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今、願正寺では?

今、願正寺では・・・?

豊後高田市長洲、浄土真宗本願寺派妙満寺の前住職です。

2022-05-26
坊守との婚儀、坊守の親族代表をお勤めくざいました。 

Facebook 小栗洋慶さん曰く


所属寺前住職のお通夜の日になりました。準備が進められています。自分の精一杯でのお手伝いをします。
前坊守さんが以前に見せてくれたのですが、
このお寺は大坊で前々住職前々前住職も宗会の会衆(いまの宗会議員)をなさっておられたので、良い法衣があったはずだったが、戦中戦後、代務の人が持っていってしまったらしく全く無くなっていた。のでこの前住職が若い頃はご門徒の葬儀ができると近所のお寺に七条袈裟を借りに行ってた… 見かねたご門徒のご婦人たちが集まって、女性の晴れ着を洗い張りして、古い五条袈裟?なども解いて、それを縫い付けて七条袈裟を作ってくれたのだそうです。
それを以前見せてくださったのを思い出したので、出してもらいました。ご苦労を偲ぶためにこれもお飾りします。
かけてある七条袈裟は前住職が好んでいたものですが、とても上品な意匠でステキ。縁の地色の紫紺がなんとも言えない色合いです。
前住職は昨年90歳で、本山から褒賞をお受けでしたのでこれも飾るべく額縁を買ってきました。
ご門主さまご依用念珠が記念品だそうですが… これって、一回くらいお手にかけてお念仏してるんですかね藁藁 依用ってねえ〜
最後の写真は組巡教のときに光照ご門主さまと…
28日、大谷派の宗祖御命日に、坊守とお悔やみに参りました。
よいお通夜でした。

Facebook 小栗洋慶さん曰く

 

よいお通夜でした。
お導師は中津市明蓮寺さま。お導師のご尊父明蓮寺前住職さまはこの度ご往生のうちのご院家と大学時代に信徳寮でご一緒だったらしい。親戚寺院でもあり、ご法事やいろいろで飲み会から帰ってくると、御尊父は仕上げに家でも呑みながら、
「長洲(うちの亡くなった前住職のこと)はのう、むげねぇーんじゃ。むげねぇーんじゃ」
「お父さん、むげねぇっち、どげーむげねぇんかえ?」
「どげーむげねぇっち、むげねぇんじゃら」
むげねぇ=大分方言、かわいそう
親戚寺院の法事などで呑んで帰ってくると、また一杯呑みながら「むげねぇんじゃ〜」とよくおっしゃっていた。
どうむげねぇのかはご尊父から結局聞くことは出来なかった
という思い出話を交えてのご法話は大変ありがたかった。
本堂からまたお仏間へお柩を移動して夕食お相伴。いろいろご院家の思い出話を聞くことができた。
坊守さんが、小栗くん今晩はここに泊まりよ〜とおっしゃってくれたのでお柩そばに侍る。
一番最初に聞いたこのご院家のお勤めは、らいはいのうただったのを思い出す。小学校5年の春彼岸法要で、夜座にお参りしたとき。
このお寺の夜座の勤行は当時はたいがい、らいはいのうただった。
阿弥陀ほとけを仰がなん
と繰り返していて、泣けてきてどうにもならず。寝れなくなって、偈文や阿弥陀経やらいくつか誦んで時間を過ごしてから就寝。このお寺に泊まったのも初めてだったなあ〜
さあ、今日が密葬。2時からの葬儀には雨も邪魔しなさそう。
かかるひとにてわたらせたまひけり
ご遺族からいろんな思い出話を聴いてほぇー?!と言うこともあったのに、連日の疲れとお相伴のアルコールで綺麗さっぱり〜なんだったかなああー
昨晩お内仏の間で夜伽していて思い出したこと。

Facebook 小栗洋慶さん曰く


妙満寺前住職密葬の日です。
昨晩お内仏の間で夜伽していて思い出したこと。ここの扁額黙説は南溪和上のお手になるもの。中学生のころだったか、ご院家さんにこれは何と書いてあるかどう言う意味か聞いたことがある。
昨日のお通夜のご法話でも、ご院家は眼光鋭く厳しいお方だったので近づかないよう近づかないようにしていた…と笑いを誘っておられたが、ちょっと近寄りがたいところもありましたけど、情にあつく可愛がってもらいました。
この黙説の語が気に入って、
黙説や師は懐手とかぬまま 豪雨
という句を詠んだのだけれど、黙説じゃあ分かりにくいかなあ〜と、のちには、
説教や師は懐手とかぬまま 豪雨
と俳味の句にしたようで、短冊は出てきたが、中学高校時代に作った句集にはこれが落ちている。おかしい、句帳にもない。どこに記帳してあるんだろう。
ご院家さんの思い出の句として残しておこう
浄土真宗 本願寺派 稱壽山 妙満寺 第二十一世住職 長岡 教雄 師 密葬
令和4年5月30日
Facebook 原 浩二さん曰く
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