日本の政局
「冷酷すぎる計算」
「高市総理は関係ない。松山氏は会長である自分を差し置いて参院を牛耳っていた石井氏を昔から疎ましく思っていた。そこで、さも『総理の意向』であるかのように振る舞って石井氏を下ろした」
松山氏は「あなたの健康が心配だ」という理由で、石井氏に解任を通告したという。
「これには石井氏も『会長は私の体調が心配らしい。だったら本会議を休むことにしようか』と激怒していた」(同前)
この暗闘の裏には、松山氏のしたたかな計算が透けて見える。
「高市総理が石井氏に不満を持っていたのは事実。だからこそ、石井氏を外すことで総理に恩が売れる。また最近では、復党を目指す旧安倍派の世耕弘成氏と接近しているとの情報もある。石井氏を排除して、自身の求心力を高めようという魂胆です」(全国紙政治部記者)
一方、この人事で参院は大混乱に陥った。石井氏と同じ派閥(旧茂木派)出身の青木一彦氏が後任に任命されたからだ。
「石井さんは青木さんの父上である青木幹雄氏の懐刀として知られていた。それだけに石井さんは後任就任を『青木の裏切りだ』と受け止めている。一方、『石井さんも好きにやり過ぎた』という声もあり、参院自民党内には決定的な亀裂が入っています」(自民ベテラン議員)
参院が「少数与党」に苦しむ中、自身の権勢拡大に勤しんでいる場合なのだろうか。
【こちらも読む】『高市総理が完全に「引きこもり」状態…“担ぎ手のいない神輿”となった官邸で囁かれる「次期総理の本命」』
「週刊現代」2026年10月26日号より
〈終日、公邸で過ごす〉
新聞の政治面に掲載される「首相動静」に、いま異変が起きている。高市早苗総理の土日のスケジュールが、わずかこの1行で終わってしまう日が続出しているのだ。
平日の予定を見ても、歴代総理と比較して面会相手の数が極端に少ない。全国紙の政治部デスクはこう嘆く。
「一国の総理が引きこもるという、前代未聞の事態が起こっています」
もともと高市総理は、派閥の会食や夜の「飲みニケーション」には目もくれず、一人で政策を練り上げる勉強家として知られてきた。総理の椅子に座ってからも変わらないどころか、その「孤高のスタイル」に拍車がかかる一方だという。
高市首相はなぜ簗農水相を辞めさせないのか…

日米首脳会談(2026/09/23)
高市人事で「希望調査票」脚光 派閥解消で重み
内閣支持率は3か月ぶりに上昇し59%に
前者の足跡
組閣の日 7年8カ月の長期政権“ひな壇”は9回 佐藤総理(1964年11月)【映像記録 news archive】
辞任表明
追悼演説
「派閥の論理ぶっ壊す」
仰せを蒙りて
自民党の重鎮・野中広務が遺した言葉
「票にもカネにもならぬ仕事に…」元宝塚市長の中川智子が明かす、自民党の重鎮・野中広務が遺した言葉
その夜、私の議員宿舎のドアポケットに、お菓子の袋と「困ったことがあったら何でも相談しなさい」と携帯番号を書いたメモが入っていました。
それから被災者生活再建支援法や、ハンセン病患者の国家賠償訴訟などで相談するたび、親身になって力を貸してくださいました。理由を尋ねると、こう言われました。
「君は、票にもお金にもならない仕事に取り組んでいる。光の当たらない人に手を差し伸べるのが政治家だ。君の応援をしたら、僕もいい仕事ができたと思えるんだよ」
ナベツネ・渡辺恒雄さんが“このまま死んでいけない”
野坂昭如 靖国神社 戦没者を“悼む”ということ
昭和天皇が「総理大臣にしてはならぬ」と語った政治家
2025年9月に、プレジデントオンラインで反響の大きかった人気記事ベスト3をお送りします。歴史部門の第2位は――。
▼第1位 だから徳川幕府は260年も続いた…徳川家康が3代将軍に「優秀な次男」ではなく「愚かな長男」家光を選んだワケ
▼第2位 私には明瞭にモノを言うが、他人には曖昧な言葉を使う…昭和天皇が「総理大臣にしてはならぬ」と語った政治家
▼第3位 15歳で第1子誕生…53人という日本史上最多の「子だくさん将軍」11代家斉が幕府滅亡を早めたと言えるワケ
昭和天皇とはどんな人物だったのか。朝日新聞の北野隆一記者は「独白録を読むと、曖昧な事を嫌う性格だったことがわかる。それゆえ、昭和天皇が好ましく思っていなかった政治家がいた」という――。(第1回)
※本稿は、北野隆一『側近が見た昭和天皇』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。














