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闘いの歴史

闘いの記録 (戦争と人間)

NHKスペシャル 従軍作家たちの戦争(2013年)

2022-08-11

Facebook NHKアーカイブス さん曰く


【 アカイさんコラム 】
NHKスペシャル 従軍作家たちの戦争(2013年)
~戦争を振り返る~
戦争が終わって77年目の夏。さまざまな視点であの戦争を取り上げた番組の幾つかを2週にわたってご紹介します。
作家・火野葦平(1907~60)は日中戦争中、1938年4~6月の徐州作戦に従軍、その見聞を『麦と兵隊』に著しました。当時、中国の蒋介石政権は日本軍の南京での残虐行為を国際社会に訴えていましたが、馬淵逸雄中佐(1896~1973)ら陸軍報道部はこれに対抗するため、1938年3月に芥川賞を戦地で受賞して注目されていた火野を報道班に抜擢、徐州作戦を「聖戦」としてPRさせたのです。軍の狙いは的中、『麦と兵隊』を含む火野の「兵隊三部作」はベストセラーとなり、映画化もされて戦意高揚に貢献しました。同年9月には菊池寛、佐藤春夫、丹羽文雄、林芙美子ら流行作家がペン部隊として漢口攻略戦に派遣されます。番組は、作家を戦争宣伝に動員した日本軍の戦略と、戦場の真実をありのままには書けず、戦後は戦争協力者として責められた火野葦平の苦悩を、火野の遺した20冊もの従軍手帳や手紙、関係者の証言から描きます。火野によれば、軍は以下の 7 項目を命じたそうです。
「第一、日本軍が負けているところを書いてはならない。皇軍は忠勇義烈、勇敢無比であって、けっして負けたり退却したりはしないのである。
第二、戦争の暗黒面を書いてはならない。
第三、戦っている敵は憎憎しくいやらしく書かねばならなかった。味方はすべて立派で、敵はすべて鬼畜でなければならない。
第四、作戦の全貌を書くことを許さない。兵隊のせまい身辺の動きは書けても、作戦全体は機密に属しているから、スケールというものは出て来ない。
第五、部隊の編成と部隊名を書かせない。
第六、軍人の人間としての表現を許さない。分隊長以下の兵隊はいくらか性格描写ができるが、小隊長以上は、全部、人格高潔、沈着勇敢に書かねばならない。
第七、女のことを書かせない。」
戦後火野は、『麦と兵隊』『土と兵隊』に、かつては書けなかった戦地での体験を加筆し、自分なりの「決定稿」としました。

「麦と兵隊」で知られる作家・火野葦平の従軍手帳が解読され、日中戦争から太平洋戦争にかけての陸軍のメディア戦略が明らかになった。中国のプロパガンダに対抗し、火野を報道班に引き抜いた陸軍は、さらにペン部隊を組織。南方にも徴用作家を送り、占領地の宣撫(せんぶ)工作にあたらせた。火野はフィリピンで捕虜の再教育に尽力するが、インパール作戦で軍の方針に疑問を抱く。火野の従軍手帳を軸に、作家の戦争協力を描く。

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