闘いの歴史
闘いの記録 (戦争と人間)
二人の指揮官
Facebook 中村 マコさん曰く
「国際テロの魔女」などとも呼ばれた日本赤軍の元最高幹部、重信房子受刑者
「国際テロの魔女」などとも呼ばれた日本赤軍の元最高幹部、重信房子受刑者が5月28日に刑期満了を迎え出所する。獄中でがんを患い、体調は思わしくないというが、関係者は出所後の動向に注目している。
学生運動に参加し、世界革命を掲げる新左翼グループ、赤軍派に加わった。海外拠点を建設するという赤軍派の方針に基づき、昭和46年に出国。その後、日本赤軍を創設した。
日本赤軍は、イスラエル・テルアビブの空港で自動小銃を乱射し、約100人を死傷させるなど各地で事件を繰り返したとされる。重信受刑者は、オランダのフランス大使館が武装占拠されたハーグ事件に関与した疑いで平成12年に、大阪府高槻市で逮捕された。
裁判ではハーグ事件に関して無罪を主張したが、懲役20年の判決が確定し、服役していた。獄中で日本赤軍を解散する声明を発表している。
クアッド首脳会合 首相、議長会見全文(上)「4カ国一致して発信は大きな意義」
岸田文雄首相は24日の日米豪印4カ国の協力枠組み「クアッド」の首脳会合後、官邸で議長会見に臨んだ。全文は次の通り。
◇首相 本日、バイデン米大統領、インドのモディ首相、そして豪州のアルバニージー首相を東京に招き、私が議長を務め、対面では昨年9月以来2回目となる日米豪印首脳会合を開催した。4首脳の間でウクライナ情勢がインド太平洋地域に及ぼす影響について率直な議論を行い、インドも参加する形で、ウクライナでの悲惨な紛争について懸念を表明し、法の支配や主権および領土一体性などの諸原則はいかなる地域においても守らなければならない。こうしたことを確認した。また、今月に入っても弾道ミサイルを立て続けに発射し、核ミサイル活動を活発化させている北朝鮮についても議論し、北朝鮮の完全な非核化に向けた連携で一致するとともに、深刻化している北朝鮮の新型コロナウイルスの感染状況については、地理的空白をつくらない。こうしたことについても議論があった。(北朝鮮による日本人)拉致問題の即時解決の必要性についても4カ国で一致した。このほかにも、東・南シナ海における一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念やミャンマー情勢への対応とインド太平洋地域の情勢についてもしっかりとした議論を行った。日米豪印は自由で開かれたインド太平洋の実現のため、幅広い分野で実践的な協力を進める場だ。これまで取り組んできたワクチン分野の協力では、クワッドワクチンの供給に向けた前進やJBIC(国際協力銀行)とインド輸出入銀行での総額1億ドルの医療セクターへの支援に係る融資契約の調印を含め協力が進展している。
インフラ分野では、インド太平洋地域において今後、5年間で500億ドル以上のさらなる支援、投資をめざしていくことを発表した。また、債務問題に直面する諸国の能力強化に取り組むことで一致した。インド太平洋地域は自然災害が多く気候変動などに脆弱(ぜいじゃく)な国が多い地域だ。今回、宇宙分野で4カ国が保有する衛星情報を地域諸国に提供するという取り組みを立ち上げた。これは防災、気候変動対策、海洋資源の持続可能な活用などを含め、さまざまな目的に活用できるものだ。地域の自然災害に一層効果的に対応するため、人道支援、災害救援分野での4カ国の連携を強化するパートナーシップにも合意できた。さらに海洋安全保障の分野では地域諸国間の情報共有を促進する海洋状況把握の新たなイニシアチブを4首脳で歓迎した。ロシアによるウクライナ侵略という国際秩序の根幹を揺るがす事態が発生する中で今回このような形でバイデン氏、モディ氏、そして就任直後となったアルバニージー氏の参加を得て、力による一方的な現状変更をいかなる地域においても、とりわけインド太平洋地域で許してはならないこと。そして今こそ、自由で開かれたインド太平洋が重要であり、その実現に向け力を尽くしていくと4人のコミットメントを東京から世界に力強く発信することができたことは極めて大きな意義があると考えている。4カ国の協力は幅広い分野に広がり、さまざまなレベルでの協力が日々深まっている。今回、アルバニージー氏から来年の首脳会合を豪州において開催するとの提案があった。今後も自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた4カ国の連携を一層強化していきたいと考えている。
--中国に対してはどのように連携していくのか。また、ロシアへの対応での温度差はなかったのか
首相 まず強調しておかなければならないことは、日米豪印のこの枠組みは、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けてさまざまな分野で実践的な協力を進めるために幅広く議論を行う場であり、特定の国を対象したものではないことを今一度確認しておかなければならない。こうした場で議論が行われ、そのうえで今回の会合では地域情勢として、東・南シナ海における一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念を含め、いくつかの地域情勢について率直な意見交換を行った。各首脳の発言について、具体的に私から紹介することは控えなければならないが、ウクライナ情勢を含め、法の支配や主権や領土の一体性などの諸原則の重要性については再確認することができた。また、力による一方的な現状変更はいかなる地域においても許してはならないという認識でも一致した。4カ国の首脳のメッセージを一致して世界に発信できたということは大きな意義があることだ。
【共同記者会見】岸田首相とバイデン大統領
闘いの転機(戦いの前と後)
トリニティサイト(トリニティ実験)
トリニティ実験(トリニティじっけん、英語: Trinity)とは、1945年7月16日にアメリカ合衆国で行なわれた人類最初の核実験である。
この実験はアメリカ・ニューメキシコ州ソコロの南東48km(北緯33.675度、西経106.475度)の地点で行なわれた。実験場は現在ではアラモゴードに本部を持つアメリカ陸軍ホワイトサンズ・ミサイル実験場の一部となっている。トリニティ実験は爆縮型プルトニウム原子爆弾の爆発実験で、同型の爆弾『ファットマン』が、後に日本の長崎県長崎市に投下された。この実験による核爆発は、約20ktのTNTの爆発と同規模のもので、この核実験を以ってしばしば「核の時代」の幕開けとされる。
1945年7月16日、5時29分45分、.m「千の太陽より明るい」光が谷を埋め尽くしました。今ではおなじみのキノコ雲が空に上がるにつれて、オッペンハイマーはヒンズー教の聖典、バガヴァッド・ギータから「今、私は死、世界の駆逐艦になる」と引用しました。世界は核時代に入っていた。
テスト直後、シャーマンM-4戦車は、独自の空気供給を装備し、鉛の2インチが並んで、サイトを探索するために出て行きました。鉛の裏地はタンクの重量に12トンを加えたが、地上ゼロでの放射線レベルから乗員を保護するために必要であった。タンクの乗客は、100フィートの鉄塔が事実上消え、4本の脚の金属とコンクリートの切り株だけが残っていることを発見しました。周囲の地面ゼロは、約2,400フィートのクレーターで、深さ約10フィートの場所でした。塔の周りの砂漠の砂は、爆風の激しい熱によって、現在はトリニテとして知られているヒスイ色のガラスに融合していました。
ファットマン(英語: Fat Man、「太った男」の意味)は、第二次世界大戦末期にアメリカ合衆国で開発された原子爆弾である。
アメリカ軍の分類番号はMk.3であり、大戦後も製造が継続された。人類史上初の核実験であるトリニティ実験に使用されたガジェットとほぼ同型。
ファットマンはマンハッタン計画の一部としてロスアラモス国立研究所で作られた核兵器である。リトルボーイ(Mark 1)が高濃縮ウランを用いたガンバレル型の原子爆弾であるのに対して、ファットマンはプルトニウムを用いたインプロージョン方式の原子爆弾である。
1945年8月9日に実戦使用されており、長崎県長崎市の北部(現在の松山町)の上空550メートルで炸裂した。長崎市への原子爆弾投下を行ったのは、B-29ボックスカー(機長:チャールズ・スウィーニー少佐)である。爆弾の威力は8月6日に広島県広島市に投下されたリトルボーイより若干威力が高いが、長崎市は起伏に富んだ地形で、平坦な広島市に比べて威力が減殺された。破壊の度合いは広島市に比べると小さいものの、死者約7万3,900人、負傷者約7万4,900人、被害面積6.7 km2、全焼全壊計約1万2,900棟という甚大な被害をもたらした。核出力はTNT換算で、21キロトン(不確かさは10%)、すなわち 8.8×1013 J = 88 テラジュールである。
第二次世界大戦終結後も製造が続けられ、Mark 2(ThinMan) というガンバレル型プルトニウム型爆弾は開発中止され、インプロージョン型原爆であるファットマンへと移行し、1940年代のアメリカ軍の核戦力を担った。
長崎市への原子爆弾投下(ながさきしへのげんしばくだんとうか)は、第二次世界大戦(太平洋戦争)末期の1945年(昭和20年)8月9日(木曜日)午前11時02分に、連合国のアメリカ合衆国が枢軸国の日本の長崎に対して原子爆弾「ファットマン」(以下原爆と記す)を投下した出来事であり、この原子爆弾が人類史上において2回目かつ実戦で使用された最後の核兵器である。
原爆の投下により、当時の長崎市の人口24万人(推定)のうち約7万4千人が死亡、建物は約36%が全焼または全半壊した。。
長崎県、長崎市を指す「長崎」が「ナガサキ」と片仮名表記される場合は、長崎市への原子爆弾投下に関する言及である。原爆は一瞬にして地獄とした。
空自小松F-15墜落事故、操縦士2名の遺体収容
Facebook Shinya Kojimaさん曰く
空幕によれば、2名の操縦者のうち1名は2月11日に、もう1名は2月13日にそれぞれ発見・収容し、小松基地に搬送した上で墜落機の操縦者であることを確認したという。
B-52 Stratofortress Scramble
防空のプライド高く 搭乗の田中1等空佐、52歳「現役最年長」精鋭に何が
今なお、パイロット2人の行方は分かっていません。
F15戦闘機は離陸からわずか数分後に消息を絶ちました。
精鋭部隊に所属し、豊富な飛行経験を持つパイロットがなぜ墜落に至ったのか。航空自衛隊の元空将に考えられる事故原因を詳しく聞きました。
航空自衛隊小松基地のF15戦闘機が墜落してから1週間以上が経過しました。
搭乗していた2人のパイロットの行方は、今なお、分かっていません。
1月31日、午後5時半ごろ、小松基地を離陸した数分後、F15戦闘機は、消息を絶ちました。
この間、何が起きていたのか。
元パイロットの証言から、F15戦闘機墜落の原因に迫りました。
行方が分からなくなっている機体は、小松基地・飛行教導群、通称「アグレッサー部隊」に所属するF15戦闘機でした。
1年を通じて全国の戦闘機部隊などを回って「敵役」を演じ、関係部隊の指導も任務とする精 鋭部隊です。
敵・味方の区別をしやすくするため、独特な塗装が施され、今回、行方不明となっ ている機体はトラ柄でした。
1月31日、夕方5時30分ごろ、F15戦闘機は、小松基地を離陸しました。
しかし、わずか数分後、機体は小松基地の西北西5キロの海上で、レーダーから消えました。
管制官は、オレンジ色の光を確認し、当該機に無線で呼び掛けましたが、応答はありませんでした。
異常を知らせる救難信号も出ていませんでした。
そして、付近の住民が、海から上がる火柱や、煙を目撃していました。
元航空自衛隊の空将で、小松基地の飛行群司令も務めた永岩俊道さん。
パイロットとして30年以上の経験があり、飛行時間は4000時間にも及びます。
管制官が目撃したオレンジ色の光について、考えられることを聞きました。
永岩さんは、ベテランのパイロットが交信なく、墜落に至っていることから、事故原因の可能性の一つに、バーティゴ、「空間識失調」を挙げます。
空間識失調とは、パイロットが、操縦している航空機の姿勢や位置、方向・回転などを客観的に把握できなくなった状態を指します。
2019年4月、航空自衛隊三沢基地のステルス戦闘機、F35Aが青森県沖に墜落した事故が起きました。
この事故について、航空自衛隊は、パイロットが「空間識失調」に陥ったことが原因とする調査結果をまとめています。
今回のF15戦闘機が、離陸するときの映像を永岩さんに見てもらいましたが、映像で見える範囲では異常は見当たらないと言います。
機体に鳥が衝突する「バードストライク」や、エンジンの故障の可能性について、永岩さんに聞きましたが、その可能性は低いと指摘します。
永岩さんは、航空機の事故は、複数のヒューマンエラーが重なったときに起きると指摘し、あらゆる角度から、事故の原因を究明し、再発防止を図ることが大切になると話します。
[小松☆最高] 何度見ても凄すぎる!!!
データベース(武器を用いない闘いの歴史の中で、人は如何に生きたか・・・。)
首脳外交を進めてまいります。
気候変動対策の議論の場として重要な機会となるCOP26で、我が国が「2050年カーボンニュートラル」の実現に向けた取組を進めるのはもちろんのこと、アジア全体のゼロエミッション化に向け、我が国がリーダーシップを発揮していく、との力強い決意を世界に発信してまいります。
また、この機会を活用し、イギリスのジョンソン首相やベトナムのチン首相と会談するなど、対面での首脳外交を進めてまいります。
事の始まりは、ここでした。
端緒は、30余年前にあった・・・。
1985川嶋紀子さん学習院大学文学部入学、
御仮寓所(ごかぐうしょ)」
5月の天皇の代替わりに伴い、「皇嗣(こうし)」となる秋篠宮さまの住居・宮邸が改修される。工事の間、ご一家は御用地内に約9億8千万円かけて新設された「御仮寓所(ごかぐうしょ)」に移り住む。
その外観が7日、報道各社に公開された。
引っ越しは10日で、宮邸の工事は4月以降にも始まる予定という。
御仮寓所は鉄筋コンクリート造りの3階建てで、延べ床面積は約1378平方メートル。1、2階はベージュ、3階はクリーム色の落ち着いた雰囲気の外観で、居間や食堂のほか、応接室や執務室、職員の事務室などがある。
ご一家が宮邸に戻った後は、事務所と収蔵庫として使用される。
清水建設が施工した。
現在の宮邸は旧秩父宮邸を改修し1997年3月から使用。宮内庁は2006年と11年、設備の老朽化や悠仁さま誕生などを理由に改修を検討したが、「より古い宮邸の改修優先を」「社会情勢に鑑みて控えて」とする秋篠宮さまの意向で見合わされた。今回は皇嗣としての活動が広がることから、約33億円をかけて大規模改修することになった。(中田絢子)
日本国自衛隊
*1960.1.19
Facebook 佐々木 信雄さん曰く
共同訓練を実施しました。
自衛隊の装備品等を米軍機によりウクライナに届ける準備を進めています。
Facebook 防衛省(Japan Ministry of Defense) さん曰く
Facebook 防衛省(Japan Ministry of Defense)さん曰く
闘いすんで 陽が暮れて・・・
硫黄島からの帰還です。
この度、ご帰還された英霊は14柱。
帰路の自衛隊機には14人分の席を用意されました。
英霊にとっては77年ぶりのご帰還。
安らかに帰れるようにと自衛隊員達は隣の席の骨箱に、優しい手付きでシートベルトを着けました。
米軍の火炎放射器等で塞がれた地下壕で発見された英霊は、家族から届いた手紙の束を握りしめたままの方々もいます。
『お父さんお元気ですか。僕も元気で毎日学校に行ってべんきょうしています…………』
日本です。新婚旅行です。ディマジオがいっしょでした。
マリリン・モンロー ジョー・ディマジオ来日(新婚旅行)の日程
1954年(昭和29) 2月1日 午後5時35分 羽田着
夫のジョー・ディマジオ サンディエゴ・パドレス監督の
フランク・オドウル氏らとともにオープンカーをつらねて帝国ホテルへ。
2月2日 記者会見
ディマジオの為の記者会見だったが、質問はすべてマリリン
へのものだった。
2月8日 午後7時30分 板付着
那珂川河畔の国際ホテル(現在の城山ホテル跡)へ
ホテルを500人あまりのファンが取り巻く。
マリリンは2階の窓辺に現れ、カーネーション の花びらを
ファンにばらまいて、投げキッスをふりまいた。
滞在中は、1人で、西戸崎へ米軍キャンプの慰問、
ドライブなどを楽しむ。
ディマジオ、オドウル監督らは、香椎球場で日本プロ野球選手の
技術指導を行う。
夕食はお忍びで、ホテルの通りをはさんだ向かいのレストラン
ロイヤル(旧花の木)で食事を楽しむが、店をファンに埋め尽くされる一幕も。
2月11日 午前9時10分 岩国市の米軍基地へ
ディマジオ・マリリン一行は、自動車で宮島の一茶苑に向かったが、
ファンが殺到しMPが出動する騒ぎだった。
2月14日 岩国から大阪へ
2月16日から19日まで
マリリンは、朝鮮の国連軍慰問(10ヵ所以上の駐屯地を訪問)し、カゼを引く
ディマジオは、大阪・奈良などを訪問し、野球指導を行う。
2月25日 午後2時7分 羽田からサンフランシスコへ帰国
真宗大谷派の取り組みについて
「全戦没者追弔法会」の和讃
【4/2全戦没者追弔法会】
【春の法要ライブ配信】全戦没者追弔法会(4月2日10時10分~)
政局について
脱「安倍・菅」は本当にできるか どうなる自民総裁選、河野、岸田氏に課題
ご招待への答礼として・・・、
菅義偉首相は8日、今月下旬に米国を訪問する調整に入った。ワシントンで日本、米国、オーストラリア、インドの「Quad(クアッド)」首脳による初の対面での会談に臨む。中国の台頭を念頭にインド太平洋地域の関係を強化する。
首相は自民党総裁選への不出馬を決めているが、バイデン米大統領から招待を受けたため、それにこたえる。4カ国の首脳会談にあわせてバイデン氏とも会談する。
粛々と・・・。
高市早苗氏、総裁選立候補を正式表明 「ニュー・アベノミクス」訴え
自民党の高市早苗前総務相は8日午後、国会内で記者会見を開き、菅義偉首相(党総裁)の後任を選ぶ自民党総裁選への立候補を正式に表明した。安倍晋三前首相の支援を受け、立候補に必要な推薦人20人の確保にめどがついたという。
高市氏が立候補すれば、同党総裁選に女性が出るのは、2008年9月の総裁選での小池百合子氏(現・東京都知事)以来となる。
高市氏は会見の冒頭、「日本を守る責任と未来を開く覚悟を持って立候補を表明する」と発言。「国の究極の使命は生命と財産を守り抜くこと。領土、領海、領空、資源を守り抜くこと。国家の主権と名誉を守り抜くことと考える。その使命を果たすために全てを懸けて働く」と語った。
高市氏は、安倍政権の一連の経済政策の継承・発展を唱えている。この日の会見では「経済を立て直し、成長軌道に乗せていく」と主張。金融緩和、緊急時の機動的な財政出動、大胆な危機管理投資・成長投資を「3本の矢」とする考えを示し、「日本経済強靱化計画、いわゆる『サナエノミクス』」と名付けた。
また、インフレ率が2%に届くまでは、プライマリーバランス(国と地方の基礎的財政収支)の黒字化目標を「凍結」し、財政出動を優先すべきだと主張。コロナなどの危機を最小化するための研究や製品サービスの開発への「危機管理投資」を通じ、成長を後押しすることなどを目指す。
高市氏は、衆院奈良2区選出の当選8回。2006年の第1次安倍内閣で沖縄・北方相として初入閣。12年の第2次安倍内閣以降、総務相や自民党政調会長などを歴任した。党内の派閥には属しておらず、安倍氏ら保守系議員を中心に支持拡大を目指す。高市氏は、総務相在任中を含めて節目での靖国神社(東京・九段北)へ参拝を続けており、首相に就任後も参拝する意向を示している。
総裁選は17日告示、29日投開票で、岸田文雄前政調会長がすでに立候補を表明し、河野太郎行政改革相が立候補の意向を固めている。野田聖子幹事長代行が菅首相や二階俊博幹事長に立候補の意向を伝えているほか、石破茂元幹事長も立候補を模索している。(楢崎貴司)