秋の法要

秋の法要2026年

「秋の法要2026」での法話の典拠の文は、こちらといたしました。

2026-09-24
宗祖と唯円との対話集『歎異抄』第一章の文です。
今回は、こんなレジメを用意いたしました。
前日に、法話のゲネプロ行いました。
参詣席はご覧の設えです。
2026の茶菓は、こちら、熊本ガンバレのメッセージと願いを込めて・・・

アトム死す

2026-09-01
アトムが地球を救うために太陽に突入して行くというストーリーは アトムは溶けて消え去ってしまったのか?
鉄腕アトム最終回 地球最大の冒険
18歳のアトム 手塚治虫の鉄腕アトムから18歳のアトムへ
手塚治虫/原作 (著), 黒田征太郎/絵・原案 (著), 稲葉茂勝/文 (著)
鉄腕アトム 1952/04-1968/03

第五福竜丸 思い絵本に 黒田征太郎さん「忘れてはいけない」

2026-09-01

  北九州市を拠 点に活動するイラストレーター・画家の黒田征太郎さん(87)が、米国の水爆実験で 被曝ひばく した漁船「第五福竜丸」をテーマにした絵本を制作した。世界各地で紛争や戦争が続くなか、「忘れてはいけないことがあると伝えたい」との思いで形にした。
第五福竜丸とボク 黒田 征太郎
「足はこげて・・・死んでいました この思い出は消えません」87歳の画家・黒田征太郎さんの戦争体験 子どもたちに愚かさ伝える新作絵本が完成
86歳のイラストレーター・黒田征太郎 原動力は「いのち」 初の大規模個展 移住先の福岡県北九州市で開催
芸術家・黒田征太郎さんから子供たちへの”贈り物” ~カンテレ「報道ランナー」
黒田征太郎展・北九州市立美術館
18歳のアトム 手塚治虫の鉄腕アトムから18歳のアトムへ
 
〔手塚治虫没後30年記念出版〕

21世紀の未来を想像した舞台で活躍したアトム。
想像した多くが現実化。
技術の進歩により、地球を壊し争いを起こす人間。
地球と人間のために戦ってきたアトムはどうなったのか?
手塚治虫をオマージュし続ける黒田征太郎が描くアトム。
わすれないで ―第五福竜丸ものがたり― 赤坂三好 作・絵

1954(昭和29)年3月、ビキニ環礁で、一隻のマグロ漁船が水爆実験にまきこまれました。世界で初めて水爆の被害を受け、数奇な運命をたどった第五福竜丸のドラマチックな一生を描きます

新五千円札の顔、津田梅子ってどんな人?

2024-07-19
出典:津田塾大学デジタルアーカイブ 新紙幣の肖像画の参考となった写真。女子英学塾開学当時の1901年、36歳のときに撮影されたもの。
「日本女性の地位向上のために!」教育にすべてを捧げた人生とは。 BY キンマサタカ

幕末の江戸で生まれた津田梅子は、6歳のときに農学者の父の勧めで岩倉使節団に同行して、アメリカに留学。そこで、ホストファミリーのランマン夫妻の愛情を受けながら英語を身に着け、中等教育まで終えて17歳で帰国します。 

しかし梅子が日本で目の当たりにしたのは、「良妻賢母であることが最も大切で、高い教育を受ける必要はない」とされる、日本女性の地位の低さでした。

そこから梅子は生涯をかけて、日本女性の地位と教育レベルの向上に尽力します。そんな梅子の信念や生き方とはどのようなものだったのでしょう。「津田梅子資料室」担当室長の中田友紀さんにお話しいただきました。 

鈴木 雅(すずき まさ)

2026-07-11
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E9%9B%85_(%E7%9C%8B%E8%AD%B7%E5%B8%AB)

1887年(明治20年)、同窓の桜井ちかが創設した桜井女学校附属看護婦養成所に1期生として入学し大関和と出会い、アグネス・ヴェッチから看護学を学ぶ。

帝国大学医科大学附属第一医院における内科の看護婦取締役(看護婦長)を経て 1891年(明治24年)東京本郷に慈善看護婦会(のちの東京看護婦会)を創設。派出看護婦会を設立して在宅の病人の看護のための看護派出事業を行ったほか、1896年(明治29年)には東京看護婦講習所を開いて派出看護婦の養成に貢献した。また、日本最初の女医荻野吟子らと大日本婦人衛生会を組織し『婦人衛生雑誌』を刊行するなどして、衛生に関する知識教養の普及・啓発にも努めた。

朝ドラ「風、薫る」で上坂樹里さんが演じる大家直美の実在モデル・鈴木雅とは?

1887年(明治20年)、同窓の桜井ちかが創設した桜井女学校附属看護婦養成所に1期生として入学し大関和と出会い、アグネス・ヴェッチから看護学を学ぶ。


大家直美のモデルは誰?鈴木雅の生涯・年表・実在人物を解説


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秋の法要2025年

「秋の法要2025」の法話は、こちらをテーマに掲げます。

2025-08-29
「兵戈無用」という釈尊の願い
「兵戈無用」 泉 惠機(いずみ しげき)(助教授・解放の真宗学)

 これまでこの言葉は、日常生活の中でほとんど用いられてはこなかったかもしれない。最近になって時折見かけるようになった。“武器も軍隊もいらない”という意味である。浄土三部経のひとつ『大無量寿経』に出てくる言葉である。釈尊が悪を戒め信を勧められるところで語られるのだ。この背景には「不殺生」「殺すなかれ」という釈尊の思想がある。
 釈尊の時代にも戦争はあった。大規模な戦ではなくとも、人が人を傷つけ、武器を持って殺しあうのは人間の最も愚かな行為でありながら、絶えることがない。そのような人間の有様のただ中で、釈尊の世の祈りを示す言葉として語られたといって良いだろう。
 この言葉を聞いて、誰の心にも思い合わされるのは、昨年九月の「同時多発テロ」事件と、その後のアメリカによるアフガンへの空爆である。多くの命が奪われ、また今も奪われ続けている。自らの命を「兵戈」と化し、また先端のテクノロジーを駆使した「兵戈」を用いて、殺戮が行われている。そして世界は、それをとどめる術をもたないかのごとくである。しかも、いずれも「正義」を謳って「兵戈」を用い、殺戮が正当化される。しかし、いかなる事情があろうと、幾万言ついやそうと、何人も命を奪うことを正当化することはできない。また同時に、多くの戦争が「自らに正義あり」として行われたが、殺戮することに冠せられる「正義」はない。
 幾たびもの戦争が繰り返された二十世紀に対して、二十一世紀は「平和と人権の世紀」であることが強く願われてきたにもかかわらず、最も愚かな行為によって幕を開けたことを悲しまざるを得ない。
 またこの状況を見ると、『法句経』の次のような言葉が思い合わされる。


この世において、怨みに報いるに怨みをもってすれば、ついに怨みは息(や)むことがない。怨みを捨ててこそ息む。これは永遠の真理である。 

今こそ、「兵戈無用」という釈尊の願いを心に入れて生きていきたい。

「兵戈無用(ひょうがむよう)」(軍隊も武器もいらない)という言葉

2025-08-29
四衢 亮氏 真宗大谷派 不遠寺住職(岐阜県)
 息づく仏教 (新野 和暢 教学研究所嘱託研究員)

https://jodo-shinshu.info/2020/01/01/22312/


人民(にんみん)安楽にして、兵戈(ひょうか)戦息(せんそく)す、疾疫(しつやく)行ぜざるなり。(聖典三九五頁)

 
親鸞聖人が『教行信証』において、『正法念経』から引かれた一節です。いのちを尊ぶ、平和の教えである仏教の世界観を象徴する教えとして、広く知られていても良さそうな言葉です。しかし、そうではなかったように見えました。恥ずかしい話ですが、私自身は最近になって知りました。

仏教の見方を確認しますと、『ダンマパダ』に繰り返し説かれている「殺してはならぬ、殺さしめてはならぬ」という仏陀の言葉が良く知られています。これは、戦後七十年の節目に大谷派の宗会において可決された「非戦決議2015」(二〇一五年六月)でも引用されています。仏陀の言葉を如来の悲願と受け取って「非戦の誓い」が表明されたのです。この他にも、不殺生戒や『仏説観無量寿経』の「慈心不殺」(聖典九四頁)、そして、『仏説無量寿経』に説かれる「国豊民安 兵戈無用」(聖典七八頁)の一節などがあります。

「兵戈無用」と「兵戈戦息」に共通するのは、「兵戈」です。戈とは、槍や刀など武器そのものを意味するので、「兵戈」と言った場合は、兵隊が武器を持って整列している状態も含んでいると思われます。先ほどの『仏説無量寿経』は、「国豊かに民安し。兵戈用いることなし」(聖典七八頁)と書き下しされているように、「兵戈」を必要としない平和な世界が仏教の広がりと共にあると説かれています。

では、「兵戈戦息」とはどういう意味なのでしょうか。「息」の意味を辞書で引きますと、人間の営みに欠かせない「呼吸」を指すサンスクリット語のプラーナのように、具体的な状態を表す他に、いくつかの意味を持っています。「息が合う」と言った場合には「気が合う」という意味合いになりますし、消息の「便り」を意味することもあります。そして、息災のように、「やすむ」「やめる」「ほろびる」と表現されるような、「物事の状態が変化し、安らかにする」という意味を含んでいます。以上を踏まえると、「兵戈戦息」の「息」は、「治まる」という意味として捉えることができます。

この「兵戈戦息」を含む一節は、実は「戒」の文脈で語られているため慎重に読まなければなりませんが、人間が兵隊となって、殺人兵器を持って戦場にかり出されるような状態から脱する価値観が提示されていると理解できるのではないでしょうか。

経典にはこのように説かれています。そして、過去も現在も未来も、いつの時代にあっても平和な世の中を求める声は絶えることがありません。それでも、世界は戦争の惨禍に繰り返しさらされています。ここに仏教はどう関わることができるのでしょうか。真実の仏教が広まれば、戦争は治まる方向に向かうのではないでしょうか。社会的実践が叫ばれるようになって久しい現代社会において、そこに真実の仏教が息づいているのかどうか。それを聞き続けるわたしの態度が問われているということだと思います。

(『ともしび』2016年5月号掲載 ※役職等は発行時のまま掲載しています)
「聞」のバックナンバーはこちら
 

●お問い合わせ先

〒600-8164 京都市下京区諏訪町通六条下る上柳町199
真宗大谷派教学研究所
TEL 075-371-8750 FAX 075-371-8723

真宗大谷派 新潟教区からのことば

「秋の法要2025」での法話で用いた資料集です。

2025-09-23
本日の講題は「兵戈無用」です。
当山からのメッセージは、こちらからもご覧になれます。

「聞法カード」のスタンプ20個達成!! 

2025-09-22
法座にてご披露して、拍手の中、富美さんに記念品をお渡しいたしました。
カードをご希望の方は、お寺用意をしていますので、お申し出ください。
スタンプ20個達成者には、九州教区よりご褒美が用意されています。
今回のご褒美は、こちらの4点といたしました!!

「秋の法要」の衣体は、こちらといたしました。

2025-09-23
五條袈裟は次の通りです。
裳附は次の通りです。
莟菊色です。
葉桜色です。
栗皮色です。
袴は次の通りです。
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秋の法要2024年

「秋の法要」の荘厳をいたしました。

2024-09-23
修復したばかりの正銀色の打敷を荘厳いたしました。
暑さも彼岸までというにはあまりな暑さが続いていますということで、北余間は夏の設えを残しました。
祖師前です。
御代前です。
北余間です。
内陣の本間はこんな荘厳となりました。
九月に逝去された二人の総代の位牌を外陣に据えて、読経の中、参詣の皆様に焼香していただきました。
参詣席です。
雨の予報が出て参詣の心配をいましたが、法要時間には晴れ間も出で、本堂は満堂となりました。

「秋の法要」の花が立ちました。

2024-09-21
新しい花材が登場です。

「秋の法要」を前に、除草作業が行われました。

2024-09-19
今回の作業は、日田市シルバー人材センターへ依頼いたしました。

打敷のリメイクが出来上がりました。

2024-09-19
白地から正銀の旧色へ
随分とイメージが変わりました。

2023年

秋の本堂荘厳です。

2023-10-08
当山では、「秋の法要」(永代総経)は、こちらの打敷が定番です。
今年は、コロナ感染で延期されていた「初盆会」を午前中に勤めました。
「秋の法要」の立花その後を掲載いたします。

「秋の法要2023」の衣体です。

2023-09-23
依用の五条袈裟は、正銀色のお揃いといたしました。
当代です。
副住職です。
衆徒です。
当代です。
副住職です。
衆徒です。

“秋の法要”のご案内を差し上げました。

2023-09-15
今年のご案内には、慶讃法要盛儀円成を支えて下さった懇志金完納御礼のお品を同封させていただきました。 因みにお品は、グリーン・ピンク・イエロー・パープルの四色の仕様でした。

2018年

「秋の法要」・健康教室開講中です。

2018-09-23
開講のご挨拶です。
プレゼン開始です。
日田弁ラジオ体操
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