時代への抗(アラガ)い
連続ピストル射殺犯人 永山則夫逮捕
2022-06-06
Facebook 佐々木 信雄 さん曰く
【20th Century Chronicle 1969(s44)年】-2
◎連続ピストル射殺犯人 永山則夫逮捕
*1969.4.7/ 連続ピストル射殺事件の永山則夫が逮捕される。
永山則夫連続射殺事件は、1968年10月から11月にかけての1ヵ月たらずの間に、東京ほかの4都市で連続して発生した拳銃による殺人事件である。永山則夫が在日アメリカ海軍横須賀海軍施設から盗んだ拳銃を使い、男性4人(警備員2人・タクシー運転手2人)を相次いで射殺し、そのあと東京に潜伏し、翌4月7日、別の侵入事件を起こし逮捕されるまで、半年にわたって逃げていた。
裁判では、犯行時19歳の「少年」であったこと、貧窮の境遇での生い立ちの過酷さ、獄中での改心や文筆活動に基づく情状配慮など、その判決は死刑・無期・死刑と二転三転する。最高裁は二審の無期判決を破棄、差し戻す際に「永山基準」なるものを示した。
死刑判決の適用に際して考慮すべき基準を示したものであるが、その基準は9項目に及び、しかも具体的な数値(たとえば殺人人数等)は示されていない。しかし殺人の数が複数でないこと、犯行時少年であったことなどが、死刑を回避する理由として挙げられ、そのさいに永山基準が持ち出されることが多い。
死刑廃止論や少年犯罪者への配慮などの議論で、いずれの立場からも永山基準に言及されることも多い。永山基準が実質的な死刑への判例とみなされている所以である。なお、死刑執行反対の多くの支援者にもかかわらず、1997(h9)年8月、永山は死刑執行された。
(この年の出来事)
*1969.9.5/ 日比谷公会堂で、全国全共闘連合の結成大会が開かれる。
*1969.10.21/ 国際反戦デーで、社会党・共産党・総評の統一行動が全国で行われる。反日共系各派は、東京・大阪などで、烈しいゲリラ活動を展開、約1,500名が逮捕される。
*1969.10.29/ 発癌性の疑いで、厚生省は合成甘味料チクロの使用を禁止する。










