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悠仁さま“初めてのお言葉”

2026-08-20
日本スカウトジャンボリーでお言葉を述べられた悠仁さま(写真:JMPA) © 女性自身
取材陣を驚かせた「紀子さまと瓜二つな話し方

「この度は悠仁親王殿下にお越しいただき、まことに光栄でございました。現場では緊張感がありつつも、話しやすい雰囲気がありました。非常にさわやかで、穏やかさと温かみのあるお方という印象を受けました」

そう語るのは、広島県立歴史博物館・学芸課長の岡野将士さん。

悠仁さまはボーイスカウトのキャンプ大会「第19回日本スカウトジャンボリー」などに臨むため、8月7日から1泊2日で広島県を訪問された。

2日目には福山市の県立歴史博物館で、中世の港町・草戸千軒の町並みを再現した展示などを視察されたが、そのご案内役を務めたのが、岡野さんだった。

悠仁さまは岡野さんに「市場で商品として売られているものは、どのように運ばれていたのか」といったことを質問されたという。



【速報】悠仁さまが公的な行事で初の“お言葉”「私自身も多くのことを学びたい」 ボーイスカウト大会「ジャンボリー」で 熊本地震被災者も見舞う 広島・神石高原町
【映像記録】悠仁さま 平和への思い....原爆慰霊碑に供花 ボーイスカウトのキャンプ大会ではテント設営に朝食作りも 公的行事で“初のお言葉”ノーカット

「全く手ついてないから恥ずかしいですよ」

2026-07-23
琴風浩一氏 © サンケイスポーツ
地元はありがたいですよ。

大相撲名古屋場所11日目(22日、IGアリーナ)NHKでテレビ解説を務めた琴風浩一氏(69)=元大関=が14勝1敗で2度目の優勝を果たした昭和58年初場所について語った。

関脇朝潮との優勝決定戦の映像が流れると、琴風氏は「全く手ついてないから恥ずかしいですよ」と苦笑い。故郷の津市で行われた優勝パレードには「地元はありがたいですよ。みんなで応援していただいて。思い出しますね。多くあるスポーツの中で出身地を紹介して戦うというのはそうないでしょ。地元が応援してくれるのは高校野球とか大相撲になりますよね」と感謝していた。

■琴風 浩一(ことかぜ・こういち) 本名・中山浩一。昭和32(1957)年4月26日生まれ。津市出身。46年名古屋場所初土俵。50年九州場所新十両。52年初場所新入幕。53年初場所新三役。56年九州場所新大関。60年九州場所で引退。幕内優勝2回。殊勲賞3回、敢闘賞2回、技能賞1回。金星6個。引退後は尾車部屋を創設し、豪風と嘉風の両関脇らを育成。日本相撲協会理事を5期10年務め、事業部長や巡業部長など要職を担った。

田中角栄を知る最後の国会議員「今すぐ銀行を辞めて、お前が国会議員になるんだ」

2026-06-20
田中角栄を知る最後の国会議員

石破茂元首相が20日までに更新された元放送作家の鈴木おさむ氏のYouTubeチャンネルに出演した。

政治家になった理由を問われた石破氏は「それは親が死んだから」と答えた。1981年に鳥取県知事や参院議員を務めた父・二郎氏が亡くなった際、葬儀委員長を務めた田中角栄氏から「今すぐ銀行を辞めて、名刺を持って一軒づつ歩いて選挙の票の挨拶回り(をしなさい)。お前が国会議員になるんだ」と言われたことを明かした。

ガッツ死す!!

2026-06-13
讀賣新聞、2026.06.13朝刊

【訃報】菅原洋一さん

2026-06-03
菅原洋一さん © (C) スポーツニッポン新聞社
生涯現役を貫いた素晴らしい生きざま
 「知りたくないの」「今日でお別れ」などのヒット曲で知られ、昭和の歌謡界を彩った歌手の菅原洋一(すがわら・よういち)さんが5月31日午前9時26分、悪性リンパ腫のため都内病院で死去した。92歳。兵庫県出身。今月1日に家族葬を行った。喪主は妻のアケミさん。お別れの会を開く予定はない。亡くなる1カ月半前までステージに立ち、生涯現役の歌手人生を全うした。
知りたくないの / 菅原洋一
【シャンソン】恋心~ L'amour, c'est pour rien~ / 菅原洋一
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