ドジャースは今!! From シーズン2026
チャンス到来・・・か?
いよいよドジャースのキム・ヘソン内野手(金慧成=27)がメジャー合流だ。米専門メディア「ドジャースネーション」は4日(日本時間5日)、「ムーキー・ベッツの負傷を受け、キム・ヘソンがワシントンへ向かう」との記事を配信した。
同日の敵地ナショナルズ戦に「3番・遊撃」で出場したベッツが初回の走塁で腰を痛め途中交代となった。
これを受けて3Aオクラホマシティの遠征でラスベガスに滞在していたキム・ヘソンは同日の試合には出場せず。同記事は「キムは現在、3Aのオクラホマシティ・コメッツに所属しているが、コメッツとラスベガス・アビエイターズのマイナーリーグ中継によると、ワシントンへ向かうため試合から外されたとのことだ。キムは当初はラインナップに入っていたが、試合開始が近づくにつれて出場を取りやめた」と伝えた。
【大谷が今季第1号同点3ラン
「Losing isn’t an option!」(負けるという選択はない)
ドジャースの山本由伸投手は3日(日本時間4日)、ドジャースタジアムで行われたワールドシリーズ連覇のセレモニーに参加。壇上ではついに飛び出た“18文字”の名言が話題になっている。
ドジャースは今 to 2025年シーズン from 大谷&山本入団
佐々木朗希がメジャー初セーブ
ドジャースの佐々木朗希投手は4日(日本時間5日)、敵地・フィリーズとの地区シリーズ第1戦で2点リードの9回から登板した。1回を1安打無失点に抑えて、日米通じてプロ初セーブを挙げた。
佐々木のプレーオフ登板は2度目。1日(同2日)、本拠地レッズとのワイルドカードシリーズ第2戦で4点差の9回から登場。初球に100.7マイル(約162キロ)を投じるなど、1回無安打無失点、2奪三振。地区シリーズ突破に貢献していた。
この日、先発は大谷翔平投手。プレーオフデビューで6回3失点の粘投。勝ち投手の権利を持って降板すると、2点リードの9回に佐々木が登板。初球から101マイル(約162.5キロ)を計測し、リアルミュートを空振り三振。1死からケプラーに二塁打を浴びたが後続をたった。
大谷翔平「2戦連発」、ドジャースに勢い
【ドジャースの中継ぎトリオが“9連続奪三振”で1920年以来105年ぶりの歴史的快挙!】
【ドジャースが地区4連覇!大谷の自己最多タイ54号2ランに山本が6回無失点で12勝目&シーズン200奪三振!】
【大谷が2戦連発でHR数トップに並ぶ53号!】
ドジャースの戦法
青いユニホーム
今季からドジャースは、ビジターゲームで青いユニホームを使用します。早速、4月3日(日本時間4日)に首都ワシントンで行われたナショナルズとの3連戦初戦、チームにとって最初のロードゲームで着用。新ユニホームで大谷翔平投手が、記念の1号ホームランを打ちました。
1890年ナ・リーグに加盟して以来、当初ニューヨークのブルックリンに本拠地があったドジャースも、原則的にホームが白に対し、ロードではグレーのユニホームを使用。なぜなら、当時はまだ遠征先に洗濯機もなく洗うのが面倒なので、泥汚れを目立たないようにするためと言い伝えられています。
ドジャースは伝統的なグレーの定番を守りつつ、多くの変化を遂げました
ロサンゼルス・ドジャース
After a whirlwind week of arguably the most fascinating free agency in history, Shohei Ohtani announced he's headed to the Dodgers with the biggest contract in sports history -- an unprecedented 10-year, $700 million deal.
スタジアム
ドジャースの地元放送局「NBCロサンゼルス」が取り上げた生粋のファンを巡り、波紋が広がっている。
主人公は81歳のエロール・シーガル氏。この男性はドジャースファンひと筋で、50年以上にわたってシーズンチケットを購入し、ドジャー・スタジアムで観戦してきたという。これまでは紙のチケットも発行されてきたが、パソコンやスマートフォンを使ったデジタルチケットだけの対応になるとの通知を受けた。ところが、シーガル氏が持っているのは二つ折りの〝ガラケー〟。「コンピューターの使い方が分からない」と嘆く上に、ガラケーではデジタルチケットを保存できないのだという。
デジタル化、ペーパーレス化の波が球場にも押し寄せているわけだが、シーガル氏をさらにがく然とさせたのはチケット売り場でのやりとりだった。直接チケットを購入しようとしたところ、方針と逆行するように紙のチケットを手渡されたというのだ。シーガル氏は「彼らは印刷できるはずだ。ただ、私の分だけは印刷したくないんだ。5世代、50年もの間…彼らは私を切り捨てた」と憤りをあらわにした。
ドジャースといえば・・・
日本球界との親交[編集]
1995年に日本の球団(近鉄)との契約がこじれてメジャーリーグに挑戦した野茂英雄を獲得。野茂を頻繁に登板させた監督として日本でも有名になり、その後幾度となく来日し日本製品のCMに出演する程の親日家となった。「長嶋茂雄と星野仙一は私の兄弟。野茂英雄は私の歳の離れた息子」とも豪語している。
2001年に近鉄のスペシャルアドバイザーを務め、ドジャースのマイナー選手など(ショーン・バーグマン、ジェレミー・パウエル、ショーン・ギルバートら)を次々に日本に送り込み2001年の近鉄優勝に貢献した。2006 ワールド・ベースボール・クラシックではアジア地区における親善大使を引き受け、1次リーグでは始球式も行なっている。2008年に長年にわたる日米の野球交流の功績から、旭日小綬章が送られた。
上述の「背中の名前(=個人)のためにプレーするのではなく、胸の名前(=チーム)のためにプレーしろ」という言葉は技術指導のために来日した際、近鉄の選手にも投げかけている。











