【アーカイブス】作戦の記録
提督死す!
2020-09-08
Facebook佐々木信雄さんコメント
『Get Back! 40's / 1943年(s18)』
(山本五十六司令長官 戦死)
○4.18 [南部太平洋] 山本五十六連合艦隊司令長官が、ブーゲンビル島上空で、搭乗機が撃墜され戦死する。
ガダルカナル島から撤退を余儀なくされた日本軍は、3月中旬、ソロモンおよび東部ニューギニア方面への連合軍の反攻企図を妨げるべく、連合艦隊独自の立案で「い号作戦」を実施した。第三艦隊母艦機を南東方面に展開し、ラバウル基地の基地航空部隊との連動で、ソロモンや東部ニューギニアの敵船団・航空兵力を攻撃し敵の戦線を攪乱させるという目的で実行された。
ミッドウェー、ガダルカナルの敗戦でかなり憔悴していたと言われる山本五十六長官は、「い号作戦」を直々に立案したとされ、この時、トラック島に泊留の連合艦隊旗艦「武蔵」を離れ、「い号作戦」を陣頭指揮するため、幕僚をしたがえてラバウル基地に来ていた。それまで、はるか北方のトラック島の旗艦の戦艦大和や武蔵の艦上で、好きな幹部と将棋やトランプにうち興じていて、「大和ホテル」「武蔵屋御殿」などと揶揄する声もあったという。
山本は、ブーゲンビル島、ショートランド島の前線航空基地の将兵の労をねぎらうための計画をたて、幕僚とともにラバウル基地を飛び立った。この方面は日本海軍の制空権下にあり安全とされていたが、前線視察計画は関係方面に打電され、その暗号電文は米軍に傍受され解読されていた。この情報は、米海軍のチェスター・ニミッツ太平洋艦隊司令長官にまで報告され、ニミッツは、山本長官が暗殺に足りうる人物か検証したが、山本の戦死が日本の士気が大きく低下させ得るとの報告があり、山本機攻撃を決断したという。4月18日、ブーゲンビル島上空に差し掛かった時、米機16機に待伏せされ撃墜され、山本長官は戦死する。
山本長官の撃墜は「海軍甲事件」と称して一カ月以上伏せられた。5月21日、大本営により公表されると新聞は連日報道を行い、日本国民は大きな衝撃を受けた。6月5日、日比谷公園で国葬がとり行われた。皇族、華族ではない平民が国葬にされたのは、これが戦前唯一の例であった。
山本五十六は、日米開戦に最後まで反対し、やむを得ず開戦になると、真珠湾攻撃を立案し、開戦直後の快進撃を支えた名将としてうたわれる。坂本龍馬が司馬遼太郎の小説で描かれたように、山本五十六も阿川弘之(阿川佐和子の父親)などの作品で人物像が形成されている側面がある。しかし、その指揮官や作戦立案の能力には、否定的な見解も多くみられ、将軍としてよりも軍政官としての適性を指摘する同僚もいたようである。
*この年
種々の替え歌流行(見よ東條のハゲアタマ〜)/決戦料理の名のもとに野草の食用が推奨される
【事物】いも駅弁・いもパン/硫黄マッチ/貯蓄券/酒場・ビヤホールに順番券
【流行語】転進/元帥の仇は増産で/玉砕
【歌】加藤隼戦闘隊(灰田勝彦)/お使いは自転車に乗って(轟夕起子)/勘太郎月夜唄(小畑実・藤原亮子)
【映画】姿三四郎(黒沢明)/無法松の一生(稲垣浩)/花咲く港(木下恵介)
【本】島崎藤村「東方の門」(中央公論)/山本周五郎「日本婦道
陸軍における開戦
2020-09-07
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『Get Back! 40's / 1942年(s17)』
(南方侵攻-2)
○1942.2.15 [シンガポール] 日本軍が英領シンガポールを占領する。
前年12月、英国への宣戦布告前にマレー作戦を開始していた日本軍は、1942年1月末には英領のマレー半島を占領、2月始めにはシンガポールを目指した。シンガポールには、大英帝国アジア支配の拠点として、東南アジア最大の植民地軍と最強といわれた要塞がおかれていた。
前年末の「マレー沖海戦」では、英国海軍が切り札として出撃させた戦艦プリンス・オブ・ウェールズなどが撃沈されており、制海制空権は日本軍が優勢であった。さらにマレー半島を占領されてしまった英国軍は、残されたシンガポールにこもって防衛戦に徹するしかなくなっていた。兵力人員は拮抗していたが、勢いと装備にまさった日本軍は、シンガポール市街をほぼ包囲し降伏を迫った。2月15日、日本軍に最終防衛線を突破された敵将「アーサー・パーシバル」中将は、13万の残存兵と共に降伏、これは英国史上最大規模の降伏であった。
この時、降伏交渉の席で対面したのがマレーの虎と呼ばれた猛将「山下奉文」中将であり、敵将パーシバル中将に対して、机を叩きながら「イエスかノーか」と降伏を迫ったという逸話が報道され、一躍有名になった。実際には、通訳を交えたまどろっこしいやり取りのなか、「降伏する意思があるかどうかをまず伝えて欲しい」という冷静に言った趣旨を、通訳がうまく伝えられないことに苛立って放った言葉であったという。
*山下/パーシバル会談
https://www.youtube.com/watch?v=5WL2sMh2ufI
シンガポール占領時には「シンガポール華僑粛清事件」というものが引き起こされる。シンガポールには華僑が多く住み、日本軍はシンガポールの華僑が抗日運動の中心になっていると考え、山下奉文軍司令官は、軍の作戦を妨げるおそれのある華僑「抗日分子」を掃討することを指示した。作戦の詳細については軍参謀長鈴木宗作中将、軍参謀辻政信中佐が指示し、辻参謀が作戦の監督役とされた。
シンガポール在住の成人男子華僑は全員集められ、抗日分子かどうか選別されたが、その選別は困難なうえに期日を定められていたため、かなり雑になった。ここでも、辻参謀が現場を訪れて「シンガポールの人口を半分にするつもりでやれ」と檄を飛ばすなどしたため、期日に終了させるために員数合わせ的な処刑も行われたという。
山下奉文は、その後、敗色濃厚なマニラ防衛指揮官として派遣され、終戦後、戦犯とされマニラでの軍事裁判で死刑判決を受ける。その罪状は、この「シンガポール華僑粛清事件」とマニラ市街戦中に起きた「マニラ大虐殺」の指揮官としてのもので、現地で絞首刑を執行される。シンガポールの現場で処刑をあおってまわった辻政信は、終戦時にはインドシナから中国に潜伏して、戦犯を免れた。
*この年
労働者の欠勤・怠業、徴用工の闘争などが多発/ゲートル巻が日常化/バケツリレーの訓練盛ん
【事物】女子の一日入営/本土空襲/割増金付き「債券弾丸切手」
【流行語】欲しがりません勝つまでは/少国民/非国民/敵性語
【歌】空の神兵(鳴海信輔・四家文子)/明日はお発ちか(小唄勝太郎)/新雪(灰田勝彦)/南の花嫁さん(高峰三枝子)
【映画】父ありき(小津安二郎)/マレー戦記(陸軍省監修記録映画、観客訳600万人)
【本】ヒトラー著・真鍋良一訳「我が闘争」/小林秀雄「無常といふ事」/富田常雄「姿三四郎」
最期そして始まりの闘い
2024-12-12
Operation Crossbow | Pulse Jet Rocket Flight Test | Warner Classics
APOCALYPSE NOW Clip - Ride of the Valkyries (1979) Francis Ford Coppola
[NHKスペシャル] ミッドウェー海戦を追体験する 敗軍の将・山本五十六と海に沈んだ若き命
2024-04-27
真珠湾攻撃の後、連戦連勝を重ねた日本。しかし1942年6月、ミッドウェー海戦で大敗北を喫する。空母「赤城」に乗り組んだ兵士の手記を元に、壮絶な戦いを追体験する。
3056人 もの命を失った戦いの真相は国民に知らされなかった。明から暗へと一変した「大日本帝国」の分岐点を見つめる。
[NHKスペシャル] ”玉砕”の報を受け、国民は戦い抜くことを決意した | 新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実(前編) | NHK
NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実 前編」
NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実 前編」の情報はこちら https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2Q...
戦争の時代を生きた人々の日記や手記「エゴドキュメント」から、1年ごとに歴史を追体験するシリーズ。
戦死者が増加する中、若者や子供が戦力として国家総力戦の渦に巻き込まれていく1943年を描く。
戦場では将兵たちが「愛する妻よ、さようなら」と遺書を残しアメリカ軍に突撃していく。
部隊の全滅が「玉砕」と美化される中、市民は「祖国重大な時」「あとに続け」と戦争協力を強め、十代の若者たちが兵士へと志願していく。
[NHKスペシャル] 日本兵は爆弾を抱えてアメリカ軍の戦車部隊に自爆攻撃をしかけた | 新・ドキュメント太平洋戦争 1943 国家総力戦の真実(後編) |
新・ドキュメント太平洋戦争 1943 国家総力戦の真実 後編
1943年11月、中部太平洋で、その後の戦局に大きな影響を与える戦いが起きた。
タラワの戦いといい、アメリカ人の対日観を一変させたといわれる激戦である。
また、ブーケンビル島では、連合国軍の攻撃にさらされることになった。
そして多くの人が飢えと疫病で命を失っていくことになる。
新・ドキュメント太平洋戦争は、戦争の時代を生きた人々の日記や手記「エゴドキュメント」から、1年ごとに歴史を追体験するシリーズ。
戦死者が増加する中、若者や子供が戦力として国家総力戦の渦に巻き込まれていく1943年を描く。
[NHKスペシャル] 戦局打開のため、国は少年たちに目を向けた | 新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実(後編) | NHK
NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実 後編」の情報
NHKスペシャル「新・ドキュメント太平洋戦争1943 国家総力戦の真実 後編」の情報はこちら https://www.nhk.jp/p/special/ts/2NY2Q...
80年前の1943年、敗北を重ね、戦力を消耗していった日本。
際限なき戦争動員が市民の暮らしを一変させ、戦火から遠かった若者や子どもが巻き込まれていく。
海軍は、パイロット養成機関である予科練の募集を強化。中学生ら3万人が名乗りをあげた。
ノルマに応じて、志願を呼びかけた学校。
教師や親は、苦渋の決断を迫られる。秋には、学徒出陣が決まり、大学生も学業半ばで戦場へ向かう。
その先には、過酷な運命が待っていた。


