響流十方2025 北陸路に蓮如さんの事跡を訪ねました。
お世話になった方々から、御礼のお便りが届きました。
2024-09-30
帰路です。
2024-09-15
今回の旅、最後の夕餉は、こちらです。
2024-09-15
お弁当 大友楼 百番街あんと店さんの公式HP
明治13年頃の北陸線敷設運動が騒がれていた頃、3代目大友佐助が往来の僚友森下八左衛門(藩御用達老菓子老舗)と共に前田家の呼びかけに応じて第一線にたって北陸の鉄道敷設運動に参加致しました。これらの功績が認められ、明治31年金沢駅開設時に初めて駅弁当というものを販売することになりました。以降約130年料亭と兼業で駅弁を販売し加賀料理の伝統の味を守り続けております。
第二回目の旅 「美作の国への旅」 ヨキヒト(法然上人)の足跡を訪ねて
マリンライナー
2021-07-19
2003年10月1日のダイヤ改正より130km/hで運転可能な2階建て新型車両がデビューしました。
瀬戸大橋線(岡山駅~高松駅間)
折角の美作ということで、こちらへも足を延ばしました。
2024-05-24
倉敷美観地区
facebook Hoàng Tứ さん曰く
倉敷美観地区 / Khu phố Lịch sử Kurashiki Bikan / tỉnh okayama-japan . phố cổ mùa covid 2021 chúc cả nhà an lành ! Thu Se
倉敷散策の最終地点はこちら、倉敷アイビースクェアーでした。
facebook 池田 涼介さん曰く
倉敷アイビースクェアー
建築は箱物を作るのではなく、街創りをし、生活を豊かにする事だと思います。
このアイビースクエァを設計した浦辺鎮太郎氏は、大原美術館を建てた大原総一郎氏の『経済.文化.道徳が調和した街づくり』の命題を受け、倉敷の美観地域の核となる場所にあった倉敷紡績工場を1989年に宿泊やレストランなどの施設にリモデルした建築です。
倉敷の街は、街の歴史や産業、民家など息づいている物に敬意を払い、イタリアメディチ家の様なスポンサーとしての大原総一郎氏と建築家浦辺鎮太郎氏の二人三脚で骨市に沿った街づくりをおこない、今でも倉敷の街にその息吹が息づいています。そんな中で、アイビスクエァは誕生しました。
また、大原氏と浦辺氏は今の倉敷の礎となると市民ホール、倉敷ホテル、倉敷総合病院、倉敷市役所などの公共施設を数多く造りました。『経済、文化、道徳の調和』、それが今の倉敷市の姿なのです。
私も30年ぶりに宿泊をしましたが、
ここで過ごした時の流れは心地よく、
まさに倉敷の風景の一部でした。
第一回目 「真宗本廟への旅」 宗祖終焉の地、そして真宗本廟を訪ねます。
今回の旅の目的は、10年間続いた「御堂物語」円成を御真影に報告することでした。
2018-05-14
「五月の法要」をお勤めした翌日(2018年5月13日)、
婦人会の執行部役員は、
住職、坊守と共に、京都へ向かいました。
今年3月までの10年間、
一致団結して運営に臨んだ「御堂物語」が盛儀円成したことを、
宗祖親鸞さまにご報告申し上げようとの発願による旅立でした。
初日は、
洛中にある宗祖終焉の地周辺(萬里小路柳馬場)を散策し、
翌日に、
念願の真宗本廟への参詣を果たしました。
参加者全員が帰敬式受式者であり、
数回の上山経験者でもありましたが、
上山旗を掲げて住職・坊守共々との参詣は、
各自にとって、格別の思いいっぱいの参詣となりました。
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を終えて
見事な威容を取り戻した真宗本廟の境内は、
抜けるような青空の元にありました。
婦人会の執行部役員は、
住職、坊守と共に、京都へ向かいました。
今年3月までの10年間、
一致団結して運営に臨んだ「御堂物語」が盛儀円成したことを、
宗祖親鸞さまにご報告申し上げようとの発願による旅立でした。
初日は、
洛中にある宗祖終焉の地周辺(萬里小路柳馬場)を散策し、
翌日に、
念願の真宗本廟への参詣を果たしました。
参加者全員が帰敬式受式者であり、
数回の上山経験者でもありましたが、
上山旗を掲げて住職・坊守共々との参詣は、
各自にとって、格別の思いいっぱいの参詣となりました。
宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を終えて
見事な威容を取り戻した真宗本廟の境内は、
抜けるような青空の元にありました。
10年間続いた「御堂物語」で邂逅して逸品とご縁の場所を訪ねました。
2023-07-16
折角ですので、嵐電に乗って白梅町まで参りました。
折角ここまで来ましたので、大谷大学の本学キャンパスを通り抜けました。
旅の楽しみの一つは、美味しいものでの邂逅です。
2023-07-16
最初の食事(昼食)はこちら、京都一の傳 本店
ぎをん 萬養軒
泉仙 大慈院店
大慈院店は1963年より、臨済宗大徳寺派の大本山「大徳寺」の境内で営業する、京の老舗精進鉄鉢料理店です。
京の花街 先斗町⇔祇園
2024-06-14
先斗町
写真の櫓(社紋を染め抜いた白幕で囲った部分)は元和年間(1615~1624) に、時の京都所司代板倉伊賀守勝重公により官許されたとされる。南座の象徴である。
祇園商店街振興組合


































