん誘拐事件)
*1960.8.25/ 第17回オリンピック・ローマ大会が開催される。 
*1960.11.8/ 米大統領選挙で、ジョン・F・ケネディが当選する。

共同訓練を実施しました。

2022-05-27
5月24日~25日、護衛艦 #てるづき関東南方において、米海軍 #ロナルドレーガン #アンティータム 及び #ベンフォールドと共同訓練を実施しました。
海上自衛隊は本訓練を通じて日米同盟の抑止力・対処力を強化するとともに海上自衛隊の戦術技量及び米海軍との相互運用性の向上を図りました。

日米の第5世代戦闘機 #F35A 同士が初の対戦闘機戦闘訓練を実施

2022-03-15
3月10日、日米の第5世代戦闘機 #F35A 同士が初の対戦闘機戦闘訓練を実施
#航空自衛隊 のF-35Aは、2018年に三沢基地に配備されて以降、訓練を着実に積み重ねてきました。
本訓練によって、進化する #日米同盟 の姿と両国の揺るぎない絆を示しました!

無人偵察機「グローバルホーク」の第1号機

2022-03-15
3月12日、三沢基地に、
#航空自衛隊 が運用する無人偵察機「グローバルホーク」の第1号機が
納入されました。
民間機の飛行しない高高度に長時間滞空して情報収集に当たり、
我が国のインテリジェンス向上に大きく寄与します。
厳しい軍事情勢の中、警戒態勢を一層強化していきます。
#防衛省・自衛隊

自衛隊の装備品等を米軍機によりウクライナに届ける準備を進めています。

2022-03-17
ウクライナに届ける #自衛隊 の防弾チョッキやヘルメット等を載せた米軍機C-17が、
横田基地を出発する予定です。
日米は強固に連携し、ウクライナを応援します。
3月16日 #防衛省・自衛隊 は、在日米軍横田基地において #鬼木防衛副大臣 、エマニュエル駐日米国大使@USAmbJapan 、セメニューク駐日ウクライナ大使館@UKRinJPN公使参事官が見守る中、自衛隊の装備品等を米軍機によりウクライナに届ける準備を進めています。 #日米同盟
国際秩序の根幹を揺るがす今回のロシアによるウクライナ侵略は我が国の安全保障の観点からも、決して看過できません。今回の米軍機による輸送は、この事態に対し、日米両国が、#日米同盟 の下、国際社会と結束して毅然と行動していく決意を示すものです。#ウクライナのために #防衛省・自衛隊

闘いすんで 陽が暮れて・・・

硫黄島からの帰還です。

2022-02-09
Facebook 徳田 秀光さん曰く
 硫黄島から、英霊が77年ぶりに雨模様の中、自衛隊のc-130h輸送機でお帰りに成りました。埼玉県の入間基地で儀じょうにより出迎えました。
  この度、ご帰還された英霊は14柱。
帰路の自衛隊機には14人分の席を用意されました。
英霊にとっては77年ぶりのご帰還。
安らかに帰れるようにと自衛隊員達は隣の席の骨箱に、優しい手付きでシートベルトを着けました。 
 米軍の火炎放射器等で塞がれた地下壕で発見された英霊は、家族から届いた手紙の束を握りしめたままの方々もいます。
 『お父さんお元気ですか。僕も元気で毎日学校に行ってべんきょうしています…………』
 発見者は、涙が出て全てを読めなかったと報告書に記しています。

日本です。新婚旅行です。ディマジオがいっしょでした。

2021-11-11
Facebook Nostalgia&Rock'n’ Roll ノスタルジア・ロックンロールさん曰く
朝鮮戦線を慰問、日本での新婚旅行を中座して・・・。

マリリン・モンロー ジョー・ディマジオ来日(新婚旅行)の日程 

 

1954年(昭和29) 2月1日 午後5時35分 羽田着 

夫のジョー・ディマジオ サンディエゴ・パドレス監督の

フランク・オドウル氏らとともにオープンカーをつらねて帝国ホテルへ。

              

2月2日 記者会見

   ディマジオの為の記者会見だったが、質問はすべてマリリン

へのものだった。

 

2月8日 午後7時30分 板付着 

那珂川河畔の国際ホテル(現在の城山ホテル跡)へ

                     ホテルを500人あまりのファンが取り巻く。

マリリンは2階の窓辺に現れ、カーネーション の花びらを

ファンにばらまいて、投げキッスをふりまいた。

滞在中は、1人で、西戸崎へ米軍キャンプの慰問、

ドライブなどを楽しむ。

ディマジオ、オドウル監督らは、香椎球場で日本プロ野球選手の

技術指導を行う。

夕食はお忍びで、ホテルの通りをはさんだ向かいのレストラン

ロイヤル(旧花の木)で食事を楽しむが、店をファンに埋め尽くされる一幕も。

            

2月11日 午前9時10分 岩国市の米軍基地へ

                    ディマジオ・マリリン一行は、自動車で宮島の一茶苑に向かったが、

ファンが殺到しMPが出動する騒ぎだった。

            

2月14日 岩国から大阪へ

            

2月16日から19日まで

     マリリンは、朝鮮の国連軍慰問(10ヵ所以上の駐屯地を訪問)し、カゼを引く

     ディマジオは、大阪・奈良などを訪問し、野球指導を行う。

            

2月25日 午後2時7分 羽田からサンフランシスコへ帰国

ロイヤルのこの器は、今(2021年)でも、この形で、テーブルにサービスされています。

昭和天皇の御巡幸 戦後全国を御巡幸された陛下。

2021-11-25
Facebook 上野不二子 さん曰く、親しみやすい笑顔が印象的ですね。

真宗大谷派の取り組みについて

2020 年度全戦没者追弔法会 記念講演

2021-04-02
2020 年度全戦没者追弔法会

・趣旨 日常に潜む戦争 ―不安と恐怖の中で―

 私たちの宗門は、かつて侵略戦争を「聖戦」と呼び、仏法の名のもとに多くの人々を戦 場へと送り出しました。戦争で命奪われたすべての人々、遺族のみならず、アジア諸国、 とりわけ中国、朝鮮半島の人々に、計り知れない苦痛と悲しみを強いてきました。戦争の 歴史が明らかにされる中で、私たちは被害者であると同時に、加害者としての歴史も問わ れてきたのです。だからこそ、なぜ戦争が起きるのか、社会はなぜ戦争に向かったのかと いうことを、全戦没者の悲しみの歴史に学び、戦争をくり返してきた人間の過ちを見つめ、 未来に伝えていくことを大切にしています。 この法会において、私たちは、戦争で命奪われたすべての人々の願いに耳を澄まし、日 常に潜む戦争の影を見つめ、戦争の無残さ、それを生み出す人間の深い闇を、心に刻みた いと思います。そのことにより、「国 こく 豊 ぶ ⺠安 みんあん 兵戈 ひょうが 無用 む よ う (国豊 ゆた かに⺠安 やす し。兵戈 ひょうが 用 もち いるこ となし。)」(『仏説無量寿経』)という、仏の大悲によって真実の豊かさと安らぎが与えら れるところに、兵士も武器も必要がないという教えが、具体的な現実の課題をとおして知 らされます。 いま世界は、新型コロナウイルス感染症の感染拡大に震撼しています。国内においても 感染終息の目途が立たず、命を守るために感染を防ぐ努力は大切です。しかしながら、看 過してはならないのは、感染することにより世間から冷たい眼を向けられるのではないか と恐れる私たちの心や世間の風潮です。その恐れやメディアの報道などによって、私たち の心は追いつめられ、増大した不安から大衆の動向に身をゆだねることで、かりそめの安 心を得ているのではないでしょうか。 国家による戦争と、ウイルスという公衆衛生の問題は、本来、質が異なります。しかし、 不安の高まりからくる過剰な同調圧力は、戦時下と似通ったものを感じずにはいられませ ん。私たちは、不安から逃れるために、その場の空気や力関係に従うことで自分の身を守 ろうとします。そのような意識が、家族のため、みんなのため、やがては国のためにと、 「自発的に」命令に従い、「正義」の名のもとに凄惨な戦争へと向かっていったのです。 私たちは、厳しい状況の中で、⼾惑い揺れ動く心や、追いつめられて呻 うめ きをあげる一人 ひとりの小さな悲しみこそ大切にしていきたいと思います。それにより、「一切 いっさい 恐懼 く く 爲作 い さ 大安 だいあん (一切の恐懼 く く に、ために大安 だいあん を作 な さん。)」(『仏説無量寿経』)という仏の願いに応え てまいります。 このたびの法会が、非戦・平和への歩みを共につなぐ場となることを心より願います。
全戦没者追弔法会   表 白
全戦没者追弔法会  

表  白 
謹んで阿弥陀如来、宗祖親鸞聖人 、ならびに 三世十方の諸仏如来に申し上 げます。
 本日ここに、親しく宗祖親鸞聖人のまえに坐 すことを得て、全戦没者追弔法 会を厳修いたします。このときにあたり、一つには過去の 罪障を懴悔し、二つには現在の遇法を慶喜び、三つには将来に同朋社会の顕現を期したいと存じ ます。 
第一に、過去の罪障を懴悔するとは、われらの宗門が、先の悲惨な侵略戦争 に自ら荷担し、それを「聖戦」と呼び、「まったくおおせにてなきことをも、 おおせとのみもうす」罪を犯したことであります。 実に、五逆謗法の咎逃れがたく、今更あらため 全戦没者の悲しみを 憶念し、ここに真宗大谷派が無批判に戦争に荷担した罪を表明し、過去の罪障を懴悔いた します。
 第二に、現在の遇法を慶喜ぶとは、そのわれらの罪障にも拘らず、如来の本 願はその罪を私たちに知らしめ、罪に向き合い、平和への道を歩ましめるので あります。
 第三に、同朋社会の顕現を期すとは、本願念仏の教法に生きる者は「四海の 内みな兄弟とするなり」という浄土の 荘厳功徳をこの身に受け、死者と生者が 一つに出会い、国家や民族の境を超えた「同朋社会」の顕現に 向 む かって 生 い きる 者 もの となるのであります。 われら 真宗門徒、ここに 非戦平和の誓いを 表 白し、ひとえに、この身とこの世の無明の闇を 照らす仏の教えに随い、ともに生きあえる世界 への道を歩まんことを誓うものであります。 

   二〇二一年四月二日  釋修如
講師:真城 義麿氏(真宗大谷学園専務理事・元大谷高校校⻑)

2021年全戦没者追弔法会記念講演をご視聴いただけます


2021年4月2日に勤まりました「全戦没者追弔法会」の記念講演を公開しています。

解放運動推進本部ホームページ内の「学ぶ(動画)」からご視聴いただけます。

 

●2021年全戦没者追弔法会 記念講演

●講題 「日常に潜む戦争」

●講師 真城 義麿氏(四国教区東予組善照寺住職)



闘うということ

2021-09-21
Tora! Tora! Tora! : Yamamoto Isoroku's Anxieties
Tora! Tora! Tora! : Japanese Navy decided to attack Pearl Harbor


Tora! Tora! Tora! : Simulation Training



Movie Title : Pearl Harbor (2001)
 Director       : Michael Bay Writer          : Randall Wallace 
This Movie Clip has been edited and does not contain full scenes.

春の法要 2日目

2021-04-03
記念講演の様子
HP東本願寺 2021年4月2日 更新

●2021年全戦没者追弔法会 記念講演

●講題 「日常に潜む戦争」

●講師 真城 義麿氏(四国教区東予組善照寺住職)


法要に引き続き、真城義麿氏(四国教区善照寺住職)による記念講演が映像配信にて行われました。
「親鸞聖人は、「善悪のふたつ総じてもって存知せざるなり」というところで、私たちには本当の善はわからない、本当の正義もわからない。あるいはわかったとしても、教えの中にそういうものを見つけたとしても、それに背いてしか生きることができないというあり方を見つめていかれた。」「私たち誰もが目指すべき目的地は、「浄土」という名前で、はっきりと示されている。その浄土が鏡となって、私たちが、共に生きるということに背いて生きておるのかということが、そこに映ってくるということでありましょう。私たちが、さまざまな出来事から教えていただき、気づかせていただき、振り返り、「自分が申し訳なかった」ということを謝罪し、懺悔するということがどこから出てくるのかということを問いたずねる法会になれば」と話されました。

Midway (2019) The Battle of Midway



【Battle of Midway: USN Attacks】
https://youtu.be/JzFr-uNTXxc

A scene from the 2011 film Isoroku Yamamoto: C-in-C of the Combined Fleet, depicting the decisive American naval aviation attack on three of Nagumo's aircraft carriers that were central to the Japanese attack plan: Akagi, Kaga and Soryuu, on the fateful Battle of Midway on the 4th of June 1942.

春の法要 2日目

2021-04-03
HP東本願寺 2021年4月2日 更新
兵戈無用(ひょうがむよう・『仏説無量寿経』に出てくる言葉で武器も兵隊もいらないという意味)の世界を願う法要
4月2日、御影堂にて「日常に潜む戦争―不安と恐怖の中で―」をテーマに、「全戦没者追弔法会」が勤まり、ライブ配信されました。
この法要は、戦争でいのちを奪われた方々を憶念し、兵戈無用(ひょうがむよう・『仏説無量寿経』に出てくる言葉で武器も兵隊もいらないという意味)の世界を願う法要として、1987(昭和62)年から毎年勤まっています。

【昭和21年の京都】

2021-07-05
中央の大きな屋根は京都駅近くの東本願寺のもの。周辺には平屋の民家が建ち並びます。

【 Facebook闘いのページ】のページ、管理者は住職です。

政局について

「若手政治家」の登竜門

2022-03-18
自民党青年局長

Facebook 時事通信社さん曰く


1955年の結党時から存在する役職で、「若手政治家」の登竜門とも言われる自民党青年局長。
同局は、議員外交や党改革などで独自の存在感を発揮する一方、近年は時代の変化への対応も求められている。

「政界Web」最新記事はこちら⇒https://www.jiji.com/jc/v8?id=20220318seikaiweb

ロシアのウクライナ侵略は、日本にも考えさせられることが多いようです。

2022-03-09

Facebook 伊吹 文明さん曰く


ロシアのウクライナ侵略は、日本にも考えさせられることが多いようです。
国民に安心安全で幸せな日常を担保する理念・統治の仕組は、国により様々です。自由と市場経済の国、統制や計画経済の国、国民主権の民主制の国、世襲の君主制の国、民主制の衣を纏っていても反対の価値観や意見を抑えこむ独裁国家も。そのなかで各国は国益をかけ動くのが国際社会の現実です。
この現実のなかで、国際秩序・平和を護る大原則は、軍事力等力で現状を変えない、他国の主権を犯さないとの国際法や国連憲章の基本原則です。
 全ての国がこの基本原則を護るとは期待できない現実をウクライナ侵略は教えています。
だからこそ各国は防衛力を整備し、相互に助け合う同盟関係や安全保障条約を締結しています。
日本国憲法の前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意…」は、冷徹な国際社会の力の現実であるウクライナ侵略、北朝鮮の核とミサイル開発、尖閣問題、竹島や北方四島の現状からは、どう考えれば良いのでしょう。
 国際紛争の当事国には自らを正当化する各々の言い分があり、プーチン大統領の暴挙にも、ロシアを対象とする軍事同盟NATOが、自国の身近に迫るのを抑止したいとの言訳が。
しかし、プーチン大統領の言い分の理解と暴挙への理解は違うのです。
ウクライナはNATO加盟国ではありませんが、ロシアの苛立ちがウクライナを戦場にし、ウクライナ国民に犠牲を背負わせています。
武器を含めた援助や各種制裁も大切ですが、ウクライナの平和と安全を保障する為、米国と欧州がロシアとの交渉の前面に直接出て、NATOとロシアの相互譲歩の交渉・合意は出来なかったのでしょうか。
ゼレンスキー大統領の姿勢、ウクライナ国民のけな気さが心を打つだけに、国際社会の冷徹な現実を感じます。
 核保有の軍事大国が力による現状変更を強行した時、核保有国同士の争いを覚悟のうえで、当事国(今回はウクライナ)を他国が前面に出て助けるでしょうか。
日本は世界三位の経済大国であり、日米安保条約による米国の同盟国ですが、それでも米バイデン大統領の今回の発言や米国世論を見ると、どうでしょう。
防衛力増強や核の共同管理(米国の核の国内配備と共同運用)について、観念的・感情的に主張、反対する前に、まず安穏な日常を当り前とせず、冷徹な国際社会のなかで祖国・日本がどうあるべきかの国民的議論の時だと思うのです。

揺らぐ自公連立 その裏で岸田首相の政敵・菅氏と創価学会とのパイプ復活

2022-02-28
© NEWSポストセブン 提供 菅義偉氏が持つ公明党・創価学会とのパイプとは?(時事通信フォト)
© NEWSポストセブン 提供 自公の選挙協力体制に変化?(公明党の山口那津男・代表/時事通信フォト)
2022/03/01 07:15

自民党と公明党の連立が大きく揺らぎ始めた。公明党の山口那津男・代表が2月6日放送のBSテレ東の報道番組で、夏の参院選での自公選挙協力について、「(自民党に)相互推薦をお願いしたが、現にない以上、自力で勝てるようにやらざるを得ない」と岸田自民に“最後通牒”を突きつけたのだ。

 支持母体の創価学会も足並みを揃えている。創価学会は1月27日に国政選挙や地方選挙の方針を決める中央社会協議会を開催し、選挙の支援方針は「人物本位」で選び、「今後より一層、党派を問わず見極める」ことを申し合わせたことが報じられた。これからは自民党以外の候補者を支援することもあり得るという大きな方針転換だ。

学会の政治担当が“現場復帰”

 さる2月5日、朝日新聞に小さな訂正記事が掲載された。

〈4日付総合4面「『相互推薦』自公あつれき」の記事で、創価学会の「佐藤浩元副会長」とあるのは「佐藤浩副会長」の誤りでした。佐藤氏は昨年学会職員を定年で退いた後も、引き続き副会長を務めています。確認が不十分でした〉

 創価学会に朝日新聞が掲載した訂正文について聞くと、「事実と違うため指摘しました」(広報室)と回答。佐藤氏が現在も「副会長」という肩書きを持っていることに対しては「法人職員の退職と組織役職は無関係です」と答えた。

 佐藤氏といえば、創価学会の政治担当責任者として安倍晋三・菅義偉両政権に太いパイプを持っていたことで知られる。特に菅氏とは官房長官時代から政治懸案があると水面下で交渉にあたったとされる人物だ。安保法制などタカ派路線の安倍政権時代に「平和と福祉」を掲げる公明党・創価学会との関係がうまくいっていたのは、「菅・佐藤の“ホットライン”で事前に入念にすりあわせしていたからだ」(官邸関係者)と言われる。

 だが最近、佐藤氏の引退説が流れていた。『宗教問題』編集長の小川寛大氏が語る。

「佐藤氏が昨年2月に学会本部職員を定年退職したとき、引退との見方が流れた。公明党の遠山清彦・前代議士(貸金業法違反で起訴)がコロナ禍の銀座通いを批判されて議員辞職したタイミングだったため、学会の政治担当としてケジメをつけたのではないかと見られたわけです。だから朝日も『元』副会長と勘違いしたのでしょう」

 しかし、佐藤氏は引退していなかったという。

「昨年10月の総選挙で、創価学会には選挙を仕切ることができる人材が少ないので、定年退職していた佐藤氏が力を必要とされて“現場復帰”した。佐藤氏の活躍で公明党は久しぶりに700万票を獲得した」(同前)

 朝日の「元副会長ではなく現在も副会長」という訂正記事は、佐藤氏が創価学会内部で依然力を持っていることを内外に示す効果があった。

 その佐藤氏の“現場復帰”に合わせたようなタイミングで自公関係が悪化したのは偶然だろうか。菅氏の側近の証言は重要だ。

「菅さんが総理の間は、佐藤副会長とはほとんど連絡を取っていなかった。官房長官と副会長なら釣り合うが、トップの総理と副会長が親しくし過ぎると、佐藤氏が創価学会内部でにらまれて立場が悪くなりかねないという配慮もあった。しかし、菅さんが総理を辞めてからは以前のように連絡を取り合っているようで、最近は創価学会の話をよくするようになった」

 佐藤氏は菅氏とのパイプも復活していたというのである。

 そこに自公の選挙協力問題が持ち上がり、公明党・創価学会が菅氏の政敵の岸田自民に“選挙協力破棄”を突きつけた。

 岸田首相の政治路線は「ハト派リベラル」とされ、政策的には公明党と親和性が高いはずだが、岸田政権には公明・創価学会指導部との人脈がほとんどないとされる。そのことが、公明党を制御できない政治的弱点だ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。

「安倍・菅政権時代は、官邸では菅氏が創価学会とパイプを持ち、党では当時の二階俊博・幹事長が公明党と良好な人間関係を築いていた。しかし、岸田首相には学会中枢とのパイプがないし、茂木幹事長も公明党との関係が良くない。ホットラインがないから重要な選挙協力をまとめられない。

 岸田政権はハト派とはいえ、これから憲法改正や自衛隊の敵基地攻撃能力保有問題など創価学会にとってナーバスなテーマに取り組まなければならない。

 公明党にすれば、政権中枢に人脈的なしがらみがない分、安保政策では本来の平和主義の主張を声高に叫んで野党的な立場に回り、岸田首相を攻めることができる。そのほうが学会員にアピールでき、選挙で票も取れるという計算がある。岸田氏に引きずり下ろされた菅氏も、公明党が岸田政権を揺さぶってくれるのは都合がいい」

 公明党が菅氏と手を組んで連立にいながら“岸田野党”の立場を鮮明にしているとの見方だ。

※週刊ポスト2022年3月11日号

自公協力に亀裂、公明党は自民に長年の不満「我々は使い走りではない」の思いも

2022-02-28
© NEWSポストセブン 提供 自公の選挙協力体制に変化?(公明党の山口那津男・代表/時事通信フォト)
2022/02/28 11:15

 感染第6波の出口が未だ見えない中、国政では自民党と公明党の連立が大きく揺らぎ始めた。公明党の山口那津男・代表が2月6日放送のBSテレ東の報道番組で、夏の参院選での自公選挙協力について、「(自民党に)相互推薦をお願いしたが、現にない以上、自力で勝てるようにやらざるを得ない」と岸田自民に“最後通牒”を突きつけたのだ。

 支持母体の創価学会も足並みを揃えている。創価学会は1月27日に国政選挙や地方選挙の方針を決める中央社会協議会を開催し、選挙の支援方針は「人物本位」で選び、「今後より一層、党派を問わず見極める」ことを申し合わせたことが報じられた。自公両党は小渕恵三内閣の1999年に連立を組んで以来、野党時代を含めてこれまで23年間、国政選挙で選挙協力をしてきたが、これからは自民党以外の候補者を支援することもあり得るという大きな方針転換だ。

 そうなると、自民党の政権基盤が揺らぐ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。

「公明党・創価学会が選挙で自民党に票を出して当選を支援し、代わりに自民党は公明党に大臣や副大臣、政務官ポストを与えて国政に参加させる。それが自公連立の根幹をなしている構造です。選挙協力が白紙になれば連立の基盤そのものが危うくなるのは間違いない」

 まさに自公の“熟年離婚危機”と言っていい。発端は今夏の参院選をめぐる自公協議が“破談”になったことだ。前々回の2013年参院選以来、公明党が候補者を立てない1人区(32県)で自民党候補を支援する見返りに、自公の候補がぶつかる埼玉、神奈川、愛知、兵庫、福岡の5選挙区では互いの候補を推薦し合う「相互推薦」という仕組みをとってきた。

 しかし、前回参院選は相互推薦の結果、兵庫では自民候補の票が公明党に食われて最下位当選となったことから、自民党の地方組織が抵抗して協議が難航し、茂木敏充・自民党幹事長は「上(党本部)から言うことを聞けという形は取りにくい」と協定を結ばない可能性に言及した。これに公明・学会サイドが怒った。

 公明党の強硬姿勢に驚いた岸田文雄・首相は事態収拾のため2月8日に官邸で山口氏と会談したが、山口氏は会談後、相互推薦見送りの方針は「繰り返し述べてきた通り、変わらない」と断言。

 元公明党副委員長の二見伸明・元運輸相は「公明党や創価学会には長年の不満がある」と語る。

「自民党の中には、公明党を低く見る議員がいる。特に、安倍政権の高支持率を追い風に当選してきた4回生以下は公明党・創価学会の支援は当たり前と思っているんでしょう。それに対して公明党には『我々は使い走りではない』という思いがあるはずです。

 また、ここに来て政界では自民党が日本維新の会や予算案に賛成した国民民主党と連立に動くのではないかという観測が強まっている。そんな動きを公明党は『どうぞ』とは言えない。維新や国民民主には創価学会のような票はありません。自民党がそのつもりなら、公明党・創価学会はこれまでどれだけ自民党に票を与えてきたか、この機会に力を示して思い知らせようということでしょう」

※週刊ポスト2022年3月11日号

· 自分の生まれた日の新聞、 池袋のナンジャタウンで購入 でも20年以上前、

2022-01-20
Facebook 布施 隆司さん曰く、今でもあるのかなー、。
TOPへ戻る