時機相応

時機相応について  時代の中で、この人は、どう生きたか?

NHKラジオ第2「声でつづる昭和人物史~手塚治虫」

2022-04-14
NHKラジオ第2「声でつづる昭和人物史~手塚治虫」
毎週月曜日20:30から放送している「カルチャーラジオ NHKラジオアーカイブス」にて、4月18日・25日の2回、「声でつづる昭和人物史~手塚治虫」と題して、手塚治虫についての番組が放送されます。
2022/04/18 20:30-21:00
「声でつづる昭和人物史~手塚治虫」1
2022/04/25 20:30-21:00
「声でつづる昭和人物史~手塚治虫」2
手塚治虫、映画見たさにロスへ飛ぶ!
手塚治虫、映画見たさにロスへ飛ぶ!
ぼくは大みそかも近いころ、アメリカへ飛んだ。そして、大みそかの夜、日本へ帰ってきた。ほんの数日、ロスに滞在しただけである。それも、目的は、映画をみるためだった。・・・
シリーズ企画 手塚マンガとブーム
スター・ウォーズとSFXブームの時代(1977-1983)
第1回:『スター・ウォーズ』とスペースオペラの復権!

大内順子さん

2022-04-06
Facebook Yutaka Seki  さん曰く

元モデル、ファッション・ライターとしてご活躍された故大内順子さん。
中原淳一さんが作画した雑誌『それいゆ』の表紙モデルになったと言われています。
今も見て、聡明で素敵な女性ですね。

『まんが日本昔ばなし』 常田富士男さん市原悦子さん

2022-03-18

番宣CM 1983 まんが日本昔ばなし 市原悦子 常田富士男

Facebook 高村雪子・Syoko  さん曰く

『まんが日本昔ばなし』
常田富士男さん市原悦子さん
当時はお二人だけでのアテレコとは思いませんでした。

番宣CM 1983 まんが日本昔ばなし 市原悦子 常田富士男


市原悦子さん まんが日本昔話 花咲か爺さん


常田富士男さん まんが日本昔ばなし 「としがみさま」

伝説の石原軍団 社長・裕次郎さんが倒れたことでより強まった結束力

2022-02-16
© NEWSポストセブン 提供 軍団のステージが変わるきっかけに(1981年裕次郎の手術結果を報告する渡と小林正彦専務。写真/共同通信社)

大スター・石原裕次郎が芸能界で作った伝説のひとつが、今なお語り継がれる「石原軍団」の鉄の結束であろう。国民的スターとなった石原裕次郎が1962年に石原プロモーションを旗揚げしてからしばらくは、『黒部の太陽』(1968年)や『栄光への5000キロ』(1969年)の大ヒットで景気がよかったが、1970年代に入ると映画産業の斜陽化とともに大きな負債を抱え、倒産寸前に追い込まれていた。だが、テレビドラマに進出した石原プロは、『太陽にほえろ!』(日本テレビ系、1972~1986年)や『大都会』(日本テレビ系、1976年)など、ド派手なアクション路線で人気を博し、苦境を脱する。そして『西部警察』(テレビ朝日系、1979年)で、その人気は頂点を極めた。裕次郎演じる西部警察署の捜査課長・木暮謙三と渡演じる刑事のリーダー・大門圭介を中心に繰り広げられる人間ドラマと爆破やカーチェイスに、視聴者は釘付けになった。「使用した火薬4.8トン」「壊した車両4680台」「飛ばしたヘリコプター600機」「始末書45枚」という数々の伝説を生んだ。PARTIの途中から最終話まで刑事ジョー役で出演した御木裕氏が語る。「もともと石原慎太郎さんと知り合いだった縁で、20歳で石原プロに入って右も左も分からぬまま『西部警察』で役者デビューしました。撮影現場では、渡さんが来ると良い意味で現場の空気がピリッと引き締まり、裕次郎さんが現われるとみんながイキイキと動き出す。渡さんがロケの宿泊先でみんなを集めて『正座しろ』みたいなこともあったけど、そういう体育会系なところもみんなで楽しんでいました。裕次郎さんと渡さんを中心とする結束の固さが、作品の魅力を生み出したんだと思う」だが、『西部警察』のロケ中だった1981年4月に大事件が発生する。裕次郎が解離性大動脈瘤で倒れ、緊急入院したのだ。「もし、最悪の事態になったら、私も連れていってもらいたい。石原に殉じたい気持ちです」ワイドショーに出演した渡は涙ながらにそう語った。その後、裕次郎は奇跡の復活を遂げるが、病気で倒れたことをきっかけに石原プロは新たなステージへと突入した。良純が語る。「もともと石原プロは太陽のような存在だった石原裕次郎を慕って集まった男たちの集団だったけど、社長が倒れたことで親分の夢を受け継いで作品を作っていこうと決意した。『社長のために』という一つの方向性を持つ男たちの結束力が、より強まっていったんですよね。酒はあまり飲まないほうだった渡さんが、ロケ後の夜や休みに若い連中を集めて、ワイワイと楽しむようになった。『社長の代わりに、俺がやらなきゃいけない』との責任感があったんだと思う」渡を中心に団結を深めた石原プロは「石原軍団」と呼ばれるようになり、熱い男たちの集まりとのイメージが世間に定着していった。(文中一部敬称略)

※週刊ポスト2022年2月18・25日号

かしまし娘(昭和31年頃) 3人とも20歳代でお若い。

2022-02-08
Facebook Yasuharu Miyakeさん曰く、 3人の漫才は明るくて面白かった。 3人の漫才は明るくて面白かった。

かしまし娘


かしまし娘


かしまし娘「21年ぶりのTVステージ」

あの時、この時

<あのころ>中原時代の幕開け 54年前の6月8日

2026-06-08
<あのころ>中原時代の幕開け 54年前の6月8日 © 共同通信

1972(昭和47)年6月8日、将棋の第31期名人戦第7局が東京都内で指され、挑戦者の中原誠八段が大山康晴名人(手前)に勝ち、4勝3敗で初の名人位を獲得した。
24歳の名人は当時の史上最年少記録で「幸運としか言いようがありません」。
合計18期続いた大山名人時代が終止符を打ち、中原時代の幕開けとなった。
中原から羽生へと時代は移ります。
「羽生X中原」 決勝戦
昭和の群像 将棋の巨人 大山康晴
昭和の群像 世襲制だった名人制から実力制になり、戦後それらを席巻したのが大山康晴である。主に振り飛車を中心に戦い、当時数は少なかったが、多くの棋戦を制した。
昭和の群像 現在の4冠藤井聡太、国民栄誉賞・永世7冠羽生善治に先駆ける将棋の巨人大山康晴。ライバルの升田との熱戦は日本中を沸かせた。

勲章や賞状が並べられた村山富市元首相のお別れの会の祭壇

2025-12-21
大分市で2025年12月20日、金澤稔撮影 ©毎日新聞
「トンちゃん」しのぶ 村山元総理 お別れの会(2025年12月21日)
自社さ連立 村山元総理死去 「無私の人」が遺したものとは…「村山談話」に込めた思い【サンデーモーニング】|TBS NEWS DIG

NO3です!!

2025-12-12
米フォーブス誌「世界で最もパワフルな女性」 3位に高市総理を選出|TBS NEWS DIG
讀賣新聞 2025.12.12朝刊
西日本新聞 2025.12.12朝刊

史上初の中卒首相として有名な田中角栄

2025-12-09
Facebook いいね!ニュースさん曰く
史上初の中卒首相として有名な田中角栄の名前を思い出せない時の対処法がすごい。
まずは単刀直入に『君の名前は?』と聞いて、それから相手が名前を言うと、それは分かっている下の名前だよと返して、さらに正式な名前を聞く。この方法を使うことで、相手側は下の名前を覚えていた痕跡があると感じ、喜んでくれるのだ。
また、議員になってからは毎晩22時には寝て、2時には起き、午前0時ごろに官僚がポストに入れた資料を朝まで読み込んでいたという。
最年少で財務大臣に任命された田中角栄は、東大卒ばかりの官僚を前にして堂々と『何かあれば上司の許可なしで大臣室に来てくれ』と語り、さらに『責任は全て自分が背負う』とも言った。
総理大臣になってからは、国会答弁の際、官僚には一切頼らず、細かい数字を全て覚えて答えていた。特別に記憶力が天才的に良かったわけではなく、毎晩必死に暗記していたのだ。すごすぎる政策実行力と、政治資金集めの計算高さから、『コンピュータ付きブルドーザー』とも呼ばれていた。
そんな田中角栄は、ロッキード事件で賄賂を受け取ったとして逮捕された。

学歴コンプレックという仏敵

2025-12-05
池田大作氏 © 文春オンライン
日蓮正宗との対立と激しい内紛

小川氏によれば、組織の末端の会員でさえ「実際に手を握ってくれた」「お年寄りだと気遣って背負ってくれた」など、池田氏と直接触れ合った経験を持つ人が多かったという。

 選挙のたびに全国を飛び回り、幹部たちにも「先生は奥の院にいるわけではなく常に現場に出てくるから、手が抜けない」という緊張感を与えていた。

しかし1990年代に入ると、池田氏の人生最後の巨大な敵となる日蓮正宗との対立が激化し、破門される事態となった。「かつての身内と戦うことになる」状況で、池田氏の側近や右腕だった人材が次々と離れていった。

 小川氏は「竹入義勝さんや矢野絢也さんといった大幹部が『仏敵』として排斥され、彼らが暴露本などで反撃する事態になった」と、当時の激しい内紛を振り返る。

後継者問題の根本的な原因として、小川氏は池田氏の「学歴コンプレックス」を指摘する。池田氏自身に学歴があまりなかったことの裏返しで、「側近には東大卒など、高学歴な人を好んで置く傾向があった」と分析した。

 現在の創価学会・公明党の指導層を見ると、東大出身の創価学会現会長・原田稔氏や主任副会長の谷川佳樹氏、東工大出身の斉藤鉄夫・公明党代表や、ゴールドマン・サックス出身の岡本三成議員など、エリートが多い。

 小川氏は、「池田さんは叩き上げの人なのに、周りに配置したのは育ちが良すぎるエリートばかりだった」と指摘。その結果、「池田さんと同じスタイルで後継者になれる人は誰もいない。優秀ではあっても、カリスマ性を発揮できるタイプではない」という状況が生まれたと述べた。

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