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「総年俸を増やせばいいだけの話」
今オフ、シカゴ・カブスは投手、野手で多くの主力がフリーエージェント(FA)となる見込みであり、選手の動向とともに、球団側の対応も注視されている。
カブスで5シーズンを過ごした鈴木誠也もFAを迎えるひとりだ。すでに、今オフのFA市場における外野手としても高い評価を受けており、その去就は現地メディアも関心を寄せている。
カブス専門サイト『BLEED CUBBIE BLUE』が10月12日に鈴木の今後について論じる特集記事を配信。同メディアは、鈴木が攻守で長くチームを支えてきたとして、今季についても「キャリア最高のシーズン」「ゴールドグラブ賞候補でも不思議ではない」などと評している。さらに、カブス入団時に結んだ5年総額8500万ドルという契約条件も振り返りながら、「鈴木はカブスが支払った金額に十分見合う、それ以上の価値をもたらした」と強調する。
グラウンド上の活躍のみならず、日本におけるカブスの知名度向上にも貢献したと説く同メディアは、今オフのFA市場に関しても、「鈴木は間違いなく有力打者のひとりになるだろう。場合によっては、打者の中で最も注目される存在になるかもしれない」と主張。そのうえで、「カブスが鈴木を引き留めないという選択をする余裕はないと思っている」との見解を示す。
また記事では、カブスのジェド・ホイヤー編成部長による、「(FA選手について)全員を引き留めることはできない。来年のチームは、顔ぶれも雰囲気も変わるだろう」などと述べたコメントを紹介。同メディアはこの言葉を掘り下げ、「カブスが本当に『全員』を引き留めたいのであれば、それは可能なはずだ。単純に、球団の総年俸を増やせばいいだけの話である」と持論を展開。
加えて、鈴木との再契約の条件として、「5年総額1億2000万ドルであれば引き止めは可能」などと見込みながら、「ホイヤー氏は、他球団との争奪戦には加わりたくないと語っている。しかし、私はカブスにはその金額を支払うだけの財政的な余裕があると思う」と訴えている。
同メディアは他にも、「鈴木が30代半ばから後半に差しかかっても、多くのメジャーリーガーより良い形で年齢を重ねていけると考えている」として、さらなる成長にも期待を寄せる。
果たして今オフ、鈴木とカブス、双方がどんな動きをみせるのか。日本の野球ファンにとっても去就の行方は、大きな関心事となるかもしれない。
構成●THE DIGEST編集部
【卓球】世界1位の松島輝空
卓球 WTTチャイナスマッシュ(2026年10月7日 中国・北京)
男子3回戦が行われ、世界ランキング1位の松島輝空(フリー)が同47位のフィン・ルー(オーストラリア)を3―0で下し、3回戦に駒を進めた。
第1ゲームを12―10で競り勝つと、第2ゲームは11―1と圧倒。第3ゲームは中盤以降に引き離して11―8で制した。
松島は5日付の世界ランキングで3位から1位に浮上した。日本勢の首位は80年の小野誠治以来。91年のコンピューター集計による世界ランク導入以降では、男子の張本智和(トヨタ自動車)、女子の伊藤美誠(スターツ)が記録した2位を上回り、日本勢で初めてトップの座に上り詰めた。
「二刀流で“大記録”を残すことは難しい」
また今後見舞われるであろうメジャーの洗礼への危惧もあるという。
「背が高くて腕も長いからこそ外角をうまく打つこともできるわけだけど、俺がもし大谷を抑えようとするなら、まず内角を攻めるだろうね。インコースにちょっと変化させる、今で言うカットボールをこれでもかと投げ込んでおいて、追い込んだところで真ん中からちょっと外れたところにフォークを落とせばセカンドゴロだよ。
昔から言っているように野球は4ペア、内外角のコース、高低、緩急、ストライクとボール、の組み合わせが大事。だから外角を攻めるならまず内角に投げておいて、打者にチラっとでも『次は内角に来るんじゃないか』と思わせるような配球が、大谷にかぎらず打者攻略の鉄則となる。
【卓球女子】ダブルス世界ランク1位張本美和・早田ひなペア
卓球 WTTチャイナスマッシュ(7日、中国)
女子ダブルスのラウンド16が行われ、みわひなペアこと張本美和・早田ひなペアが準々決勝進出を決めました。
女子ダブルスで世界ランク1位の張本・早田ペアは、ラウンド16から登場。フランスペアと対戦し、第1ゲームから勝負強さをみせて先取します。第2ゲームは相手を圧倒して奪うと、最終第3ゲームでも確実にポイントを重ねて取り切り、3-0(11-8、11-3、11-4)で勝利しました。
【歴史的快挙!60年ぶりの金メダル】
ファイトの足跡
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『ライバルと出会うことは自分を強くする』
「秩父宮さま」とはどのような方だったのでしょう。
賞の冠に付けられている「秩父宮さま」とはどのような方だったのでしょう。
“スポーツの宮様”秩父宮さまの歩み 昭和天皇の弟「秩父宮ラグビー場」でおなじみ テニスやスキーにマッターホルン登頂まで
秩父宮さまは大正天皇の第二男子で昭和天皇の弟にあたり、明治35(1902)年誕生されました。
大正天皇が逝去され、昭和天皇が即位されると、上皇さまが誕生されるまでの約8年間、皇位継承順位1位という立場になられたこともあります。
学習院初等科、中等科を経て幼年学校、陸軍士官学校と進み、陸軍の仕事に就かれていきます。
親しくなった陸軍の後輩が、昭和11(1036)年の2・26事件に関与したこともあり、反乱部隊との関わりが疑われることもありましたが、一貫して昭和天皇を支え続けられたことが知られています。
勢津子さまとご結婚
結婚されたのは昭和3(1928)年。
お相手は幕末の会津藩主・松平容保を祖父に持つ勢津子さまでした。
英語の堪能な勢津子さまとは、昭和天皇の名代として出席した、英国のジョージ六世の戴冠式にご一緒されています。
秩父宮さまは「スポーツの宮様」とも呼ばれています。
中学校、幼年学校の時代から、野球やテニスなどに触れられたようです。
スキーや登山、水泳、ボートは、陸軍の軍人としても鍛練を積んでおく必要のある科目でした。
しかし秩父宮さまは鍛練を積む運動としてだけではなく、スポーツとして楽しまれてもいたようです。
お付きの人たちとスキーに行ったり、野球の試合ではセカンドとして参加したり、御殿の池でスケート、ローラースケートにも挑戦、ホッケー、テニス、ポロも練習したり…スカッシュまで経験されたようです。
登山においては、ご自分も日本のいくつもの名峰を登られたほか、英国留学中には4400m超のマッターホルンにまで登頂されたことで知られています。










