その歴史
「お召し列車」が6年ぶりに運行で大歓声
今夏、天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」が6年ぶりに運行した。明治に運行が始まったというその歴史をたどると、時代とともに変わりゆく皇室の姿が浮かんだ。
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8月1日夕方、JR東京駅の9番ホームに、ひときわオーラを放つ5両編成の列車が停車した。
「うあー」
ホームで待ち構えていた撮り鉄たちは歓声を上げ、一斉にカメラを向けた。この日、はじめてお召し列車を見たという「乗り鉄」のペンネーム・八王子さん(20)は振り返る。
「とてもカッコいい見た目で、思わず見惚れました」
JR東日本のE655系、愛称「なごみ(和)」。天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」だ。
磨き上げられた車体は、日本古来の漆塗りの技法を用いたこげ茶色。光の反射具合で色合いが変化する「マジョーラ塗装」が施されている。
車内は、床にはカーペットが敷かれ内装は木目調で統一。タッチパネル式のモニターが備えられたシートは電動リクライニングと極めて豪華だ。
元号が平成になると、お召し列車の利用はなくなる。工藤さんによれば、今の上皇さまが天皇として即位した際、「特別扱いを好まれない」とされたため、お召し列車の使用をやめたという。
「その代わり新幹線や、在来線の特急に乗っての移動になりました」
平成に入って初めてお召し列車が運行したのは1996(平成8)年。乗り物好きで知られた当時のベルギー国王が来日し、天皇陛下(現上皇さま)と美智子皇后(現上皇后さま)は、国王一家を栃木県足利市に案内する際、お召し列車でJR両毛線の小山~足利間を移動した。
「このとき、沿線には鉄道ファンはもとより、地元の方が大挙して見に来られました。これに気をよくした宮内庁は、お召し列車を積極的に運行していく方針になります」(同)
工藤さんによれば、最もお召し列車に乗ったのは昭和天皇だったという。
「昭和天皇は『お召し列車の旅』を好み、国内へのお出ましには必ずといっていいほど、お召し列車をご利用になっていました」
天皇の航空機利用が始まったのは1954年からだが、飛行機で行ったほうが早い場所にも鉄道を使ったという。例えば、1963年5月、昭和天皇が香淳皇后とともに東北地方を訪問したとき、復路は三沢空港から飛行機で帰京したが、往路は東京からお召し列車を利用し青森県内を巡った。
「昭和天皇は、飛行機利用が始まった以後もお召し列車の旅を好まれ、ゆっくりと車窓の風景を見るのを楽しみにされたようです。ひらたく言えば、昭和天皇は『乗り鉄』だったと思われます」(工藤さん、以下同)
お召し列車の客車は「1号編成」と呼ばれ、天皇皇后両陛下が乗車する「御料車」と、お付きの人が乗る供奉車(ぐぶしゃ)4両を連結した計5両で編成された。とりわけ御料車は「走る宮殿」と呼ばれ、天井、廊下を含め総絹張りなど、当時としては最高レベルの車両技術を駆使してつくられた。
『天皇陛下と鉄道』などの著書がある、日本地方新聞協会皇室担当写真記者の工藤直通さんは、「お召し列車は天皇の権威づけの意味合いが大きかった」と話す。
「鉄道が登場する前、天皇は移動される時は、『輿(こし)』と呼ばれるお神輿のようなものに載られていました。明治になって、輿に代わる乗り物として鉄道が登場すると、天皇をより厳格化するため、豪華な装備にしていったと考えています」
昭和初期までは、お召し列車が通過する際、沿線の人たちに「奉迎」が義務づけられていた。特に戦前は、ホームに駅員らが整列し直立不動の姿勢を取り、列車が通過するまで最敬礼で見送らなければならないなど、細かな指示が出されていた。






