御料車(列車編)

その歴史

「お召し列車」が6年ぶりに運行で大歓声

2025-10-20
「お召し列車」が6年ぶりに運行で大歓声
https://www.msn.com/ja-jp/news/national/%E3%81%8A%E5%8F%AC%E3%81%97%E5%88%97%E8%BB%8A-%E3%81%8C6%E5%B9%B4%E3%81%B6%E3%82%8A%E3%81%AB%E9%81%8B%E8%A1%8C%E3%81%A7%E5%A4%A7%E6%AD%93%E5%A3%B0-%E3%81%8A%E5%8F%AC%E3%81%97%E5%88%97%E8%BB%8A%E3%81%8C%E5%A4%A7%E5%A5%BD%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%98%AD%E5%92%8C%E5%A4%A9%E7%9A%87-%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%89%B1%E3%81%84%E3%81%AF%E5%A5%BD%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%8B%E3%81%A3%E3%81%9F%E7%8F%BE-%E4%B8%8A%E7%9A%87%E3%81%95%E3%81%BE-%E8%BB%8A%E8%BC%AA%E3%81%AE%E8%BB%8C%E8%B7%A1%E3%81%AB%E7%9A%87%E5%AE%A4%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8A%E6%96%B9%E3%81%AB%E3%81%98%E3%82%80/ar-AA1OMTJM?ocid=BingHp01&pc=U810&cvid=0e37865b0377435dd37707b6e0b7297c&ei=52

今夏、天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」が6年ぶりに運行した。明治に運行が始まったというその歴史をたどると、時代とともに変わりゆく皇室の姿が浮かんだ。

*  *  *

 8月1日夕方、JR東京駅の9番ホームに、ひときわオーラを放つ5両編成の列車が停車した。

「うあー」

 ホームで待ち構えていた撮り鉄たちは歓声を上げ、一斉にカメラを向けた。この日、はじめてお召し列車を見たという「乗り鉄」のペンネーム・八王子さん(20)は振り返る。

「とてもカッコいい見た目で、思わず見惚れました」

JR東日本のE655系、愛称「なごみ(和)」。天皇皇后両陛下など皇族が乗車する「お召し列車」だ。

 磨き上げられた車体は、日本古来の漆塗りの技法を用いたこげ茶色。光の反射具合で色合いが変化する「マジョーラ塗装」が施されている。

 車内は、床にはカーペットが敷かれ内装は木目調で統一。タッチパネル式のモニターが備えられたシートは電動リクライニングと極めて豪華だ。

特別扱いは好まなかった現・上皇さま

元号が平成になると、お召し列車の利用はなくなる。工藤さんによれば、今の上皇さまが天皇として即位した際、「特別扱いを好まれない」とされたため、お召し列車の使用をやめたという。

「その代わり新幹線や、在来線の特急に乗っての移動になりました」

平成に入って初めてお召し列車が運行したのは1996(平成8)年。乗り物好きで知られた当時のベルギー国王が来日し、天皇陛下(現上皇さま)と美智子皇后(現上皇后さま)は、国王一家を栃木県足利市に案内する際、お召し列車でJR両毛線の小山~足利間を移動した。

「このとき、沿線には鉄道ファンはもとより、地元の方が大挙して見に来られました。これに気をよくした宮内庁は、お召し列車を積極的に運行していく方針になります」(同)


以降、 ルクセンブルクの大公夫妻(1999年)、ノルウェーの国王夫妻(2001年)など、国賓をもてなす際にお召し列車が使われた。その後は、旧来のお召し列車に代わり、新型のお召し列車が登場し、私的な旅行や御用邸での静養の場合も、お召し列車を利用するようになった。

工藤さんによれば、最もお召し列車に乗ったのは昭和天皇だったという。

「昭和天皇は『お召し列車の旅』を好み、国内へのお出ましには必ずといっていいほど、お召し列車をご利用になっていました」

 天皇の航空機利用が始まったのは1954年からだが、飛行機で行ったほうが早い場所にも鉄道を使ったという。例えば、1963年5月、昭和天皇が香淳皇后とともに東北地方を訪問したとき、復路は三沢空港から飛行機で帰京したが、往路は東京からお召し列車を利用し青森県内を巡った。

「昭和天皇は、飛行機利用が始まった以後もお召し列車の旅を好まれ、ゆっくりと車窓の風景を見るのを楽しみにされたようです。ひらたく言えば、昭和天皇は『乗り鉄』だったと思われます」(工藤さん、以下同)

最もお召し列車に乗ったのは昭和天皇だったという。

お召し列車の客車は「1号編成」と呼ばれ、天皇皇后両陛下が乗車する「御料車」と、お付きの人が乗る供奉車(ぐぶしゃ)4両を連結した計5両で編成された。とりわけ御料車は「走る宮殿」と呼ばれ、天井、廊下を含め総絹張りなど、当時としては最高レベルの車両技術を駆使してつくられた。

『天皇陛下と鉄道』などの著書がある、日本地方新聞協会皇室担当写真記者の工藤直通さんは、「お召し列車は天皇の権威づけの意味合いが大きかった」と話す。

「鉄道が登場する前、天皇は移動される時は、『輿(こし)』と呼ばれるお神輿のようなものに載られていました。明治になって、輿に代わる乗り物として鉄道が登場すると、天皇をより厳格化するため、豪華な装備にしていったと考えています」

 昭和初期までは、お召し列車が通過する際、沿線の人たちに「奉迎」が義務づけられていた。特に戦前は、ホームに駅員らが整列し直立不動の姿勢を取り、列車が通過するまで最敬礼で見送らなければならないなど、細かな指示が出されていた。

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