2025年
八代市の安楽寺前住職(当山14世坊守弟)13回忌に、副住職と共に参詣いたしました。
当山14世弟、修学院釋大壽の一周忌が勤めされました。
着物の柄に込められた意味って?文様50種類を一挙解説 | 伝統工芸品ならBECOS
梵語の卍を菱形に変形して複雑につなぎ合わせた文様です。
紗綾形という名称は、室町から桃山時代に明から渡ってきた紗綾と呼ばれる絹地に用いられていたことから由来しており、別名「卍崩し」「卍繋ぎ」「雷門繋ぎ」「菱万字」とも呼ばれます。
不断長久の意味を持ち、家の繁栄や長寿を願う文様です。紗綾形に菊と欄を組み合わせた「本紋」は、綸子の着物の柄(地紋)として多用されています。
2024年
あれから更に1年が経ちました。
もう急行電車とは呼ばれなくなりました。
喪主を勤めた従弟家族に見送られて岡山を離れました。

2023年
通夜参詣

親鸞聖人のみ教えや仏教に関心のある方を対象に、毎月28日の昼と夜の法座等、月数回の聞法会を行っております。また子供達には、仏典童話をもとにお話をしています。
「お経の意味」や「お内仏のお飾り」など疑問がございましたら、お気軽にお尋ねください。
因福寺(柳川市鷹尾)での初盆会へ参勤いたしました。
2019年
June bride(ジューンブライド) その2
6月の結婚式「ジューンブライド」の由来
6月は結婚が解禁になる月だったという説
かつてヨーロッパでは3月、4月、5月の3ヶ月間は農作業が大変忙しくなる時期でした。そのため、3月、4月、5月の3ヶ月間は結婚が禁止されていました。結婚が解禁される月が6月であったため、結婚を待ちわびていた多くのカップルが結婚式を挙げたことをジューンブライドの由来とする説です。6月は農作業が落ち着き、多くの人から祝福されるため幸せになれる、と言われています。しかし、いつ頃のヨーロッパの話か分からず、本当に結婚式が禁止されていたのかも定かではありません。
従弟寺での年回、北海道です。
本願寺道路 |
1.軍川 - 砂原間 |
○開削までの経緯 |
○作業の前段階 |
○作業開始 |
○作業概要 |
○開通後の歴史 |
June bride(ジューンブライド) その1
6月の結婚式「ジューンブライド」の由来
日本の6月は、梅雨の時期です。暖かい季節ではありますが、雨が多いため結婚式に適した月とは言えません。そのため、戦後にジューンブライドが広まるまで、6月に結婚式を挙げるカップルは少なかったようです。しかし、ジューンブライドが広がった現在の日本では、ジューンブライドに憧れて6月の挙式を希望するカップルが増えています。では、6月に結婚式を挙げる「ジューンブライド」にはどのような意味があるのでしょうか。ヨーロッパが起源であるジューンブライドの由来には3つの説があります。
ローマ神話の女神を由来とする説
6月に結婚式を挙げる由来は、
ローマ神話の主神・ユピテルの妻である女神ユノを由来とする説が最も有力です。
ユノは結婚や出産、育児の象徴とされており、女性や子供、家庭の守護神とも言われています。ローマ神話では1月から6月まで、それぞれの月を守る神がいます。結婚の象徴であるユノが守っている月が6月です。6月は英語でJune、ユノはアルファベットでJunoと書きます。このことからも、ユノが6月の英語名ジューンの由来になっていることが分かるでしょう。「6月に結婚すると幸せな結婚生活を送ることができる」と言われる理由は、結婚の女神ユノが6月を守護していることに由来しています。
2018年
またお一方・・・
お浄土で
隣市での用事が終わり帰宅する前に、母が入っている施設を訪ねました。
三女と一緒に部屋へ行ったのですが、不在。
夕食のため食堂に集まっていました。
母を見つけ声をかけました。
大きな目を開け、こちらを見続けます。
そこに拙寺ご門徒の介護士さんがやってこられました。
「あら。部屋へお連れしましょうか?」と。
「いえいえ、ちょっと寄っただけです。もう帰らねばなりませんから」
娘に「おばあちゃん、元気になっただろう」と声をかけ、「又来るね」と母の頬をなで自宅に戻りました。
「元気になってたぞ。百歳まで行くかも」と話しながら着替えを済ませた頃でした。
兄嫁から電話が。「おばあちゃんの具合が良くないと連絡が、、、」
「そんなことないですよ!三十分ほど前に会ってきましたよ」
施設に向かっているとのことなので、私も再度、車を走らせました。
向かってる途中に電話が。「間に合わなかった。着いたときには、、、」
信じられない思いで施設に。母はひとりベッドに。
一時間半ほど前は、目を開け、私を見つめてくれた母。もう声をかけても、頬をなでても目を開けてくれません。
20分ほど、二人きりになりました。いろんな思い出がよみがえってきました。
父が48歳で往生。その倍以上生きてくれた母。しかし、大変な苦労があっただろうし、私は末っ子であったので、大変迷惑をかけたと思います。
四人の息子の「母子手帳」を大事に持ち続けてくれていた母。
「ごめんね。でも、長くそばに居てくれてありがとう。」
「長い施設での生活、疲れたかな。。。ゆっくりしてね」
「また、お浄土でね」
佐々木春子 満98歳
9月17日(月) 午後七時 通夜
9月18日(火) 午後一時 葬儀













































































































































































