本廟の逸品

本廟の見所

手水屋形の龍像の修理完了について

2026-05-18
HP真宗大谷派さんより

このたび、真宗本廟境内の手水屋形にある龍像の修理が無事に完了し戻ってきました。
修理期間中は、皆さまにご不憫をおかけしましたが、現在はこれまでどおり通水しています。
なお、修復調査で、龍の左ひげ、龍の足の一部に欠損が見つかりましたため、新たに復元修理を行いました。

ご参拝の際にはぜひご覧ください。

【龍の像の修理が始まりました】

2026-05-11
1961(昭和36)年の宗祖700回御遠忌に際して、東京教区団体参拝一同から寄進
Facebook 真宗大谷派(東本願寺)さん曰く
先般お知らせした通り、真宗本廟境内にある手水屋形の龍から水漏れが発生したため、修理することになりました。
この龍は、1961(昭和36)年の宗祖700回御遠忌に際して、東京教区団体参拝一同から寄進され、金井忠義氏が鋳造したもので、その際に両堂前の灯籠も同氏により鋳造されました。
手水屋形は、再建当時の記録に井戸付きとあり、井戸も重要文化財の一部となっていましたが、近年その姿を見せたことはありませんでした。井戸は埋められて既にその役目を終えていますが、現在でも深さは5mほどあります。
また、龍の上部(天井)には金具があり、井戸の水を汲み上げるためのつるべとして使用していたことが想像されます。
なお、今回の龍の修理期間は約1週間を見込んでおります。

【東本願寺】境内のみどころ

2023-03-03
京都にある、真宗大谷派の本山「東本願寺」の境内のみどころを紹介する動画です。
東本願寺は、正式には「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」といい、境内には、重要文化財の御影堂、阿弥陀堂などさまざまな建物があります。
東本願寺境内案内図
以下の写真については、真宗大谷派公式HPよりいただきました。
御影堂(ごえいどう) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
境内のほぼ中央に建つ、宗祖親鸞聖人の御真影ごしんねいを安置する真宗大谷派の崇敬の中心をなす重要な建物です。 正面76m、側面58m、高さ38mの規模をもつ世界最大級の木造建築物で、「意匠的に優秀」、「技術的に優秀」という基準を満たし、2019年に国の重要文化財に指定されています。 現在の御影堂は、1864(元治元)年の禁門の変(蛤御門の変)による焼失の後、 1895(明治28)年に再建されたもので、阿弥陀堂、御影堂門とともに2011(平成23)年の宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌の特別記念事業として大規模な修復がなされました。 堂内の正面中央に親鸞聖人の御真影が安置されており、左右には歴代門首の御影や第8代蓮如上人の御影、また十字・九字名号が掛けられています。 内陣・外陣に敷かれた畳をあわせると927畳にも及びます。
阿弥陀堂(あみだどう) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
御影堂の南側に建ち、御本尊・阿弥陀如来を安置するお堂です。 御影堂と同じく1895(明治28)年に再建され、正面52m、側面47m、高さ29mの規模をもちます。 阿弥陀堂の内陣は、『仏説阿弥陀経』の世界が表現され、天井から柱にいたるまで金色で荘厳されています。また、御本尊・阿弥陀如来の左右には、法然上人をはじめとする七高僧や聖徳太子の御影像が掛けられています。
御影堂門(ごえいどうもん) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
正面21m、側面13m、高さ27mで、木造建築の山門としては世界最大級であり、木造建築の二重門としては、日本一の高さと言われています。 重層造りで、楼上には東本願寺の正式名称である「真宗本廟」の額が掲げられ、浄土真宗の根本聖典『仏説無量寿経』が説かれた場面を表す、釈迦如来・弥勒菩薩・阿難尊者の三尊像が安置されています(通常非公開)。
阿弥陀堂門(あみだどうもん) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
御影堂門の南側に建つ、切妻造・唐破風付の四脚門形式の門です。 江戸時代には「唐門」と呼ばれており、幕末の火災による焼失後、1911(明治44)年に再建されたもので、重要文化財の保存修理事業として、2021年から2022年にかけて大規模な修理が行われました。
鐘楼(しょうろう) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
朝のお勤めの合図や、法要などが勤まる前に撞かれる撞鐘つきがねが吊り下げられています。 現在の撞鐘は、 2010(平成22)年におよそ400年ぶりに新調されたものです。 1858(安政5)年の大火による焼失後、1894(明治27)年に再建されたもので、重要文化財の保存修理事業として、2023年から2024年にかけて大規模な修理が行われました。
手水屋形(ちょうずやかた) 重要文化財重要文化財2019年9月30日指定
手水屋形は入母屋造り、本瓦葺きであり、石の水盤が据えられ、その上に乗せられた銅製の龍の口から水が注がれています。幕末の火災による焼失後、1895(明治28)年に再建されたもので、重要文化財の保存修理事業として、2024年から2025年にかけて大規模な修理が行われました。
本願寺水道
本願寺水道(明治時代に東本願寺が独力で敷設した防火用水道)を用いた防火設備の遺構です。 江戸時代、4度にわたり火事で焼失した東本願寺を火災から守るため、1897年(明治30年)に建設されました。 琵琶湖疏水の水を蹴上水源池から全長4.6kmの導水管を通じて境内まで引き込み、高低差(約44m)による自然水圧で屋根まで水を供給していました。
毛綱けづな・大橇おおぞりの展示
御影堂と阿弥陀堂をつなぐ「造り合い廊下」には、明治時代の再建に関する貴重な資料が展示されています。 毛綱とは、麻と髪の毛を撚り合わせて編まれた綱で、両堂に必要な巨大な木材の運搬のため、より強い引き綱となるよう作られたものです。 また、大橇も、巨大な木材を雪の中で運搬するために使用されたと伝わるものです。

~初の一般公開!銀でできたツバメの釘隠が見事な門首の別邸~

2025-07-06
facebook 京都観光Navi《京都市観光協会》さん曰く
「枳殻邸(きこくてい)」の別名で知られる渉成園(名勝)は、江戸時代初期に石川丈山(いしかわじょうざん)が手がけた印月池(いんげつち)を中心に茶室や書院など風雅な建物が点在する庭園。
「燕申堂(えんしんどう)」は東本願寺歴代門首(もんしゅ)の隠居所や迎賓施設として使われた別邸ですが、約35,000㎡に及ぶ敷地の中で、その主屋でありながら、門首の親族が近年までお住まいであったため非公開だったこの館が、今夏初めて一般公開されます。
重厚な表門の奥に建つ二階建ての瀟洒(しょうしゃ)な建物で、各部屋に「驟雨(しゅうう)」「橘山」などの名前が付けられ、その全てが茶席として利用できるようになっています。
一つずつ飛形が異なる燕(つばめ)の釘隠(くぎかくし)が特徴で、近代京都画壇の絵師・幸野楳嶺(こうのばいれい)による障壁画もみどころ。
最上級の木材を用いた数寄屋風(すきやふう)意匠の御殿と、美しい庭園をご覧いただけます。


御影堂門楼上

2025-06-12
facebook 東本願寺出版さん曰く
【おしゃかさまのご誕生は4月8日】
おしゃかさまの誕生日。
御影堂門の下には花御堂。
実は御影堂門の上にはおしゃかさまがいらっしゃいます。

【御影堂門にのぼれるのは4月6日まで】
春の法要では、重要文化財でいつも公開していない御影堂門楼上の一般公開をしています
東本願寺出版の『グラフ東本願寺』にも掲載していますが、のぼってみて眺める姿は圧巻です。
龍の彫刻も間近に。
お釈迦さま、阿難尊者、弥勒菩薩の釈迦三尊像が安置されています。※仏説無量寿経の会座
○寄付金○
1,000円 高校生以下500円
○時間○
10時〜16時30分 ※最終受付16時
~「お東さん」の入り口 日本一高い木造二重門!~
京都駅近くに壮大な伽藍(がらん)を構える東本願寺は、真宗大谷派の本山で正式には「真宗本廟(しんしゅうほんびょう)」。世界最大級の木造建築・御影堂(ごえいどう)をはじめ諸堂への入口に聳(そび)える巨大な御影堂門(重文)が、今回期間限定で公開されます。明治44年に再建された、高さ約27mの日本一高い木造二重門で、「真宗本廟」の扁額(へんがく)が掲げられた上層には、釈迦如来坐像(しゃかにょらいざぞう)と弥勒菩薩像(みろくぼさつぞう)、阿難尊者像(あなんそんじゃぞう)の三尊を安置。また彫刻や細部の意匠も優れ、飾り組子(くみこ)の欄間(らんま)は単なる装飾ではなく、耐震構造になっているというもの。楼上からは、京都市街や東山連峰(ひがしやまれんぽう)などの眺望が楽しめます。

楼上に登れます!
武田五一設計・竹内栖鳳デザインの蓮華の噴水(復元)もおシャレです。

facebook 京都観光Navi《京都市観光協会》 さん曰く
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東本願寺の今昔展21ー素屋根スライド

2025-09-10

御影堂の御修復工事に先立ち、工事中の建物の保護や工事の安全性に配慮するため、2004年3月から2005年2月までの約1年間をかけて工事用の仮屋根である素屋根が建設されました。


素屋根の大きさは、御影堂にあわせて横92m、幅79m、高さ49m(最高高さ51m)もの大きさでした。素屋根上部には太陽光パネルを設置して素屋根内の電力として使用しました。


この素屋根を廃棄物の削減をはかるため、2009年7月16日総重量1,500tの素屋根を毎分50センチ、67メートルを約3時間かけて、下部にローラーとレールを設置しけん引ジャッキでけん引しました。


移動した素屋根は2011年から始まる阿弥陀堂の御修復の素屋根として使用しました。


修復工事の間は、屋根の内部構造を見学できる「小屋組み視察」や屋根面の近くを見学できる「素屋根見学」が奉仕団や団体参拝で行われました。

東本願寺の今昔展

消費700回御遠忌の頃

2026-05-11
Facebook 坂谷 学称曰く
御遠忌の打敷について

宗祖親鸞聖人650回御遠忌法要

2025-09-10

1911(明治44)年4月18日から28日まで宗祖親鸞聖人650回御遠忌法要が勤まりました。


それに合わせて、御影堂門、阿弥陀堂門、菊門などの門が再建されました。

菊門竣工

2025-09-10

菊門は1909(明治42)年に起工され、1911(明治44)年3月に竣工しました。


菊門の名称は、その昔は朝廷からの勅使がしようしたため勅使門とも呼ばれました。組物に極彩色を施し、門扉には金色の大菊花を浮き彫りにしています。


設計は京都府技師であった亀岡末吉によるもので、棟梁は名古屋の鈴木幸右衛門です。寄進人も名古屋の神野金之助と富田重助であったため、漆の下塗までの製作を名古屋で進めれられ、列車で京都まで部材を運びました。


運ばれた部材は組立の後に黒漆本塗り、組物彩色、錺金具製作が本山の工作場で行われて竣工にとなりました。

阿弥陀堂門竣工

2025-09-10
再建中の様子
阿弥陀堂門は、松居庄七氏の寄贈により1911(明治44)年に落成しました。切妻造・唐破風付の四脚門形式の門です。木鼻の獅子の彫刻がライオンの実写に近いものが彫られています。
仮門

御影堂門は、1906(明治40)年に起工式が行われ、1911(明治44)年4月14日に落成しました。

2025-09-10
1911(明治44)年3月22日のお通り初め式

御影堂門は、1906(明治40)年に起工式が行われ、1911(明治44)年4月14日に落成しました。その4日後の4月18日からは、宗祖650回御遠忌がつとまり大勢の方が御影堂門を通り参拝しました。


御影堂門の瓦は京都のご門徒により製作され、1層の上部には越中井波(現・富山県南砺市)の岩倉理八と尾張名古屋(現・愛知県名古屋市)の早瀬長兵衛による見事な龍の彫刻が施されました。


また、楼上には阿弥陀如来、阿難尊者、弥勒菩薩が安置されました。

仮御影堂門
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