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闘いの歴史

闘いの記録 (戦争と人間)

二人の指揮官

2022-05-27

Facebook 中村 マコさん曰く

 

日本海海戦 (明治38年5月27日 - 明治38年5月28日) 
--- 日本海軍 - ロシア海軍 ---
--- 結果 : 日本勝利 --

東郷平八郎 (弘化5年1月27日 - 昭和9年5月30日) 
- 所属組織 : 日本海軍 (文久3年 - 大正2年)
- 最終階級 : 元帥海軍大将 

ジノヴィー・ペトロヴィチ・ロジェストヴェンスキー (1848年10月30日 - 1909年1月1日) 
- 所属組織 : ロシア帝国海軍 (1873年 - 1906年)
- 最終階級 : 海軍中将
春 九千さんのコメント、 連合艦隊出撃す。

「国際テロの魔女」などとも呼ばれた日本赤軍の元最高幹部、重信房子受刑者

2022-05-26
5月28日に刑期満了を迎え出所する。
© 産経新聞 日本赤軍の元最高幹部、重信房子受刑者=平成12年11月8日
2022/05/26 10:30

「国際テロの魔女」などとも呼ばれた日本赤軍の元最高幹部、重信房子受刑者が5月28日に刑期満了を迎え出所する。獄中でがんを患い、体調は思わしくないというが、関係者は出所後の動向に注目している。

学生運動に参加し、世界革命を掲げる新左翼グループ、赤軍派に加わった。海外拠点を建設するという赤軍派の方針に基づき、昭和46年に出国。その後、日本赤軍を創設した。

日本赤軍は、イスラエル・テルアビブの空港で自動小銃を乱射し、約100人を死傷させるなど各地で事件を繰り返したとされる。重信受刑者は、オランダのフランス大使館が武装占拠されたハーグ事件に関与した疑いで平成12年に、大阪府高槻市で逮捕された。

裁判ではハーグ事件に関して無罪を主張したが、懲役20年の判決が確定し、服役していた。獄中で日本赤軍を解散する声明を発表している。

Fusako Shigenobu

クアッド首脳会合 首相、議長会見全文(上)「4カ国一致して発信は大きな意義」

2022-05-25
© 産経新聞 日米豪印首脳会合で会見に臨む(左から)岸田文雄首相、オーストラリアのアルバニージー首相、バイデン米大統領、インドのモディ首相
=24日午後、首相官邸(萩原悠久人撮影)
2022/05/24 17:23

岸田文雄首相は24日の日米豪印4カ国の協力枠組み「クアッド」の首脳会合後、官邸で議長会見に臨んだ。全文は次の通り。

◇首相 本日、バイデン米大統領、インドのモディ首相、そして豪州のアルバニージー首相を東京に招き、私が議長を務め、対面では昨年9月以来2回目となる日米豪印首脳会合を開催した。4首脳の間でウクライナ情勢がインド太平洋地域に及ぼす影響について率直な議論を行い、インドも参加する形で、ウクライナでの悲惨な紛争について懸念を表明し、法の支配や主権および領土一体性などの諸原則はいかなる地域においても守らなければならない。こうしたことを確認した。また、今月に入っても弾道ミサイルを立て続けに発射し、核ミサイル活動を活発化させている北朝鮮についても議論し、北朝鮮の完全な非核化に向けた連携で一致するとともに、深刻化している北朝鮮の新型コロナウイルスの感染状況については、地理的空白をつくらない。こうしたことについても議論があった。(北朝鮮による日本人)拉致問題の即時解決の必要性についても4カ国で一致した。このほかにも、東・南シナ海における一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念やミャンマー情勢への対応とインド太平洋地域の情勢についてもしっかりとした議論を行った。日米豪印は自由で開かれたインド太平洋の実現のため、幅広い分野で実践的な協力を進める場だ。これまで取り組んできたワクチン分野の協力では、クワッドワクチンの供給に向けた前進やJBIC(国際協力銀行)とインド輸出入銀行での総額1億ドルの医療セクターへの支援に係る融資契約の調印を含め協力が進展している。

インフラ分野では、インド太平洋地域において今後、5年間で500億ドル以上のさらなる支援、投資をめざしていくことを発表した。また、債務問題に直面する諸国の能力強化に取り組むことで一致した。インド太平洋地域は自然災害が多く気候変動などに脆弱(ぜいじゃく)な国が多い地域だ。今回、宇宙分野で4カ国が保有する衛星情報を地域諸国に提供するという取り組みを立ち上げた。これは防災、気候変動対策、海洋資源の持続可能な活用などを含め、さまざまな目的に活用できるものだ。地域の自然災害に一層効果的に対応するため、人道支援、災害救援分野での4カ国の連携を強化するパートナーシップにも合意できた。さらに海洋安全保障の分野では地域諸国間の情報共有を促進する海洋状況把握の新たなイニシアチブを4首脳で歓迎した。ロシアによるウクライナ侵略という国際秩序の根幹を揺るがす事態が発生する中で今回このような形でバイデン氏、モディ氏、そして就任直後となったアルバニージー氏の参加を得て、力による一方的な現状変更をいかなる地域においても、とりわけインド太平洋地域で許してはならないこと。そして今こそ、自由で開かれたインド太平洋が重要であり、その実現に向け力を尽くしていくと4人のコミットメントを東京から世界に力強く発信することができたことは極めて大きな意義があると考えている。4カ国の協力は幅広い分野に広がり、さまざまなレベルでの協力が日々深まっている。今回、アルバニージー氏から来年の首脳会合を豪州において開催するとの提案があった。今後も自由で開かれたインド太平洋の実現に向けた4カ国の連携を一層強化していきたいと考えている。

--中国に対してはどのように連携していくのか。また、ロシアへの対応での温度差はなかったのか

首相 まず強調しておかなければならないことは、日米豪印のこの枠組みは、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けてさまざまな分野で実践的な協力を進めるために幅広く議論を行う場であり、特定の国を対象したものではないことを今一度確認しておかなければならない。こうした場で議論が行われ、そのうえで今回の会合では地域情勢として、東・南シナ海における一方的な現状変更の試みへの深刻な懸念を含め、いくつかの地域情勢について率直な意見交換を行った。各首脳の発言について、具体的に私から紹介することは控えなければならないが、ウクライナ情勢を含め、法の支配や主権や領土の一体性などの諸原則の重要性については再確認することができた。また、力による一方的な現状変更はいかなる地域においても許してはならないという認識でも一致した。4カ国の首脳のメッセージを一致して世界に発信できたということは大きな意義があることだ。

【共同記者会見】岸田首相とバイデン大統領

2022-05-23
会談する岸田首相(右)とアメリカのバイデン大統領(東京都港区の迎賓館で)=代表撮影

23日、岸田首相と来日中のアメリカ・バイデン大統領による日米首脳会談が行われた後、両首脳が共同記者会見を行いました。 (2022年5月23日放送)

首相は防衛力の抜本的な強化のため、防衛費の「相当な増額」を確保する決意
岸田首相は23日、東京・元赤坂の迎賓館で、米国のバイデン大統領と会談した。ロシアのウクライナ侵略が、東アジアで覇権主義的な動きを強める中国に影響を及ぼすとの懸念がある中、日米同盟の抑止力と対処力を早急に強化する方針で一致した。首相は防衛力の抜本的な強化のため、防衛費の「相当な増額」を確保する決意を伝え、バイデン氏は歓迎した。被爆地・広島市で来年の先進7か国首脳会議(G7サミット)を開催する方針も表明した。 
日米豪印首脳会合 | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)

マメコス再び in フィリピン

2022-05-23
読売新聞、2022.05.23朝刊

闘いの転機(戦いの前と後)

1944年7月、カモフラージュの迷彩塗装が施された戦艦ミズーリ。

2022-02-11
Facebook 戦艦ミズーリ記念館さん曰く、 OS2U キングフィッシャーの偵察機が第三砲塔上空に見えます。

重巡洋艦 高雄

2022-01-29
Facebook 中村 マコさん曰くさん曰く

---- 日本国 - 日本海軍 ---
--- 高雄型重巡洋艦 - 重巡洋艦 高雄 -- 横須賀海軍工廠 (昭和7年2月20日) ---
- 基準排水量 : 11 350 トン
- 満載排水量 : 12 890 トン
- 全長 : 203.76 m
- 全幅 : 19 m
- 吃水 : 6.11 m
- 速力 : 35.5 ノット
- 兵装 : 50口径20.3cm連装砲 x 5基 . 40口径12cm単装高角砲 x 4基 . 40mm単装機銃 x 2基 . 61cm連装魚雷発射管 x 4基

B!

2022-01-28

M–47パットンですね  Facebook 新妻益男さん曰く

2022-01-27
Facebook 稲葉 祐一さんより

紫電改

2022-01-26
 P-51は最高のレシプロ戦闘機とされる。紫電改、疾風を超える高性能機であり欧州・太平洋の両戦線で日独軍機を圧倒した。

Facebook 平原芳弘さん曰く


紫電改と疾風が局地戦で有利に戦えた理由について以下の論説文がありました。大きく分けて三つの考察ですが、それに付記して整備員の確保や部品の調達も挙げられます。
紫電改は第三四三航空隊の活躍がありましたが、生産機数からも四式戦の大戦果の記録がない事が不思議です
これを読んでみると納得する部分ありと考えるのと同時に、どこか悲しい気持ちになってしまいました
■ 戦闘距離の有利
なぜ紫電改や疾風は米戦闘機と対等に戦えたのか?
その第1は戦闘距離の有利を享受できた結果だ。
日本戦闘機には基地近隣で戦える有利があった。本土防空である。戦闘時の飛行距離も滞空時間も短い。パイロットは燃料切れの不安なしに思う存分に戦えた。あるいは燃料搭載量を減らして機体重量を軽くもできた。それにより日本戦闘機は額面以上の性能を発揮できたのだ。
対して米軍機は遠距離攻撃の不利があった。
一つは燃料事情である。特に硫黄島から出発するP-51は往復距離ギリギリだった。戦闘でも常に帰り分の燃料を気にしなければならない。当然ながら日本戦闘機への攻撃も淡白となった。執拗な空中戦はできない。日本戦闘機に手負いまで追い込んでも深追いはできないのだ。
また長距離飛行の疲労も伴った。本土防空戦では米軍機は進攻側となった。離陸から日本上空まで、日本上空から基地に帰投するまで長時間飛行をする立場となった。その点でも存分に戦えなかったのだ。
紫電改や疾風の活躍にはこの戦闘距離の有利があったのである。
■ 迎撃システムの有利
第2は防空システムの支援をうけた結果である。
本土防空戦では日本機は防空システムの支援を得られた。対して米軍機にはそれはなかった。これも紫電改や疾風が米新鋭機と対等に戦えた理由だ。
レーダ情報利用の利益は大きい。戦争後半には本土各地にはレーダが整備されている。さらにそれら情報を集約し判断する防空指揮機能も存在していた。
日本戦闘機部隊は一方的にその利益を得られた。米軍機の来襲地域や概略の状況を事前に察知できたのである。うまくすれば日本戦闘機は米軍機を待ち伏せできた。また奇襲による被害も回避できた。飛行訓練中に攻撃される。あるいは地上で撃破される。そのような最悪事態を避けられた。
また、日本戦闘機は自軍対空射撃からも利益を得られた。対空砲は米軍機に脅威を与える兵器である。その点で日本戦闘機を直接的に支援したわけではない。ただ、米軍機の足を引っ張った結果、日本戦闘機が有利に戦いやすくなったのである。
■ 救難の有利
第3は救難の有利を得た結果だ。これも日本機だけあって米軍機にない要素である。
日本パイロットは撃墜されても脱出救難を期待できた。実際に本土防空戦ではパイロットの救難活動は軍民問わず積極的に行われていた。
また不時着も選択肢となった。戦争末期は本土には多数の飛行場が設営されている。大損傷をうけてもそのいずれか、あるいは河川敷や田畑に滑り込めばどうにかなる判断も成り立った。
そのため強引な戦いができた。脱出すれば、不時着すればどうにかなるからだ。その最たる例が震天制空隊で知られるB-29への体当たりである。爆撃機に体当りして落下傘で生還する。実際にそのような戦いも全くの不可能ではなかった。
米軍機にはそれはなかった。少なくとも海上まで移動しなければ落下傘による脱出も危険であった。無事陸上に脱出しても日本捕虜となってしまうのだ。
これも戦闘に影響した。日本戦闘機は米軍機に対し積極的に戦えた。対して米軍機は慎重となった。帰還や脱出を考慮すれば小規模被弾でも引き下がらなければならない。当然だが日本機への押しは弱くなったのである。
■ 活躍は敗北の結果
紫電改や疾風が活躍できたのはこれら防御側有利があった結果である。
その効果は絶大である。それは二線級戦闘機の活動からも伺える。戦争後半の本土防空戦ではゼロ戦や隼も積極的に防空戦に参加している。そして紫電改や疾風には全く及ばないもののそれなりの戦果を挙げた。これも防御側有利の効果あってだ。
それを考慮すれば紫電改や疾風への見方も変わる。性能で米戦闘機と対等だから活躍できたのではない。防御側有利を生かしてようやく対等に戦えたのだ。
そもそも性能では一品下る戦闘機であった。額面性能や戦後の米軍試験、エンジン性能や機体設計の水準からすれば紫電改や疾風はあきらかに米新鋭機の一段格下である。
つまり「遅れてきた傑作機」「悲劇の傑作機」の理解も誤っているのだ。高性能機だから活躍できたのではない。敗北により日本本土まで押された結果、ホームグランドで戦う有利が得られたのだ。それにより活躍できたに過ぎないのである。
って!
疾風
紫電改三
日本海軍-

Facebook 中村まこさん曰く


--- 川西/新明和 N1K4-J 紫電改三 ---
- 全長 : 9.376 m
- 全高 : 3.96 m
- 全幅 : 11.99 m
- 空虚重量 : 2 660 kg
- 最大離陸重量 : 3 820 kg
- 最大速度 : 650 km/h
- 武装 : 翼内20mm機銃 4挺 . 60kg爆弾 4発 . 250kg爆弾 2

データベース(武器を用いない闘いの歴史の中で、人は如何に生きたか・・・。)

2012.11.14 「党首討論」 野田首相 vs 安倍晋三 (自由民主党)

2021-11-09
党首討論で発言する自民党の安倍晋三総裁(写真左)と野田佳彦首相=2012年11月14日、国会内【時事通信社】
野田首相「16日に解散」 党首討論で明言   定数削減を自民確約なら 2012年11月14日 16:15 

野田佳彦首相は14日午後の党首討論で、今月16日に衆院解散に踏み切る意向を表明した。自民党が赤字国債発行法案と衆院の「1票の格差」是正法案の早期成立、衆院定数削減を来年の通常国会中に結論を出すことについて確約することなどを条件に掲げた。16日に解散すれば衆院選は「27日公示―12月9日投開票」か「12月4日公示―16日投開票」となる見通しだ。

新型コロナウイルス禍で危機の時代を迎えた日本のリーダーたちへの警鐘

2021-11-06
© 産経新聞 中根千枝さん (栗橋隆悦撮影)
タテ社会の限界、冷静に分析 中根千枝さん死去

女性では初の東京大学助教授・教授、そして国立大学初の所長(東大東洋文化研究所)など女性研究者の草分け的な存在として歩んだ。国や行政が「女性活躍」をお膳立てする何十年も前に、自力で道を開いてきたのだ。 「女性が上の地位に就こうと思えば、タテのシステムに入らないと難しい。官僚でも上(の地位)にいっている人は、少なくともその組織内での順番は守っており、抜擢(ばつてき)といってもせいぜい(年次が)3年くらいの違い。国会議員なら当選回数が重要で、集団に参加した時期(新旧)が問題」と冷静に分析していた。良い・悪いではなく、それが日本型タテ社会なのだ-という学者としての見解。

ただ、こうも話していた。「上昇期や安定期にタテの組織はよく機能するが、何か危機が起きたときに優秀なトップがいるとはかぎらない。それは悲劇。明治維新や終戦直後のような混乱期には、若くて立派なリーダーが出てきた。タテの関係を認めつつ、能力があると周囲も認める人がリーダーになれば、もう少し柔軟なシステムになるのでしょう」。
新型コロナウイルス禍で危機の時代を迎えた日本のリーダーたちへの警鐘とも取れる言葉だ。(伊藤洋一)

上皇后美智子さま、眞子さんを抱きしめる 結婚前日の別れ際

2021-11-06
© 毎日新聞 提供 上皇后美智子さま=2019年2月、代表撮影
毎日新聞 2021/11/05 19:36

秋篠宮ご夫妻の長女、小室眞子さん(30)が結婚前日の10月25日、仙洞(せんとう)仮御所(旧高輪皇族邸、東京都港区)に上皇ご夫妻を訪ねた際、上皇后美智子さまが別れ際に眞子さんを抱きしめられたと側近が5日、明らかにした。

 眞子さんは、大学時代の同級生である圭さん(30)との結婚のあいさつのために訪問し、1時間余り滞在した。側近によると、面会を終えた後、上皇ご夫妻は眞子さんを車寄せまで見送った。さらに上皇后さまは眞子さんが車に乗り込む直前、何も言わずに抱きしめたという。【井川加菜美】

上皇后さま、眞子さん抱き締める=結婚前日、別れ際に 2021/11/05 16:16
秋篠宮ご夫妻の長女小室眞子さんが結婚前日の10月25日、上皇ご夫妻にあいさつするため仙洞仮御所(東京都港区)を訪ねた際の様子を上皇ご夫妻の側近が5日、明らかにした。ご夫妻は1時間余り眞子さんと懇談した後、玄関まで見送られた。別れ際、上皇后さまは車に乗る前の眞子さんを無言でしっかりと抱き締めたという。

川嶋辰彦さん死去、81歳=紀子さま父、学習院大名誉教授

2021-11-04
© 時事通信 提供 結納に当たる「納采の儀」の当日、あいさつのため結婚前の秋篠宮妃紀子さまと皇居に向かう父の川嶋辰彦さん(左端)、母の和代さん(同2人目)ら=1990年1月、東京都豊島区
=1990年1月、東京都豊島区
2021/11/04 18:43

 秋篠宮妃紀子さまの父で、学習院大名誉教授の川嶋辰彦(かわしま・たつひこ)さんが4日午前11時55分、入院先の東京都中央区の聖路加国際病院で死去した。81歳だった。

 1940年生まれ。東京大経済学部卒業後、米ペンシルベニア大大学院専任講師を経て、76年から学習院大経済学部教授を務め、2011年から名誉教授。同大では自身が中心となり、タイ北西部でのボランティア活動を十数年実施した。07~08年には国土交通省の専門委員を務めた。

 川嶋さんは10月19日に搬送され入院。紀子さまや次女佳子さま、同26日に小室圭さんと結婚した長女眞子さんが、お見舞いでたびたび病院に足を運び、4日も訪問された。

 宮内庁によると、秋篠宮ご夫妻は同日午後の公務を取りやめた。ご一家は慣例に基づき喪に服す。

父の述懐

2021-11-04
Facebook掛橋泰定さん曰く

日本国自衛隊

*1960.1.19

2022-05-10
「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」が締結される。

Facebook 佐々木 信雄さん曰く


【20th Century Chronicle 1960(s35)年】-1
◎日米新安保条約(60年安保)
*1960.1.19/ ワシントンで「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約」が締結される。
*1960.5.19/ 19日、社会党議員を強制排除して始まった衆議院本会議は、20日午前零時過ぎに、自民党単独で新安保条約を衆議院可決。
*1960.6.10/ アイゼンハワー大統領来日の事前打ち合わせに来たハガチー大統領補佐官は、羽田空港でデモ隊に包囲され、米軍ヘリコプターで脱出。
*1960.6.15/ 安保阻止実力行使に全国で580万人(主催者側発表)が参加、全学連主流派が国会構内に突入、警官隊と衝突し東大生樺美智子が死亡する。
*1960.6.19/ 33万人のデモ隊が国会を包囲するなか、午前零時、新安保条約が自然成立する。
 1960(s35)年6月15日、安保阻止最大のデモで、全学連主流派が国会に突入し、防衛する警察機動隊・右翼団体・暴力団等と衝突、この混乱のさ中で東大生樺美智子が圧死する事故が起った。その数日後の6月19日、安保条約は参議院の議決のないまま自然成立する。10万規模のデモを官邸から見下ろした岸首相は「となりの後楽園球場には平和な民衆が5万と居る」とつぶやいたとか。
 1951(s26)年のサンフランシスコ講和条約の成立(日本主権回復)と同時に、吉田首相が単独で署名した旧日米安保条約は、日本に片務的で臨時的なものであった。日本の主権回復とともに駐留軍が撤退するため、日本の軍事的空白を防ぐために、引き続き米軍の駐留を認める必要があった。ただしそれは、米国の「駐留権」を認めるという形で、日本の防衛や駐留自体は、もっぱら米国の都合次第という条約であった。
 岸信介は、1957(s32)年2月、病に倒れた石橋湛山首相の後継に指名され、石橋内閣を引き継ぐと、1958(s33)年5月の総選挙で政権としての信任を得て、第2次岸内閣を組閣する。選挙を経て自信を得た岸首相は、アジア重視の自主外交を進めながら、一方で対米尊重の基本枠は譲らず、日米安保条約の改定に向けて、着々と条件を整えていった。
 1960(s35)年1月に、岸首相以下全権団が訪米し、アイゼンハワー大統領と合意し、1月19日、新安保条約の調印にこぎつけた。ワシントンで「新安保条約」に署名するが、その発効には国会の承認が必要であり、岸訪米団が帰国してから、本格的な反対運動が起こる。
 新条約の承認を巡る国会審議では、安保廃棄を掲げる日本社会党が徹底抵抗の姿勢を示し紛糾した。また国会外では、社会党や共産党が指導する労働者団体だけでなく、社会党や共産党の既存革新政党を批判する急進派学生らにより、「共産主義者同盟(ブント)」が結成され、ブントの主導する「全日本学生自治会総連合(全学連)」主流派が、総力を上げて反安保闘争を展開した。
 1960(s35)年5月19日、衆議院日米安全保障条約等特別委員会で新条約案が強行採決され、続いて5月20日未明に衆議院本会議を通過した。委員会採決では、自民党は座り込みをする社会党議員を排除するため、右翼などから屈強な男たちを動員し、警官隊と共に社会党議員を追い出しての採決であった。本会議は、翌20日に日付が変わったころ、自民党議員だけで議決された。
 この強行採決の模様がテレビニュース等で流されると、一般市民の間にも反対の運動が高まり、国会議事堂の周囲は連日デモ隊で取り囲まれた。参議院での議決が為されない場合、新安保が自然承認される6月19日には、アイゼンハワー大統領訪日が予定されており、6月10日にその日程調整に来日したハガチー大統領報道官は、羽田空港を出たところでデモ隊に包囲され、アメリカ海兵隊のヘリコプターで救出されるという事件が発生した(ハガチー事件)。
 過激な全学連は国会突入戦術を推進していたが、社会党は傘下の組合の時限ストやデモを組織しつつ、全学連の強硬路線には静観的な立場を取り、共産党は「極左冒険主義の全学連(トロツキスト=分派主義)」と批判した。一方、当のブント全学連は、既成政党の穏健デモを「お焼香デモ」と非難した。
 そして6月15日、安保改定阻止国民会議の呼びかけで、全国各地で560万人が集い、各地で大規模な集会やデモが実施された。国会前でも、暴力団と右翼団体がデモ隊を襲撃して多くの負傷者を出すなどするなか、全学連主流派が指揮するデモ隊が国会内に突入、機動隊と激しく衝突する。そのさなかで、デモに参加していた東京大学学生の樺美智子が圧死した。
 新安保条約は、衆議院議決1ヵ月後の6月19日、参議院の議決がないままに自然成立した。またアイゼンハワーの来日は延期(実質上の中止)となった。そして岸内閣は、混乱の責任をとる形で、新安保条約の批准書交換の日である6月23日、総辞職を表明した。これらにより、安保反対運動は急速に沈静してゆく。
(この年の出来事)
*1960.3.28/ 1.5無期限ストに突入していた三井三池炭鉱は、ロックアウト解除をめぐって第1と第2組合で衝突、さらに泥沼化する。
*1960.5.16/ 慶応幼稚舎2年生の男の子が誘拐され、19日に死体で発見される。(正樹ちゃん誘拐事件)
*1960.8.25/ 第17回オリンピック・ローマ大会が開催される。 
*1960.11.8/ 米大統領選挙で、ジョン・F・ケネディが当選する。

共同訓練を実施しました。

2022-05-27
5月24日~25日、護衛艦 #てるづき関東南方において、米海軍 #ロナルドレーガン #アンティータム 及び #ベンフォールドと共同訓練を実施しました。
海上自衛隊は本訓練を通じて日米同盟の抑止力・対処力を強化するとともに海上自衛隊の戦術技量及び米海軍との相互運用性の向上を図りました。

日米の第5世代戦闘機 #F35A 同士が初の対戦闘機戦闘訓練を実施

2022-03-15
3月10日、日米の第5世代戦闘機 #F35A 同士が初の対戦闘機戦闘訓練を実施
#航空自衛隊 のF-35Aは、2018年に三沢基地に配備されて以降、訓練を着実に積み重ねてきました。
本訓練によって、進化する #日米同盟 の姿と両国の揺るぎない絆を示しました!

無人偵察機「グローバルホーク」の第1号機

2022-03-15
3月12日、三沢基地に、
#航空自衛隊 が運用する無人偵察機「グローバルホーク」の第1号機が
納入されました。
民間機の飛行しない高高度に長時間滞空して情報収集に当たり、
我が国のインテリジェンス向上に大きく寄与します。
厳しい軍事情勢の中、警戒態勢を一層強化していきます。
#防衛省・自衛隊

自衛隊の装備品等を米軍機によりウクライナに届ける準備を進めています。

2022-03-17
ウクライナに届ける #自衛隊 の防弾チョッキやヘルメット等を載せた米軍機C-17が、
横田基地を出発する予定です。
日米は強固に連携し、ウクライナを応援します。
3月16日 #防衛省・自衛隊 は、在日米軍横田基地において #鬼木防衛副大臣 、エマニュエル駐日米国大使@USAmbJapan 、セメニューク駐日ウクライナ大使館@UKRinJPN公使参事官が見守る中、自衛隊の装備品等を米軍機によりウクライナに届ける準備を進めています。 #日米同盟
国際秩序の根幹を揺るがす今回のロシアによるウクライナ侵略は我が国の安全保障の観点からも、決して看過できません。今回の米軍機による輸送は、この事態に対し、日米両国が、#日米同盟 の下、国際社会と結束して毅然と行動していく決意を示すものです。#ウクライナのために #防衛省・自衛隊

闘いすんで 陽が暮れて・・・

硫黄島からの帰還です。

2022-02-09
Facebook 徳田 秀光さん曰く
 硫黄島から、英霊が77年ぶりに雨模様の中、自衛隊のc-130h輸送機でお帰りに成りました。埼玉県の入間基地で儀じょうにより出迎えました。
  この度、ご帰還された英霊は14柱。
帰路の自衛隊機には14人分の席を用意されました。
英霊にとっては77年ぶりのご帰還。
安らかに帰れるようにと自衛隊員達は隣の席の骨箱に、優しい手付きでシートベルトを着けました。 
 米軍の火炎放射器等で塞がれた地下壕で発見された英霊は、家族から届いた手紙の束を握りしめたままの方々もいます。
 『お父さんお元気ですか。僕も元気で毎日学校に行ってべんきょうしています…………』
 発見者は、涙が出て全てを読めなかったと報告書に記しています。

日本です。新婚旅行です。ディマジオがいっしょでした。

2021-11-11
Facebook Nostalgia&Rock'n’ Roll ノスタルジア・ロックンロールさん曰く
朝鮮戦線を慰問、日本での新婚旅行を中座して・・・。

マリリン・モンロー ジョー・ディマジオ来日(新婚旅行)の日程 

 

1954年(昭和29) 2月1日 午後5時35分 羽田着 

夫のジョー・ディマジオ サンディエゴ・パドレス監督の

フランク・オドウル氏らとともにオープンカーをつらねて帝国ホテルへ。

              

2月2日 記者会見

   ディマジオの為の記者会見だったが、質問はすべてマリリン

へのものだった。

 

2月8日 午後7時30分 板付着 

那珂川河畔の国際ホテル(現在の城山ホテル跡)へ

                     ホテルを500人あまりのファンが取り巻く。

マリリンは2階の窓辺に現れ、カーネーション の花びらを

ファンにばらまいて、投げキッスをふりまいた。

滞在中は、1人で、西戸崎へ米軍キャンプの慰問、

ドライブなどを楽しむ。

ディマジオ、オドウル監督らは、香椎球場で日本プロ野球選手の

技術指導を行う。

夕食はお忍びで、ホテルの通りをはさんだ向かいのレストラン

ロイヤル(旧花の木)で食事を楽しむが、店をファンに埋め尽くされる一幕も。

            

2月11日 午前9時10分 岩国市の米軍基地へ

                    ディマジオ・マリリン一行は、自動車で宮島の一茶苑に向かったが、

ファンが殺到しMPが出動する騒ぎだった。

            

2月14日 岩国から大阪へ

            

2月16日から19日まで

     マリリンは、朝鮮の国連軍慰問(10ヵ所以上の駐屯地を訪問)し、カゼを引く

     ディマジオは、大阪・奈良などを訪問し、野球指導を行う。

            

2月25日 午後2時7分 羽田からサンフランシスコへ帰国

ロイヤルのこの器は、今(2021年)でも、この形で、テーブルにサービスされています。

昭和天皇の御巡幸 戦後全国を御巡幸された陛下。

2021-11-25
Facebook 上野不二子 さん曰く、親しみやすい笑顔が印象的ですね。

真宗大谷派の取り組みについて

「全戦没者追弔法会」の和讃

2021-04-04
Facebookしんらん響流館さん曰く
1987年から「戦没者追弔会」に「全」と仏法の「法」という文字を加えて「全戦没者追弔法会」と名称を改め勤められています。

【4/2全戦没者追弔法会】

2021-04-04
Facebookしんらん交流館さん曰く
1987年から「戦没者追弔会」に「全」と仏法の「法」という文字を加えて「全戦没者追弔法会」と名称を改め勤められています。

尾畑文正先生の発言

2022-04-24
Facebook鈴木 君代さんの投稿です。

【春の法要ライブ配信】全戦没者追弔法会(4月2日10時10分~)

2021-04-02

全戦没者追弔法会 戦争でいのちを奪われた方々を憶念し、仏が願われた「兵弋無用(軍隊も武器もいらない)」の教えから、私たちの今を問い直す法要です。
 ◆法要 10時20分~ 
【法要次第】
 出仕
 着座楽 
総礼 
伽陀 稽首天人 
登高座 
表白 
伽陀 万行之中
 御経 仏説阿弥陀経 
伽陀 直入弥陀 
下高座 
総礼 
正信偈 草四句目下(同朋唱和) 
念仏讃 淘五 三重念仏 
和讃 無明長夜の燈炬なり 次第三首 
回向 願以此功徳 
総礼 
恩徳讃 
退出楽 退出
全戦没者追弔法会   表 白
謹んで阿弥陀如来、宗祖親鸞聖人 、ならびに
三世十方の諸仏如来に申し上 げます。
 本日ここに、親しく宗祖親鸞聖人のまえに坐 すことを得て、全戦没者追弔法 会を厳修いたします。このときにあたり、一つには過去の 罪障を懴悔し、二つには現在の遇法を慶喜び、三つには将来に同朋社会の顕現を期したいと存じます。 
第一に、過去の罪障を懴悔するとは、われらの宗門が、先の悲惨な侵略戦争 に自ら荷担し、それを「聖戦」と呼び、「まったくおおせにてなきことをも、 おおせとのみもうす」罪を犯したことであります。 実に、五逆謗法の咎逃れがたく、今更あらため 全戦没者の悲しみを 憶念し、ここに真宗大谷派が無批判に戦争に荷担した罪を表明し、過去の罪障を懴悔いた します。
 第二に、現在の遇法を慶喜ぶとは、そのわれらの罪障にも拘らず、如来の本 願はその罪を私たちに知らしめ、罪に向き合い、平和への道を歩ましめるので あります。
 第三に、同朋社会の顕現を期すとは、本願念仏の教法に生きる者は「四海の 内みな兄弟とするなり」という浄土の 荘厳功徳をこの身に受け、死者と生者が 一つに出会い、国家や民族の境を超えた「同朋社会」の顕現に 向 む かって 生 い きる 者 もの となるのであります。 われら 真宗門徒、ここに 非戦平和の誓いを 表 白し、ひとえに、この身とこの世の無明の闇を 照らす仏の教えに随い、ともに生きあえる世界 への道を歩まんことを誓うものであります。 

   二〇二一年四月二日  釋修如

仏が願われた「兵弋無用(軍隊も武器もいらない)」の教え

2021-08-15
Facebook 阪下 大介さん曰く

【 Facebook闘いのページ】のページ、管理者は住職です。

政局について

「若手政治家」の登竜門

2022-03-18
自民党青年局長

Facebook 時事通信社さん曰く


1955年の結党時から存在する役職で、「若手政治家」の登竜門とも言われる自民党青年局長。
同局は、議員外交や党改革などで独自の存在感を発揮する一方、近年は時代の変化への対応も求められている。

「政界Web」最新記事はこちら⇒https://www.jiji.com/jc/v8?id=20220318seikaiweb

ロシアのウクライナ侵略は、日本にも考えさせられることが多いようです。

2022-03-09

Facebook 伊吹 文明さん曰く


ロシアのウクライナ侵略は、日本にも考えさせられることが多いようです。
国民に安心安全で幸せな日常を担保する理念・統治の仕組は、国により様々です。自由と市場経済の国、統制や計画経済の国、国民主権の民主制の国、世襲の君主制の国、民主制の衣を纏っていても反対の価値観や意見を抑えこむ独裁国家も。そのなかで各国は国益をかけ動くのが国際社会の現実です。
この現実のなかで、国際秩序・平和を護る大原則は、軍事力等力で現状を変えない、他国の主権を犯さないとの国際法や国連憲章の基本原則です。
 全ての国がこの基本原則を護るとは期待できない現実をウクライナ侵略は教えています。
だからこそ各国は防衛力を整備し、相互に助け合う同盟関係や安全保障条約を締結しています。
日本国憲法の前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して、我々の安全と生存を保持しようと決意…」は、冷徹な国際社会の力の現実であるウクライナ侵略、北朝鮮の核とミサイル開発、尖閣問題、竹島や北方四島の現状からは、どう考えれば良いのでしょう。
 国際紛争の当事国には自らを正当化する各々の言い分があり、プーチン大統領の暴挙にも、ロシアを対象とする軍事同盟NATOが、自国の身近に迫るのを抑止したいとの言訳が。
しかし、プーチン大統領の言い分の理解と暴挙への理解は違うのです。
ウクライナはNATO加盟国ではありませんが、ロシアの苛立ちがウクライナを戦場にし、ウクライナ国民に犠牲を背負わせています。
武器を含めた援助や各種制裁も大切ですが、ウクライナの平和と安全を保障する為、米国と欧州がロシアとの交渉の前面に直接出て、NATOとロシアの相互譲歩の交渉・合意は出来なかったのでしょうか。
ゼレンスキー大統領の姿勢、ウクライナ国民のけな気さが心を打つだけに、国際社会の冷徹な現実を感じます。
 核保有の軍事大国が力による現状変更を強行した時、核保有国同士の争いを覚悟のうえで、当事国(今回はウクライナ)を他国が前面に出て助けるでしょうか。
日本は世界三位の経済大国であり、日米安保条約による米国の同盟国ですが、それでも米バイデン大統領の今回の発言や米国世論を見ると、どうでしょう。
防衛力増強や核の共同管理(米国の核の国内配備と共同運用)について、観念的・感情的に主張、反対する前に、まず安穏な日常を当り前とせず、冷徹な国際社会のなかで祖国・日本がどうあるべきかの国民的議論の時だと思うのです。

揺らぐ自公連立 その裏で岸田首相の政敵・菅氏と創価学会とのパイプ復活

2022-02-28
© NEWSポストセブン 提供 菅義偉氏が持つ公明党・創価学会とのパイプとは?(時事通信フォト)
© NEWSポストセブン 提供 自公の選挙協力体制に変化?(公明党の山口那津男・代表/時事通信フォト)
2022/03/01 07:15

自民党と公明党の連立が大きく揺らぎ始めた。公明党の山口那津男・代表が2月6日放送のBSテレ東の報道番組で、夏の参院選での自公選挙協力について、「(自民党に)相互推薦をお願いしたが、現にない以上、自力で勝てるようにやらざるを得ない」と岸田自民に“最後通牒”を突きつけたのだ。

 支持母体の創価学会も足並みを揃えている。創価学会は1月27日に国政選挙や地方選挙の方針を決める中央社会協議会を開催し、選挙の支援方針は「人物本位」で選び、「今後より一層、党派を問わず見極める」ことを申し合わせたことが報じられた。これからは自民党以外の候補者を支援することもあり得るという大きな方針転換だ。

学会の政治担当が“現場復帰”

 さる2月5日、朝日新聞に小さな訂正記事が掲載された。

〈4日付総合4面「『相互推薦』自公あつれき」の記事で、創価学会の「佐藤浩元副会長」とあるのは「佐藤浩副会長」の誤りでした。佐藤氏は昨年学会職員を定年で退いた後も、引き続き副会長を務めています。確認が不十分でした〉

 創価学会に朝日新聞が掲載した訂正文について聞くと、「事実と違うため指摘しました」(広報室)と回答。佐藤氏が現在も「副会長」という肩書きを持っていることに対しては「法人職員の退職と組織役職は無関係です」と答えた。

 佐藤氏といえば、創価学会の政治担当責任者として安倍晋三・菅義偉両政権に太いパイプを持っていたことで知られる。特に菅氏とは官房長官時代から政治懸案があると水面下で交渉にあたったとされる人物だ。安保法制などタカ派路線の安倍政権時代に「平和と福祉」を掲げる公明党・創価学会との関係がうまくいっていたのは、「菅・佐藤の“ホットライン”で事前に入念にすりあわせしていたからだ」(官邸関係者)と言われる。

 だが最近、佐藤氏の引退説が流れていた。『宗教問題』編集長の小川寛大氏が語る。

「佐藤氏が昨年2月に学会本部職員を定年退職したとき、引退との見方が流れた。公明党の遠山清彦・前代議士(貸金業法違反で起訴)がコロナ禍の銀座通いを批判されて議員辞職したタイミングだったため、学会の政治担当としてケジメをつけたのではないかと見られたわけです。だから朝日も『元』副会長と勘違いしたのでしょう」

 しかし、佐藤氏は引退していなかったという。

「昨年10月の総選挙で、創価学会には選挙を仕切ることができる人材が少ないので、定年退職していた佐藤氏が力を必要とされて“現場復帰”した。佐藤氏の活躍で公明党は久しぶりに700万票を獲得した」(同前)

 朝日の「元副会長ではなく現在も副会長」という訂正記事は、佐藤氏が創価学会内部で依然力を持っていることを内外に示す効果があった。

 その佐藤氏の“現場復帰”に合わせたようなタイミングで自公関係が悪化したのは偶然だろうか。菅氏の側近の証言は重要だ。

「菅さんが総理の間は、佐藤副会長とはほとんど連絡を取っていなかった。官房長官と副会長なら釣り合うが、トップの総理と副会長が親しくし過ぎると、佐藤氏が創価学会内部でにらまれて立場が悪くなりかねないという配慮もあった。しかし、菅さんが総理を辞めてからは以前のように連絡を取り合っているようで、最近は創価学会の話をよくするようになった」

 佐藤氏は菅氏とのパイプも復活していたというのである。

 そこに自公の選挙協力問題が持ち上がり、公明党・創価学会が菅氏の政敵の岸田自民に“選挙協力破棄”を突きつけた。

 岸田首相の政治路線は「ハト派リベラル」とされ、政策的には公明党と親和性が高いはずだが、岸田政権には公明・創価学会指導部との人脈がほとんどないとされる。そのことが、公明党を制御できない政治的弱点だ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。

「安倍・菅政権時代は、官邸では菅氏が創価学会とパイプを持ち、党では当時の二階俊博・幹事長が公明党と良好な人間関係を築いていた。しかし、岸田首相には学会中枢とのパイプがないし、茂木幹事長も公明党との関係が良くない。ホットラインがないから重要な選挙協力をまとめられない。

 岸田政権はハト派とはいえ、これから憲法改正や自衛隊の敵基地攻撃能力保有問題など創価学会にとってナーバスなテーマに取り組まなければならない。

 公明党にすれば、政権中枢に人脈的なしがらみがない分、安保政策では本来の平和主義の主張を声高に叫んで野党的な立場に回り、岸田首相を攻めることができる。そのほうが学会員にアピールでき、選挙で票も取れるという計算がある。岸田氏に引きずり下ろされた菅氏も、公明党が岸田政権を揺さぶってくれるのは都合がいい」

 公明党が菅氏と手を組んで連立にいながら“岸田野党”の立場を鮮明にしているとの見方だ。

※週刊ポスト2022年3月11日号

自公協力に亀裂、公明党は自民に長年の不満「我々は使い走りではない」の思いも

2022-02-28
© NEWSポストセブン 提供 自公の選挙協力体制に変化?(公明党の山口那津男・代表/時事通信フォト)
2022/02/28 11:15

 感染第6波の出口が未だ見えない中、国政では自民党と公明党の連立が大きく揺らぎ始めた。公明党の山口那津男・代表が2月6日放送のBSテレ東の報道番組で、夏の参院選での自公選挙協力について、「(自民党に)相互推薦をお願いしたが、現にない以上、自力で勝てるようにやらざるを得ない」と岸田自民に“最後通牒”を突きつけたのだ。

 支持母体の創価学会も足並みを揃えている。創価学会は1月27日に国政選挙や地方選挙の方針を決める中央社会協議会を開催し、選挙の支援方針は「人物本位」で選び、「今後より一層、党派を問わず見極める」ことを申し合わせたことが報じられた。自公両党は小渕恵三内閣の1999年に連立を組んで以来、野党時代を含めてこれまで23年間、国政選挙で選挙協力をしてきたが、これからは自民党以外の候補者を支援することもあり得るという大きな方針転換だ。

 そうなると、自民党の政権基盤が揺らぐ。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が指摘する。

「公明党・創価学会が選挙で自民党に票を出して当選を支援し、代わりに自民党は公明党に大臣や副大臣、政務官ポストを与えて国政に参加させる。それが自公連立の根幹をなしている構造です。選挙協力が白紙になれば連立の基盤そのものが危うくなるのは間違いない」

 まさに自公の“熟年離婚危機”と言っていい。発端は今夏の参院選をめぐる自公協議が“破談”になったことだ。前々回の2013年参院選以来、公明党が候補者を立てない1人区(32県)で自民党候補を支援する見返りに、自公の候補がぶつかる埼玉、神奈川、愛知、兵庫、福岡の5選挙区では互いの候補を推薦し合う「相互推薦」という仕組みをとってきた。

 しかし、前回参院選は相互推薦の結果、兵庫では自民候補の票が公明党に食われて最下位当選となったことから、自民党の地方組織が抵抗して協議が難航し、茂木敏充・自民党幹事長は「上(党本部)から言うことを聞けという形は取りにくい」と協定を結ばない可能性に言及した。これに公明・学会サイドが怒った。

 公明党の強硬姿勢に驚いた岸田文雄・首相は事態収拾のため2月8日に官邸で山口氏と会談したが、山口氏は会談後、相互推薦見送りの方針は「繰り返し述べてきた通り、変わらない」と断言。

 元公明党副委員長の二見伸明・元運輸相は「公明党や創価学会には長年の不満がある」と語る。

「自民党の中には、公明党を低く見る議員がいる。特に、安倍政権の高支持率を追い風に当選してきた4回生以下は公明党・創価学会の支援は当たり前と思っているんでしょう。それに対して公明党には『我々は使い走りではない』という思いがあるはずです。

 また、ここに来て政界では自民党が日本維新の会や予算案に賛成した国民民主党と連立に動くのではないかという観測が強まっている。そんな動きを公明党は『どうぞ』とは言えない。維新や国民民主には創価学会のような票はありません。自民党がそのつもりなら、公明党・創価学会はこれまでどれだけ自民党に票を与えてきたか、この機会に力を示して思い知らせようということでしょう」

※週刊ポスト2022年3月11日号

· 自分の生まれた日の新聞、 池袋のナンジャタウンで購入 でも20年以上前、

2022-01-20
Facebook 布施 隆司さん曰く、今でもあるのかなー、。
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